思考では辿り着けなかった【本当の望み】と繋がった時に起きたこと
今の生活に満足していないわけじゃない。
それなりに幸せで、楽しく暮らしている。
でも、
自分の叶えたい「望み」が、
思うように進んで行かない。
もしかしたら、やり方が違うのかもしれない。
私には才能がないのかも――。
そんな風に感じるのは、まだ自分自身に認められていない望みがあるからかも知れません。
誰もが持っている、叶えたい夢や理想の人生。
実現したい願望。
それを現実にするために、目標に向かい、努力している。
だけどその「望み」は、本当に心から望んでいるものでしょうか?
人生は、『本当の自分』と一致している時、まるで流れるように、何かに導かれているかのように進んで行きます。
それは努力や苦労のように感じたり、逆風の中を進んで行くような感覚ではなく、
追い風に背中を押されて運ばれて行くような、
もう進む以外の選択肢がないような、
そんな感覚です。
一時的には、怖く感じる瞬間もあるかも知れません。
それはこれまで自分が踏み入れなかった領域にあるものだからです。
あるいは過去に踏み入れたことはあったかも知れない。
だけどあまりに純粋なその願望が、周りの声によって否定されたり、
それが叶わない経験をするのが、怖くなってしまったかも知れません。
それがあなたにとって、本当に大切なものだったからこそです。
お金、恋愛、仕事、人間関係、健康。
さまざまなトピックでそれぞれに「望むこと」はあると思います。
【本当の望み】が、どの分野のことであったとしても、
それを知り、否定せずに認めることによって、
その【本当の望み】に引っ張られていく形で、人生全体が望む方向へと大きく動いて行くものだと私は感じています。
逆にその大きなエネルギーを持った自分の純粋な願望を、自分の中で否定してしまっている時、理想に向かって努力を重ねていてもなかなかうまくいかない。そういったことが起こりやすくなります。
今回の記事では、私がこれまで長年認められなかった純粋な願望を見つけた体験を基に、【本当の望み】を見つける方法について、書いていきたいと思います。
それは誰にでもすぐに実践できることで、お金もかかりません。
だけど、少しの「覚悟」は必要かも知れません。
これまで“認められなかったもの”がはっきりと浮かび上がってくることで、それを見つめざるをえなくなるからです。
【本当の望み】と繋がると、選択や行動が変わります。
選択や行動は、変えるものではなく、“変わってしまうもの”です。
そして自分の人生が大きく変わって行くことへの怖さを感じるかも知れません。それはこれまで慣れ親しんできた思考を手放すことだからです。
私は無自覚でその方法を実践したために、葛藤や揺れが大きく出ました。
ですがここ数年で自分の内面と向き合い続けてきた私にとって、タイミングであったとも言えると思います。
自分の【本当の望み】を知ることは、
本当の自分と繋がることであり、
自分をありのままに愛することです。
それは外側のどんな声にも否定できるものではありません。
もう誰かの期待ではなく、本当の自分の声に従いたいあなたへ。
人生が喜びに満ち、幸せなものとなるように、
今、自分の本当の願望と繋がるタイミングの方に届けば幸いです。
まず、私が思う【本当の望み】
それは、
『ワクワクするもの』
よりも、
ゾクゾクするもの
です。
『ワクワク』は、思考で辿り着けますが、
『ゾクゾク』は、思考を超えなければなりません。
私が『ゾクゾク』に至ったのは、意図的ではありませんでした。
なぜなら、これまでは思考しか使っていなかったために、思考で考えられる『ワクワクするもの』が、本当の望みだと思っていたからです。
それ以上の拡がりはあるとしても、思考で考えられる『ワクワクするもの』が、私が求める目標のように捉えていました。
これまでの私の望みが何かと言うと、一言で言えば、
「言葉で表現することで豊かさを得ること」でした。
幼少期からずっと何かを“表現したかった”私はこれまで、絵や物語や漫画や詩で、表現してきました。その中でも最も得意で好きなものは、絵を描くことだと思っていたのですが、noteに出会ってからはそれが言葉を書くことへと変化しました。
詩やエッセイや音楽記事など、自己受容をしつつ楽しみながら続けてこれました。
それが趣味に留まらず「豊かさ」とセットになっているのは、私の思考がこれまでずっと、
好きな事で自立して生きる
ことを探していたためでした。
私たちは幼少期から、「何かになる」ことを求め続けられています。
具体的な職業はもちろん、結婚すること、子どもを持つこと、家を持つこと、立派になること、人から褒められること。
そういった生き方が人として素晴らしいのだということを、絶え間なくメッセージとして受け取り続けています。
それらはすべて自分の<外側からの声>ですが、親や先生やテレビに映るものや目にする大人たちのほとんどが、それらの声に従って生きています。
映画や小説や広告などの中にも、そういったメッセージは流れ続けています。
それらの<外側からの声>に従い続けることによって私たちは次第に、<内側の声>が聞こえなくなって行きます。
<内側の声>とは、本当の自分の声です。
私はnoteのテーマに、『本当の自分と繋がる』ことを掲げています。
機能不全家庭に育ち、長らく生き辛さに悩み、自己否定の塊だった私にとって、本当の自分で生きることは、私の人生のテーマでもありました。
noteでの発信は私にとって本当の自分で生きることでもありました。
たくさんの方と繋がり、記事を読んで反応をいただき、有料記事も買っていただいて、自分の表現でお金を得ることができたことは、私にとってとても喜ばしいことでした。
でも、何か、
何かが拓けていかない。
流れていかない。
何かが、つっかえているような感じがありました。
それは『本当の自分で生きる』ということに、
これまで聞いてきたたくさんの<外側の声>を、採用していたためでした。
『本当の自分で生きる』とは、
好きな事をして生きること
それによってお金を生み出すこと
価値的であること
社会の役に立っていること
そういった“思い込み”が、強くありました。
好きなことでお金を得るのは、自分が自由に生きたことの結果であり、目的ではありません。
もちろん生きて行くためにはお金が必要なので、お金というのは切り離せないものでもあります。
人生の一番の目的は、
喜びを持って自分の人生を幸せに生きることだと私は思っています。
でも、そこに<外側の声>や、社会の当たり前の価値観を入れることによって、自分の本当の喜びが何なのか、わからなくなってしまうのです。
私はよく好きな音楽やアーティストの記事を書きますが、
音楽界の推しも、
ダンス界の推しも、
そして私がnoteで大好きで読んでいる人たちも、
彼らには共通することがあります。
それは、
頭がおかしい
ということです。もちろん良い意味でです。
英語で言うところのクレイジーです。
クレイジーなほどに、自分と強烈に繋がっているのです。
彼らは最初から、クレイジーになろうとしてなったわけではないと思います。
自分の「好き」があり、その「好き」と、自分自身と強烈に繋がっていった先に、活躍や人からの称賛やお金がありました。それは結果であり、彼らの目的は自分をクレイジーにさせる「喜び」と、繋がり続けることだった。
自分と強烈に繋がっていく中で、必然的に、
クレイジーになってしまうのです。
それは、教えられた外側の声や、世間一般の“普通”の価値観に合わせていては、絶対に行けない領域です。彼らは、そういった常識や当たり前を超えていくという勇気を、体現しています。
<外側の声>よりもはるかに、<内側の声>に従っているのです。
彼らはとても輝いています。
私にはとても美しく見えます。
これを読んでいるあなたにも、そういった大好きな存在があると思います。
彼らは、私たちも同じように、自分の命を輝かせて生きることができるということを、教えてくれる存在のように思います。
もちろん彼らの活躍は、長年培ってきた技術や積み重ねた努力が基にあります。はたから見るとそれは相当な量の努力の積み重ねのように見えますが、「好き」や自分を強烈に突き動かすものが原動力になっていれば、その道のり自体が喜びになります。
では私たちが自分の人生において、彼らのように命を輝かせていくためには、どうすれば良いのでしょうか。
自分をクレイジーにさせる何か。
それを、どうやって見つければ良いのか。
私はここ3年程の間で、自己否定の塊だったところから、自己受容をし、自分を愛することができるようになっていきました。
逆に言うと、3年かかりました。
幼少期からずっと探していたという意味で言えば、もっと膨大な時間です。この3年間、内面に向き合い続けてきた時間も、私にとっては必要な過程でした。
では、本当の自分と繋がるために、
深く内面と向き合い幼少期の傷やトラウマと向き合ってそれを癒し、
自分を心から愛せるようにならなければいけないのか。
そういった、抽象的で難しそうで時間が掛かる工程を、必ず通らなければならないのか。
そんなことはありません。
なぜなら本当の自分は、いつでも、どんな状態の時でも、
常に繋がっているからです。
そこにアクセスできれば良いのです。
ここからは、私が実際に【本当の望み】と繋がることになった具体的な方法について書いていきます。
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