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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-103話 群青の密約2 -深い川は静かに流れる-

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文化祭の死闘から一週間ぶりに目覚めたしゅうは、浄化した“試作品”が肉体ごと消滅した事実を芝山しばやまに報告し、その重責を背負う決意を固める。一方、永遠とわの病室には松任椛まつとう もみじが接触を図り現世の青龍せいりゅうの所在を問いかけるなど、敵の不可解な動きが加速していた。これを受け、喫茶店で対策を練る芝山たちの前で、佐奈田さなだは永遠の聴取時に感じた、ある「疑念」を口にし始める。

橘くん一之瀬いちのせくんの幼馴染おさななじみです。なのに、僕と冴木さえきくんで聞き取りをした際、彼が一之瀬くんについて触れたのは最低限の安否確認だけでした。あえて隠したにしては、話の構成によどみがなく、あまりにも自然すぎた……そこが、逆に不自然なんです」
「……どういうことだい?」

ときが横から口を挟む。組んだ脚をわずかに揺らし、面白がるような、あるいは品定めするような目を佐奈田に向けた。佐奈田は手元の手帳を一度閉じ、目の前の三人を見据えた。

「僕だって多くの聴取を経験してきました。話を逸らそうとしたり、嘘をつく時は、必ずどこかで所作が詰まるものです。でも、彼にはそれが一切なかった。それでいて、気がついたら『たちばなくんの体調を優先して、今日はここまでにしよう』という空気に、僕と冴木くんの方が誘導されていたんですよ」

佐奈田は困惑したように頭をいた。

「後で報告書をまとめようとして、ゾッとしました。大石華奈おおいし かなが松任椛だったこと以外、肝心な一之瀬くんの動きについては何一つ情報が増えていなかった……伝わりますか? 熟練の交渉人のように、無意識に場を支配されていたような、あの不気味さが」

佐奈田の言葉に、入江は腕を組み、いつになく真剣な表情を浮かべた。

「なるほど……佐奈田さんが仰りたいことは分かりました。無自覚に相手を操り、自分の望む着地点へ持っていく……『彼』、そういう立ち回りは上手いんですよ。昔からね」
「えーっと……つまりどういう?」

佐奈田の頭の上にはクエスチョンマークが出ている。

「おい入江。橘はそういうタイプじゃないだろう?」

芝山が真っ向から否定すると、入江は薄く笑みを浮かべた。しかし、その目は笑っていない。入江は芝山の手元にある速報ペーパーを指先で軽くたたいた。

「この報告書にある、永遠くんが椛を退けた際の立ち振る舞いを見てください。友人である相内くんの喉元へ、迷いなく朱槍を突きつけた判断の速さ。彼を案じる気持ちは本物でしょうが、椛を退けるために選んだ手段は、あまりに無駄がなく、リスクを排した最短ルートだ。大切な友人を守るための行動ですら、その思考回路は『従者』としての最適解を叩き出しているんですよ……そこが、今の彼からは想像もつかないほどに冷静沈着で、炎駒らしい」

入江は芝山を見据え、確信を込めて言葉を継ぐ。

「俺が言っている『彼』は炎駒えんくのことですよ。無自覚みたいですけど、記憶が戻りかけてるんじゃないですかね? 自分の主を守るための本能が、現世の彼を突き動かしている」
「……炎駒が、我々の意図を離れて動く可能性があるということか」

芝山の低い声に、入江は冷ややかな真実を突きつけるように言葉を継いだ。

「一之瀬くんが『太陽のげき』だったら、それも当然の振る舞いでしょうね」

その言葉に、芝山は思わず身体を震わせ、佐奈田は驚きのあまり、冷まそうとして少しずつ含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。

「ぶ、ふっ……!?っ、あつ……!智大くん、今なんて……!」

熱さに顔をしかめ、涙目になりながらも、佐奈田は必死で入江を問い詰める。四人のテーブルに並んだ同じホットコーヒーの中で、佐奈田のカップだけが、動揺を映すように激しく波打っていた。

「へえ?それは面白いね」

鴇だけが、愉悦を隠しきれない様子で唇をり上げた。

「可能性だけの話ですよ。でも、本当に太陽の覡だったら五麟みんなはあんな立ち振る舞いはできないでしょう。五麟ごりんにとって太陽の覡は絶対的な存在ですから」

入江はそう言って、冗談めかして話を打ち切った。

「……橘の動向も注視が必要だが、それ以上に深刻な問題がある。先ほど、茅野かやのから直接報告を受けた」

芝山は入江と鴇を交互に見た。

「松任椛が文化祭で神官と怨霊おんりょうの魂を一体化させた”試作品”で茅野を襲撃したようだ。今までの邪霊と比べ物にならない力を持っていたらしい。茅野が強制解放をしたことで浄化したが、その体はちりとなって消えたそうだ」
「……消滅したってことかい? 精神の核が壊れただけなら神官の体は残るはずだろう?」

鴇がまゆをひそめ、コーヒーを飲む手を止めた。

「ああ。茅野の雷撃を受けた瞬間、神官の肉体も魂も、怨霊の魂と共に文字通り塵となって消えたそうだ。……松任椛は、人間を怨霊と完全に同質化させることで、浄化=死という最悪のトラップを仕掛けてきている」
「……エグいことしますね、彼女は」

入江の顔から、いつもの余裕が消えた。

「先輩……それはつまり、これから試作品”に遭遇する度に、怨霊の『浄化』じゃなくて人間を一人『消滅』させなきゃいけないってことですよね……?」
「彼女が”試作品”と呼ぶ以上、まだまだ未完成なんだろうね。”試作品”が完成した時を考えたら……ワクワクするよ」

佐奈田は真っ青になっているが、鴇は強者に会える喜びを隠しきれていない。

「とにかく警察としては消滅した神官の特定を急ぎます。怨霊と一体化したということは、警察としてはしゅうちゃん……茅野さんが浄化した”試作品”を人間としては取り扱えないはずです。人々の記憶に残らない可能性が高いでしょうし、怨霊の浄化として処理させましょう」
――ガタン!
「……俺が恐れているのはそんなことじゃない。五麟の力の源は精神力……心の強さだ。人を消滅させるという重責に耐えかねて精神力が崩れたら、怨霊に殺されかねない」

芝山はテーブルに拳を叩きつけたまま、震える声を絞り出した。

「茅野は自ら下した『消滅』という結果を、迷いのないひとみで淡々と報告してきた。……次があっても、また同じ選択をすると言い切ってな。鷲尾わしのおですらまだ19だぞ。15やそこらの子供に、人を殺めた自覚すら使命感で塗り潰させ、これほどの重責を背負わせることしかできない……そんな自分の非力さを、のろいたくなった」

鴇は芝山の震える拳をじっと見つめていた。まるで、興味深い標本でも眺めるような無機質な視線。やがて彼は、退屈そうに唇の端をわずかに吊り上げた。

「弱者がえても仕方ないよ。ボクはボクの目的のためなら”試作品”を消滅させるよ。きっと彼らだって同じさ。本部長は意外と過保護なんだね?」

鴇はにやりと笑い、冷めたコーヒーのカップに指をわせた。

「俺は彼らの前世の末路に立ち会って来たからこそ、少しでも寄り添いたい……彼らがその重責を負うなら一緒に背負います。あと……芝山さん、佐奈田さん、言っておきますけど俺は永遠くんを信じます。もし彼が隠していることがあったとしても、それは俺達を陥れようとしているのではなく、一之瀬くんを守るため……。だから、永遠くんが自分から話してくれるまで、俺は待ちます」

入江はそう言い切ると、迷いのない動作で椅子いすを引き、背筋を伸ばして立ち上がった。

「この後任務があるので、失礼します」

短く会釈をすると、その背に強い拒絶と決意を滲ませ、よどんだ空気の残る店を足早に後にした。後に残されたのは、主が一度も唇を触れることなく、ただ静かに熱を失っていく琥珀こはく色の液体と、冷ややかな緊張感だけだった。

「――智大くん絶対怒ってますよぉ……」

佐奈田は半泣きで訴えた。しかし芝山は、入江が一口もつけなかった冷たいコーヒーを一瞥いちべつすると、無理やり感情を押し殺すように深く息を吐いた。その横顔は、本部長という重すぎる仮面を、剥がれ落ちそうになるのを必死で手で押さえているかのように見えた。

「言わなくても分かってる。橘の件にしろ、”試作品”の件にしろ、何かあればあいつも俺に知らせに来るだろう」
「……っ、さっきの言葉はなんだったんですか!? みんなに背負わせたくないって、あんなに苦しそうに言ったのに……!」

佐奈田の詰め寄る声に、芝山はゆっくりと視線を上げた。その瞳には先ほどの熱はなく、代わりにひどく乾いた、色のない光が宿っている。

「あれは本心だ。……だが、俺は本部長としての責務を捨てることもできない」

その声は冷たく響いたが、どこか自分自身に言い聞かせているような、危うい硬さを含んでいた。

「……先輩、無理しすぎですよ」

佐奈田は、あえて無機質な『本部長』を演じようとする芝山の痛々しさに、掛ける言葉を失った。これ以上彼を問い詰めることは、今にも崩れそうな砂の城を壊すことと同じだと悟ったのか、佐奈田はただ、寂しげにその横顔を見つめることしかできなかった。

「……間宮はどうする?」

芝山は佐奈田の視線を逃れるように、わずかに声を枯らして鴇へ話を振った。

「ボクは別にどうもしないよ。むしろ、今の平和な仮面ががれた時、炎駒がどんな顔をしてボクらを絶望させてくれるのか……ワクワクが止まらないね」
「先輩……さっきまで智大くんが一番怖いと思ってましたけど、訂正します。間宮くん、君を一番敵に回しちゃいけませんね……」
「佐奈田、また何か新しい情報があったら逐一共有してくれ。こちらも手に入れた情報は共有するようにする」
「わかりましたぁ……」

佐奈田の力ない返事が、喫茶店のジャズに溶けて消えた。芝山は伝票を手に取り、腰を浮かす。

「悪いが、俺もこれから人に会う約束がある。今日はここで失礼する」
「へぇ? こんな時間から密会かい? 公にできない相手と直接会うなんて……よっぽど特別・・な約束なんだね」

鴇が唇を三日月のように吊り上げ、ニタリと笑った。その瞳は、芝山の背後に隠された「毒」を暴こうとするかのように細められる。

「……“あいつ”は気まぐれな奴でな。時間はあちらの指定だ。佐奈田、後はよろしく頼む」

芝山は鴇の探るような視線を背中に突き刺されたまま、夜の闇へと逃げ込むように喫茶店を後にした。

その日の夜。駒葉こまば市の外れ、古い住宅街の境目にひっそりと存在している公園。周囲の家々の生活音は遠く、びついたシーソーと、数えるほどのベンチ。そして、あの頃と変わらず、すべてを見守るようにそびえ立つ大きなケヤキの木。

その木の下に置かれた古びた木製のベンチに、眼鏡を掛けた一人の男が腰掛けていた。街灯の乏しい明かりが、仕立ては良いが、今の彼には少し肩幅が広く見えるスーツの背中を照らしている。

かえで……待たせたな」

芝山が背後から声を掛けると、ベンチに座っていた青年はゆっくりと振り返った。綺麗きれいに分けられた黒髪の隙間すきまから、街灯の光に白く浮き上がったのは、かつてこの場所で刻まれた古い傷跡だ。

眼鏡のフレームが光を反射し、その奥にある深く濃いくまが、彼が歩んできた年月の険しさを物語っている。緩められたネクタイと、心許なく細い首筋。しかし、芝山を見つめるその瞳には、幼い日の面影を残した、柔らかな、けれどどこか寂しげな笑みが浮かんだ。

「いいよ。……はるも相変わらず忙しそうだね」




【次話】104話 群青の密約3 -深い川は静かに流れる-
2026年2月28日(土) 22:00頃更新


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