★纏め★菅原道真生誕地を追う-生誕地の神社仏閣巡り&道真作の仏像??もしかして菅原道真って5人いたとかw
神社仏閣巡りをすると、必ずぶち当たる問題がある。一つは「菅原道真生誕地」である。アチコチにあるので、どこが本当なんだ!!と思うはずだ。
本NOTEでは、生誕したところ!!と謳っている神社仏閣を纏めてみた。
▽菅原道真とは?
→生い立ち
菅原道真は、平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家として知られています。以下に、その生い立ちを箇条書きでまとめました。
生誕:承和12年6月25日(845年8月1日)、○○にて誕生。
家系:
菅原氏は、代々学者の家系
曽祖父の菅原古人の時に土師氏から菅原氏に改姓
祖父の菅原清公と父の菅原是善は共に大学頭・文章博士に任ぜられ、侍読も務めた
幼少期:
幼い頃から学問に励み、5歳で和歌、11歳で漢詩を詠むなど、神童と呼ばれた
幼少期より文才に優れ、勉学に励む
学者として:
文章博士(もんじょうはかせ)という学問の指導者になり、多くの優秀な弟子を育てた
平安時代屈指の学者であり、優れた漢詩人でもあった
政治家として:
宇多天皇に重用され、寛平の治を支えた一人
醍醐朝では右大臣にまで上り詰めた
藤原時平の讒言により、大宰府へ左遷
死去:延喜3年2月25日(903年3月26日)、大宰府にて死去
→菅原氏
菅原という名は奈良・菅原で始まっており、それまでは土師氏だった
その場所は「菅原天満宮(私のNOTE)」です
土師氏は、記紀を読んだことがある人は知っている「野見宿祢」の末裔で、出雲の人である。ヤマトとの力強い神様と力比べ勝ってしまい、大和にきたとする
その場所は「相撲神社(私のNOTE)」です
という感じで出雲から大和へも腰を下ろし、遷都で京都にも腰を下ろす。繰り返しになるが政府に入る優秀さで、太宰府に左遷される。
死後に京都で天変地異が起こり、人々は口々に言う。菅原道真の怨念だ!!!と。
・・・・・・
そして、天神様となり天神信仰が全国に広がる。この時に、アマテラスの神社が経営難とかもあったようで、アマテラスから菅原道真に祭神を変更した神社もある。平成から令和で神社の境内一部にマンションを建てるなど経営難を回避する神社があるが、今も昔も一緒ともいえる。手段が違うだけだよねということ。
▽菅原道真生誕の地は?
#島根 #菅原天満宮
まずは菅原氏(厳密には土師氏)なりたての話として島根で生まれたとする。
野見宿禰の墓
出雲で是善が里帰りした場所で生まれたという伝承が残されており、地元では道真の出生地の一つとして信仰されている
菅原道真は父・是善が出雲在任時の子(幼名:鹿児丸)
6歳で都へ
島根県宍道町菅原にある「菅原天満宮」は、菅原道真の誕生の地と言われている。「鼻繰御神梅」「野見宿禰の墳墓」など古来からの言い伝えがあるそうな。菅原道真の父が、祖先・野見宿禰の墓参りに来たときに道案内をした乙女と結ばれて道真が誕生したとのこと。野見宿禰のお墓の隣に、道真の誕生を記念して建てられたのが現在の神社とする。
神社曰く、菅原道真の父は出雲の国庁に任命され、案内をした乙女をたいそう気に入り、国庁の任期が終わって京都に帰ることが決まると、この乙女が妊娠していることが発覚。乙女は山田村に帰り、御子を産んだとさ。それが道真とのこと。

詳細は次のNOTE参照。(出雲「菅原天満宮」奥宮「野見宿禰の墓」「菅原道真の足跡」【出雲シリーズ】|やんまあ)
また、父・是善が出雲在任時の子でもあるので、出雲大社(私のNOTE)境内に実はノミノスクネの社がある。
#奈良 #菅原天満宮
産湯池
菅原家発祥(初代:古人)の地
母が菅原の故地で道真を出産
延喜式内社で、菅原氏の本拠地とされる地にあり、「産湯の池」が伝わる
神社曰く、菅原家発祥の地・道真公御誕生の地が菅原天満宮で、菅原氏三神(天穂日命、野見宿禰命、菅原道真)を祀り、延喜式内社にも載ることから日本最古の天満宮という。
全国で唯一、菅原道真が生きている時に生祠として祭祀したのが生身天満宮なので、日本最古の天満宮と言っているそうな。
私見では、菅原天満宮は土師氏から菅原の姓に変えた地と思っており「菅原家発祥の地」としておきます。(とすごくあっさり結論書いてみた)

詳細は次のNOTE参照。(日本最古の天満宮対決「奈良・菅原天満宮」VS「京都・生身天満宮」VS「島根・菅原天満宮」|やんまあ)
#京都 #菅原院天満宮神社
菅原家三代(曽祖父・古人、祖父・清公、父・是善)ゆかりの邸宅「菅原院」があった地とされ、「道真の出生地」と広く伝えられています。境内には「産湯の井戸」等の史跡も残ります。


京都御所のすぐ近くにたたずむ小さな神社だが、歴史は古く重い。過去NOTEで「菅原院」「歓喜光寺」をキーワードにした神社仏閣があるが、ここはその場所の代表格で、道真生誕の場所である。太宰府天満宮に至るまでの天満宮をまとめた「菅公聖蹟二十五拝」の第一番!!北野天満宮ではないところも面白い!!!で、「洛陽天満宮二十五社」でもある。

詳細は次のNOTE参照。
#京都 #菅大臣神社 & #北菅大臣神社
菅原道真の出生地とも伝えられ、邸宅跡や「飛梅」ゆかりの地とされます。隣接して父を祀る北菅大臣神社も存在し、かつての学問所「菅家廊下」の跡とも言われています。また、菅大臣神社の北にある小さな社「北菅大臣神社」は道真の父・是善卿を祀り、「菅家廊下」や「紅梅殿」といった学問ゆかりの場所の一部でした。
天満宮誕浴の井
菅原家累代の邸宅「白梅殿」跡


別名「菅大臣天満宮」は菅原道真ゆかりのものがあり、邸宅跡があるため、生誕の地や井戸もある。って、「菅原院天満宮神社」と同じだな・・「吉祥院天満宮」もここで生まれたとしたり謎解きさせる魅惑の神社が増えたな・・。「菅公聖蹟二十五拝」の1社ですね。
詳細は次のNOTE参照。
#京都 #吉祥院天満宮
曽祖父・清公が開拓した地で、道真の生誕地とする伝承もある。境内には「胞衣塚(へその緒を埋めた塚)」「産湯の井戸」「硯の水」「鏡の井」などゆかりのスポットが複数ある。
菅公胞衣塚
産湯の井跡
鑑の井
硯之水の井戸跡
清公(祖父)と是善(父)の邸宅跡


北野天満宮よりも古い天満宮。菅原道真誕生の地で18歳まで暮らした地と言われている。菅原家の邸宅!菅原家代々の話も残っている。
→拝殿右手前「硯の水」道真が習字に使用
菅原道真が幼少時に習字の際に使用した井戸を再現したもの。元は境内から東へ600mほどの所にありましたが、現在は涸れてしまったそうです。晴明神社(私のNOTE)の橋も神社の伝承から再興とかしているが、何気ないものに歴史が詰まっているのが良いなと思う。

→境内「菅公胞衣塚」
境内には菅原道真の胞衣(へその緒)を埋めたと伝えられる「胞衣塚(えなづか)」がある。道真公のを埋めたと言われている場所。古くは生まれた子供の健やかな成長を願って胎盤を壺に入れて埋納する習慣があったそうです。



詳細は次のNOTE参照。(菅原道真誕生「吉祥院天満宮」金の牛撫でて潜れ!?キティちゃん)
▼道真の乳母は文子天満宮
#京都 #文子天満宮 (下京区)
道真の乳母「多治比文子」を祀る神社で、天神信仰の起源ともされる場所。
詳細は次のNOTE参照。(北野天満宮前身「文子天満宮/尚徳諏訪神社」坂上田村麻呂/源義経/足利義満【京都駅シリーズ】【烏丸四条五条シリーズ】|やんまあ)
#京都 #北野天満宮 摂社「文子天満宮」(上京区)
全国的に知名度の高い天満宮の総本社。道真の生誕地ではありませんが、祟りを鎮めるため創建され、学問の神として広く信仰されています。道真の乳母「多治比文子」を祀る神社がある。ただ祭神は道真自身だ。
多治比文子が菅原道真を最初にお祀りした社。かつては西ノ京に鎮座していたが、明治時代にこの地に遷宮された。ちなみに今でも、京都駅から北へ徒歩10分の所に「文子(あやこ)天満宮」が存在している。
詳細は次のNOTE参照。(完全制覇「北野天満宮」梅/紅葉/パワースイーツ「東向観音寺」|やんまあ)
▼誕生日は?
▼菅原道真作の仏像・自作像がある主な寺社
#道明寺 (大阪府):十一面観世音菩薩像
詳細: 国宝に指定されている仏像です。道真公が36歳の時、大宰府への左遷前に伯母の覚寿尼(かくじゅに)を訪ねた際、鏡に映る自らの姿を見て刻んだとも、あるいは厄除けのために刻んだとも伝えられています。
場所: 大阪府藤井寺市道明寺1-14-31
私のNOTE:菅原道真は土師氏「道明寺/道明寺天満宮」日本で7体のレア国宝【南河内シリーズ】【大阪ミナミシリーズ】|やんまあ
#大報恩寺 #千本釈迦堂 (京都府):千手観音立像
詳細: 重要文化財。かつて北野天満宮の神宮寺(観音寺)にあった仏像の一つで、明治の神仏分離の際にここに移されました。「伝・菅原道真作」として知られ、道真公が自ら刻んだという伝承があります。
場所: 京都府京都市上京区七本松通今出川上ル
私のNOTE:奇跡?快慶×行快の仏像たち「大報恩寺(千本釈迦堂)」運慶&快慶コラボ、肥後定慶×行快の次世代慶派を堪能|やんまあ
#御自作天満宮 (福岡県):菅原道真公坐像
詳細: 武蔵寺(ぶぞうじ)の境内に隣接する天満宮です。道真公が天拝山に登る前、武蔵寺に参籠した際に自らの姿を刻んだとされる「御自作(ごじさく)」の木像が祀られています。
場所: 福岡県筑紫野市武蔵623
私のNOTE:公開日時点は未参拝
#永谷天満宮 (神奈川県):菅原道真公御神像
詳細: 道真公が左遷の朝、鏡を見て自らの姿を彫り残したとされる像をご神体としています。「日本三躰(さんたい)天神」の一つと称されます。
場所: 神奈川県横浜市港南区上永谷5-1-5
私のNOTE:公開日時点は未参拝
#東林寺天満宮 (福岡県):御自作の神像
詳細: 元々は武蔵寺にあったとされる自作の像が、夢のお告げにより東林寺(現在は廃寺、天満宮として残る)に移されたという伝承があります。
場所: 福岡県久留米市荒木町白口
私のNOTE:公開日時点は未参拝
▼伝承レベル・縁起レベルで「道真自刻・自写」と語られる像・神像
#太宰府天満宮 (福岡県):菅原道真公御神影(道真公自写像 伝)
内容:
太宰府滞在中に自らの姿を写した「御影(みえい)」を残したという伝承。注意点:
現存像そのものが「道真自刻」と断定されているわけではなく、“自写伝承の源流地”という位置づけ。評価:★★☆☆☆(伝承的価値)
#観世音寺 (福岡県・太宰府):十一面観音像(伝・道真関与)
内容:
道真が信仰・参籠した寺で、観音信仰との関係が深く
一部縁起で「道真作・関与」の話が語られる。注意点:
造像そのものを道真自作とする確証はなく、信仰圏の影響レベル。評価:★☆☆☆☆
#北野天満宮 (京都府):御影堂安置像(自作伝承の“母体”)
内容:
千本釈迦堂に移された像の元来の信仰的中心地。ポイント:
新たな「別個の自作像」があるわけではないが、自作像信仰が体系化された中枢。評価:補足的位置づけ
#各地天満宮の 「御神影天神像」
全国の古社(特に九州・畿内)に「鏡を見て彫った」「流罪の朝に刻んだ」という類型伝承が存在
ただし多くは
江戸期以降の縁起整備・天神信仰の拡張評価:★☆☆☆☆〜★★☆☆☆
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