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60歳以降の美容オジさん

男性が美容について語るのは、今でも少し照れくさく感じます。
それでも60代になって思うのは、健康と同じように外見のメンテナンスも大切だということです。

男性の美容という言葉は照れくさい
「おじさんが美容に目覚めた」という話を、ときどき耳にします。
いわゆる「美容おじさん」と呼ばれる人たちのことでしょう。
ところが私は、この言葉に少し居心地の悪さを感じます。
美容に興味を持つこと自体は悪いことではありません。
それでも、どこか「おじさんがそこまでやる必要があるのか」という気持ちが残るのです。
若い頃から、美容はどちらかといえば女性や若者のものというイメージがありました。
そのため、自分が美容について語ることに少し照れくささがあるのかもしれません。
では、おじさんの美容はどこまでなら自然で、どこからがやり過ぎなのでしょうか。
その境界線について考えてみました。

何に違和感を覚えるのか
私は、耽美的な方向に行き過ぎると少し違和感を覚えます。
「美容男子」という言葉があります。
若い男性がスキンケアをしたり、眉を整えたりすることを指して使われてきた言葉です。
しかし、それとおじさんの美容は少し違うと思っています。
外見を整えることは手段でもありますし、ちょっとした楽しみでもあります。
ただ、それが前面に出すぎると少し違和感を覚えることがあります。
美容おじさんにおける美学は、7〜8割が機能で、2〜3割が遊び心ではないでしょうか。
自分を若く見せることだけが目的になったとき、何かが少しずれてしまう気がします。
そのラインを越えないことが、品というものなのかもしれません。

どうするのがいいのか
60歳を過ぎても清潔感は大切です。
現役で働いているのであれば、くたびれた印象はできるだけ避けたいものです。
おじさんの美容は、若返るためではなく、今の自分をできるだけ良い状態で保つための投資だと思っています。
健康管理と同じように、外見の手入れも人生後半のメンテナンスの一つです。
崩れていくものを少しでも遅らせるための、静かな抵抗ともいえるかもしれません。

自分はどうか
正直にいえば、スキンケアなどを始めるのは遅かったと思っています。
20代からきちんとケアをしていれば、今より少しは違っていたかもしれません。
しかし、後悔しても肌は戻りません。
何歳から始めても遅すぎることはないと思います。
大切なのは、今の状態をできるだけ維持することです。
そう考えるようになったきっかけは、一つの小さな決断でした。

美容の入口はシミ取りだった
外見を整えることの中には、アンチエイジング、つまり加齢による変化に抗う取り組みも含まれます。
私がそれを意識し始めたのは、シミ取りをしてからでした。
最初は軽い気持ちで受けてみようと思っただけです。
しかし、シミが薄くなると気持ちも前向きになりました。
このような施術には少し抵抗もありました。
それでも、やってよかったと思っています。
もっとも、一部のシミは再び目立つようになってきました。
そのため、もう一度治療を受けるべきかと考えているところです。

若いといわれることがある
いろいろ試してきたせいか、ときどき人から「50歳にはなっていないでしょう」といわれることがあります。
もちろん、お世辞もかなり含まれているのでしょう。
それでも、そういわれるとうれしいものです。
まだ現役でいられる。
まだ働ける。
そんな気持ちになるのです。
外見を整えることは、内側の自分を整えることでもあると思います。
美容は若者だけのものだという考え方は、もう古いのではないでしょうか。
60代でも70代でも、それが男性であっても、自分の外見に関心を持つことは自分の人生に関心を持つことと同じだと思います。
老いていくことは避けられません。
しかし、何もしないまま老け込んでいく必要もありません。
そういう生き方を、私は少し照れながらも「美容おじさん」と呼んでいます。
少し照れくささはありますが、今では私も「美容おじさん」の一人なのだと思っています。

まとめ
・60代になり、美容に対する考え方が少し変わった
・おじさんの美容は若返りではなく、今の自分を保つための自己管理だと思う
・私にとっては、シミ取りが美容への入口になった
・外見を整えることは前向きな気持ちにもつながっている
・少し照れくさいが、これからも「美容おじさん」でいたいと思っている


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