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2026年新春記事(その2。「あと2年、2028年の夏を目途に『区切り』のイメージになる」けど、「区切りであって終わりではない、これからもずっと自分らしく」「区切りの後も、1年でも長くnoteをずっと続ける意向だから」)。【新春記事】【社会貢献】【エッセイ】



 「家庭」「資金」「体力」、これらを総合すると、「長くて、あと4年である、2029年夏が区切りになる」、これは「新しいPCの購入」を機に、正直にそう強く感じてた。
 「野球のWBC」「今秋からの、バスケの『B.革新』」、これが恐らくの2026年の自分的なテーマになる、と思ってた。
 でもその中で、突如に現実になった「母親の看病の始まり」。本音は嫌だ、でも「区切り」が、そう遠くないうちに訪れる、それならば、自分なりにできる範囲で伝えた方がいい、それが自分の中での「できる誠実さ」と判断して。



 2026年、新春の2回目のnote記事。
 「新春記事」を2回綴るのは、自身で初めてになります。

 なぜ、「新春記事」の2回目を綴ろうと思ったのかと申しますと、新春記事の1回目は、「社会的なテーマ」、より具体的には、
 「2026年、野球のWBCが、ネットフリックス(NETFLIX)の独占配信になって、社会全体での熱量・盛り上がりの意味での激しく強い違和感に照らして、『ユニバーサルアクセス権』の早急な導入・実現を強く御要望させて頂きます!」
 の趣旨にオールインしたからです。


 「社会をよりよくできる一助に」。自分が、1人の人間として、問題意識として強く感じていることであるから。また、「社会のことに目を向け続けることで、自分自身が学び成長し続ける一助にできるから」が、正直にあります。

 自分のメインフィールドは「スポーツ」ですし、先日の新春記事は、まさしく「社会貢献」と「スポーツ」の両方の目線から綴らせて頂く意図があった感じです。





 ですけど、せっかくこうして新春記事を綴らせて頂くにあたって、「1人の人間として」いま正直に感じているのは、「生きている、いのちあることは、当たり前ではない、とても感謝なことである」ことです。

 2025年の新春記事。タイトルで、

 「最大の勝負の1年。後悔はないと思える、魂を燃やす1年にしたい。そして、学ぶ・感じるを大切にできる1年にしたい。」

 と、綴らせて頂きました。


 「後悔はないと思える、魂を燃やす1年にしたい。」
 (→できる中での「最大級に、魂を燃やす」は、ある程度はできたと感じてる。年明けから[本格的には、7月から]の、「天王寺と三宮の『半2拠点生活』」は、自分にとって、とても大きな挑戦になった。)

 「学ぶ・感じるを大切にできる1年にしたい。」
 (→これは、2025年に限らず、この2026年も、これからもずっと、自分が1人の人間として、特にこだわり続けたいことであると強く感じてる。
 なぜならば、「人間は、学び続けることでこそ成長し続けられる」から。視点を変えれば、「学び続ける姿勢・意欲を失い始めたら、『ほんとうの老い』が始まるを意味する」からです。
 「半2拠点生活」、実はさらには、時折の3rdオプションとして、梅田もあるのですが、「『受験勉強』『各種の資格・国家試験の勉強』とかに励む若い世代とも机を並べてるいまの環境」は、「とても刺激になってるし、自分自身が、さらなる成長を心掛け続けよう、と強く思える」と実感で。)



 思うようにいかなかった面も、正直に少なからずあったと感じてます。

 実際、2025年は、「2月」「9月」「10月」「11月」と、「note執筆記事が1本のみに終わった月」が、実に「4回」になってしまった。また、「8月」も、「2本の執筆」ができてはいますが、うち1本は、直感的な判断での緊急執筆での対応でしたので、実質的な感覚では「5回」になります。

 というか、今回のnote記事。当初は、「新春記事」と綴ってるように、「その1A」「その1B」を、1月のできるだけ早い段階で。で、今回の「その2」を、遅くとも1月の末までには、というイメージで、であったんですよね。
 それが、気が付けば、この「2026年の新春記事、その2」。アップできる時期は「2月の末」。つまり「2026年の2月」は「note執筆記事、わずか1本のみ」が確定になった訳です。
 「2月の末のアップであるのに、『新春記事』と綴っているのは、こういう事情が大きな背景の1つとしてあります。


 「有料記事を増やす必要があるだろう」とも強く感じていたのですが、実際に優良記事を執筆できたのは、「3本」にとどまった(5月11日、5月26日、7月12日)。これは、「2026年に向けての大きな課題」になった感じが、正直に強くあります。







 特に、三宮での活動拠点の1つである、「KIITO」の「クリエイティブラウンジ」のスペースが、「6月」「11月」と、2回も1か月もの強制閉鎖になったことは、正直に心のリズムを大きく狂わせましたから。
 とりわけ、6月の閉鎖は、とてもきつかったです。6月は、バスケットボールの「Bリーグの移籍市場の時期」であり、移籍市場は、自分の最大の得意テーマですので、いわば自分にとっては「最大の書き入れどき」。
 この6月の時期で、note記事を「5本」執筆できたのは、いま振り返ると、自分自身の中での「意地」「執念」の感覚も、少なからずあったのかもしれないなあ、と正直に感じてます。

 (三宮は、兵庫県神戸市。自分の「心の故郷」の1つでもある。自分は、1984年生まれでいま41歳だが、中学3年生まで、西宮に住んでいたので、「西宮、神戸」は、自分にとって永遠に「心の故郷」であり、「最後は西宮・神戸に、何らかの形で帰りたい」と、ずっと強く望んでいたので。
 それが、「半2拠点生活」という形で、「心の故郷」に身を置く機会を持てることになり、「人生って、わからないものだ」と、プラスの意味で学び感じた1年だったんですよね。)





 で、2025年のnote記事で、自分自身の中で、特に印象深いと感じてる記事が、いまリンク添付させて頂いた2つです。

 第1は、「6月22日、中村拓人の広島→群馬への移籍騒動の私見」。
 「自分らしい」と思える、切れ味鋭い筆致で綴れた感覚であったこともですし、「中村拓人の対応に、より違和感はあるけど、球団側(広島)の対応にも、非が全くなかった訳ではない」とはっきりと正直に綴れたことが、「自分らしい文章によりできた」と実感できることです。

 第2は、「12月4日、『生きる勇気』をもらえる、偶然だが有意義で貴重な学びの時間になった、奈良での3日間」。
 「ある近鉄の若い女性の車掌さん」「あるスタバの若い女性の店員さん」との、偶然でかつ恐らく一期一会の出会いが、自分にとってはとても有意義で、「生きる勇気」と「生きた学び」の機会にできたことを綴ってます。


 ですので、2025年の自分。年始にイメージしていた感じのようにはいかなかった部分は少なからずありますし、「41歳になった年」、「身体の衰えが始まっていることを、正直に実感である1年」でもありました。



 そのような中で、「自分(愛球人)の2026年」。
 「2つのこと」が、大きなテーマになりそうです。


 (1)「『母親の介護・看病』が、ついに始まる年に。
 いつかは訪れると正直に覚悟してたが。
 『年齢・体力の限界』『資金の限界』よりも、これが先に来るとは。」

 (2)「2025年11月に、新しいPCに。寿命の4年、実質フルの保証。
 視点を変えれば『2029年夏』が、事実上の区切りになりそう。
 (その先?いまは正直に、全くわからない。)」


 そう、「母親の介護・看病」「新しいPC」
 この2つが、「2026年のキーフレーズ」になりそうな感じですが、まず、「2025年の新春記事」から、「2025年、自分にとって、どのような年にしたいのか」を、振り返らせて頂きます。



 【自分(愛球人)に関係してくる、2025年の日程。】
 1月~5月4日 (今季の)Bリーグ、RS(レギュラーシーズン)
 (CSファイナルは、5月24日~[最大で]5月27日。会場は「横浜アリーナ」。
 個人的には、「関東圏ばかり、いい思いをしやがって」と、特に昨季はとても批判されてた)

 1月17日 「阪神・淡路大震災」から30年(の当日)
 (「2年に1回程度のペース」で、当日に神戸に足を運んできた。
 今年は特にできればと思ってる。自分自身にとって「最大の心の原点」であり、「神戸の新アリーナの開業を2か月半後に控える」でもあるので。)

 4月5日 「GLION ARENA KOBE」(神戸の新アリーナ)開業
 (この「2025年」で、特にとても楽しみにしていること。
 より現実的には、3,4試合目の「4月20日、4月21日」での生観戦になりそうだが。)

 4月13日~10月13日 大阪・関西万博(会場は夢洲)
 (期間中、1回は正直参加したい。尤も現実的には、恐らく6月以降だが。
 でも「2005年、愛知万博」での感動を経験してるから、1回は参加したい、そこから学べることがあるだろうからと。)


 2025年。こうして、「半2拠点生活」を始める大きなきっかけになったのが、「阪神・淡路大震災から30年」と「ジーライオンアリーナ神戸の開業」の2つです。

 それと、自分のnote記事では執筆できてる訳ではないですが、「大阪・関西万博」も、「8月、9月」と、通算で「4回」参加をさせて頂きました。
 この「大阪・関西万博」、想像以上にとても有意義な感じになって。2005年の「愛・地球博」、当時は自分は「21歳、大学3回生」でしたが、とても感動で、それ以前から環境問題は興味テーマの1つではありましたが、「愛・地球博」で、参加以前とは段違いに、「自分ごと」として向き合うテーマへと、より深まった感じで。
 そう考えるとなおさらに、「大阪・関西万博」、「自分が住んでいる関西圏で、こうして万博が開催されたことに、とても感謝である」を含めて、嬉しかったし有意義であったよねと、正直にとても強く実感です。



 では、上述のことを踏まえて、「自分(愛球人)に関係してくる、2026年の日程」を、下記に綴らせて頂きます。


 【自分(愛球人)に関係してくる、2026年の日程。】

 1月~5月3日 「(今季の)Bリーグ、RS(レギュラーシーズン)」
 (CSファイナルは、5月23日~[最大で]5月26日。会場は「横浜アリーナ」。
 [後述で言及になると思うが、]まず今季だと、「母親の介護」「資金的なこと」の2つから、当初の構想より数試合ほど生観戦の試合数が減少の見込み。
 年始は「1月3日・4日、『奈良vs福井』」で既に始動済み。RSラストは正直に流動的。というのも今季は特に、「神戸のB2優勝へ」と共に「奈良の『いくぞプレーオフ』へ」も同時並行であるので[現実論、奈良の『いくぞプレーオフ』は、奈良の球団規模的に、「今季を逃したら、来季はより厳しくなる」が普通に考えられそうだからだ]と。
 それと今季は、RS最終戦が、京都も大阪もアウェーなので物理的にない。「4月26日・27日、『京都vs大阪』」が、理論上は生観戦のRSラストになるのだが、「母親の介護・看病」「資金的なこと」という事情の直面に加えて、この試合は島津アリーナ[京都・円町]なことも、正直に逆風に(この4月末の「京都vs大阪」は、今回の執筆時点で、回避が事実上確定)。
 ↓
 それに今季だと、「特に『神戸のB2優勝へ』で、5月に資金・体力の余力を残す必要の事情である」こと。それ故に、そこに向けての計算も併せて考慮になってくる[例年のように、3月・4月という「特により盛り上がる、RSの終盤の時期」にバンバン入れたい気持ちを、今季はある程度コントロールせざるを得ないこと]。
 はっきりと確定であるのは、2024年12月、2025年4月の「松江への遠征」のような遠征は、「少なくとも、今季の残り試合ではゼロ」ってこと。)

 2月6日~2月23日 「2026年冬季五輪(ミラノ・コルティナ五輪[イタリア])」
 (時差の関係から、基本的には「夕方~翌朝」になる。体力面[いま、41歳]をも考えると、「もう、あまり夜更かしはできない」。
 それ故に、さほど熱量を入れては、現実的とはいえないだろう。ただ、いくつかの競技は未明・早朝に組み込まれているので、それを活用して楽しむことは、充分にあり得るイメージになる。
 ただ、この期間中は、「2月7日土曜日・8日日曜日、神戸vs福島[Gアリ]」「2月14日土曜日・15日日曜日、奈良vs鹿児島[橿原]」が、生観戦の構想日程として既に組まれている[…と思いきや、この執筆時点で、五輪は既に終わった。で、ここに挙げた4試合のうち、実際に生観戦が叶ったのは、15日日曜日の1試合のみ]。そう考えるとやはり、「体力的な衰えのこと」もあるので、「優先順位を特に絞って、できる範囲内で楽しむ」になるだろう。
 ちなみに、五輪自体は、時差の関係もあって、楽しめた競技は正直に絞らざるを得なかったが、「スノーボード、女子のビッグエア、スロープスタイル」「フィギュアスケート、女子」「ノルディック複合、男子」あたりは存分に楽しませて頂いてました。)

 3月6日~3月18日 「野球のWBC、2026年大会の本番」
 (これについては、「新春記事の1回目で詳述済み」。
 3月6日が「日本の1試合目」、3月18日が「決勝」。
 3月14日土曜日に、「京都での、月1回のリア友との集まり」が組まれる見込みである以外は、現時点でフリーハンド。自分は「ネットフリックス(NETFLIX)の未加入組」であるので、より現実的には、[前回の2023年大会でもそうであったが、]PV会場[2023年は映画館で2試合を楽しんだ]で楽しめる機会を持ちたいではあるが、果たして。
 大会の期間中でだと、3月7日土曜日・8日日曜日に、バスケのBリーグの「奈良vs青森」の生観戦を、現時点では構想している。で、7日土曜日が、特に楽しみにしている「日本vs韓国」。
 さあ、「奈良vs青森」を組み込むかどうか、ぎりぎりまで熟考になる。
 それにしても、「ユニバーサル・アクセス権」、つまり「社会的な制度により、特に重要で大きなスポーツイベントにおいて、誰もが自由かつ公平に、そして無償でアクセスできる権利」、マジで早急に制定して欲しい!
 いまのままだと、いずれ「夏季五輪」「冬季五輪」「陸上世界選手権」「野球のNPB」「大相撲」「各種のマラソン・駅伝」「多くの競技の日本選手権」以外は、スポーツをテレビで楽しめないという、いわば「つまらない、無味乾燥な社会」に突入するを意味してしまうが。)

 5月1日?~5月19日? 「(今季の)B2、PO(プレーオフ)」
 (はっきりと確実に、「2026年の最大ターゲット」。そう、「神戸のB2優勝へ」。正直、今季の開幕前は、「最終的には西地区1位で行けるとは思うが、とても不安な内容。決勝に辿り着けるか怪しそうだ」と感じてたが、年末の終了時点で
 「本拠地での13試合→13試合を全勝」
 「28試合を終了→26勝2敗、勝率.929」
 「得失点差→+446、ダントツの1位」
 そう、勿論にここから折り返しである訳だが、「POの1回戦、準決勝での本拠地(Gアリ。ジーライオンアリーナ神戸)は、まず確実」。そして「POの決勝、Gアリでの開催も、70%で有力」。
 そう、1人の人間、1人の神戸ファンとして、「POの決勝をGアリで試合して、GアリでB2優勝を叶える」、この景色を観たいのだ。
 より厳密には、長年でずっと一筋で神戸を支えてきた「谷、道原」「NENEさん、SAKIさん」に、優勝の景色を観て欲しい、そのとき、「共に想いを分かち合いたい」も勿論に強いけど、より正直には、「どのような景色を感じてるか、を分かち合いたい」である。
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 ただ、それだけではない。「奈良の、球団としての悲願である『いくぞプレーオフ』、叶う景色を観たい」も、同じほどに強く感じてること。そう、「球団の歴史で、9年間で勝率.500到達がゼロ[昨季、2024-2025の「26勝、勝率.433」が球団史上最高]」であるのだ[尤も今季も、現時点で「9勝19敗」であり、「勝率.500」は捨てざるを得ないフラグに既にあるが]。
 実は、今季のB2のRSの終盤。神戸は、「週末で4週連続で本拠地開催[ラストこそアウェーだが、その前週まで4週連続ってこと]」に対して、奈良は、なんと「ラスト22試合のうち、ホームがわずか7試合」と、「日程的にとても不利」であるのだ。
 そもそも奈良は、「個人能力で明らかに劣る傾向」であるので、「全員で束になる」のカルチャーを築くことで補ってきた歴史を持つ。「全員で束になる」「ルーズボール、スティール、リバウンドを人一倍に意識する」、精神論は好きではないが、現実論でこれしか活路はないのだ[尤も、なおリバウンドはほぼ最下位であるが…]。
 1人のバスケファンとしての理想は、「PO1回戦が、Gアリで、『神戸vs奈良』が叶うこと」だ。というか、奈良がPOのステージに届くには「『ワイルドカード枠』で、Gアリ[神戸]か福島に辿り着く」、現実論でこれしかない。仮に辿り着いた場所が福島ならば、「PV[パブリックビューイング]の開催場所に赴く」を意味する。その場合、「PO1回戦、神戸を生観戦か、奈良をPV観戦か」で、ぎりぎりまで熟考になるだろう。
 […と言いたいが、「奈良の、悲願のPO出場」は、「2月14日・15日、vs鹿児島で痛恨の2連敗」になった時点で、「悔しいけど、事実上にほぼ消えた」と認めざるを得ない。「たとえPOが叶わなくても、好きなものは好き」である訳で、「最後まで結末を見届けたい」想いは揺るぎないが、後述で言及する家庭の事情もあり、今季のRSでの生観戦ラスト試合の日程を、いつ、どの試合にしようかは、「4月のいつか」でしか確定できてない。]
 ↓
 ちなみに実は、自分は「バスケットボール」と共に「陸上」も大好きである。実は毎年の5月のGW頃に、「木南記念」という陸上大会が、「大阪、ヤンマースタジアム長居」で開催されている。
 いつかこの、「木南記念」を生観戦したいとは漠然とだがずっと感じていて、でも現時点ではいまだに叶っていない。なぜならば、時期的に「BリーグのRSの最終盤とバッティングであるから」である[しかも「本拠地の最終戦」の時期であるから、なおさらに]。
 この2026年の木南記念は、「5月10日日曜日」。そう、「POの準決勝(恐らく第2戦)」とバッティングになるのだ。
 さあどうしようか、これもまた、ぎりぎりまで熟考になりそう。
 ↓
 つまり、現時点では、下記のようになる。
 5月2日土曜日~5日火曜日? B2のPOの1回戦。
 (「神戸で生観戦」あるいは「奈良でPV観戦」。
 理想は「神戸vs奈良、が実現すること」だが。)
 5月8日金曜日~11日月曜日? B2のPOの準決勝。
 (理想は「神戸で生観戦」だが、陸上の「長居での、木南記念」、
 これが「10日日曜日」に組まれている。恐らくぎりぎりまで熟考。)
 5月16日土曜日~19日火曜日? B2のPOの決勝。
 (ここが「2026年の最大の照準」。Gアリ[神戸]での実現を信じて。
 神戸が「B2の優勝を叶える」には、「Gアリでの開催を叶える」が、恐らくとても重要になると読んでるし。
 ただ、福島のチーム力は、もう「本物」。福島などでのアウェー開催の場合も、正直に「ゼロではない」訳で、その場合は「神戸でPV観戦」を意味するが。)

 10月3日? 「2026-2027のBリーグ、つまり『B.革新』が開幕」
 (「10月3日」としてるのは、「この日が、土曜日である」から。多くの試合では、土曜日が開幕戦であるのでと。
 来季、つまりこの「2026-2027」から、「昇降格が原則的にない、新しいBリーグ」の開幕になる。「平日の開催試合数の増加」「外国人枠のルール変更」「サラリーキャップの導入」など、新しいシステムになる。
 この「B.革新」導入を、とても楽しみにしているが、恐らく生観戦の1試合の価格の値上げが想像されるを含めると、「来季からは、生観戦の試合数が、恐らくで減少傾向になっていく」。
 昨季が「44試合」で、今季は年末の時点で「14試合[これは『PSG、PVでの観戦をノーカウントにしている』ので]」、2月末の、この執筆時点で「19試合」。いまのまま、MAXで生観戦できそうな生観戦の試合数は、現時点で確定で行けそうな試合だけでだと「24試合」。ここにプラスでいくついけそうかであるが、恐らく現実的には「26試合~28試合」程度でフィニッシュになりそう。
 ↓
 来季は、神戸が「新B1[Bプレミア]」参加が決定していること、「平日の開催試合数が増加である」ことが、生観戦の日程構想・優先順位決めに、少なからず影響してきそう。
 今季は、「月1回の、京都でのリア友との集まり[←尤も、必ずしも毎月の参加ではない。参加できてるペースは「3か月に2回程度」の感じ]」が、「基本的に、第2土曜日」になった[それまでは「毎月11日」であった]、これは生観戦の日程構想を、むしろ組みやすくなった面はある一方で、「結果的に、優先順位から外す試合が生じた」ことにもなった。
 「実際に全日程が発表されないとわからない」ではあるが、今季でだと、「『ジャレット・カルバー[仙台]』『富永啓生[北海道]』の生観戦が、結局はできずじまいが既に確定であること。そういったことをも踏まえながら、優先順位決めをより的確に、と正直に感じる。尤も当然に、「リアルあってのバスケットボール」である訳だし、それと「観たい駅伝[全国高校駅伝、全日本大学女子駅伝など]は、そちらをより優先したい」をも意識しながら、ではあるのだが。)


 そう、「野球のWBC」も、勿論に重要ターゲットです(だからこそ、「2026年のnote新春記事の1回目」で、この「野球のWBC」をテーマにした)。ですけど、「自分的な2026年のテーマ」でいえば、5月にある「B2のプレーオフ」と、10月に開幕の「B.革新」(Bプレミア)、正直に特にこの2つになります

 では、話を進めます。



 「あと2年、2028年の夏」が「いまの生活の区切り」になる、この区切りを以て、「バスケットボール(Bリーグ)の、まとまった数での生観戦」も事実上にできなくなる。普段の生活を含めて、「2028年の秋以降は、いまのままではもう持たない、新たなるステージを決断せざるを得ない」と。
 最大の理由は「母親の看病」。「これから恐らく、長い闘いになる」これ自体の覚悟は既にできている、むしろ自分の場合、その先を含めて根が深いことが、今回の決断に正直に影響してる。
 いえることは、「先のことは正直にわからない」である上で、「いますぐに区切りにするつもりはないし、区切りにしたくない」「区切りであって、終わりではない。区切りが訪れても、人生はずっと続くから」と。




 かくいう自分自身は、「年齢的な衰え」(いま、41歳)もですけど、「資金面での不安」で、「正直、あと3年~5年が、1つの目安になるだろう」と、正直に感じてます。
 いま、母が74歳。「5年後を想像しづらい」のは、「いつ、母親の介護・看護に突入になっても、正直に驚かない」を実感してるからがあります。

 いまの正直な気持ちは、
 「御願い、少なくとも、2028-2029での、『京都の新アリーナでの1年目』は、バスケファンの現役でいたいんだ!」
 が、正直な気持ちです。

 (2025年9月29日、自分のnote記事「最高に素敵な景色を、一緒に分かち合いたい人間がいる。だからなおさらに、『最推し=バスケットボール』なんだ。(2025-2026、Bリーグの開幕直前)」より引用・抜粋。)


 2025-2026、つまり「今季の開幕直前」、そう、「このnote記事の執筆の、およそ5か月前」の時点で、「あと3年~5年程度」(この時点では、正直な本音としては「あと3年~4年程度」と感じていた)は、いまの感じを続けていたい、と綴っていました。
 ですけど、そう。今回のnote記事。出会ってきたみんな、自分のnote記事を拝読して頂いてるみんなに、伝えなければいけないことがあります。



 『あと2年。2027-2028シーズンの終了時、2028年5月』を目安に、バスケットボール(Bリーグ)の、まとまった試合数の生観戦をはじめ、『コワーキングスペース、カフェを主たる仕事場にするいまの仕事スタイル』(いわゆるノマドワーカー)を含めて、そう、『あと2年で、区切りにせざるを得ない』と、正直に感じてます。いや『あと1年になるかもしれない』と。
 『いますぐに区切りにするつもりはないし、区切りにしたくない』。ですけど『あと2年が限界。とても悔しいけど、【家庭】【資金】【体力】、これら1つ1つのいずれをとっても、『2028年の秋以降は、いまのままではもう持たない、新たなるステージを決断せざるを得ない』(=ない袖は振れない)と。」
 
 「そう、『引退』とまでは言いたくないです。ですけど『あと2年で、【区切り】になる。置かれた立場には、抗えないから』が、正直な感じ。
 『区切りを迎えたとき、それからどうしようか…』も、否応でも自問自答を始めざるを得なくなってます(働き方は恐らく、『自宅からできることを』になる。このnoteは、区切りのときを迎えて以降も、心の情熱自体はずっと燃え続けていますので、1年でも長くずっと続ける意欲ですが)。
 『あと2年(あと1年の可能性もゼロではない)』と述べてるが、『来季(2026-2027。つまり【B.革新】の突入後)からの2年間』は、『生観戦の試合数を徐々に落としながら楽しむ』ではある。ただ、『区切りを迎えて以降』でだと、『生観戦を、そもそもできるのだろうか』が、いまの正直な感じです。」
 
 「はい、後述で言及させて頂きますが、『母親の看病・介護』に、この年明けから突入になってるんですよね(既に始まってると)。年明け以降、『自分の生活スタイル・置かれた立場は、既に変化が始まってる』と。
 もともと自分、他者に比して、『身体が弱い』んですよね、ですので『いわゆる【9時5時的な働き方】は、そもそも論で向いていない』(ーとはいえもともとは、教員や警察官を強く志望していたし、それがいまも自分自身の生き方・価値観の根底であり続けている訳だがー)。ですのでそれ故に、いまの『フリーランス、ノマドワーカー的な生き方・働き方』は『自分にとても合っているし、現実論としてこれ1択でしかなかったでもある。コロナ危機がなければ、自分のような人間の受け皿は希薄なままであった』と。
 ですので、そもそも論で、体力的な理由、それに近年の物価高とかを背景としての資金的な理由から、その意味でも『あと2年までは見通せるが、それ以上はどうだろうか…』では正直あったのです(この夏で42歳だが、自分自身は正直に『50歳を超えて生きてる自分を想像できない』がある。いまも正直にこれはずっとそうです)。
 
 あとで改めて後述で言及させて頂きますが、母は『癌(がん)ではない』です、それを含めて、『せめてあと2年ならば、生きてるはずである』と。ただ、『母親の看病・介護』に突入が、いまこうして現実になって、『恐らくそう遠くないうちに、母が逝く景色になる』、これを目の当たりにしていることを踏まえて考えると、『あと2年はどうにかいけそうだけど、あと3年となると、正直に今のままという意味で持つとは想像しづらい』。
 そう考えると、とても悔しいけど、いろいろと自分なりに想像力を働かせた結果をも踏まえて、『区切りの時期を表明する・伝える方が、出会ってきた人間に対する、自分なりの感謝でもあるだろう』と判断してと。
 
 そもそも野球が、『こうしてnoteやXで言及してるけど、生観戦はできてないし、これからとなるとなおさらにほぼできなくなる』であるけど、『生観戦が叶わなくても、大好きという情熱・意欲はずっと燃え続けてる』である訳で、バスケットボールも(恐らく2年後の2028年以降に)、いまの自分の野球の状況と同じ感じになる、ではあるのです。
 ですけど、出会ってきた人間が少なからずいる訳で、そういった人間と、もう直接的に対面で会えなくなるのは正直にごめんなさいであると。今回こういう形で『区切りの時期を表明する判断をした』のは、こういう事情があります。自分の中では『区切りであって、引退ではない』ですし、『たとえ生観戦ができなくなっても、心の情熱・意欲はずっと燃え続ける(それこそ、天国に召されるそのときまで)』、そう言い切れる、なぜならば、それが自分自身だからと。
 ↓
 ですので、『あと2年、つまり【2027-2028シーズンの終了を持って】が、自分にとっての区切りになる』でありますけど(これはもしかしたら、『あと1年』になる可能性も正直にゼロではないですとも付言せざるを得ないことが、正直にとても心苦しいですが)、『いますぐに区切りになる訳ではないですので』(それに、いますぐに区切りにすることは、自分自身がとても嫌ですから)と。




 このポストをさせて頂いたのが、「2025年12月27日」。
 この日は「ジーライオンアリーナ神戸(Gアリ)、神戸vs奈良」の第1戦の日でした。
 年末は、自分自身にとって、実は特に忙しい時期。ですので「日程的には、よほどでない限りは、生観戦を入れたくない時期」の位置付けです。
 ですけど、この日、「生観戦をする」判断の試合になってた。理由は「神戸vs奈良」という対戦カード(両方共に、自分の応援球団!)。この機会を逃すと、日程的にもう機会がないと確定であったから。

 そのような中で、試合の生観戦を泣く泣くで断念して、早退せざるを得なかった(この第1戦、試合開始は18時。で、このポストをしてるのが「16時26分、実は既に阪神の神戸三宮駅から、快速急行に飛び乗ってた」)。これはなぜかと。


 はい、「母が病に倒れた」からなんですよ。理由は、いま話せるのは「心、精神の系統の病気」であると。
 このnote記事を綴っている時点では、実は診断結果はまだ出ていません。3月の早々の時期に、診断結果を伺う日程になっていて、それから本格的な治療が開始になります(ですので、母の病気のことについては、それ以上は詳しくは話せないでもあります)。
 恐らく「うつ病の系統」である?とは想像されますけど、「うつ病」であるのか、あるいはそれよりひどい状況であるのか、また、複数の病(疾患)を併発しているのか、そういったことをも含めて、「診断結果が出ないと、なんともいえない」が正直な現況であると。

 自分の母は「74歳」です。母は「どちらかといえば、身体が弱い部類の人間である」ので、「いつか、それも恐らくはそう遠くない時期に、看病・介護の時期が来るのだろう」という覚悟のイメージは、してはいたのです。
 とはいえそれは、母の持病である循環器の系統でだろうと。それと、コロナ危機の少し前(確か、2018年の年末だったかな)に、胆のう炎で入院歴があって(このときは、後に聞かされたのは、「発見が年内だったから良性の炎症で済んだけど、これが年明け以降であったら、悪性化[=がん化]になってた可能性が恐らく高かっただろう」でした)と。

 とはいえ、「心・精神の系統で倒れる」とは、正直に全く想像できていなくて。
 倒れたの一報を受けたときに振り返ると、11月中旬から、異変が始まっていたではあったんですよ。ですけど、自分自身が特に忙しくなっていく時期で、自宅にいる比率を特に増やしようがない時期であってと。ですので、自分自身が半強制的に自宅にいる時期になる12月30日に、「年明け以降、どうしようかを話し合おう」と心に決めていた矢先であったのです。




 いまリンク添付させて頂いたnote記事の有料部分で、神戸市の張り出し広告である「うちの親も、そろそろかな」という紙が、三宮の地下通路に張り出されてたんですよね、2025年の夏の時期に。
 当時、自分には、この広告が「とても自分ごとに」感じられていて。これは「物事を、自分ごととして考える(ことを心掛ける・意識付ける)」の意識が人一倍に強い自分自身にとっても、

 「これ、自分の母のことじゃん…。いますぐではないかもにせよ、あと1年~2年の間に自分ごととして直面になっても、不思議ではなさそうなんだよなあ…。」

 と、正直に感じてたんですよね。尤も、「まさか、2025年の年内のうちに現実の景色になるとは」「循環器、呼吸器ではなくて、精神の系統として現実の景色になるとは」ではありましたが。


 母の状況についてだけを述べると、「たとえ診断結果がどのような感じであろうとも、『長い闘いになる』は覚悟せねばならないだろうなあ…」が、正直な感じです。恐らくは「心労が、無意識的に積み上がっていたのだろう」であると。
 で、「親の看病・介護」(介護というよりは、看病という表現が、より正直に「すとんと落ちる」感覚ではあるのですが)に突入すると、その期間は「目安として、平均で5年程度」であるとのことです(ただし、これが癌とかになると、より短くなるではあるのですが)。

 いま、母は「この夏で75歳」。「80歳という、ひとつの目安」まで、「ちょうど5年」になります。ですのでその意味でも、「自分の母にも、病気との戦いが現実の景色になったんだ…」と正直に感じてます。


 そう、「母親の看病」(介護というよりは、看病の方が、いまの実情に沿ってるので、ここからは「看病」の表記を用いさせて頂きます)自体は、「これから、息長く向き合っていくこと」ではあるのです。
 そう、自分の場合、

 「むしろより問題は、『母親の看病』そのものというよりも、『いつか、母親が天に召されてから(逝ってから)のこと』にあるんですよね。」

 であるのです。



 「区切りは『最大でも、あと2年後』」。「この決断をする自分自身が、いまとても心苦しくて悔しくてもどかしい」。「先のことがわからない」からなおさらに。
 野球が既にそうであるように、バスケも「自宅からになっても、『心の情熱・意欲』はずっと燃え続ける」と言い切れる。自分自身の「魂は燃え続ける」からこそ。
 「後悔・未練を、最小化できるように」。「自分は自分でしか生きられないから」。だからこそ、「これからもなおさらに、自分らしくを貫けるでありたい」、そう「全身全霊」「努力に勝る天才なし」と信じて!


 「『母親の看病』自体は、『これから、息長く向き合っていくこと』である覚悟自体は、正直にとっくにできている」。ですけど
 「むしろより問題は、『母親の看病』そのものというよりも、『いつか、母親が天に召されてから(逝ってから)のこと』にあるんですよね。」
 と。これはどういうことか。


 『いまの自分』がいるのは、最大の要因は『母の愛情のおかげ』。
 『最愛の母親』、よくも悪くもだが、そう『はっきりと言い切れる』。
 
そう、いわゆる『マザコン』といわれたら、『ああ、マザコンというならば、全否定はしない。というか、それって悪いことと自分は全然感じないから!』と、はっきりと言い切れる。
 だから『人それぞれ』『その人らしく』という言葉があって、自分はこの『人それぞれ』『その人らしく』ということが、自分の生き方・価値観の特に大きな1つになってるけど、『自分のような人間もいるから、現実の社会は形成されてる訳じゃん!』と実感しているからでもある。
 
 とはいえ、だからこそ、裏を返せば、
 『母が逝ったら、【いまの自分】は【その時点で終わり】。その時点で、【残された人生への、新たなるステージへと半強制的に歩み出すしかない】になる。』なぜか。
 そう、『父とは、【子ども時代から、言葉通りの《犬猿の仲》《マジものの不仲》である】から』。いわゆる『根っこのフィーリングが、そもそも合わない』と。
 
 母が逝ったら、理論上は『父との2人暮らし』になる、これは自分にとっては『生き地獄と同義』(言葉で表現してる以上に、もうマジで想像したくもない!はっきり言えば、『旧ソ連邦のスターリン時代のラーゲリの方が、恐らくよほどマシである』と[いわゆる強制収容所のこと。特に1934年~1938年の、いわゆる【大粛清】で知られている。余談であるが、自分は大学で政治学を学んだ過程で、この『スターリンのこと』を学んだことは、自分自身の考え方・価値観に大きな影響を与えた]。
 そうなると、『どうやって、父と離れて、1人暮らしをしようか』になる。理論上は、『世帯分離をして、市営住宅とかにどうにか入居してができれば、あとはどうにかなるはずだ』と(尤もこの、『世帯分離ができるのか』自体が、まず弁護士とかが絡むだろうし、ハードルがとても高そうであるわけだが…)。
 とはいえ、『父と離れる』が叶う場合でも、『相応の代償を伴うは、覚悟せねばならない』と正直に感じてる。(続く)


 「で、いまの新しいPCは、『2025年の11月の始め』に購入した。『保証期間が4年』であるので、『2029年の夏』を目安に買い替えるイメージになる(理論上は、2029年の秋までは保証期間であるのだが)。
 とはいえ、いまの新しいPCは、実は『2023年6月モデル』、つまり『アウトレット、1つ古いモデル』であるのだが、それでも『総額で30万円程度』を要している(ちなみに『VAIO』。自分の場合は、20年以上の長年でずっとこのVAIO。理由は『純国産であることを含めて、サポート面、機能面を総合して、最も安心できるから』。使用してるのは『SX14』、これは『ハイエンド大画面モデル』とのこと)。
 『総額で36万円程度』(周辺機器とかをもカウントすると、40万円超えになる)を投じても、VAIOのSX14にこだわるのは、『仕事上の性能面で、とても必要であるから』。それに自分は『斜視・近視持ちでもあるので、ある程度の画面サイズが必要だから』の事情もある。
 
 そう、『新しいPCを購入したの時点』で、『2028-2029シーズンの終了が、自分にとっての区切りになる、つまりは【最大で、あと4年】』であると確定していた。それと共に、
 『あと4年持てばいいが、現実論は、持ちそうなのはもっと短いだろう。それが【体力】【資金】【家庭】のいずれであるかは、わからないけど』
 と、正直に感じてもいた。
 
 というのも、そもそも論で、普段の自分の働き方が、いわゆる『フリーランス』『ノマドワーカー』(個人的には正直に、後者の表現、つまり『ノマドワーカー』の方が、よりすとんと落ちます)であるけど、自分の場合、
 『まとまった時間を確保できないと、仕事の効率が一気に落ちる傾向がある』(これもまた、子ども時代からずっとそう。大学受験のときは、『塾の自習室に、一日中でいる』でないと、マジで話にならなかった)
 である、つまり『そもそも論が、自分自身の身体を酷使する・鞭を打つ働き方』であるので、『いつかは持たなくなるときが来る』の想像はあった。
 こうしてnoteの執筆を含めて、『【書く、伝える】で、生きていく』を始めて、いま4年強であるけど(この準備を含めると、4年半ほど。ちょうど、Bリーグの2021-2022の開幕時と同じタイミングでもある)、『衰えの始まりを実感するときは、1回や2回ではない』ではあったのでと。
 
 そういった『体力、的な理由は、大きな1つである』けど、今回の『恐らく【あと2年、2028年夏が目安という、区切りの決断】において、『体力は、副次的な理由』に過ぎない。正直な大きな要因は
 『【家庭】と【資金】、これが【50:50】あるいは【70:30】』
 であると。
 今季(2025-2026)で、Bリーグで『宇都宮、群馬、仙台』が『生観戦費の値上げ』を決行してるけど、自分が『宇都宮、群馬、仙台のファン』であれば、この時点で『半強制的に、引退勧告を受けた状態』であった。
 はっきりと正直に述べれば、『2階メイン側の上段席で、【4000円の壁を超える】』であれば、『自分の資金能力では無理』だからだ。
 そう、自分は関西圏であり、『京都、大阪、神戸』のいずれでも(奈良はB2であるので、なおさらにであるが)、『4000円の壁は、かろうじて越えなかった』ので、いまも現役でいられてるが正直である。
 ↓
 この3年近くで、『加速度的な急激な物価高』であるが(マクドナルド、吉野家とかは、特に強く実感することだ)、
 『【あと2年という決断】をせざるを得ない最大の理由は【家庭のこと=母親の看病】であるが、【資金的に、持ってあと2年だろう】も、正直に少なからずある、でもある。』
 と。特にバスケットボールの現況として『FC(ファンクラブ)入会が、そもそもの前提である』が背景にある(球団によっては、FCに入会してないと、そもそもチケット争奪戦に参加できない球団もあると伺う。個人的には、『これって、最初はだれだって初心者である訳で、ハードルをできるだけ下げる意味で、おかしいでしょこれ、と感じてるが』であるがと)。
 これ、例えば声優や歌手のFCよりは、断然に高い。そう、認めたくないけど、『いつかは、FCから解放されないと、自分自身が持たない』も、正直な本音としてあった。でも『FCから解放される=生観戦からの事実上の強制引退』でもある、これも正直にある。
 
 『あと2年、つまり【2027-2028シーズンの終了】で、区切りになる』の意向の表明は、正直に、この『2026年のオフ、つまり、2026年の夏』に綴ることになるのだろうと、実は『2025年の11月初め、つまり、いまの新しいPCの購入時』には既に感じていた。この時点では『あと3年と言いたいけど、資金的にあと3年持つ絵を描けない、その意味で恐らくは、あと2年になるだろう』のニュアンスでと。
 『あと2年で、区切り』を決断した現在、正直に言うと『あと2年が持ちますようにが、正直な本音』である(先述でも述べたように、『あと1年になる可能性も、正直にゼロではないので』)。それと共に、『区切りのときが来たあと、仕事面では【自宅中心である中で、書く・伝えるをどう続けるのか】である』訳だが、『生活・趣味の面で、バスケットボールとかで、何か別の形で向き合える方法があるならば』の模索も、同時にしていく始まりでもある、そう正直に感じてる。
 
 いずれにせよ、これからも、自分の生き方の根っこである『誰かの応援者でありたい』、これは揺るがないと言い切れる。これこそが、自分ができる『社会をよりよくできる一助に』で辿り着いた道、いわば『アイデンティティ』であるからと。
 (これは、いわゆる『推し活』とは異にするニュアンス。というか、『それよりももっと深い意味で!』と正直に感じてる。それにしても、1人の人間としては、この日本社会は『社会全体として』という意識が、マジで希薄だよなあ…と感じてるのは、自分だけでしょうか?の感じですが。)
 
 そう、『いますぐに、区切りにする』訳ではないですので。それと、『区切りのときが来ても、その後もnoteは続行し続けたい、それこそ、この生命(いのち)が、天に召されるときまで』も、併せて明確に伝えさせて頂く感じです(あるいは、noteに置き換わる存在がいつか誕生すれば、であるかもしれないが。でも、自分はnoteがあるから、いまの自分でいられている、そう正直に感じてるので、noteが衰退する景色は、起きて欲しくないなあ…が正直ですが)。
 『あと2年で、区切り』であるけど、『心の魂、意欲、情熱は、ずっと燃え続けていたい、それは区切りの後のときであろうとも』と。これからも、何卒よろしく御願い申し上げます。



 はい、ここまでを、拝読して頂けましたでしょうか?です。
 最大であと2年で、『区切り』にするの決断。正直、「この決断をする自分自身が、いまとても心苦しくて、悔しくて、もどかしい」です。

 今季の開幕前、開幕直前のとき。つまり、いまから半年ほど前(2025年の6月~9月)。自分は何回も、「『区切り』が見え始めている」を示唆する(いま風でいう「匂わせ」ともいえます)言葉を綴ってきました。
 正直に、この時点で、「資金的な限界」「体力的な限界」(より強いのは前者、つまり資金面です)を、感じるようになってきていた。

 いまのライフスタイル(生活、ライフサイクル)の開始(スタート)が、「2021-2022」です。で、今季(2025-2026)で「5年目」、区切りの決断と位置付ける2年後(2027-2028)で「7年目」になります。
 いまの生活の開始の時点で「37歳」。区切りの決断で「43歳」(あと少しで44歳)。年齢的には、正直に「まあ確かに、妥当な区切りといえるんだろうなあ」です。体力の面で、いわゆる「ガタが来ている」と感じる場面は、明らかに増えてきていましたので。
 正直に「もっと若いときにスタートすることが叶っていたならば」。いままでの4年間の間でも、これは何回も正直に感じてきたことです。ですが、こればかりは、「巡り合わせ、タイミングがそうであった」に尽きるんですよね。


 それと自分は、子ども時代からそうですが、「身体が弱い」「生きることに不器用である」と。そのような自分が嫌いであると、何回感じてきたことか正直にわからないです。
 そう、「50歳まで生きてる自分が想像できない」、いまも正直にそうです。「この夏で42歳になる」ですし、2年後の区切りを迎えるときは、「44歳を迎える、少し前のタイミングで」になりますけど、そういった年齢面をも含めて、「巡り合わせ」「運命」と言い聞かせている、これは正直にあります。






 自分自身の人生を振り返ると、

 ・2011年~2015年(27歳~31歳)
 (「東日本大震災の復興支援活動」。「2回目の大学生生活」を決断のタイミングと偶然に同時に、「東日本大震災」になった訳だが、東北・防災に向き合い続けた4年間は、「自分自身の生き方・考え方・価値観を、ほぼひっくり返した」「ずっと欲しかった『心の青春』『生きる基礎』を、やっと叶えられた」「言葉に収まりきらないほどの、とても濃密で素敵な『学び・出会い』をさせて頂けた」です。)

 ・2015年~2019年(31歳~35歳)
 (「『ラブライブ』との出会い」。「東日本大震災の復興支援活動」とは異なる意味合いで、「ほんとうの自分」に出会えた濃密な時間。特に2018年11月、Aqoursの4thライブ、東京ドーム公演、「人生で唯一の、コンサートの生鑑賞」は、「人生の最大のハイライトの1つ」です。)

 ・2021年~現在(37歳~)
 (「伝えることで生きる」「バスケットボールという軸」
 バスケットボールの生観戦、厳密には、「2019年12月、河村勇輝のウインターカップ」がきっかけで、「2020年2月、大阪vs秋田」が人生の最初。
 ですけど、コロナ危機[コロナ禍]の関係もあり、本格的な生観戦の開始は「2021-2022から」です。で、FC入会を機に、生観戦の数が増加していったのが「2022-2023から」。
 一方で、リアルの面でも、「コワーキングスペース、カフェを主たる仕事場とした働き方」を、本格的にスタートさせたのが、2022年の年明け[2021年の夏から、徐々に始めてはいたが]。正直に自分の場合は、「コロナ危機による恩恵」で、いまの働き方という「生きる道」を見出せたといえる[いわば「受け皿が叶った」と]。
 結果、「自分らしい道」を見出せたではあるし、やりがいは強く感じてる、でも「いつまで持つだろうか」という漠然とした不安感を持ち続けてきたでもあった。
 ↓
 「資金」「体力」「家庭」、この3つのリスクの中で、まさか正直に「家庭」という要因が、「区切り」の決断に直結になるとは思ってなかったが、「7年という時間」という意味では、「スタートが若くなかったことを含めて、勿論にもっと続けたいけど、年齢面をも含めると、まあ妥当かもしれない」が、いまの正直な感覚。
 尤も、「書く・伝えるという生き方・働き方」自体は、区切りのときを迎えてからもずっと続く、というか「自分にはこれしかないから」と。仕事場のメインの場所が、「コワーキングスペース、カフェ」から「自宅」に移行していく、これが正直な感じ。
 2025年の年明け[本格的には、2025年の夏]から始めた、「天王寺と三宮の、半2拠点生活」は、「区切りを迎えるまでは、続行し続ける」。自分にとって、「心の故郷である三宮で働く機会を持つ」ことは、「心の持ちようを、よりプラスにできる意味で絶対に必要である」からだ。とはいえ、「母親の看病」を意識した日程編成にならざるを得ないので、現実には「半2拠点生活」に充てる[月あたりの]日数は限られるだろう。
 で、「区切り」が訪れた場合は、「半2拠点生活」は、恐らくおのずとそこで区切りになる可能性が高いを意味してくるよなあ…と。
 ↓
 尤も、「母親の看病」は、時間の経過と共に本格化していく。それを通してどうなるのかも、まさしく「先のことはわからない」である。「あと2年」と述べてるが、はっきりしているのは「それより長いスパンでは、悔しいけどない」こと、それよりもむしろ「いますぐにということはないが、『あと1年もない、のケースだって、正直にゼロではない』」でもある。
 はっきりしてるのは、年明け以降で既に、バスケットボール[Bリーグ]の生観戦のペースが明らかに減少しているである[もともと、今季の開幕時点で、来季以降は徐々に生観戦ペースが減少するが確定ではあったが]
 実は既に、来季の日程は早くも発表されている。とはいえ来季は、年間の生観戦の合計試合数に上限を掛ける感じにならざるを得ずであり[現実論、家庭と予算には抗えない。それに恐らく値上げも覚悟になる]、勿論に「優先順位を組み立てた上で、パズルを積み上げていく」になるが、現実論としては、「他球団を含めての、各球団の選手編成が確定できた上で」、やっと日程を組み立てていく、になってくるだろう。それに、「年間の試合日程のうちのいくつかは、B2奈良にも充てられる」であるので[ーというか実は、今季の生観戦の試合数が最も多いのは、奈良になることが既に確定ー]、そうなると、「B1[Bプレミア]の生観戦の試合数は、想像以上に絞られる」になりそうな感がと。)


 基本的に、「4年~6年程度のスパンで、転機が訪れてる」であるんですよね。で、いま「2021年夏からカウントすると、4年半ほど」。そう考えると、「『区切り』を考えるときが訪れたのは、『運命』であるといえるかもしれない」と。

 ですけど、「あと2年」という区切りを、いま突き付けられていて、

 「叶えたい景色」、つまり「出会ってきた大切な人間と共に、『最高に素敵な景色』」、はっきりと述べれば「プレーオフ(チャンピオンシップ。野球でいう『クライマックスシリーズ』)の景色」。
 これは、「少なくとも『B1』『Bプレミア』という意味では、恐らくほとんど叶わなくなるのだろう」。(CSの出場枠が、現行の「8」から「12」に拡充が叶うならば、話は別かもだが。ちなみに昨季の京都は、CS出場枠が「12」であれば、「プレーインからの出場」が叶ってた計算)

 だからそう考えると、2026年5月、「今季のB2神戸のCS」(恐らく、少なくとも準決勝までは確実に本拠地のGアリ[ジーライオンアリーナ神戸]であろうし、いまのままならば、決勝に届けば80%の可能性で、決勝もGアリになる)。
 この「今季のB2神戸のCS」は、「絶対に生観戦を逃すわけにはいかない」を意味すると。「この機会を逃すと、もう永遠に叶わない」、これをおのずと意味すると。

 「NENEさんと共に」「谷と共に」、「決勝の、そして優勝の景色を観たい」。確かにこれも、勿論にそうです。でもそれ以上に、いま自分がこの状況を突き付けられて、「『自分自身のために』あの景色を叶えたい」。
 2018年11月18日、東京ドームでの景色。あの景色が、「永遠の心の宝物」であるように。大スクリーンに、鈴木愛奈(Aqoursのメンバー。愛称「あいにゃ」。Aqoursは勿論、女性声優の中でも有数に歌唱力に優れるが特徴)がドアップで映ったとき、「嬉し涙が一気に溢れ出て、1曲半をまるまる棒に振った」、あのような景色を、もう1回観たいんだ!と。
 (ただ、B2のプレーオフ[PO]も、当然にトーナメント方式。超短期決戦である以上、準決勝あたりで負けるリスクは正直にあり得る。とにかく決勝に辿り着いてくれ、決勝に辿り着ければ「恐らく、自分自身が叶えたい景色に辿り着ける。その結果がどうであろうとも」と感じるはずだからと。)

 (→NENEさんというのは、「神戸のチアリーダー」。厳密には昨季終了で引退したが、通算7年間在籍した。スポーツのチアの世界では、平均で3年程度といわれていて、7年間も同一チームで在籍というのは、「とてつもなくすごいこと」である。
 ちなみに今季「アシスタントディレクター」兼「チアスクールコーチ」として球団に残ってる。恐らく今後も何らかの形で球団に残り続けるだろう。
 チアとして7年間も同一チームで在籍[しかも移籍歴なし]を考えると、自分はいずれ「『みなし永久欠番』として球団殿堂入りをして欲しい」と強く感じてます![「みなし永久欠番」というのは、「神戸のチアは、背番号が付与されてないため」。NBAでは、オーナー、MCとかに「みなし永久欠番」の付与事例があります]。


 いま正直に感じているのは、上述のことであるんですよね。
 「自分には、時間がない」を突き付けられている現実を、「受け容れたくない」、これが正直に強くあります。






自分(愛球人)的な、「いずれ数年後に、Gアリ(ジーライオンアリーナ神戸)
に掲げられる、神戸の永久欠番」のイメージ。
「絵心はゼロ」ですので、「およそのイメージ図」として解釈頂ければです。
ストークスの球団カラーは「緑」。ですので「緑地に白字」で掲げられるイメージです。

「番号なしの欠番」は「指導者、チアリーダー、MC、アナウンサー」に付与のイメージ。
ですので、他球団を含めると「篠田和之、宇都宮(実況アナウンサー)」、
「HONSHOW、島根(MC)」「HAZUKI、越谷(チアリーダー)」
とかも、「引退時、みなし永久欠番を付与」にして欲しいと強く感じてます。
(敬称略で、申し訳ないです。)



2026年(今年)の年明けに購入した、奈良(B2)の回数券。
「5枚、7000円」(1試合あたりで1400円)。
(普段のFC価格は「1700円+手数料」で、実質「2250円」。
つまり実質は「3試合分を、5試合分に」の計算に。)
この「回数券を事前に購入してた」ことは、正直に大きなプラスです。

回数券は、「2月15日日曜日、橿原での、vs鹿児島」で1回目を行使済み。
あと残りの4試合分は、「3月のvs青森、vs福島」で一気にぶっ放します。
回数券を購入してなければ、「5試合が、3試合になってた」可能性が高いので、
自分のいまの状況を考えると、「どれほどに大助かりであるか」と。

そう「高いFC年会費」に照らして考えると、「無料チケット◎回分」も勿論に嬉しいが、
B1球団でだと、自分的には「2階席の回数券、2000円×4試合分」、
これを設けてくれた方が、正直に断然に助かります。
「どうしても観たい試合がある、でも『チケット争奪戦が想像される』あるいは
『目の前の予算がない(いわゆる金欠)』」の場合でだと、
この「回数券制度の行使」が叶えば、どれほど有難いことか、です。

「あと2年」といえるのは、「関西圏の球団」であるから、でもある。
これが、先述のように「宇都宮、群馬、仙台」であれば、「既に引退に追い込まれてた」
ですので、正直に。
ですけど、「4000円の壁」、このラインは堅持して欲しい。
でないと、「これ以上はついていけない」人間は、恐らく自分だけではないと感じてます。

まあ、この、「奈良の回数券」。
今季、最も生観戦の試合数が多い球団は「奈良」です。
勿論、最大の理由は「奈良がシンプルに、大好きだから」。
ですけど正直に、「奈良はB2球団であるが故に、安価であるから」、
これも正直にあります(しかも奈良は、「The・プロビンチャ」)。



2025年11月初旬に購入させて頂いた、「VAIO、SX14」(VJS1468)。
(2023年6月モデル」。つまりこれでも「1つ前の古いモデル」。
いままでも、性能を重視して、「意識的に1つ前のモデルにしてきた」。)
総額で「36万円程度」。周辺機器をも加算すると「40万円超え」。
勿論に「人生最大の買い物」です。金額を計算して、正直に顔面蒼白でした。
「白」は、自分の特に好きな色の1つでもある(他には、「紫」「青」も好むが)。
ですので結果的には、「『自分らしさ』を象徴する1台」にもなりました。
「純国産である」「サポートシステムの充実」「カスタマイズモデルだから」。
これが、「VAIOにずっとこだわり続ける理由」としてあります。
「自分好みのモデルにできる」に加えて、「画面サイズが大きい」ですので、
「斜視・近視持ちである自分にとっては、これ以上の存在は恐らくない」と。

ですけど、4年後となると、今回のことが起きていなくても、
母の年齢面を考えると、「母親の介護」に突入になること自体は、想像できてた。
(これがまさか、購入からわずか2か月でこうなるとは…ではあったがと。)
先述のように、自分は「父とは、確執といってよい不仲」ですので、
(「根っこのフィーリングが合わない」ので、いわば「どうしようもない」)
4年後は、これほどのPCの購入が叶うかは、「保証の限りにあらず」と。
(勿論、PCは「仕事用具そのもの」であるので、「PCがない自分は、ありえない」
訳だが、「価格・性能の面では、かなり大幅な妥協をせざるを得なくなるだろう」と。)

で、今回のPCは、自分にとって「41歳~45歳」のシーズンを
過ごすことにもなる。つまり「年齢的にも、いまが全盛期のラストである」と。
その意味でも、「長くても、4年後には『区切り』が来る」ことは、
正直に想像できてた、ではあるんですよね。
ですけど、「あと2年」(もしかしたら「あと1年」もあり得る)で「区切り」を
突き付けられてる現況は、「正直に、悔しい」が本音であると。
いまいえることは、「あと2年を、後悔のない時間にできるように」。
そう、東北で学んだことの1つである「できることを、できる範囲で、最大級に全力で」。
いままさしくこれが、なおさらに求められるときが来てるんだなと。



 そう、いま正直に「この2026年、自分はどんな状況にいるのだろう?」、いわば「あと2年どころか、この2026年の年末を迎えているときを、想像することが『怖い』」と感じてる自分が、正直にいます。

 「後悔」「未練」が残る感じは、恐らく避けられないだろうと。でも、この「後悔」「未練」を、できるだけ最小化できるように。正直に感じてる1つが、これです。
 「先が読めない」んですよね、だから「漠然とした恐怖感が増幅」されてる感じでと。



 【昨季(2024-2025)、生観戦の試合数。】
 (RS[レギュラーシーズン]で。ここでは便宜上で、PSG[プレシーズン]、PV[パブリックビューイング]はカウントせずにいきます。)

 京都(17試合)
 神戸(8試合)
 奈良(11試合)
 大阪(4試合)
 滋賀(1試合)
 島根(3試合)

 合計(44試合)(うち、遠征である滋賀、島根を除くと「40試合」)


 【今季(2025-2026)、生観戦の試合数。】
 (RS[レギュラーシーズン]で。ここでは便宜上で、PSG[プレシーズン]、PV[パブリックビューイング]はカウントせずにいきます。
 「既に生観戦済みの試合」+「恐らく生観戦の予定の試合」=「合計試合数」で表記させて頂いてます。)

 京都(6試合+1試合=7試合)
 神戸(3試合+2~4試合=5~7試合)
 奈良(9試合+4試合=13試合)
 大阪(1試合+0試合=1試合)

 合計(19試合+7~9試合=26~28試合)



 そう、昨季が「40試合」で、今季は実は、開幕前の当初の構想では「36試合~38試合程度」のイメージでした。
 それが、いまのままでだと、今季の生観戦の試合数は、(5月の神戸のPOは、ここではカウントしていない感じですが、)「26試合~28試合」。
 そう、当初の構想に比して、なんと「10試合程度」も少なくなってます。

 このうち、「1月24日~2月15日、4週連続、8試合」で生観戦を構想していましたが、現実に生観戦が叶ったのは「3試合」。つまり「生観戦を断念した試合=5試合」になります。

 「26試合~28試合」のうち、2025年の年末までに生観戦が叶った試合数でだと「14試合」。つまり、2026年の年明け以降に絞ると「12試合~14試合」です。
 勿論に、対戦相手の兼ね合いとかにもよるではあるのですが、バスケットボールの場合、より盛り上がっていくのは、年明け以降になる。ですので、より理想は、「年明け以降に、生観戦の試合ペースを増やしていける」になるのです。ですけど現実は、この真逆になっている。
 それも、2026年の年明け以降のうち、既に生観戦済みであるのは「5試合」です。ですので、このnote記事の執筆時点でだと「19試合」。
 3月に、奈良の4試合を生観戦の構想ですので、それができたと仮定して「23試合」。これは幸いに、回数券を手元に確保できていますので、恐らく高確率で叶うかなとは思ってますけどと。


 ですけど、いまのままでいくと、今季のBリーグの生観戦の試合数。
 「26試合~28試合」でのフィニッシュになりそうな感じですが、内訳でだと「B1が8試合、B2が18試合~20試合」。まさか正直に、B1の試合数が1桁にとどまるに終わりそうとは、正直に全く想像できてなかったです。

 勿論に、奈良や神戸が純粋に大好きであることは大きな理由の1つではあるのですが、「B2球団であるので、必然的に価格が抑えられやすいこと」、こうして整理すると、「想像以上に、価格の影響が出てるよなあ…」と。



 で、来季(2026-2027)だと、目安として、全体の合計の生観戦の試合数を、上限で「20試合~20試合強」(多くても25試合ほどまで)、「家庭の事情面」もですけど、特に恐らくは「予算面」で、これが上限にならざるを得ないだろう、と読んでいます。
 で、何よりも現実論は、「普段の自分」が最優先であるですので、「普段の自分」に支障にならない範囲内で、これに特に留意する必要があると。

 「先のことはわからない」である上でですけど、「あと2年」、つまり「2027-2028を、区切りと位置付けるラストの年」にすることが叶う場合は、恐らくですけど、「生観戦の試合数は、なおさらに減らさざるを得なくなるだろう」と想像してます(全体の合計で、恐らくですが「10試合は上回るが、20試合にはならない」の感じになる?と)。



 で、(天王寺と三宮の)「半2拠点生活」と述べていますが、実際は、リアル、バスケットボールを総合すると、


 「天王寺」(普段の仕事面での最大拠点。自分のnote記事では、何回も繰り返しに言及しているが、「あべのハルカス」が「日常の景色」「仕事場の1つ」であることは、「当たり前ではない、とても感謝なこと」「何年も身を置いても、今でも不思議な感覚であり続けてる」が正直です。)

 「梅田」(「どうしても購入したい書籍、PC関係製品があるとき」「大阪中央郵便局の利用が必要なとき」「作品によるが、観たい映画があるとき」を中心に、なんだかんだで毎月に、一定数の利用機会が。
 「茶屋町、ジュンク堂書店」「梅田、ヨドバシカメラ」の存在は特に、「こうして都市部に生きていることに、とても感謝である」を実感してます。東北での復興支援活動への参加の経験から、地方への移住をかつては何回かマジで検討してた経緯がありますが、「自分が都市部に生きることは、『運命』であったんだな」と正直に感じる場所でもあります。)

 「三宮」(「半2拠点生活」での「第2拠点」。月によるが、月に3回~4回程度のペースで利用のイメージ。自分は「西宮で、中学3年生までを過ごした」[小学4年生のとき、「阪神・淡路大震災に被災してる」]、ですので自分にとって「西宮、神戸は『心の故郷』である」のでと。
 「最後は、心の故郷である、西宮・神戸に帰って終わりたい」、この願いが、まさかの形で叶うとはの感じですが、「仕事効率が最も進む傾向を感じる」のは、三宮にいるときなんですよね。「気持ちの持ちようが、無意識的により前向きになれてるから」と、恐らくですけど感じてます。)

 「京都」(「必ずしも毎月ではないが、月1回の、リア友との集まりの場所」がここ。実は「2回の大学生時代の場所」[2回目は通信制であるのでイレギュラーではあるが]でもある。
 「近鉄特急での大回り乗車」[橿原神宮前を経由しての。乗り鉄を兼ねた、いわば「趣味と実益」]が、ささやかな自分スタイルになってるが、それを含めて、「京都にいる機会を、月1回は持つこと」は、自分の内面にメリハリや深み、より広い視野を生み出せてるんだろうなと。)

 「奈良」(日程的な関係で、「近鉄週末フリーパス」[3日間で5000円]を利用するときに、不定期で活用[他の場所とは異なり、必ずしも毎月ではない]。奈良のファンならば御存じかなだが、奈良の試合会場[ロートアリーナ奈良]の近くにスターバックス[スタバ]があり、ここは「自然が豊かな場所」でもあるので、「ささやかなリフレッシュの場所」にも。)




 そう、「天王寺」「梅田」は勿論に、「『三宮』『京都』『奈良』といった場所も、利用機会を持てている」こと。特に、位置関係や必要交通費的に、(自分の中での感覚的には、)「京都」「奈良」は、いわば「プチ遠征」的な感じでもあるんですよね。

 そう、「普段の生活という意味で、『大阪』『神戸』『京都』『奈良』という、『4つの都市』を経験できるライフスタイル」をさせて頂けてることは、自分にとっては、「変化をつけられてる」「視野の広さ、深みを生み出す一助になってる」こともですし、「結果として、プチ遠征的な感じにもなってて、とても有意義で感謝なこと」でもあるんですよね。


 2024年12月、2025年4月に、「松江への遠征」を叶えた。でも、東京や名古屋、松江といった遠征は、「正直にもう、叶わない」になります。
 ですけど「普段の生活の過程で、プチ遠征を叶えさせて頂けてること」、その意味で、「プチ遠征が叶えられてることを、その1回1回を、なおさらに有意義にできるように」、正直にそう強く感じてます。



 いずれ、そう、「『あと2年』で『区切り』」と心に決めたこと、「区切り」を迎えた後は「自宅がメインになる」になりますけど、「書く・伝えるで生きること」自体は、「区切りを迎えて以降も、これ自体は揺るぎない」「というか、自分の『生きる道』は、現実論でこれ1択であるので」と。
 そう、今回のnote記事で、「区切り」の言葉を多用させて頂いてるのは、

 「『区切り』ではあるけど、『終わり』ではない。
 『家庭、資金、体力の限界』は受け容れざるを得なくても、『気力の限界』が訪れるまでは、『終わり』と位置付けたくないんだ!」

 この想いを、正直に込めてるんですよね。



 …って、2026年の実質2回目のnote記事で、「自分市場で、恐らく最も重い内容の記事」を執筆させて頂くことになった感じですけど、

 「『あと2年で、区切り』と述べてるけど、『区切りであって、終わりではない』し、『いますぐに区切りにする意向ではない』(そして何よりも、自分自身が、さすがにいますぐには嫌だと感じてる。特に家庭の状況次第で、2026年の年内でとかは、起こり得るかもしれないではあるけどと。
 それに、『区切りを迎えた後』でも、『書く・伝えるで生きる』は続ける意向で満々であるし(家庭の事情で、ある程度の制約はやむなしであると思われるが)、それに、
 『たとえ生観戦にほぼ区切りにならざるを得なくても、自宅からでも、その情熱は不変であり続ける』とはっきりと強く感じる、なぜって、野球がそもそもでそうだからと。
 たとえ『置かれた場所・環境に変化があろうとも』、『心の意欲・情熱は、これからもずっと揺るがない』(ーよくも悪くも、『自分は自分としてでしか生きられないから』を含めてー)。
 そう、『尖っている自分であるけど』(ー正直に、「自分で自分自身のことを『めんどくさい人間だよなあ』と、どれほど感じてきたかわからない」ですしー)、これからも何卒よろしく御願い申し上げます。
 『執筆ペースは、頻度に差があるにせよ、少なくとも月に1本~2本程度は、と強く意識していますので。』」


 これが、いま伝えられる正直な感じです。
 「悔しい」「悶えている」(もだえている)、この想いがないといえば、正直に嘘になる。ですけど、「これからも人生は続く」でありますし、「生きる証は残ると信じてる」し、「たとえ制約がある中でも、できることの中で、意欲・情熱を持ち続けることはできると信じてる」ですので。

 これからも、何卒よろしく御願い申し上げます。自分らしく、「全身全霊」「努力に勝る天才なし」と信じて。


 【新春記事#4A】【社会貢献#19A】【エッセイ#72A】

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