太宰をめぐる冒険 三鷹編 文学散歩
こんにちは!aishiです。
中央線沿線に住んでいると太宰治関連の話題に何かと触れる事が多いですね。特に三鷹は太宰推しの圧が強い(笑)
なので今回は三鷹で太宰治の足跡を辿ってみたいと思います。
個人的には太宰治のイメージは職業作家で割と器用というイメージ。
人の期待に応える為にピエロを演じがちという印象もありますね。
ただそんなに太宰治を読み込んでいる訳でもないですし、小説も時間がある時の暇つぶし的なノリが大きいので他の人とは持っている印象が違うかもしれません。晩年よりは身体を壊す前の方がやっぱり好み。
ちなみに最近読んでいるは西村賢太作品。
太宰治とは何の繋がりもない感じもしますが、西村賢太氏が一時期傾倒していたのが田中英光。その田中英光は太宰治に心酔し、色々とアドバイスを受けていた関係。そして太宰治が自殺後、田中英光は太宰の墓の前で後追い自殺してしまいました(何と迷惑な。。いやそもそも太宰も大概だけど。。)。
そういう訳で近からずも遠からずな縁のある作家達。

話を戻してそんな太宰治の足跡を三鷹で辿ってみたいと思います。
一応太宰好きなら行って損はないところには 「※おすすめ」を入れておきました。「※おすすめ」と入れた場所でも正直そんなに派手なところは無いので太宰好きでなければ行っても戸惑う場所もあります。
旧居跡は看板だけのところも多いです。
ただ太宰研究が好きな方にはそういう物があると足跡が辿りやすく有り難いと思います。
一応形式的に今回の記事で紹介する場所には番号を振っています。
番号順に周ってもらうと効率的に周りやすいと思います。
ただし三鷹市が解説板に振っている番号とはリンクしていないので悪しからず。一度に周ると割と大変だと思うので自分なりに行きたい場所を組み立てて興味のあるところから行ってみてください。もちろん運動も兼ねて周ってみるのも良いですね。
太宰ゆかりの場所
三鷹市がまとめているこちらの地図を参考にしてもらうとわかりやすいと思います。この地図に載っている場所の他にも数箇所太宰に縁のある場所があるのでそちらも今回は付け加えて載せています。
また今回は三鷹駅を起点として数字を独自につけているので下の地図の数字とはリンクさせていませんので悪しからず。
1.三鷹駅
解説:太宰治ももちろん利用していた三鷹駅からスタート!
当然当時の面影はありませんがこちらを起点とします。





2.みたか観光案内所
解説:多くは無いが太宰治グッズなど扱っている。
場所はみたか観光案内所アクセスを参照。

3.太宰治展示室 ※おすすめ
解説:三鷹駅前、三鷹コラルビル 5Fにある太宰治展示室。
若干わかりにくい場所にありますが無料ですし太宰の創作の雰囲気を感じられるので太宰好きが三鷹に来たら行っておきたい場所ですね。
撮影は玄関と書斎は写真撮影可能。何故かその横のタペストリーは撮影NGでそこは疑問を感じます。


4.三鷹跨(こ)線人道橋跡ポケットスペース ※おすすめ
解説:三鷹駅と武蔵境駅間の線路上に架かっていた跨(こ)線人道橋跡になります。現在は三鷹跨線人道橋跡ポケットスペースとして保存されています。太宰も好んでよく訪れていたという場所。
ここで撮られた太宰の写真も有名ですね。
電車も見えるので太宰好きでなくても親子でも楽しめると思います。

こちらの記事でより詳しく解説しています。

5.中鉢家跡
解説: 現・藤和シティスクエア三鷹駅前 。
解説板のみ。
「朝」はこの部屋が舞台との事なので上を見上げて窓から太宰が放尿する姿を想像するのも面白いですね。
一九四六(昭和21)年 11月、疎開生活からもどった太宰は、来客をさけて執筆するために早速、仕事場を借ります。三鷹駅前郵便局のはす向かいの家の二階でした。
ここで「ヴィヨンの妻」などを書きました。「朝」はこの部屋を舞台にしています。
太宰が生きたまち 三鷹
「お寒くありません?」
と、キクちゃんが、くらやみの中で言った。
私と直角に、こたつに足を突込んで寝ているようである。
「いや、寒くない。」
私は上半身を起して、
「窓から小便してもいいかね。」
と言った。
「かまいませんわ。そのほうが簡単でいいわ。」
「キクちゃんも、時々やるんじゃねえか。」
私は立上って、電燈でんとうのスイッチをひねった。つかない。
「停電ですの。」
とキクちゃんが小声で言った。
私は手さぐりで、そろそろ窓のほうに行き、キクちゃんのからだに躓つまずいた。キクちゃんは、じっとしていた。
「こりゃ、いけねえ。」
と私はひとりごとのように呟つぶやき、やっと窓のカアテンに触って、それを排して窓を少しあけ、流水の音をたてた。
朝 太宰治


6.うなぎ若松屋跡
解説:今のマクドナルド三鷹店などの入ったクレッセント三鷹の裏手に屋台のうなぎ若松屋跡がありました。現在は解説板のみ。
太宰が編集者との打合わせ場所にしていた馴染みの屋台でした。
品川用水(現・さくら通り)沿いにありました。
太宰が生きたまち 三鷹


現在の若松屋は国分寺で商売をやってらっしゃいます。
店の入っておく右側に太宰治の写真や作品が飾ってあるので気になる方はお店の人に一言かけて見せて貰いましょう。
7.田辺肉店離れ跡
解説:現・ムサシ三鷹ビル。現在は解説板のみ。
一九四七(昭和22)年四月からは、「斜陽」を書き継ぐために、田辺肉店のアパートを借り、外部との連絡は若松屋を通して行ったと言われています。この店を舞台にして「犯人」が書かれました。
太宰が生きたまち 三鷹



8.美登里家鮨跡
解説:太宰が通っていた鮨屋。
現在は面影無し。解説版も無し。
さくら通り沿いにあった。
因みにさくら通りは玉川上水の分水「品川用水」が戦後に暗渠化されたもの。
太宰馴染みのすし屋でした。「鷗」と随筆「酒ぎらい」には、「三鷹駅近くの、すし屋」として書かれています
太宰が生きたまち 三鷹

9.伊勢元酒店跡&太宰治文学サロン ※おすすめ
解説:太宰が通っていた「十二月八日」に登場する、伊勢元酒店の跡地には現在太宰治文学サロンがあり太宰治に関する作品や資料、グッズ等が置いてある。
ボランティアガイドによる三鷹のゆかりの地案内等もやっている。
詳しくは公式WEBを参照。
外には伊勢元酒店跡の解説板もあり。
太宰一家が利用していた伊勢元は、「十二月八日(太宰治作品)」にも店名が登場します。
その跡地に建ったビルの一階に、太宰治文学サロンが開設されました。
太宰が生きたまち 三鷹



文学散歩が好きな方はこのポストカードはお土産に楽しいと思います。

ベストにネクタイ、トラウザーズに軍靴というのが当時の世相を表す感じで良いですね。


10.小料理屋「千草」跡
解説:解説板のみ。
太宰治ゆかりの地
小料理屋「千草」跡
この場所は、作家・太宰治が昭和22年7月より
2階を仕事部屋として使っていた小料理屋「千草」の跡地です。
小料理屋「千草」跡 碑


11.野川家跡
解説:現・有限会社永塚葬儀社。
野川アヤノという家主の2階家。山崎富栄の下宿先。
太宰は1947年9月頃から翌年入水自殺を図る9ヶ月間ここに入り浸り執筆活動をしていました。
山崎富栄と親しくなった一九四七(昭和22)年九月頃から、彼女が下宿していた野川家の二階北側の部屋も仕事場にしていました。
太宰最後の日、一九四八(昭和二三)年六月一三日に、「グッド・バイ」(未完絶筆)などを残し、ここから二人で玉川上水へ向かいます。
太宰が生きたまち 三鷹


12.「乞食学生」碑
解説:玉川上水沿の歩道、玉鹿石(太宰治入水の地)手前の歩道脇に設置されている「乞食学生」碑。
九四八年(昭和23年)六月
宰治は近くの玉川上水で自らその三十九年の生涯を終えた。
「乞食学生」碑


13.玉鹿石(太宰治入水の地)
解説:津軽地域を中心に産する「錦石」の一種の玉鹿石。
彼の故郷である青森県金木町(現・五所川原市)産の錦石で作られており
1996年に太宰を偲んで入水したとされる場所に設置されました


彼の故郷である青森県金木町(現・五所川原市)産の錦石で作られており
1996年に太宰を偲んで入水したとされる場所に設置されました




14.万助橋
解説:井の頭公園手前にある橋。「乞食学生」で名前が出てくる。
私は、流れてゆく桜の花びらを、いつのまにか、追いかけているのだ。ばかのように、せっせと歩きつづけているのだ。その一群の花弁(はなびら)は、のろくなったり、早くなったり、けれども停滞せず、狡猾こうかつに身軽くするする流れてゆく。万助橋(まんすけばし)を過ぎ、もう、ここは井の頭公園の裏である。私は、なおも流れに沿うて、一心不乱に歩きつづける。この辺で、むかし松本訓導という優しい先生が、教え子を救おうとして、かえって自分が溺死できしなされた。川幅は、こんなに狭いが、ひどく深く、流れの力も強いという話である。この土地の人は、この川を、人喰い川と呼んで、恐怖している。
「乞食学生」 太宰治


15.松本訓導殉難の碑
解説:万助橋の項目でも紹介した「乞食学生」でそのエピソードが出てくる松本訓導殉難の碑がある。説明板を読むと助けようとした子供の安否が書かれていないがどうやら子供は草にしがみついて周りの大人に助けられたようだ。玉川上水は現在は流れは穏やかだがその役目を終えるまでの昭和40年まではその流れは急で人喰い川と呼ばれていた。
松本訓導殉難の碑がある場所は井の頭公園の中でも割と静かな場所。
千代田区の小学校からこちらまで遠足に来るのは大正時代往来が今よりは少なかったとはいえ距離にして往復30km強と中々のもの。


16.みたか井心亭 太宰治ゆかりのさるすべり ※おすすめ
解説:みたか井心亭は三鷹市の和風文化施設。
そこに太宰治旧宅に植えられていた百日紅(サルスベリ)が移植されています。
三鷹跨線人道橋跡ポケットスペースにもサルスベリが植えられたのはこのサルスベリに由来する。折角なので本物を見ておきたいところ。
解説板あり。
井心亭は三鷹市の和風文化施設です。すぐ近くの太宰治旧宅に植えられていた、「玄関の前の百日紅」(「おさん」)が庭に移植されています。
太宰が生きたまち 三鷹


16.太宰治旧居
解説:現・みたか井心亭向かいの路地の奥にあった妻・石原美知子と過ごした終の住み家。
太宰治は、昭和14年(1939)9月1日に妻・津島 美知子(旧姓 石原)の郷里である甲府から、東京府北多摩郡三鷹村下連雀(現:下連雀2丁目)に居を構え、終の住み家となりました。六畳、四畳半、三畳の部屋と玄関、縁側と風呂場がついて12坪半ほどの新築の家は、3軒並びの一番奥で家賃は24円。太宰は、「鷗」 (昭和15年)、「乞食学生」(昭和15年)、「おさん」(昭和22年)などの作品の多くに自宅や周辺の様子を創作をまじえて描き残しています。
三鷹市スポーツと文化財団 コーナー展示「三鷹での太宰治」
http://mitaka.jpn.org/ticket/110208d/

ここに太宰の旧居があったらしい。
私道なので入らず。因みに芸人であり作家の又吉直樹氏もその場所に住んでいたららしいです。
動画で平成2年頃の太宰治旧居跡の様子を見る事ができます。
17.新橋(三鷹市)
解説: 三鷹市牟礼4丁目22−11「新橋」の下流約10m付近で太宰治と山崎富栄が発見された。


因みに太宰とはあまり関係ありませんが、この場所は地域通称で明星台と呼ばれていました。その由来はこの地に明星学園ができた事から。
そしてインスタント食品などで有名な明星食品はこの地で創業し「明星台」の名前から社名を「明星食品」としました。

18.連雀湯跡
解説:説明版のみ。ホンダドリーム吉祥寺のところにある。
「十二月八日(太宰治作品)」には、銭湯に妻が長女を連れてでかける場面があります。連雀湯には、太宰一家が通っていました。
太宰が生きたまち 三鷹


19.珈琲松井商店
解説:珈琲 松井商店、以前は「松井商店」として酒・たばこを売る商店で、太宰治が度々たばこを買いに訪れていた。
元々商店があった場所から隣に2025年に移転している。
太宰の名のついたコーヒーも販売しており太宰巡りに疲れたらこちらで休憩するのも良いでしょう。








軽食類はホットサンドはあったのでそれを注文。
中々美味しかったです。


aishiには珈琲がわからぬ。aishiは、街の暇人である。

素敵なカップで飲む珈琲は美味しい。
店内カウンターは常連さんで賑わっていた。
個人的には文学の為のお店って訳でもないし、常連さんの溜まり場っぽい感じは生活に根付いていて良いと思う。常連さんが居た方がこの先も長く続くだろうし。
文学喫茶的なモノを求めていくと温度差は感じるかも。

太宰好きにお土産にするのも良いですね。





20.禅林寺(太宰治墓) ※おすすめ
解説:言わずと知れた太宰治の墓のあるお寺さん。
太宰の誕生日6月19日は「桜桃忌(おうとうき)」とされ太宰を偲ぶ人達が集まります。因みに入水自殺をして三鷹の新橋付近で発見されたのも6月19日です。
また太宰治の墓の前で弟子でもあった田中英光が太宰のお墓の前で後追い自殺しています。
森鴎外(森林太郎)の墓や三鷹事件遭難者慰霊塔もあります。
あまり騒がずに静かな気持ちで手を合わせましょう。
基本的には都道134の連雀通り側の正門からしか入れないので注意。


太宰の墓の前に植えてあって綺麗に咲いてました。
21「斜陽」碑
解説:太宰治の『斜陽』の原稿や亀井勝一郎の文が刻まれたモニュメント。

22.三鷹市桜井浜江記念市民ギャラリー
解説:桜井浜江氏は太宰治と親交のあった三鷹を拠点に活動した女流画家で短編小説「饗応夫人」のモデルとされています。
2022年にアトリエのあった場所を三鷹市桜井浜江記念市民ギャラリーとしてオープン。
太宰は友人知人や当時付き合いのあった編集者とこのアトリエに転がり込んでは酒を呑んだり泊まったりしていたという。



太宰治を語る上で野原一夫の「回想 太宰治」と山岸外史の「人間太宰治」は外せない2冊か。特に太宰が亡くなる前後の三鷹での話は読み応えがある。
23.小料理屋 すみれ跡
解説:面影を残す物無し。
解説版もなし。
モア白金堂のある辺りに昔は闇市があったそうでその闇市の中に小料理屋 すみれがあったそうです。
編集者など太宰に用があった方達の間では「鰻屋にいなかったらすみれか千草をのぞいてみる」のが通例だったそうです。
おわりに
以上で三鷹での太宰をめぐる冒険でした。
あまり太宰治を読んでいなくても縁の地を歩く事で興味が出てくる事もあるし、作品を読んでその作者がいた地を歩いてみたくなる事もあると思います。皆さんもあまり小説を崇高な物と考え過ぎずに気軽に五感を使って文学を楽しんでみてはいかがでしょうか?お茶とお散歩と文学の相性も良いですよね。気軽に三鷹の街を歩いてみましょう!
おまけ

太宰は歯も悪いし晩年は酒の飲み過ぎで身体にもガタが来ていて心身ともにある意味寿命だったのかもしれませんね。奥さんや長兄のエピソードを読んだりしていると身近にいるととても大変そうですが作品を読んだり少し距離を多いて楽しむ分にはとても魅力的な人間であり作家だと思います。
