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【ドキュメント 】300冊のノートから、魔王は目を覚ました。コウヅキハナエさんの漫画を追いかけて|

ある夜、僕はスマホを閉じかけて、止まった。

画面の中に、ひとつの言葉があった。

「描きためた無地ノートが300冊近くあります」

300冊。

その数字を見た瞬間、ただの自己紹介記事として読み流せなくなった。

そこには、漫画を描くのが好きで、やめられなかった人の時間があった。
誰にも見せる前から、自分の中で物語を動かし続けてきた人の時間があった。

名前は、コウヅキハナエさん。

漫画を描く人。
物語を描く人。
そして、長い時間、自分の中にある世界を諦めきれなかった人。

今回、僕がこの記事を書こうと思ったのは、コウヅキさんがnoteを始めて1ヶ月を迎えられたからだ。

創作を外に出す人にとっての1ヶ月は、ただの日数ではないと思う。

初めて投稿する緊張がある。
読まれるかもしれない不安がある。
誰にも届かないかもしれない怖さがある。

それでも、自分の中にあるものを、ひとつずつ外へ出していく。

今日は、その1ヶ月に「おめでとうございます」を込めて、コウヅキハナエさんの漫画を紹介したい。

ただの作品紹介ではなく、ひとりの創作者が、自分の物語をもう一度動かし始めるまでの記録として。

※この記事は、コウヅキさんご本人に事前に記事作成の許可をいただいたうえで書いています。ここに書いていることは、あくまで僕個人が作品を読んで感じた感想と紹介です。

コウヅキさんの自己紹介を読むと、まず目に留まる言葉がある。

漫画を描くのが大好きで、やめられなかった。
そして、描きためた無地ノートは、300冊近くあるという。

そこに描かれていたのは、誰かに見せるための完成品ではなかったのかもしれない。

けれど、描かずにはいられなかった物語だった。

まだ名前を知られていないキャラクター。
まだ誰にも読まれていない世界。
まだ外へ出る日を待っていた場面。

コウヅキさんの300冊は、ただのノートではない。

描けなかった時間の記録であり、諦めきれなかった時間の証拠であり、自分の物語を手放さなかった人の足跡なのだと思う。

そして、そのノートの中から、ひとつの物語がnoteに現れた。

『魔王大陸記』。

魔王。
大陸。
地図に載らない場所。
黄金の都。
永遠の命。
そして、地獄のような世界。

タイトルだけを見れば、重厚なダークファンタジーを想像するかもしれない。

たしかに、この作品の奥には濃い世界観がある。

けれど、最初に現れる魔王は、世界を滅ぼす存在ではなかった。

最初に読んでほしいのは、「魔王の とある日常 Ⅰ」。

ここで描かれる魔王は、大軍を率いているわけではない。
玉座で冷酷に命令を下しているわけでもない。
世界の終わりを告げているわけでもない。

ものすごく簡単に言うと、オムツ替えでダメ出しされている。

この入口が、とてもいい。

魔王という非日常の存在を、いきなり日常の中へ落としてくる。
読者は少し肩の力が抜ける。
「え、そういう魔王なの?」と笑ってしまう。

そして、その笑いによって、作品世界の扉がすっと開く。

濃い世界観を持つ作品ほど、最初の入口は難しい。

でも、読者は最初から年表を読みたいわけではない。

まずは、誰かに興味を持ちたい。
この世界を少し覗いてみたいと思いたい。
次のページを開く理由がほしい。

「魔王の とある日常 Ⅰ」は、その入口として強い。

重い扉を、笑いながら開けさせてくれる。

けれど、扉の向こう側にあるのは、ただのほのぼの漫画ではない。

「パスポートの要らない地獄」。

このタイトルだけでも、少し惹かれる。

ここで語られるのは、『魔王大陸記』の舞台となる大陸のこと。

地図には載らない大陸。
魔王が支配する場所。
黄金の都。
永遠の命を持つ存在の虚しさ。

さっきまで、オムツ替えで笑っていたはずだった。

でも、その奥には、地図にない地獄が広がっている。

こういう作品は、一度気になると強い。

「この世界、いったい何があるんだろう」

そう思って、もう少し先まで見たくなる。

そして、コウヅキさんのnoteが面白いのは、完成した漫画だけではない。

むしろ僕が強く惹かれたのは、その創作過程だった。

「私の主人公、ヤバい女でした」。

このタイトルは、もう、それだけで足を止める力がある。

長年描いてきた主人公がいる。
ずっと自分の中で動いてきたキャラクターがいる。
愛着も、思い入れもある。

けれどある日、作者は気づいてしまう。

この子、イイ子ちゃんすぎて気持ち悪い。

ここが本当に面白い。

自分の主人公に、そう言えてしまうこと。

作者が好きすぎるキャラクターは、時々、物語の中で守られすぎてしまうことがある。

欠点が欠点として機能しない。
葛藤が浅くなる。
周囲が主人公を持ち上げすぎる。

でも、長く描いてきたキャラクターほど、その違和感を認めるのは難しい。

それでもコウヅキさんは気づいた。
そして、見つめ直した。

主人公を責めるのではなく、もう一度、物語の中でちゃんと生きられるように作り直そうとしている。

ここに、自分の作品への向き合い方が見える。

作品を世に出すことにも勇気がいる。
けれど、自分の作品の未熟さを認めることは、もっと勇気がいる。

しかも、それを隠さずに記事にしている。

笑いに変えながら。
自虐も交えながら。
でも、芯では真剣に。

この創作過程を読むと、『魔王大陸記』の見え方が変わる。

漫画だけを読んでも楽しい。

でも、この記事を読んだあとにもう一度漫画へ戻ると、そこに作者さんの葛藤や再構築の跡が見える。

このキャラクターは、ただ描かれているのではない。
一度見つめ直され、もう一度物語の中へ送り出されようとしている。

そう思うと、漫画そのものへの愛着が増していく。

noteで漫画を読む面白さは、ここにあると思う。

完成された作品を読むのとは違う。
作者が悩みながら、笑いながら、時々立ち止まりながら、それでも描いていく過程を、一緒に見られる。

それは、とても贅沢な読み方だ。

5月9日の短編漫画では、主人公の性格改変にめどが立ち、魔王が支配する名前のない大陸へ向かう場面が描かれている。

ここで印象的だったのは、作者さん自身が「久しぶりに主人公を描いていて楽しいと思えた」と書かれていたことだ。

創作は、楽しいだけでは続かない。
でも、楽しくなければ続けられない。

自分の作品に違和感を覚えることがある。
キャラクターが動かなくなることがある。
昔は好きだった設定が、今の自分には少し合わなくなることもある。

それでも、もう一度向き合う。
少しずつ変えていく。
作り直していく。

するとある瞬間、また「描いていて楽しい」と思える。

その瞬間は、創作者にとって、もう一度机に向かう理由になるのだと思う。

だから、この漫画はただの更新ではなく、再出発の場面のようにも読める。

さらに、最新の短編漫画「将軍ムサファは、苦労人。」も紹介したい。

この漫画では、魔王の誕生シーンの一部が描かれている。

印象的だったのは、4ページでは収まらないから、8ページで描いたというところだ。

短くまとめることはできたのだと思う。

説明を削る。
表情を削る。
間を削る。
場面を急がせる。

そうすれば、4ページに収めることはできたのかもしれない。

でも、コウヅキさんはそこを削らなかった。

noteは、自分でページ数を決められる。

その自由を、コウヅキさんは「短く済ませる」方向ではなく、「ちゃんと見せる」方向に使った。

漫画には、文章以上に「間」が必要になることがある。

表情。
沈黙。
視線。
次のコマへ進む前の余白。

そこを削りすぎると、作品の呼吸が浅くなる。

だから、4ページではなく8ページで描くという選択に、コウヅキさんがこの場面をちゃんと漫画として届けようとしている意志を感じた。

そして何より、キャラクターがいい。

魔王だけではなく、周囲にいる人物にも生活感がある。
「この人、苦労してそうだな」と思える人間臭さがある。
ファンタジーなのに、どこか身近だ。

世界は非日常なのに、感情の動きは妙に現実的。

このバランスが、コウヅキさんの漫画の魅力だと思う。

魔王がいる。
地獄のような大陸がある。
濃い設定がある。

でも、読者が最初に掴むのは、キャラクターの可笑しさや、ちょっとした人間味だ。

だから読みやすい。
そして、読みやすいからこそ、奥にある世界観まで見に行きたくなる。

ここまで読んで、僕が一番伝えたいのはこれだ。

コウヅキハナエさんの漫画は、作品だけでなく、創作過程まで含めて面白い。

漫画を読む。
創作過程を読む。
そして、もう一度漫画に戻る。

すると、同じコマの見え方が少し変わる。

このキャラクターは、こうして作り直されているのか。
この世界観は、こういう妄想や蓄積から生まれているのか。
このギャグの奥に、こんなに長い時間があったのか。

そう思うと、漫画そのものへの愛着が増していく。

『魔王大陸記』は、今まさに動き出している物語だ。

長く描きためられてきたものが、noteという場所で少しずつ外へ出てきている。

作者さん自身も、主人公も、世界観も、まだ変化している途中にある。

だからこそ、今読む面白さがある。

完成された作品を読む楽しさとは、少し違う。

この作品は、これからどうなっていくのだろう。
このキャラクターは、どんなふうに変わっていくのだろう。
この世界の奥には、まだ何が眠っているのだろう。

そんなふうに、続きを待ちたくなる。

noteを始めて1ヶ月。

それは、完成した作家の記録ではない。

ひとりの創作者が、もう一度、自分の物語を信じ始めた記録だと思う。

物語は、完成した瞬間だけに宿るものではない。

迷っている時間にも、
描き直している時間にも、
恥ずかしさを抱えながら投稿する瞬間にも、
休んで、また戻ってくる日にも、
ちゃんと物語は宿っている。

コウヅキハナエさんの『魔王大陸記』は、そんな物語だ。

漫画を読むのが好きな人。
一次創作が好きな人。
創作過程を見るのが好きな人。
そして、何かを諦めきれずに続けている人。

ぜひ一度、コウヅキハナエさんの漫画を読んでみてほしい。

最初は、魔王のオムツ替えで笑うかもしれない。
次に、主人公のヤバさに笑うかもしれない。
そのあと、地図に載らない大陸の深さに、少しぞくっとするかもしれない。

そして最後には、こう思うかもしれない。

この人の物語を、もう少し追いかけてみたい。

コウヅキハナエさん、note1ヶ月おめでとうございます。

300冊のノートから目を覚ました物語が、これからもっと多くの人に届いていきますように。

そして僕も、その続きを楽しみにしています。


Torori(とろり)さん

毒親育ちやAC、恋愛依存の痛みにそっと寄り添いながら、穏やかな恋と、自分を大切にする生き方へ導いてくれるクリエイターさんです。

ご自身の経験や感情を、重く押しつけるのではなく、読む人の心にそっと灯りを置くように綴られています。傷ついた心が少しずつ安心を取り戻していくような世界観と、無理に前を向かせないやさしさが魅力です。

はるき さん

水面心理相談室を取り上げていただきました

失くしたものや、戻れない日々の記憶にそっと触れながら、静かなエッセイと詩で、心の奥に残る痛みや余白を丁寧に綴るクリエイターさんです。

朝がこわかった日々から、少しずつ呼吸を取り戻していくような文章には、無理に明るくしないやさしさがあります。悲しみを急いで癒やすのではなく、消えない記憶ごと抱きしめてくれるような、静かで深い世界観が魅力です。

さち さん

産褥精神病をきっかけに統合失調症を経験しながら、今は寛解し、自分の言葉で日々の気づきや想いを綴っているクリエイターさんです。

詩や超短編小説、エッセイの中には、つらさを知っている人だからこそのやさしさがあります。無理に元気づけるのではなく、「少し休んでもいい」「また歩き出せる」と、読む人の心にそっと灯りをともしてくれる世界観が魅力です。

【Kotora_rei(凛強)】

■YouTubeもやってます😉

失恋や孤独、家族への想いを、作詞や詩、エッセイとして情感豊かに綴るクリエイターさんです。

恋の痛みをただ悲しみで終わらせず、そこから立ち上がろうとする強さや、誰かを想い続けるやさしさが言葉の奥にあります。切なさの中にも、もう一度自分の人生を歩こうとする光が感じられる世界観が魅力です。


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