見出し画像

【往復書簡】KEACONさま from 近藤弥生子。よそ様のお宅に初めて上がった時のような気持ち #4

暮らしや収納について発信されているKEACONさんと始めた、noteでの往復書簡。あのね、思ったよりずっとKEACONさんが自己開示してくださって、「こんな話、聞かせてもらっちゃっていいんですか?」ってなってます。

▶︎近藤弥生子さま from KEACON。不登校になる原因がちょっと分かった気がする #1
▶︎KEACONさま from 近藤弥生子。優等生に課せられた問い、なのかも #2
▶︎近藤弥生子さま from KEACON。THE優等生だった過去と胸のうち #3

これまでのやり取りはこちらから

KEACONさん、
お返事と、九州のシダ植物の写真をありがとうございました。

この一週間、KEACONさんへのお返事を考えながら、そしてトップ画像に使う台湾の風景や暮らしの一コマを何にしようか、なけなしの脳をフル回転させています。今年で台湾暮らしも15年目に入るから、何が台湾らしいのか、だんだんだんだん分からなくなってきてしまいました。笑

とりあえず、台湾はもうすぐ旧正月。子どもたちは一ヶ月間の冬休みに入り、大人たちは忘年会シーズンです。

お正月飾りのお店。

言いにくいことを伝えるのがめっちゃ上手

さてさて、お返事を開いてめちゃくちゃびっくりしましたよ。

「オール5の通知表で3年間の中学生活を締めくくったスーパー優等生」って、中学三年生の3学期にもらった通知表がオール5だったってこと?(まさか、三年間ずっとではないですよね?)

しかも「国語、数学、英語、社会、理科の5教科だけでなく、9教科全部」?  そんなのって、起こり得るの?!

思わず「9教科とは」ってググちゃったよね。5教科に加えて、音楽、美術、保健体育、技術・家庭科だそうです。すごすぎるな。

知らない先生から廊下ですれ違いざまに「お前なんて、志望校、絶対受からないからな」と捨て台詞を決められた中3の私とは大違いすぎる…。

でも、そんな喜ばしいことなのに、ご家族以外、お友達にも自分から話したことがなかったんですね。

KEACONさんの予想通り、noteを読みながら「え〜! 言ったら良くない?」と心の声が漏れ出てしまった私です。

でも、言いにくいけれど大切なことをしっかり伝えてくれるようなところ、やっぱり先生を含むみんなから愛されるの、わかる気がしましたよ。

↓ ここ

最後に元優等生からもう一つだけ。実はタイトルにあった「優等生」という言葉を見たとき、少し違和感を感じたんです。学力や生活態度など、その人の一面だけをみて優劣のラベルを付けるこの言葉は、もう今の時代の価値観には合わなくなっているのかもしれません。でもこれって、社会がいい方向に変化しているって証拠ですよね!

【往復書簡】近藤弥生子さま from KEACON。THE優等生だった過去と胸のうち #3

伝え方がめっちゃうまい…!! 心の底から見習いたい。

あんまり引っ張っちゃいけないかもしれないけど、個人的に、すごく興味深いなって思うから、この話を深めてみても良いでしょうか。

↓ その前に、「優等生」の定義をさらっとおさらい。

優等生
① 成績・品行とも特にすぐれている学生や生徒。
② 言動にそつがないが、個性がなくおもしろみに欠ける人。

コトバンク

今回話している文脈だと、①の「成績・品行とも特にすぐれている学生や生徒」という意味だと思います。「高学歴」ともまた違う意味ですね。

「優等生」というラベリング

実は、「優等生というラベリングは、もう時代の価値観に合わなくなっているのかも」という言葉をかけてくださったのは、KEACONさんだけではなかったんです。私が信頼している方からも、今回の私の発信に、そうした感想をいただきました。

なるほど、現代では扱いの難しい言葉なんですね。

2011年に台湾に移住するまで私が編集していたウェブメディアは、「東京OLのための情報サイト」と銘打っていましたが、私が台湾暮らしのエッセイを書いた2022年に「OL」と書いたら、編集さんから「今では使わない言葉です」と教わりました。

今月、月経教育の本を翻訳していたら、「初潮」は「初経」という言葉に変わったことを知りました。

そして今、「優等生」がラベリングになったことを教えてもらいました。

日本を離れた15年の間に、言葉はどんどんアップデートしていきますね。とても良いことだと思います。

戸惑いながら過ごした一週間

でも、私はこの一週間、ちょっと戸惑っていました。

いきなり話が飛ぶけど、台湾の誕生日ケーキは、ろうそくに「?」があるんですよ。
今週の私の気持ちにぴったり!

というのも、日本の方との会話の中では今でも普通に「優等生」が使われていると思うんです。「自分はいわゆる優等生でした」と自分からおっしゃる方もいます。もしかして、「当事者が自分から言うのはOKだけど、当事者ではない人が気安く使うのはダメな言葉」だったりするのでしょうか。

似た言葉に、台湾でよく使われる「ギフテッド」というのがあります。

台湾の小中学校には科目ごとに「ギフテッドクラス(その科目が得意な子どもたちが試験をパスして入る選抜クラス)」というのがあります。

普段はみんなと同じクラスで勉強しているけれど、数学や英語、体育、音楽、美術など、「ギフテッドクラス」はその科目においてより高いレベルでの能力開発のニーズがある子どもたちが集まって学ぶ“アドバンスクラス”みたいな感じです。ここで使われる「ギフテッド」という言葉は特に何の複雑な意味も持たず、“◯◯の科目が得意な子ども”ということを表す言葉として、そこに存在するんです。

「エリート」もまた、「優等生」とは違う言葉ですものね。

エリート
社会や集団で、指導的、支配的役割を受け持つ層。選良。

コトバンク

自分なりに考えを整理してみる

ここまで私のぐるぐるに付き合ってくれて、ありがとうございました。

理解があさっての方向に向かって行っているかもしれないけれど、「ギフテッド」「エリート」が人々の特徴を形容する言葉として今でも問題なく使われているのに対し、「優等生」とか「高学歴」といった“優劣”に絡む言葉は、なんだかみんなの心をざわつかせるし、心の柔らかい子どもたちの前では特に使いたくない言葉なのかな? というのが私の仮説です。どうでしょうか。

それに、周囲から「あなたは、成績・品行とも特にすぐれている」とみなされると、なんだか言動が窮屈になりそうでもありますね。

KEACONさんがこんなに自己開示してくれたおかげで、これまで考えたこともなかったことをあれこれ想像できました。まるで、全く違う地域にあるよそ様のお宅に、初めて上がった時のような気持ち。お作法がわからぬ。

ただね、私の目には、「体育が得意な子」「楽器や歌が上手な子」「いつも優しい子」といったこと同じように、「クラスメイトや先生の気持ちが分かってて、すごく頼れる子」という風に映っていましたよ。あと、そういう人はむやみやたらに人の言葉をネガティブに受け取ったりしないし、今回のようにあまり良しとされていない発言を私がしてしまっても、優しくたしなめてくれるから、一緒にいて安心できるなって思ってました。私は気持ちのアップダウンが激しいし、好き嫌いも激しいし、思いついたら即行動しちゃうタイプだから、KEACONさんのような人たちのこと、とってもうらやましかったなぁ。

一方で、他者は永遠に好き勝手に見たいようにしか物事を見ないものだから、私たちは自分自身が飽きたり、やめたくなったなら、いつでも自由にそのレールから降りればいいんだよー!とも思うのでした。

私はいつも、人から何かを押し付けられそうになると、全身全霊で逃げるタイプだったからなぁ。中学の頃には、親の支配から逃げたくて、よく家出して海辺で野宿していたし。

高校生の頃(女子校でした)、突然クラスが真っ二つに分かれて派閥ができて、そういうのに興味がない私がどちら側とも話していたら、ある日教室で大勢に囲まれて「どっちにつくのかはっきりしなよ!」と詰め寄られ、慌てて具合悪いふりをして保健室から逃げるように早退したこともありました。(良からぬ行為でした。反省しております)

でも、そんな私だからこそ、人にラベルを貼るような言葉は使わないように気をつけなければと思うことができました。

でも、「もう使わないようにする!」と心に決めながら、実はさっきVoicyの対談でオードリー・タンさんのご両親について説明する時、思わず「いわゆる優等生」という言葉を使ってしまいました。習慣を直すのはなかなか難しいけれど、代案を考えねば。汗

台湾の小学校にて。

大切なことを教えてくれて、ありがとう! ヤエコより。


➤ KEACONさんのお返事が来ました!


いいなと思ったら応援しよう!

近藤弥生子 | 台湾在住ノンフィクションライター こちらでいただいたサポートは、次にもっと良い取材をして、その情報が必要な誰かの役に立つ良い記事を書くために使わせていただきます。ありがとうございます!