【中央アジア旅#2】絶景じゃなくても、絶対忘れない街(キルギス)
2月下旬、ウズベキスタン・キルギス・タジキスタン・アゼルバイジャンのそれぞれの首都と、トルコのイスタンブールをひとり旅してきた。

このnoteでは、2カ国目のキルギスで過ごした日について書く。
#DAY2:ウズベキスタンからキルギスへ
「世界一客引きが激しい空港」に怯える
15時頃、キルギスの首都・ビシュケクに到着。

事前に空港から市内への行き方を調べていると、「こんなにタクシーの客引きがしつこい空港は他に知らない」という口コミがいくつも見つかり、震え上がる。どんなにしつこくたって、絶対に絶対に白タクには乗らない。私はマルシュ(乗り合いの小型バン)と市バスでホテルまで向かうのだ!と気合いを入れた。

アライバルを抜けると、明らかに外国人旅行者なのは私だけだから、みんなが四方八方からタクシー?タクシー?タクシー?タクシー?と言いながらついてくる。そのすべてをスルーして換金所で5ドルだけ換え、のしのしと出口へ突き進んだ。客引きは1人また2人と脱落していく。

残った1人がまだ話しかけてくるが、目を合わせて「いらんって言ってるやん」と5回ほど繰り返すと、意外とあっけなく去っていった。やはり関西弁はマジカルなのだ。

遠ざかっていくモスクを、何度も振り返る
無事にマルシュに乗り、途中で市バスに乗り換えた。何十回と海外を旅しても、空港から市内へ無事に行けた瞬間は新鮮にうれしいし、「やるやん、自分!」とベタ褒めする。

とはいえ、マルシュからバスへの乗り換えという高レベルなことをすれば当然疲れる。ホテルでもうすこし、もうすこしと休んでいるうちに、1時間も経ってしまった。18時前、やっと街へ出る。


ここまでだらだら過ごしておいてなんだが、ホテルに荷物を置いて身軽になり、街歩きへと出かける瞬間は、海外旅行で好きな時間ランキングベスト3に入る。私が旅であまり抱くことのない、「楽しい」という感覚が生まれる瞬間だ。


ビシュケクの街はロシアっぽい。それも、ソ連じゃなくて現代ロシアだ(知らんけど)。ひとまず街の中心部を見てまわりながら、中央アジア最大級だというモスクをめざしてみることにした。


雨がぽつぽつ降るなかを1時間ほど歩いて、やっとモスクが見えてきた頃、アザーン(お祈りを呼びかける放送)が聴こえてきた。礼拝の間、異教徒はモスクに入れないため、現地に着いても外から眺めるしかないことが確定だ。ああ、せっかくはるばる歩いてきたのに。
でも、イスラム教徒の方々がひとりまたひとりとモスクに集まっていく様子を見るのは好きだから、これはこれでラッキーか。窓からほんの少しだけ、礼拝の様子を見ることもできた。

だんだん暗くなってきた。メインストリートから1本脇道に入るだけで街灯がぐっと減るので、大きくて明るい道を選びながらホテルへ戻る。何度も振り返り、モスクが遠ざかっていくのを見ながら。

20時過ぎ、ホテルのそばまで戻ってきて、スーパーでヨーグルトを買った。本当ならポテチも買いたいところだったけど、手持ちの現金が限られているのでぐっとこらえる。

夕ごはんはこのヨーグルトと、持参したクリーム玄米ブラン&プルーンだ。旅先での食事は食物繊維摂取が第一。
おなかが満たされると、ビシュケクの街で見た景色を思い返す間もなく眠りに落ちた。

#DAY3:キルギスからタジキスタンへ
旅に出たのは、このカフェに来るためだったんだ
8時にチェックアウトする。
吐く息が白い。思わずコートの袖に指先をしまう。人の気配はほとんどない。都心とは思えないほどいろんな鳥の声が聴こえてくる。道はあまり整備されていなくて、水たまりがあちこちに見つかる。かなり前を歩く人の背中を追いかけるようにして、霧のなかをそろそろと進んでいく。


8:30オープンのカフェ「FLASK COFFEE」に、8:29に到着した。お店のなかを覗き込むと、店員さんがひとり、開店準備をしているようだ。外から様子をうかがううちに10分近く経った。もしかして、もう入店していいのかな?

こういうとき、ついもじもじしてしまう私だが、思い切って「こんにちは。オープンしてますか?」と尋ねてみた。すると店員さんが「9時からなんです。もしかして待ってますか?寒いからどうぞ入って」と言ってくれる。
遠慮なく入らせてもらい、まだ電気もついていない店内のカウンター席で、店員さんがゆったりと、でも無駄のない流れで準備する様子をぼーっと眺める。ほとんどこちらにかまわず、ときどき「どこから?へえ、日本?」なんて声をかけてくれる感じが心地よい。

「クレジットカード使えますか?」と聞いたら「たぶん」。試してみたらうまくいかなかったけど、「あとでもう1回やってみようよ」とおっとり言いながらフラットホワイトを出してくれた。
しばらくすると、お店には店員さんの友だちっぽい人が何人かやってきて、私の知らない言語でけたけたと笑い合っている。ふしぎと疎外感はなくて、受け入れられている、さりげなくケアされている感覚がある。

どの旅においても「ああ、今このときのためにこの旅に出たんだな」と思う瞬間がある。その枠に選ばれるのはたいてい絶景やモスクに心を震わせる瞬間だが、今回の旅では、このカフェのためにはるばるやって来たのだと確信した。
「ひとりで旅するのが好きなの?」
「そうなんです」
「どんなコースで旅してるの?」
「タシケントから来ました」
「タシケント、むかし住んでたよ」
「いいですね、このあとはドゥシャンベです」
「おお、ドゥシャンベでも仕事してたことある!」
「え、なんの仕事ですか?」
「ここと同じ。バリスタ」
こんな何気ない会話がうれしくて、去り難い気持ちになった。お店のドアを閉めたあと、入店したときよりはすこし距離の近づいた笑顔で、お互いに手を振り合う。

誰かの優しさのおかげで、今日も旅ができる
市内からバスに乗り、マルシュの乗り換えポイントへ。マルシュはすぐには来ない。途中、白タクが「まだまだ来ないから乗っていけ」と営業してきたけど、無言で首を横に振り、意地のように待ち続けた。時間はまだまだある。

体が冷えてきた。首を縮め、ポケットに手を入れて、次々にやってくるバスたちの番号を見逃さないように目を細める。20分待ってやっと来たときには、白タクのドライバーにさっと背を向け、ほらねという気持ちで乗り込んだ。

白っぽい景色をぼんやり眺めているうちに、空港に着く。国際空港とは思えないような外観で、運転手さんに「これ、空港ですよね?」と聞いてしまった。昨日もここから来たはずだけど、緊張のあまり目に入ってなかったようだ。

セキュリティチェックを通ったあと、いつものようにお水を買おうとする。お店の人に値段を聞くと、100ソムとのこと。手持ちの現金は66ソムしかない。「小さいボトルはないですか?」と尋ねたら、「いくら持ってるの?66ソム?いいよ、その値段で売ってあげる」と言ってもらえた。何度も頭を下げてお礼を伝える。

昨日に続いてゲートでクリーム玄米ブランを食べようとするも、パッケージを開けたところで手が止まった。いまはラマダン(断食月)だ。昨日はまわりに誰もいなかったから良かったけど、人前で飲食するのは避けるべきだろう。

誰からも見えないところに行って、ほんのひと口だけお水を飲んだあと、タジキスタンの首都・ドゥシャンベ行きの飛行機に乗り込んだ。

ふたりきりの店内で淹れてもらったフラットホワイトと、66ソムのお水。ビシュケクで過ごした1日で思い出すのは、誰かの優しさばかりだ。
今日もまた、手を差し伸べてくれる人たちのおかげで旅を続けられる。ドゥシャンベではどんな人に出会えるだろう。


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