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ミュージカル 「クワイエットルームにようこそ The Musical」 観劇レビュー 2026/01/24


写真引用元:『クワイエットルームにようこそ The Musical』公式HP


写真引用元:『クワイエットルームにようこそ The Musical』公式HP


公演タイトル:「クワイエットルームにようこそ The Musical」
劇場:THEATER MILANO-Za
企画・製作:Bunkamura
作・演出:松尾スズキ
音楽:宮川彬良
振付:スズキ拓朗
出演:咲妃みゆ、松下優也、昆夏美、皆川猿時、桜井玲香、池津祥子、宍戸美和公、近藤公園、笠松はる、りょう、秋山菜津子、香月彩里、田川景一、エリザベス・マリー、中根百合香、永石千尋、原梓、藍実成、感音、古賀雄大、羽衣、芹犬、等々力静香、中野亜美、吉田ヤギ
ミュージシャン:吉田能、熊谷太輔、中條日菜子、福岡丈明、藤野“デジ”俊雄、山下綾香
期間:1/12〜2/1(東京)、2/7〜2/11(京都)、2/22〜2/23(岡山)
上演時間:約3時間10分(途中20分を含む)
作品キーワード:ミュージカル、病院、成長物語、オズの魔法使い、ポップ
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


「大人計画」を主宰する劇作家の松尾スズキさんが、2005年に刊行した小説『クワイエットルームにようこそ』。
第134回芥川賞にノミネートされるなど高い評価を受け、2007年には松尾さん自身が脚本・監督を手がける形で映画化もされた本作が、松尾さんの手によってミュージカル化されるということで観劇。
私自身、『クワイエットルームにようこそ』は小説では未読だが、映画では一度鑑賞したことがある。
また、松尾さんが手がける演劇作品は、『アンサンブルデイズ -彼らにも名前はある-』(2025年3月)[※観劇レビューは残っていない]、『ふくすけ2024 -歌舞伎町黙示録-』(2024年8月)を観劇したことがある。

本作は、「クワイエットルーム」と呼ばれる女子専用の精神科病棟を舞台とした物語である。
2000年代初頭の東京、主人公である佐倉明日香(咲妃みゆ)は、バツイチ28歳のフリーライターをやっていた。
明日香は、バラエティ番組の放送作家である焼畑鉄雄(松下優也)と共に暮らしていたが、1200文字の原稿を仕上げないとと追い込まれていた。
すると、明日香が目を覚ました時には女子閉鎖病棟の特別保護室のベッドの上だった。
ナース江口(りょう)などナースたちから看護を受ける明日香の元へ、鉄雄は慌てて明日香を心配して病院にやってくる。
そして明日香が入院している女子閉鎖病棟は「クワイエットルーム」と呼ばれ、そこには個性豊かな患者たちが各々事情を抱えながら療養生活を送っており...という物語である。

本作の映画版自体今回の観劇のために直前に鑑賞した私は、以前からこの作品自体をよく知っている訳ではなかった。
そうであるにも関わらず、私が本作を観劇しようと思った動機は、もちろん松尾スズキさんが手がけるミュージカルで興味を抱いたのもあったが、何よりも音楽監督・編曲に「あやめ十八番」の吉田能さんが関わっている部分が大きかった。
吉田さんが手がける舞台音楽は、ほぼ全編に生音や音楽が取り入れられていて毎度観劇する度に驚かされるのだが、本作でも例外なくほぼ全編に音楽が活用されたミュージカルになっていて華やかであったし、何よりそこに咲妃さんや昆さんなどのミュージカル界の第一線で活躍されている俳優たちの歌声が加わる作品になっていて感激した。
音楽担当は、かつてEテレで放送していた『夕方クインテット』の宮川彬良さんなので彼による色も強いと思うが、吉田さんも音楽に関わっていらっしゃって、小劇場演劇らしさとミュージカルが融合した作品になっていてスタッフワークに嬉しさが込み上がった。

また本作の作・演出を、原作小説を手ががけた松尾さん自身が担当しているからか、大部分の脚本・シーンをミュージカル用にアレンジしている印象があり、もはや映画版とは別作品と割り切って楽しむことができた。
もちろん、チリチリが強化ガラスを叩くシーンや、明日香が病棟で上半身裸になるシーン、患者たち全員でザ・ピーナッツの『恋のフーガ』を踊るシーンなど私が映画版で好きなシーンは漏れなく描かれていながら、映画版よりも閉鎖病棟の患者たちのそれぞれのキャラクター性を大事にしていて、『オズの魔法使い』と重なる要素が際立つように描かれているようにも感じられて良かった。
また、大きなアレンジはされているものの、2000年代初頭という時代設定は原作を踏襲していたので、ガラケーはもちろん舞台上に登場する小道具に平成らしい懐かしさを感じるものがあった。

出演者たちも豪華である上に、意外な一面が観られる要素が多くて満足できた。
まず、主人公の佐倉明日香役を演じた咲妃みゆさんは、元宝塚歌劇団雪組トップ娘でありながら、風俗で働く経験も持ちながらオーバードーズして閉鎖病棟で入院するという、なかなか俗っぽい女性を演じ切っていてギャップが凄かった。
咲妃さんは、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん作・演出の『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』(2025年9月)など小劇場演劇系のストレートプレイによく出演されていて、元宝塚歌劇団のトップ娘の中では良い意味で非常に珍しいタイプの役者になっていて凄いなと感じた。
また、焼畑鉄雄役を演じた松下優也さんも、映画版で宮藤官九郎さんが演じた鉄雄とはまた一味違う現代風のキャラでダメな放送作家を演じていてそこも楽しめた一因だった。
さらに、コクーンアクターズスタジオ第1期生たちも複数名出演されていて、それぞれちょい役ではなくしっかりと舞台を盛り上げていたので嬉しかった。

映画版とまるで違うポップで可愛らしい作品に生まれ変わっているので、原作好きにも観に来て欲しいし、原作や映画版を知らない人でも楽しめるミュージカルなので、予習なしで多くの方に楽しんで欲しい。

写真引用元:ステージナタリー COCOON PRODUCTION 2026「クワイエットルームにようこそ The Musical」より。(撮影:細野晋司)


↓舞台スポット映像


↓舞台映像


↓原作小説


↓ミュージカル版物語





【鑑賞動機】

原作はこの作品が上演されるまで知らなかったが、松尾スズキさんが手がけるミュージカルであること、「あやめ十八番」の吉田能さんが手がける音楽で、咲妃みゆさんや昆夏美さんといったミュージカル界の第一線の俳優たちの歌声を聞きたかったから。また、コクーンアクターズスタジオ第1期生たちの活躍も楽しみだったから。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

2000年代初頭の東京、街中には学生から大人まで様々な人々が行き交う。そんな中、バツイチで28歳のフリーライターをしている佐倉明日香(咲妃みゆ)も街中を歩いていた。まだデビューして1年も経たない明日香は売れっ子ライターとして大忙しで、今日も社長(秋山菜津子)と編集者のアライ(近藤公園)そしてカメラマン(藍実成)と共に、大物芸人の墨田(皆川猿時)の元に行って取材をする。楽曲『トラップ・スリップ・ドロップ』が展開される。
取材が終わると、明日香はパートナーでバラエティ番組の放送作家を務める焼畑鉄雄(松下優也)の元に帰ろうとする。明日香は、この前の取材を踏まえて1200文字の原稿を書かなければならず、締め切りも迫っているが手についてなくて追い込まれていた。ストレスで明日香は鉄雄とも喧嘩をしてしまう。

場面は病院に移り、病院には誰かが運び込まれてくる。そのそばにはナース江口(りょう)が対応している。
病院に運び込まれたのは明日香で、明日香は病院のベッドから目が覚めるとここはどこかとナース江口に伝える。ここは女子専用の閉鎖病棟で「クワイエットルーム」と呼ばれていると伝える。
ナースたちがやってきて、『女子閉鎖病棟 特別保護室』が披露される。ナースたちが一列になって、画用紙を一枚ずつめくりながら、ここが「緑山精神科病院」であることを紹介する。
ナース江口は、かなり厳しめのナースであったが、もう一人やってきたナース山岸(桜井玲香)は穏やかで優しいナースであった。
この女子閉鎖病棟に、慌てて鉄雄が駆けつける。鉄雄は明日香と面会して二人きりになる。
明日香は、日々のストレスを抱え込んで不眠症に陥っており、睡眠薬をオーバードーズしてしまって倒れてしまい、この女子閉鎖病棟に搬送されたと鉄雄から聞かされる。楽曲『君がいない世界』が披露される。鉄雄は熱唱する。
鉄雄は、明日香への見舞いとして、コーヒーメーカーやドンタコスなどを買ってきて与える。

翌朝、明日香は少し体調が回復してきたので、病棟内を散歩することにする。すると、栗田(笠松はる)という患者に出会う。彼女も明日香と同じくオーバードーズによって、この閉鎖病棟で入院することになった様子である。
次に、久米順子(皆川猿時)と出会う明日香、久米はこの世にある食べ物を全て平らげようとするくらい食欲旺盛なデリヘル嬢であった。
そこに、髪の毛が金髪で真っ黄色の服装を着たチリチリ(等々力静香)が現れる。彼女は発狂しながら、病院の受付の強化ガラスをドンドンと叩く。何事が起きたのかとナースたちや患者たちが次々と周囲にやってくる。挙げ句の果てにチリチリは、暴れ出して消化器をぶちまけてしまう。チリチリを取り押さえると、楽曲『おはよう』が披露される。
明日香は、西野(秋山菜津子)という患者に出会う。西野は元AV女優だったらしいが、過食症でこの閉鎖病棟で療養生活を送っている様子である。西野は新人の患者をいじめるのが大好きで、明日香に対しても色々と意地悪をしてくる。
その他に、いつも着物を着ている患者の金原(池津祥子)、いつもランニングウェアを着ていて走り回っている患者の水原(宍戸美和子)と出会ったあと、最後にミキ(昆夏美)という少女の患者に出会う明日香。ミキは拒食症で食べたくても食べられない病気を抱えていた。ミキは明日香に、「クワイエットルームにようこそ」と言う。楽曲『クワイエットルームにようこそ』が披露される。この病棟は監視カメラがフルタイムで稼働していて監視されているのだとか。他の患者たちも出てきて歌う。

明日香は、西野にタバコを吸ってみないかと誘われる。喫煙所に行って、西野、久米、野々村(香月彩里)、風谷(エリザベス・マリー)と共に明日香はタバコを吸い始める。楽曲『ニコチンパラダイス』が披露される。
こうして、明日香は今まではフリーライターとして原稿の締め切りに追われて、1日1日を生きていくのにやっとだった日常から離れ、閉鎖病棟の患者の仲間たちと楽しく暮らす毎日を送り始めた。そうしているうちに、明日香は自分の過去について振り返り始める。自分がいつも履いている銀色のローファー、それは自分が学生時代に『オズの魔法使い』の劇を上演してドロシー役をやったという経験からくるもので、最初の夫である梅田まさよし(近藤公園)に買ってもらったものだった。しかし、梅田は真面目過ぎて明日香とは合わず離婚してしまった。
ステージ上にポツンと明日香は立ち、そこからモノローグを語ろうとするが、西野に続きは休憩後にしなさいと言われ引き戻されてしまう。

ここで幕間に入る。

鉄雄がさだまさしのような感じで登場し歌い始める。2幕が始まるけれどどうやって始めたら良いか分からない様子である。女性トイレはとても混んでいて、男性トイレは非常に空いていて、男性はすぐにトイレを済ませて早く始まらないかなと待ち侘びているのに、女性は20分でもトイレの待ち時間で時間ギリギリと言うことを歌にして顰蹙を買っている。
明日香は過去のことを思い出していた。明日香は風俗嬢としてウサギの格好をしながら安い給料で働いている間、ゲーム会社に務める梅田まさよしに出会った。明日香は、定時に仕事をして安定した給料をもらう知り合いが周りにいなかったので、梅田のように真面目で堅実な男性に惹かれた。梅田は明日香のことを心配していた。そんなに自分を着飾って生きていて辛くないのかと。
そのまま梅田と明日香は結婚した。しかし、梅田と明日香は旅行先で喧嘩をしてしまう。梅田と明日香が旅館で食事をしていると、鉄雄が壇上でクルクル回転し、あまりにも高速で回転し過ぎて静止しているみたいになる。楽曲『パーリーピーポールンバ』が披露される。そこから鉄雄が乱入して大喧嘩になって、梅田と明日香の仲は悪くなる。梅田は、明日香とはやっていけないと感じ鳥取に一人帰ることになる。明日香は梅田に死んでくれと言ってしまう。
しかし、明日香は梅田からもらった銀色のローファーは捨てずにずっと愛用し続けた。

明日香は梅田が去ってから、鉄雄やコモノ(吉田ヤギ)と暮らし始めることになる。明日香は風俗嬢をやって金を稼ぐが、梅田との間に出来た子供がお腹にいることに気がつき、産婦人科に行くも中絶する。
明日香が鉄雄やコモノとどんちゃん騒ぎをしている中、一本の電話がかかってくる。それは、鳥取に帰った梅田が自殺をしたという知らせだった。その時、明日香の頭の中には「死んでくれ」と言ってしまった文字が浮かび上がった。そして明日香の身体は蕁麻疹だらけになる。
さらに、明日香の元には父が亡くなったという知らせも届き、仏壇を実家に送ろうとするも送り返される。鉄雄は、この仏壇を銀色にしてしまおうと塗り替えようとする。
明日香は精神的に不安定になって睡眠薬を多量に摂取しようとする。楽曲『吐くな、まだだ』が披露される。
鉄雄は一人で、『君がいない世界 リプライズ』を披露する。

女子閉鎖病棟にて、明日香はミキと共に玉木サエ(芹犬)の部屋へ遊びに行く。サエも拒食症で非常に痩せ細っていてベッドで眠っていた。明日香はパズルを広げる。それは「エッシャーの階段」のようで難解なジグソーパズルである。楽曲『パズル』が披露される。
明日香は、鉄雄に3度も電話をしようとするも、全部留守電であった。
明日香は、サエとも仲良くなり患者たちと楽しい毎日を送る。楽曲『変』が披露される。栗田は退院することになる。
サエが寝ている病室に入ってきた明日香は、水色のワンピースを着て、銀色のローファーを履いていた。サエのジグソーパズルも完成したようである。
明日香は、楽曲『恋のフーガ』に合わせて踊る。水色のワンピースと銀色のローファーを履いて。

明日香は鉄雄との二人の思い出を振り返る。楽曲『あの日』が披露される。
明日香は西野と対立するようになる。そして明日香は、上半身裸になって蕁麻疹を病棟にいる人々に見せびらかす。その対立にミキも巻き込んでしまい、明日香はこの閉鎖病棟を出ていくことになる。楽曲『クワイエットルームにようこそ リプライズ』が披露される。
西野は他の患者の私物を盗んでいたため逮捕され、水原はいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。
明日香は閉鎖病棟の沢山の患者に見送られて退院する。楽曲『オダイジニ』が披露される。その時、退院したはずの栗田が再び救急搬送されて戻ってきていた。
明日香は手紙を見ながら歩く。ここで上演は終了する。

原作小説は読んでいないが、だいぶ映画の脚本とは異なる形で物語が進行していたように思えた。大枠のストーリー展開は同じなのだが、細かい描写はミュージカルというのもあって全然違った。
それでも、チリチリが強化ガラスを叩くシーン、仏壇が送り返されてしまうシーン、ジグソーパズルのシーン、『恋のフーガ』のシーン、明日香が上半身裸になるシーンといった私が好きなシーンの多くは、ミュージカル版にも引き継がれていてよかった。
個人的には、梅田とのシーンをもっとドラマ的に描いて欲しかった。明日香が梅田と離婚してしまうシーンは、結構私的にも本作で一番グッと心が動いたシーンでもあったので、もっと茶化さずにしっかりやって欲しかった。
しかし、ミュージカル版はより緑山精神科病院の女子閉鎖病棟で入院している患者たちの個性を活かしていたし、『オズの魔法使い』との重ね合わせを凄く意識している感じもあってよかった。さすがミュージカル版だなと思った。
また、これは少し演出面にも入ってしまうが、音楽劇でなくミュージカルにしても違和感なく楽しめるのもポイント高かった。この類なら音楽劇で音楽の比重少なめ、ストレートプレイ要素多めにしてしまいがちだが、ミュージカルにすることによって新たな作品として生まれ変わっていたし、これはおそらく原作を描いている松尾さんにしか出来ないと思う。

写真引用元:ステージナタリー COCOON PRODUCTION 2026「クワイエットルームにようこそ The Musical」より。(撮影:細野晋司)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

想像以上にポップで音楽が多くてミュージカルらしくて、原作小説や映画に触れたことなくても十分楽しめる、もはや別作品として成立しているくらいのミュージカルになっていた。
舞台装置、映像、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置について。
ステージ前方には固定で何かが仕込まれている訳ではなく、移動式でクワイエットルームの特別保護室の入り口が設置されたり、喫煙所が設置されたりと、可動式の装置が置かれたりした。一方で、ステージ奥側には奏者たちが配置されている巨大な立方体のボックスのようなものが積み上げられた舞台装置がポップで可愛らしかった。凄く現代的にも見えてスタイリッシュにも感じるのだが、本作のミュージカルにも合っていた。また、この積み上げられたボックスのような舞台装置が、どこか病棟の個室のようにも見えてきて病院らしさも感じられた。
このボックスが積み上げられたような舞台装置の手前には、薄い透明の幕が下ろされていて、そこに映像が投影されたりするのも良かった。
それ以外に大道具・小道具で印象に残ったのものは、巨大な仏壇と裏返すと銀色に装飾されているのがなかなかの存在感だった。また、マトリョーシカもあそこまで本格的なものを見たことがなかったかもしれない。幾重にも小さいマトリョーシカが中に入っていて、最初のマトリョーシカが比較的大きくて、凄く置き物として欲しいなと思えた。
特別保護室の扉には、透明のガラスが貼られている部分があるのだが(もちろん実際にガラスにはなっていないと思う)、そこで手だけ覗かせてホラーっぽく演出できたりする仕掛けが面白かった。

次に映像について。
視覚効果を狙いたい時に適切に映像がボックスの手前側にかけられている半透明の幕に投影されていた印象だった。
梅田が自殺した時に、明日香の頭の中によぎった「死んでくれ」の文字が映像に浮かび上がったり、複数の写真が映像として投影されてインパクトがあったり、効果的な使われ方をしていた。

次に衣装について。とにかく全体的にカラフルでポップで、映画とは全く異なる世界観を形成していたが、またそこが良かった。
主人公の佐倉明日香の衣装は、真っ赤なジャケットを着ていたが、気象の荒さなどを感じさせる尖った衣装で良かった。
また、西野の衣装もピンクで奇抜で凄かった。金髪でピンク色の衣装だったので、それだけでもやばそうで毒々しいオーラを出すには十分だった。
個人的にはミキの衣装が好きだった。三つ編みをして服装もすごくポップでおしゃれなモコモコした服装で、こんな昆夏美さんも良いなと思えた。

次に舞台照明について。
ポップな演出が際立つミュージカルだったが、舞台照明をとてもカラフルにしているとかそういう感じではない記憶だった。基本的に閉鎖病棟なので白い照明が多かった印象である。夜のシーンは少し暗めだったが。
全員で歌うシーンは、白く明るい照明が多く、映像などを使うシーンだと少し暗めになっているイメージだった。

次に舞台音響について。
本当に想像以上に音楽パートの多いミュージカルだった。もっとストレートプレイの比重が多いと思っていたのだが、予想以上に音楽パートが多く、このあたりは音楽監督に「あやめ十八番」の吉田能さんが関わっている点もあるのかなと思う。
主人公の佐倉明日香役を演じた咲妃みゆさんと焼畑鉄雄役を演じた松下優也さんの二人の歌パートが比較的多く、『君がいない』や『あの日』はとても良かった。
また、多様性に富んだ患者たちが登場するので、そういった方たちがみんなで歌えるような『クワイエットルームにようこそ』になっていて、踊りあり歌あり音楽ありのシーンも良かった。
個人的には、ザ・ピーナッツの『恋のフーガ』が流れるシーンは、映画版を観ていたので来た!といった感じだった。『恋のフーガ』は1960年代の非常に昔の楽曲なのだが、どうしてこんなにもポップなミュージカルに似合うのかというくらいハマっていた。咲妃みゆさんが「追いかけ〜て」と歌いながら踊るシーンが観られて大満足だった。
個人的に欲を言えば、ミキ役の昆夏美さんの歌パートをもっと用意して欲しかった。言い方が悪いが、正直昆さんを起用するのであれば、彼女の歌パートをもっと増やして欲しいと思った。ミキが一人で歌い上げるパートとか欲しかった。

最後にその他演出について。
序盤のシーンの、東京の街中を高校生などが行き交う演出は良かった。偶然かもしれないけれど、THEATER MILANO-Zaで上演される作品に、そういう演出が多い気がしている。
緑山精神科病院をナースたちが歌いながら紹介するシーンがあったが、画用紙を一枚ずつめくりあげながら文字を表示させて紹介していく演出が好きだった。しかし、あれはやっている役者さん大変だろうなとも思った。焦ってめくれなかったらそれが露骨にステージ上でバレてしまうので、ミスが目立ちやすいよなと思った。そのシーンを担当していたナースたちが天晴れだった。
このミュージカルでは、雨の演出が多かったように思えた。理由は特に分からなかったが、傘を差すアンサンブルたちが登場したり、映像で雨らしきものが映し出されたりしていた。
幕間の直前と直後に小ネタをがっつり入れてくる演出も良かった。そこで観客は笑いが起きていたし、松尾さんが作・演出だからこそもあるよなと思った。
それに加えて、前説や後説で松尾さんがアナウンスをしていたが、規制退場をアナウンスするのをめんどくせーと言っているのもらしくて良かった。
終盤で、明日香が上半身裸になって蕁麻疹を病院にいる人たちに見せつけるシーンを実際にやったのは凄かった。元宝塚歌劇団の方がやる演出としてはびっくりなので、咲妃みゆさんの覚悟が凄いなと思った。もちろん、映画と同様で後ろ向きになったまま上半身裸になっていたが。

写真引用元:ステージナタリー COCOON PRODUCTION 2026「クワイエットルームにようこそ The Musical」より。(撮影:細野晋司)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

とにかく出演者がミュージカルの第一線で活躍されている方や、商業演劇で活躍されている方も多くて豪華だった。それに、コクーンアクターズスタジオ第1期生という、これからの活躍が見込まれる役者も出演していて、なかなか見どころ満載なキャスティングで素晴らしかった。
特に印象に残った役者についてみていく。

まずは、主人公の佐倉明日香役を演じた元宝塚歌劇団雪組トップ娘役の咲妃みゆさん。咲妃さんの演技は、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん作・演出の『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』(2025年9月)で演技を拝見したことがある。
以前拝見した舞台での役とは打って変わって、本作では精神的に不安定でオーバードーズを起こして気を失ってしまったバツイチの女性役ということで、元宝塚歌劇団の俳優の方が、こんなにも俗っぽい配役もこなせるのかと思うと、演じることの出来るキャラクターのバリエーションが広すぎてびっくりした。
映画版では内田有紀さんが演じていたが、咲妃さんが演じた明日香はまるで違った。内田さんが演じた明日香は、平成っぽさがあるというかサブカル感が非常に強い感じがあって良い意味でリアルだったのだが、本作はミュージカルということで、明日香の役も完全にポップに仕立て上げられていて、一種のファンタジーを観ているかのような気分だった。
それがむしろ合っていて、そうであるが故に映画版とミュージカルはより別作品らしさを感じた。
終盤で上半身裸になるという体を張るシーンには驚かされたが、咲妃さんの男らしく逞しい明日香役にはピッタリだった。

次に、焼畑鉄雄役を演じた松下優也さん。松下さんの演技は、『ドクター・ブルー 〜いのちの距離〜』(2021年1月)で演技を一度拝見したことがある。
鉄雄に関しても、映画版とミュージカル版ではまるっきりキャラクター性が違った。映画版では宮藤官九郎さんが演じているので、どちらかというと小物感あるチンピラっぽい感じがあったのだが、ミュージカル版の鉄雄は存在感があって、でも頼り甲斐がなくて抜けている自由人な印象を受けてまるで違った。
松下さんもミュージカル俳優でありながら、あそこまでコミカルにアドリブで観客を笑わせる演技をこなされていて、普段やっている舞台とはまるっきり違って苦労されたのではないかと感じた。
明日香のことを愛している様子が、歌を通じて伝わってくる辺りが良かった。不器用だけれど、明日香を思うことだけは一人前でそれが伝わってきて良かった。
また、吉田ヤギさん演じるコモノとの相性も良かった。

ミキ役を演じた昆夏美さんも素晴らしかった。昆さんの演技は、ミュージカル『ミス・サイゴン』(2022年8月)、『人類史』(2020年10月)で演技を拝見したことがある。
拒食症のミキの役ということで、非常に体が細くて繊細な感じを上手く演じていたと思う。この閉鎖病棟の住人という感じがして、明日香を「クワイエットルームにようこそ」と迎え入れるシーンは印象的だった。
思った以上にミキのソロパートが少なかったのは残念で、昆さんはめちゃめちゃ歌える方で歌声を聞きにきたくらいがあったので、もっと歌パートが多いものだと思っていたが少ない印象を受けた。

西野役を演じた秋山菜津子さんのインパクトも凄まじいものだった。秋山さんの演技は、『ふくすけ2024 -歌舞伎町黙示録-』(2024年8月)、NODA・MAP『兎、波を走る』(2023年7月)で演技を拝見したことがある。
とにかくパンチの効いた過食症の西野という感じでキャラクター的に好きだった。ビジュアルがまず強烈で、それだけで毒々しさを感じる。
映画版では大竹しのぶさんが演じていたが、やはり西野も映画版とミュージカル版で全然違った。大竹さん演じる西野は、奇抜な感じというよりは優しく話しかけてくるけど、その裏に恐ろしさを感じさせる。ミュージカル版はビジュアルで一発やばいと分かる。大きな劇場でミュージカルというのならば、そのくらい視覚的なインパクトがあって良いと思った。
タバコのシーンも非常に似合っていた。

個人的に強烈に感じたのは、墨田役と久米順子役を演じた皆川猿時さん。皆川さんの演技は、『おどる夫婦』(2025年4月)、『ふくすけ2024 -歌舞伎町黙示録-』(2024年8月)、ウーマンリブ『もうがまんできない』(2023年4月)で演技を拝見している。
とにかく声が高くて体格も良いので存在感抜群で良いキャラクターだった。久米のなんでも食べ尽くそうとする感じがコミカルに伝わってきて、松尾さんの作品など「大人計画」には皆川さんは欠かせない存在だなと感じた。
衣装もとにかく奇抜で、モンスターのようだった。
歩きながら途中でドーナツが大量に衣服の中から落ちるシーンは滑稽で印象に残っている。

最後に、コクーンアクターズスタジオ第1期生の枠で出演した、等々力静香さん、中野亜美さん、吉田ヤギさん、羽衣さん、芹犬さんも素晴らしかった。
てっきりアンサンブルのような立ち振る舞いなのかなと思っていたら、思いっきり名前のある役で活躍されていて嬉しく思えた。
特に等々力さん演じるチリチリはとてもインパクトがあって間違いなく観客は忘れられないくらい強烈な印象を与えていたと思った。
そして吉田ヤギさん演じたコモノも、鉄雄との掛け合いが抜群に相性良くて推せた。
他の3人の方も、あのレベルの高いキャスト陣の中でプロとして負けないくらい実力を発揮していたように思う。

写真引用元:ステージナタリー COCOON PRODUCTION 2026「クワイエットルームにようこそ The Musical」より。(撮影:細野晋司)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、本作と劇中で引用されている『オズの魔法使い』を重ね合わせながら、作品の考察をしていきたいと思う。

最近はミュージカル『ウィキッド』が劇団四季で上演されたり、映画にもなって話題になったため、『オズの魔法使い』は再び世間の人々から注目を集めている童話とも言えよう。
『オズの魔法使い』は、1900年にライマン・フランク・ボームがアメリカで児童文学作品として初版が出版され、以降世界中で愛され続けている作品である。

あらすじとしては以下である。
アメリカカンザスシティに暮らしていた主人公の少女のドロシーと愛犬のトトは、ある日巨大な竜巻が起きて家ごと飛ばされてしまう。
ドロシーとトトが竜巻によってたどり着いたのは、「オズの国」の東の国。家ごと竜巻によって飛ばされた時、「オズの国」の東の悪い魔女を家の下敷きにして押し潰してしまう。
ドロシーは、北の良い魔女に東の悪い魔女を退治したことを褒められる。その時、東の悪い魔女は銀色の靴を履いていたので、その靴をドロシーに与える。
ドロシーはカンザスシティに帰りたいと北の良い魔女に伝えると、オズの国の都であるエメラルドシティに行き、オズの魔法使いに会いに行けば帰り方を教えてくれると告げる。ドロシーは、エメラルドシティへと通じる黄色いレンガの道を歩いて都を目指すことになる。
ドロシーはエメラルドシティを目指す途中、カカシ、ブリキの木こり、ライオンと出会う。カカシは脳みそが欲しい、ブリキの木こりは心が欲しい、ライオンは勇気が欲しいと願っている。ドロシーは3人を仲間に加え、一緒にエメラルドシティを目指すことになる。
ドロシーたちはエメラルドシティに到着し、オズの魔法使いに会う。オズの魔法使いは、ドロシーたちの願いを叶えるために東の悪い魔女を倒すように命じる。
ドロシーたちは西の悪い魔女のいる西の国に向かい、西の悪い魔女と対峙する。激しい戦いの末、ドロシーは西の悪い魔女にバケツの水をかけると、魔女は水に溶けて消えてしまう。
ドロシーたちは、西の悪い魔女を倒したことをオズの魔法使いに報告する。しかし、オズの魔法使いの正体は、ただの手品師の老人だったことが、トトがカーテンをめくったことでバレてしまう。
オズの魔法使いは、カカシ、ブリキの木こり、ライオンが欲しいものを与える代わりに、作り物の脳みそ、心、勇気を与える。実は、カカシもブリキの木こりもライオンも西の悪い魔女に立ち向かう際に、自分たちが欲しいものをすでに持っていたことに気が付く。
ドロシーはカンザスシティへ気球で帰ろうとするが、ハプニングでオズだけ先に飛び立ってしまう。すると、南の良い魔女がやってきて、ドロシーに銀色の靴を3回鳴らすとカンザスシティに帰れると告げる。
ドロシーは銀色の靴を3回鳴らして、無事カンザスシティへ帰ることができたのだった。

このように『オズの魔法使い』の話を整理すると、本作である『クワイエットルームにようこそ』と共通している部分があることに気が付く。
まず、ドロシーはオズの国という異世界に飛ばされてしまうが、佐倉明日香も緑山精神科病院の女子閉鎖病棟という異世界に飛ばされてしまう。二人の主人公は共通して、現実世界からかけ離れた世界に、自分の意志ではなく強制的に連れて行かれてしまう。
そして、ドロシーがオズの国からカンザスシティへ帰りたいと望むように、明日香もクワイエットルームから出たいと望む。
ドロシーはオズの国でカカシやブリキの木こり、ライオンといった、自分にないものを欲している仲間たちと出会い冒険するが、明日香も閉鎖病棟でミキ、久米順子、水原、サエといった自分を見失った患者たちに出会い交流する。
こうやって見ただけでも、この2つの作品には共通点が沢山あることが分かるが、一番深いなと思ったポイントは、ドロシーは誰かの力によってオズの国からカンザスシティへ帰ることに成功するのではなく、自分の力によってカンザスシティへ帰ることができるということである。そして、脳みそを探していたカカシも、心を探していたブリキの木こりも、勇気を探していたライオンも、実は誰かから与えられるのではなく、自分の中にそれらは備わっていたことに気が付くということである。
明日香も、閉鎖病棟から帰りたいと望むが、誰かによって治療して治してもらって退院する訳ではない。自分の力で自分自身を治して閉鎖病棟から退院していく。それは、明日香が閉鎖病棟によって療養中の身となったからこそ、自分自身の今までの過去と向き合い、自分の内面と向き合うことで自己成長を遂げた。これは、結局自分の願いを叶えるのは、自分でしかないことを示していて『オズの魔法使い』とも共通していると思う。
おそらく、『オズの魔法使い』による西の悪い魔女は、『クワイエットルームにようこそ』における西野だと思われるが、彼女を退治・追い出すことで、ドロシー、明日香の願いを自ずと叶えているのも興味深いのである。

明日香は、最初の夫である梅田まさよしから銀色のローファーをプレゼントされていた。それは、学生時代に『オズの魔法使い』でドロシー役を演じたことがあるからであるが、実はその時から明日香は今の自分自身の病気に立ち直れる術を持っていたのではないかなと感じた。
ドロシーが最後に銀色の靴を3回鳴らすとカンザスシティに帰れたように、明日香は銀色のローファーを履いて『恋のフーガ』を踊ることで、閉鎖病棟の患者たちと心を通じ合い、そして自分自身の精神的な病から回復して行ったのであるから。
『オズの魔法使い』も『クワイエットルームにようこそ』も、もし読者が自分に足りないものがあって悩んでいたとしても、その足りないものというのはすでにその人に備わっていて、それに気づけるか気づけないかの違いであることを教えてくれているようでもある。
そう考えると非常にポジティブな気持ちになれる。私も、何かに挫けそうになったら『クワイエットルームにようこそ』を思い出して、それを乗り越えるヒントは必ず自分の中にあると信じて突き進んでみようと思った。

写真引用元:ステージナタリー COCOON PRODUCTION 2026「クワイエットルームにようこそ The Musical」より。(撮影:細野晋司)



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