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【中央アジア旅#3】旅先で、人は等しく無力になる(タジキスタン)

2月下旬、ウズベキスタン・キルギス・タジキスタン・アゼルバイジャンのそれぞれの首都と、トルコのイスタンブールをひとり旅してきた。

このnoteでは、3カ国目、タジキスタンで過ごした日について書く。

#DAY3:キルギスからタジキスタンへ

無一文のまま空港を出る(徒歩で)

14時前、タジキスタンの首都・ドゥシャンベの空港に着陸。

この空港は市内中心部が徒歩圏内らしく、30分から1時間くらいとのこと。空港からのアクセスがいい街、物価が安い街と同じくらい好きである。

滑走路からビルが見えるのは珍しい

到着後の行動は以下のように計画していた。

・空港に荷物預かり所があった場合→荷物を預け、市内まで歩く
・空港に荷物預かり所がなかった場合→荷物を持って、市内までバスに乗る

結論として、荷物預かり所はあったものの、預けられなかった。両替所が閉まっているため、現地通貨が手に入らないのだ。ATMはまとまった金額しか引き出せないだろうから、数時間しか滞在しない私には不向きである。

つまり、荷物を預けるのは無理だし、現金がないからバスも乗れない。ならば、第三の選択肢「荷物をかついで市内まで歩く」をとるしかないだろう。ふうっと気合いを入れて、徒歩で空港を出た。

知らない国で、知らない人と笑い合う

5分も歩いただけで街っぽくなってきた。

メインストリートのあたりはおしゃれな都会で、ソ連みのある建物がどかんどかんと地面から生えている。サイズもデザインもほぼ同じビルがずらっと並んでいて、ゲームの世界か映画のセットを歩いてるような気分だ。

1994年からずっと政権にいるという大統領の姿があちらこちらに

しかし、問題がある。さっそく喉が乾いてきたのだ。現金がないから、クレジットカードで支払えるスーパーかカフェを見つけなければならない。噂ではケンタッキーさえカード払い不可だとか。両替所も見当たらない。

必死の思いで1時間ほど歩き、中心部のカフェチェーンらしきお店にふらふらとたどり着いた。

メニューを見るより先に「クレジットカード使えますか?」と聞く。「使えますよ」と言われたときには、大げさではなく、膝から崩れ落ちそうになった。しかも電源もWi-Fiもある。フレッシュジュースはフラペチーノ並みのお値段で、想定より高いけど、ぜんぜん払います。安すぎるくらいです。

ジュースのおかげでみるみるうちに元気になり、荷物をかるがる背負って歩き出す。この巨大でちょっとヘンテコな街並み、カザフスタンのアスタナに似ててかなり好きな感じだ。奥に雪山がのぞいているところもスケールが大きくてときめく。

ドゥシャンベの「ここだけスポット」である、だだっ広い広場にやってきた。旧ソ連圏らしい左右対称感にきゃーっとなり、しばし立ち尽くす。

本を開いたみたいな形の図書館

荷物をおろして座り、モニュメントと図書館を眺めていると、通りすがりの人から「韓国人?韓国語わかりますか?」と声をかけられた。「韓国人じゃないけど、勉強中!」と答えると、タジキスタンの人と韓国語で会話するという、謎のタイムが発生した(といっても「お名前は?」「日本です」「大丈夫です」程度)。お互いに「なにこの状況!」とウケており、ぜんぜん違う環境で育ったふたりが同じことで笑っているのがなんだか不思議だった。

「疲れてますね、ケンチャナ?」と聞かれた

ただ、「そろそろ行きますね」と言っても、なかなか離してくれない。今度はGoogle翻訳を駆使して、おすすめのレストランがあるよとか、次に行くところに案内させてとか言ってくる。

いい人であることは伝わってきたものの、押しに弱い性格を封印してなんとかお断りし、ひとりでバザール(市場)に向かう。しかし、小さい街なので、そのあと何度か会ってしまって気まずい。

ロイヤルストレートフラッシュ級の困難

バザールに向かう道は、おしゃれなメインストリートとは打って変わって、生活感にあふれている。

ここまで外国人観光客が見当たらない街も珍しい。路上で遊ぶ子どもたちが遠慮なくこちらを見てくる。怪しい者ではありません、というオーラを出すよう努めながら歩いた。

バザールは人びとの生活の場になっていた。みんな売買に夢中なのか、荷物を背負った外国人女性が紛れ込むのは意外と容易い。

日が落ちてきたので、急いでメインストリートのほうに戻る。

お水を調達したくて、通りがかったスーパーすべてに飛び込んで「クレジットカードは使えますか?」と尋ねるも、首を振られてしまう。ああ、喉が渇いた。なんでさっきの人とあんなにおしゃべりしちゃったんだろう。

体を引きずるようにしてある道に差し掛かったとき、驚くほど大きな、はじめて耳にする音が聴こえた。まわりを見渡してみると、大きな木に100羽くらいの鳥がとまり、一斉に鳴いているようだ。

しかも、道沿いにたくさん木があり、それらすべてに大量の鳥がとまっている様子。今日はシャワーを浴びられないので、フンでも落とされたらたまらない。早くこの魔の道を抜けないと……と走り出したら、派手に足をひねってしまった。

のんきに地面の模様を撮っていた頃に戻りたい

痛い足を引きずりながら、喉をカラカラにし、重い荷物を背負って、見知らぬ街の暗い裏道を歩いている。無一文、水なし。ああ、私はなにをしているんだろう。

海外を旅しているときは、自国でなにをどれだけ持っていようと、誰からどれだけ愛されていようと、人は等しく無力になるのだ。その無力さを歓迎できるときもあるけど、そうじゃないときもある。

さらにだめ押しの困難

最後の最後、期待せずに入店したスーパーで「クレジットカード?使えますよ」と言われたときには、この旅いちばんの笑顔が出た。あまりにうれしそうだったのか、そっけなかった店員さんまでつられてにこっとしたほどだ。しかも海外のスーパーでは珍しく、袋にまで入れてくれた。

救世主となったスーパーを記念撮影

さあさあ、お水を携えて空港に戻ろう。終わりよければすべてよしだ……と陽気に歩き出したとたん、袋はやぶけ、お水のボトルはころころと転がっていった。ドゥシャンベは最後まで私のことをからかいたいようだ。

今日はさすがに疲れた。一刻も早くゲート近くで休憩したい。そう思いながらチェックイン列に並び始めるも、ムスリムマダムたちにぎゅうぎゅう押されてますます疲労困憊。

荷物を押しつけながら、後ろの人がじりじり近づいてきて、気づけば順番を抜かされているーー。これはイスラム圏のチェックイン列あるあるだ。現地では確かに心が通じ合ったと思う瞬間もあるが、このときばかりは価値観の違いを感じざるを得ず、にやっとしてしまう。イスラム圏は高齢女性を敬う文化が根づいていることもあり、結局順番を譲る。

そんなこんなを乗り越え、やっと搭乗。隣の人が連れと離れてしまったようだったので、「席、代わりましょうか?」と言うと、ありがとうと言ってお菓子を分けてくれようとしている。

おずおずと片手を差し出したところ「両手で!」と言われ、ありがたくいただいた。しかし、深夜2時過ぎのお腹と口はチョコもナッツも求めていない。しかもチョコが溶けてくるものだから、リス並みに次から次へと口に入れることとなった。

たった4時間ほどしか歩いてないのに、ドゥシャンベでは小さな困難がロイヤルストレートフラッシュ級に揃ってしまった。

海外に出ると、人は簡単に無一文になるし、水一本にも困る。それでも、喉をカラカラにして歩いたこの街のことを私はずっと覚えているだろう。こんなハプニングがあるからこそ、旅はやめられないのかもしれない-ーということにしておきましょうか。

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