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サンイチイチの思い出コレクション#00 『つらくない方の記憶を集めてみる』


茨城県水戸市在住の66歳女性。フリーランスでほそぼそとライター・編集・自分史作成を支援する仕事をしています。
ライティングの仕事を減らしたところで、これからは趣味の分野にも時間を使っていきたいと考えています。
その1つが『サンイチイチの思い出コレクション』活動です。



語られてこなかったライトな被災体験


東日本大震災によって茨城県も甚大な被害を被りました。

わが家では夫が訪問先の駐車場にとめていたクルマががけ崩れにのまれて、前半分がぺちゃんこにつぶれました。建ててまだ1年も経っていなかった家には亀裂が生じ、ものが壊れ、あちらこちらに支障がでました。

仕事面では3月30日に茨城新聞社から発売が予定されていた自著に再編の必要が生じ、出荷を待つばかりに箱詰めされた本を、印刷し直すことになりました。

それでも家族が皆無事だったことは不幸中の幸いです。命の儚さと尊さをあらためて痛感し、「与えられた人生、死ぬまで生きよう」と、この経験をプラスに転じてやろうと考えるようになりました。

しかし、岩手・宮城・福島と比較すれば軽微な被災地であったゆえの、不幸中の幸いと言える幸運や安堵の気持ちを、喜んで語る気にはなれませんでした。

この程度の被害を語るのは、本当につらい思いをされている東北の皆さんに申し訳ない。
そんな気持ちがはたらいて、私の周囲の人たちも皆、あまり多くを語ってこなかったように思います。


これからは話していきませんか。だって誰にとってもすごく特別な日だったのですから


3月11日が近づくと、行きつけの居酒屋さんあたりで「ねえねえあの日ってどうしてた?」なんて誰かに聞いてみたりします。
すると皆さん不思議と、まるで昨日のことのように鮮明に記憶しているのです。

一人ひとり異なるそれぞれの物語が興味深くて、ディテールの説明へのこだわりに人となりが投影されるのがおもしろくて、もっと多くの方にお話しを聞いてみたいと思うようになりました。

とはいえ、思い出すのもつらい出来事を聞きたいわけではありません。
比較的軽微な被災に留まった水戸の、茨城のあの日は、決して恐怖のみに支配されていたわけではなかったと思います。たいへんな時なのに、それでもちゃんと生活感がありました。
非日常の環境で、なんとか日常の生活を営もうとしていた。そこがおもしろいのです。

実に勝手なはなしですが、人命には関わらないライトな被災体験だけをお聞きしたい。誰にとっても初めての経験だったあの日の、特別な思い出を集めてみたい。

あくまでも個人の趣味として、記憶を記録していけたらと思っているのですが、このような考えは不謹慎でしょうか。

私としては15年という年月が経過して、やっと、たいせつな人を誰も亡くすことなくすんだ不幸中の幸いを屈託なく話せる、そんな時が来たように感じています。


あの日の記憶を note で記録していきます


あの日の朝起きてから就寝するまで、なにをして過ごしたのか。
「ねえねえ、あの日ってどうしてた?」と身近な人に聞いたお話しを共有する場として、これからnoteを活用していきたいと思います。

まずは自分自身のあの日のことから書こうと思います。ぽつりぽつりと間のびしたさみだれ更新になると思いますが、シリーズ化していけたらいいな。
お目にとまった際には、どうぞおつきあいください。


ご指導ご鞭撻ウェイティング


ここまでお伝えした『サンイチイチの思い出コレクション』以外に、日常のあれこれも気ままに綴っていきます。

note 始めたばかりで勝手がよくわかりませんので、「あれ?」とか「ちょ!」とか、なにかお気づきのことやアドバイスなどをいただけたらうれしいです。

今日はやっと目次と小見出しをつくるやり方を覚えて小躍りしています。うれしくて目次が必要な内容でもないのにつけてみました!
幾久しく、よろしくお願いいたします。



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