「会社を離れても、人は残った」—去る決断と、残った縁—棚瀬連載第9回
藤沢薬品¹が開発した免疫抑制剤|FK506(タクロリムス)²《連載第2回(note記事)》から誕生したアトピー性皮膚炎薬、|プロトピック軟膏³《連載第3回》。
日本での開発に携わった棚瀬は、グローバルプロジェクトマネジャーとして、FK506外用剤(後のプロトピック軟膏)の|米国・欧州での展開に従事しました《連載第5~7回》。
プロジェクトを終え、開発本部の経営計画に取り組んだ後、会社を離れるという判断をします。
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退職を決めてから、一人ひとりに挨拶をして回りました。
どの言葉も軽くはありませんでしたが、
今でも強く記憶に残っている場面があります。
退職前、清水さんは
私と、当時同じ藤沢薬品で働いていた友人の H氏 を、大阪市内の料亭に呼び出してくれました。
いわゆる歓送会でした。
H氏は、その後業界の中枢を担う立場になる人物ですが、当時はまだ、同じ現場で汗をかいていた仲間の一人です。
静かな個室で、盃を交わしながら、
これまでのこと、これからのことを話しました。
その席で、
清水さんは、ふいに言葉を詰まらせ、
そして、泣いてくれました。
多くを語ることはありませんでした。
ただ、その涙には、
送り出す側の覚悟と、
私を信じて、任せるという決断が、
すべて詰まっていたように思います。
帰り道、H氏はぽつりとこう言いました。
「俺、ああやって泣くのは好かん」
それが彼らしいと思いました。
そして同時に、
自分とはまた違う人間なのだとも感じました。
彼は、
組織を背負い、判断を下し続ける人間です。
感情を表に出さず、
重たい責任を一人で引き受ける強さを持っています。
私はというと、
人の感情に引きずられ、
人の想いを抱え込み、
泣いている姿を忘れられない人間です。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、役割が違うのだと思います。
後になって振り返ると、
H氏との関係が今も続いていることも、
そして多くの縁が途切れずにつながっていることも、
あの夜を用意してくれた清水さんのお陰なのかもしれません。
H氏がおめでとうを言いに来てくれた。
アライアンスの道筋も付けてくれた。
会社を離れても、人は残る。
この時、私は初めて、
そう実感しました。
執筆者:棚瀬 敦

藤沢薬品工業株式会社(現アステラス製薬)にてセファロスポリン、タクロリムスの臨床開発、タクロリムス外用剤の グローバルプロジェクトリーダー、アストラゼネカ株式会社ではプロダクト開発リーダー部の部長として、オラパリブ、 エソメプラゾールなど様々な治療薬の開発リーダーを兼務しながらすべての国内開発品目の責任を負う。欧米赴任歴6年間。
その後大手CROsのVP/執行役員、 マルホ株式会社の執行役員兼欧米子会社取締役を歴任。2018年から3年間、株式会社レナ サイエンス代表取締役社長を務め、ATインターナショナルを設立(xCAREに吸収合併)。
現在は弊社取締役COOの他、複数のバイオベンチャー企業顧問、監査役、アカデミアアドバイザー等を併任。
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