【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-121話 沈黙の天秤3-任重くして道遠し-
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東雲医院の病室には、永遠からの突然の連絡を受けて、急遽その日の夜に永遠、柊、璃玖の三人が集まっていた。
まもなく、柊の護衛にあたっている璃玖と入江の交代時間ということで、夜もとっぷり更けている。ベッドで上体を起こしている柊の膝の上では、丸くなったクロが彼らの話に耳を傾けていた。
「夜遅くに急に押しかけて悪い。さっき冴木さんから共有があったんだけどさ」
永遠が切り出すと、柊と璃玖の視線が彼に集まった。
「今週の土曜日、澪さんは冴木さんを慶杏大学に案内するらしい。そこにクロを連れていって、澪さんと仲直りさせるのが良いと思う」
「この日のみんなのシフトは?」
柊が永遠の言葉に呼応した。
「黛は柊のところの警護で、俺と入江さんが巡回になってる」
「――ちょっとストップ」
璃玖は窓枠に寄りかかり、腕を組んで眉根を寄せた。
漆黒に染まった窓の外の暗闇とは対照的に、無機質な蛍光灯の明かりが永遠の横顔を白々と照らしている。
「クロの事情は聞いてたけど急展開過ぎない? そんなにいきなり鷲尾サンに会わせて上手くいくの?」
「澪さんとクロはお互いに頑ななところがあるから、直接ぶつけて腹割って話させたほうが良いだろ。俺がフォローするし」
「ちょっと炎駒!さらっと僕の悪口言わないでよ!」
クロは不満げに鼻息を鳴らしているが、それに全く動じることなく、永遠が淡々と、けれど確信に満ちた声で答える。
「橘サンのフォローって、余計に心配なんだけど……仲直りさせればOKじゃないからね?! 大学の施設とか壊して来ないでよ?!」
璃玖は荒い声を上げた。
「冴木さんに正論の豪速球投げさせるよりマシだろ」
「それはそうかも知れないけどさ……」
璃玖は不満げに唇を尖らせた。
二人のやり取りを聞いていた柊が、ベッドに背中を預けたまま懸念を口にする。
「――待って。その体制だと、永遠が任務に呼ばれてしまったら目的を果たせないわ」
「ああ、本部側の根回しは不可欠だ。だから入江さんに協力してもらおうかと」
「最近、入江サンが橘サンのことやたらと気にしてるの、俺でも気づいてるんだけど……そんな人に協力を仰ぐって、上手くいく気がしないな」
璃玖の至極真っ当な突っ込みを、永遠は視線一つで遮った。
彼はそのまま、ぴたりと閉ざされた病室の扉を射抜くような目で見据える。
「入江さんにとっても、澪さんが第二解放できるようになるのは悪い話じゃねぇ。クロが見つかったから和解させたいって言えば、協力せざるを得ないだろ。……な? 入江さん?」
永遠が病室の扉に視線を送ると、わずかな間のあと、観念したようにゆっくりと扉がスライドした。
――カラッ……。
「俺がいるって気づいてて話し続けるのは反則じゃない……? シフトの交代時間を見計らって話し始めたでしょ……そうだと分かっていても入りづらくなっちゃったからね?」
黒い正服に身を包んだ入江が姿を現した。
入江は困ったような笑みを浮かべながら足音もなく病室に入り、ベッドの上の小さな塊――クロに顔を近づけた。
「美鶴先生からも聞いてるよ。その子が澪くんの相棒だね?」
「びや!」
入江が視線を向けると、クロはびっくりしたのか、短い悲鳴を上げて柊がいる布団の中に潜り込んだ。
「あれ? 驚かせちゃったかな?」
「ごめんなさい。クロは臆病で……」
柊が布団の上から、震えるクロを庇うようにそっと撫る。
入江は身を起こすと、正服の襟を正し、少しだけ真剣な目つきで永遠を振り返った。
「――ねぇ、当日のシフトなんだけどさ。俺と璃玖くんの配置を変えない? 永遠くんに完遂してもらうには、邪霊が出た時も一人で対処できたほうがいい。攻撃力で言ったら璃玖くんのほうが高いしね。俺は防護術と転移術を使えるから、柊ちゃんの警護って意味なら劣らないし……」
論理的な提案に、柊は一度だけ瞬きをすると、感情の読めない声で呟いた。
「確かに。入江さん、たまには良い事言いますね」
柊がさらっと言うと、入江がものすごい勢いで柊を見た。
「柊ちゃん?! 元気になって嬉しいけど、切れ味鋭い言葉を言われると俺傷ついちゃうからね?!」
「……配置替えについて、本部長に突っ込まれますかね?」
永遠が腕を組みながら、現実的な問題を指摘する。
「永遠くんもスルーして話し続けるのやめて……本部長には俺から上手く言っておくよ」
「入江さん本当に大丈夫ですか?」
柊が不安そうな表情を浮かべたが、入江はにっこりと微笑んだ。
病室の重苦しい空気を拭い去るように、軽く手を振ってみせる。
「大丈夫、心配しないで。俺が裏切るわけないじゃん」
「そうですね。私も『朱雀』には全幅の信頼を寄せています」
/「柊ちゃん、『朱雀』には入江 智大のことも入ってるよね?」
すかさず身を乗り出した入江から、柊はスッと視線を逸らした。
「ノーコメントでお願いします」
「ちょっと柊ちゃん?!」
大げさに肩を落とする入江の嘆きをBGMに、永遠がパンッと軽く手を叩いて話を切り上げる。
「――じゃあ、皆さんよろしくお願いします」
「永遠くんもまたスルーしてるよ?」
悲しみに暮れる入江を、永遠はあっさりと受け流した。
入江の嘆きに呆れたように肩をすくめると、璃玖はふと思い出したように口を開いた。
「そうそう。茅野サンと橘サンに伝えるの忘れちゃったんだけど、俺と蒼空、来月下旬からシェアハウスでお世話になるから」
「あれ? 母ちゃんは?」
「母さんがさ、新しくできる大学病院の看護部長にならないかって推薦されて。隣の県で、電車で片道二時間以上かかる場所なんだ」
璃玖は少しだけ肩をすくめてみせる。
「俺が受験生だからって悩んでたんだけど……本部長に相談したら、シェアハウスで暮らしていいって。ここなら蒼空は転校しなくて済むし、衣食住の心配もないし、なにより安全だしね」
もっともな理由を並べる璃玖に、永遠はふと気にかかったように問いかける。
「蒼空は大丈夫なのか?」
環境が激変する小さな弟を案じる言葉に、璃玖は少しだけ誇らしげに目を細めた。
「寂しいとは思うけど、母さんを応援したいから頑張るってさ」
「そうか……」
健気な言葉を聞いて、永遠はホッと安堵したように目元を和ませる。
「母さんも来月から引き継ぎとかで帰りが遅くなるから、まずは俺と蒼空がシェアハウスに泊まる日が増えると思う。で、中間テストが終わったタイミングで本格的に引っ越すから、橘サン手伝ってね」
「ああ、任せろ」
永遠が力強く頷いたところで、柊が申し訳なさそうに視線を落とした。
「……璃玖さん、ごめんなさい」
「え?」
「二学期の中間なんて、内申に一番響く時期なのに……現場に出てもらうことになってしまって」
柊の痛切な気遣いに、璃玖はふっと表情を緩めた。
「茅野サン、まさか俺が受験生だからって気にしてるの? 俺がこんなことで成績落とすわけないじゃん。心配無用だから、今はゆっくり休んでてよ」
年下でありながら、どこまでも頼もしい言葉だった。
「……ありがとうございます」
「じゃあ、いまの件を美鶴先生に話してくるよ」
そう言って入江が立ち上がると、璃玖は残される永遠と柊の様子を一度だけ見やり、自らも病室の出口へと向かった。
「俺も今日は帰るね」
軽く手を振って出ていく二人の足音が遠ざかる。
病室には永遠と柊、そしてクロだけが残された。
不意に訪れた、濃密な静寂。
永遠は口を閉ざしたまま、ベッドの脇に立ち尽くしている。
柊は枕の下から、文芸部の冊子を静かに取り出した。
そして、祈るようにそれを両手で包み込むと、まっすぐに永遠を見つめる。
「ねぇ、永遠……少し、二人で話をしない?」
【次話】122話 沈黙の天秤4-任重くして道遠し-
2026年6月27日(土) 21:00頃更新
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