「FDA公開審査で泣いた日」—プロトピック軟膏の米国承認に向けて―棚瀬連載 第7回
藤沢薬品¹が開発した免疫抑制剤|FK506(タクロリムス)²《連載第2回(note記事)》から誕生したアトピー性皮膚炎薬、|プロトピック軟膏³《連載第3回(note記事)》。
日本での開発に携わった棚瀬は、米国展開に向けて現地での治験を行いました。
1997年、私はいったん帰国し、藤沢薬品の開発本部に戻りました。
そして、FK506外用剤(後のプロトピック軟膏)のグローバルプロジェクトマネジャーとして、日米欧の承認取得に引き続き関わることになります。
ミュンヘンへの出向 “3か月の火消し役”が、1年半に
1999年、今度はドイツ・ミュンヘンへ。
欧州本社Fujisawa GmbH⁴での申請チーム連携がどうしてもうまくいかず、
当時社長だった野木森さん(のちのアステラス製薬CEO)の希望もあり、
開発本部長 清水さんの命で私が出向することになりました。

当初は「3ヶ月で立て直して戻ってこい」という、いわゆる“火消し役”の予定でした。
ところが現実は甘くなく、
結局私は承認申請を完了するまで1年半以上、ミュンヘンに滞在することになります。
私は、特別に優秀な戦略家でもなければ、天才的な交渉人でもありません。
ただ、根っからの人好きです。
だから、
各チームメンバーとよく話し、
相手の言葉をちゃんと聞いて、
笑顔で接する
——それだけは徹底しました。
不思議なもので、それだけでも少しずつチームが一体になっていく。
私はこの時、
「プロジェクトは結局“人”で動く」ということを、改めて腹落ちさせられました。

滞在が長くなったおかげで、ドイツの生活も少し味わう余裕ができました。
速度制限のないアウトバーン⁵でBMWを走らせ、申請チームの仲間とスキー旅行にも行った。
そして、ミュンヘンのビアホールは最高でした。
ソーセージにザワークラウト、レバーケーゼ。
気づけば、会議での議論の続きが、ビールの席でも自然に始まっている。
中でもOktoberfest⁶は忘れられません。
大きなジョッキを片手に、見ず知らずの人とも腕を組んで歌い、踊る。
——「チームが一体になる」とは、会議室だけで起きることではない。
あの時間が、後の“横串”を通す土台になった気がしています。

ドイツのスキー場での一枚
2000年11月16日 FDAの公開会議へ
ミュンヘンに滞在中、
米国でプロトピック軟膏の承認可否を議論する"FDAのアドバイザリーコミッティー⁷(公開諮問委員会)"が開かれることになりました。
2000年11月16日のことです。
私はミュンヘンから一旦シカゴのFujisawa USA⁸へ飛び、準備会議に参加してから、
チームとともにワシントンDCへ向かいました。
米国のアドバイザリーコミッティーは公開会議です。
事前に申し込めば、誰でも参加できます。
一般の方々も、申請すれば発言の機会が用意されます。
日本の承認審査は基本的に閉鎖的です。
だから私には、この仕組みがとても新鮮に映りました。
米国は裁判すらテレビ公開される国です。
「なるほど、こういう社会なんだ」と、妙に納得したのを覚えています。
会場には、驚くほど多くの人が来ていました。

少年の発言 会場が“感動のるつぼ”になった瞬間
その日、事前申請による公開発言が2組ありました。
今でも忘れられないのが、
ひと組目……ではなく、2組目の「少年とお母さん」のほうです。
小学校低学年くらいの、色白のかわいらしい男の子でした。
演台にはマイクが置かれていましたが、彼の背では届かない。
用意された台に乗り、お母さんと手をつないで、
少年が話し始めました。
正確な言い回しは違うかもしれません。
でも、こんな話をしてくれました。
僕はアトピー性皮膚炎がひどくて、
学校で“トカゲ少年”と呼ばれていじめられることもありました。
すごくつらかった。
でも、主治医の先生が治験薬のタクロリムス軟膏を勧めてくれました。
おかげで、僕の顔はこんなにきれいになりました。
発明してくれた製薬会社と、主治医の先生、ありがとう。
……スピーチが終わる瞬間、会場の空気は変わっていました。
私は涙が止まりませんでした。
周りを見渡すと、人目もはばからず泣いている大人たちの姿があります。
FDAの審査部の責任者でさえ、静かに涙を流していました。
「薬はデータで語る」
もちろんそうです。
でも同時に、薬は患者の人生そのものに寄り添う。
私はその事実を、改めて痛感したのです。
もう一つの公開発言 “自由の国”の象徴
もう一組は、中年の女性でした。
彼女はいきなりこう話し始めました。
「私は航空会社のCAです。フライトには喫煙席があり、受動喫煙の健康被害が心配です。FDAは喫煙を規制してください」
今回の議題とは全く関係ありません。
結局、その方は退場させられましたが、私は妙に感心してしまいました。
「この場でそれを言うのか」
「それでも言えるのか」
自由の国、とはこういうことなのだと。
運命の2000年12月8日
余談はさておき、
肝心のアドバイザリーコミッティーは、賛成多数で条件付き承認をFDAに諮問しました。
そしてプロトピック軟膏は、
その約1か月半後の2000年12月8日に、めでたく承認を受理されます。

FDA公式HPのプロトピック軟膏のページ(英文)です。
当時提出した資料を、今でも見ることができます。
欧州でも、
2000年7月に欧州中央申請(MAA)⁹を終え、
審査主担当国(Rapporteur)・副担当国(Co-Rapporteur)を訪れて打ち合わせを重ね、年末に私は帰国しました。
ここまで来れば、ようやく一息……のはずでした。
帰国後の突然の命令
帰国後、開発本部長の清水さんは、私にこう言いました。
「棚瀬をFK506から外す」
……正直、ショッキングでした。
私は12年間FK506に関わってきました。
臨床開発から、|米国赴任、《第5回(note記事)》欧州申請、承認の瞬間まで——。
達成感は、もう思い残すことがないほどありました。
一方で、胸のどこかに穴が開くような感覚も、確かにありました。
そして私は、その時になって初めて気が付いたのです。
「一つの薬をやり切った後、人はどう次へ進むのか」
「自分のアイデンティティは、仕事の“対象”が変わっても残るのか」
次回は、
この“FK506卒業”が私に何をもたらしたのか、
そして私がその後どこへ向かったのかを書いてみたいと思います。

プロジェクト当時の仲間たちとの思い出の詰まった一枚です
中央左上の写真(横顔)が棚瀬
執筆者:棚瀬 敦

藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬)にてセファロスポリン、タクロリムスの臨床開発、タクロリムス外用剤の グローバルプロジェクトリーダー、アストラゼネカ株式会社ではプロダクト開発リーダー部の部長として、オラパリブ、 エソメプラゾールなど様々な治療薬の開発リーダーを兼務しながらすべての国内開発品目の責任を負う。欧米赴任歴6年間。
その後大手CROsのVP/執行役員、 マルホ株式会社の執行役員兼欧米子会社取締役を歴任。2018年から3年間、株式会社レナ サイエンス代表取締役社長を務め、ATインターナショナルを設立(xCAREに吸収合併)。
現在は弊社取締役COOの他、複数のバイオベンチャー企業顧問、監査役、アカデミアアドバイザー等を併任。
【連載第1回~第6回投稿はこちらから】
【xCAREとは】
xCAREは医薬品・医療機器業界に特化した専門家プラットフォームです
私たちは、医療業界に必要なプロダクトを1日も早く人々へ届けるため、医薬品・医療器業界で働く方々を中心とした、人財プラットフォームを構築しています。
海外300名、国内500名近くの医療業界の専門家(エキスパート)が登録されていて、エキスパートの方々と共に、既に100社を超える企業を支援させていただいております。
私の役目は、社員やエキスパートが、毎日楽しく、高いモチベーションで社会に貢献していただける世界を作ることだと思っています。
これからもどんどんエキスパート数を増やしていき、お客様がより使いやすいプラットフォームを目指していきます。
「医薬品・医療機器の研究開発を行っている企業様へ」
「医薬品・医療機器業界で働く方へ」
脚注
藤沢薬品
現在のアステラス製薬株式会社。FK506(タクロリムス)
放線菌由来の免疫抑制剤。臓器移植用全身投与薬として開発された後、アトピー性皮膚炎治療の外用剤として転用される。
【FK506の発見と開発秘話はこちらから(note記事)】プロトピック軟膏
FK506(タクロリムス)を有効成分とする外用免疫調整薬。ステロイド外用薬に代わる新規治療選択肢として、当時画期的な位置づけであった。
【プロトピック軟膏の開発秘話はこちらから(note記事)】Fujisawa GmbH
藤沢薬品工業(現アステラス製薬)の欧州統括子会社。ドイツ・ミュンヘンに本社を置き、欧州における臨床開発・薬事申請・販売戦略を担っていた。アウトバーン
速度制限がない(2000年当時)ことで有名なドイツの高速道路Oktoberfest
ドイツ・ミュンヘンで毎年開催される世界最大規模のビール祭りFDAのアドバイザリーコミッティー
FDA(米国食品医薬品局)が開催する外部専門家らによる公開諮問委員会。米国国内での医薬品の販売・使用の承認可否について科学的・社会的観点から意見を集約し、最終判断の参考とする場。Fujisawa USA
シカゴに本拠地を置く藤沢薬品工業(現アステラス製薬)の米国現地法人。FK506(タクロリムス)・プロトピック軟膏プロジェクトにおいては、FDA承認取得のための申請準備と当局対応の中核拠点となった。欧州中央申請(MAA: Marketing Authorization Application)
EU域内での医薬品の販売・使用を一括承認する制度。
画像出典
FDA 2026, Advisory Committees <https://www.fda.gov/advisory-committees> 2026年1月26日アクセス
FDA 2003, Drug Approval Package -Protopic (tacrolimus) Ointment- <https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/nda/2000/50777_protopic.cfm> 2026年1月26日アクセス
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