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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-106話 群青の密約5 -深い川は静かに流れる-

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結界「寂滅為楽じゃくめついらく」によって、世界から切り離されたような沈黙が部屋を支配していた。
窓を叩く秋雨の音すら聞こえない静寂の中で、みおは数秒の間、言葉を失って永遠を見つめた。

一之瀬いちのせさんが太陽のげきである……その推論に至った理由を、順を追って説明してもらえますか?」

澪は動揺を押し殺し、極めて冷静なトーンで尋ねた。彼の脳内では、これまでの事件の断片が高速で組み替えられていく。

「俺には本部の人間に話していないことが二つあります。それは俺と松任椛まつとう もみじしか知りません」
「松任椛も知っている情報を本部に伏せるのは、当然リスクを承知の上でしょう。……それだけの理由がある、ということですね」

永遠とわうなずき、自身の記憶の深層をすくい上げるように話し始めた。

「一つ目は、一之瀬眞白ましろ自身に関することです。……一之瀬は、俺としゅうを守るために神術を放ちました」
「え……!?」

澪は微かに息をみ、言葉を失ったように永遠を凝視した。

「『光芒一閃こうぼういっせん』という術でした。神術の基礎かもしれませんが、あいつは儀式なんて受けていないし、記憶もないと言っている。……ですが、そもそもあいつはすでに15歳。神術を使うには15歳を迎えるまでに儀式を終え、その後の鍛錬によって会得を済ませておかなければならないという絶対的な時間制限がある。
鍛錬もなしに放てるわけがないし、仮に現世で密かに儀式を受けていたとしても、今の年齢から修行を始めて間に合うはずがないんです。つまり、『前世ですでに会得を済ませていた』としか考えられない。あいつは襲撃の直前、平安時代の夢を何度も見ると言っていました。……覚醒かくせい前の兆候として、澪さんも心当たりがあるんじゃないっすか?」

永遠の言葉は、淡々と、けれど確実に外堀を埋めていく。

「それで前世の人間だと思ったんですね。……ですが、それだけでは『太陽の覡』だという断定には至らないのでは?」

澪は慎重に食い下がった。しかし、永遠は揺らがなかった。

「ええ。今姿を現していない人物は3人。四官である白虎びゃっこ青龍せいりゅう、そして主の太陽の覡です。でも一人ずつ消去法で絞ることができるんです。まず『白虎』。俺が5月に遭遇した白虎は、入江さんと真っ向から渡り合い、朱雀すざくである入江さんの作り出した異空間にすら力ずくで侵入してきました。戦い方も練度も、前世を完全に引き継いだ『完成形』だった。……当時の眞白に、そんな兆候は微塵みじんもありません。だから別人と考えるのが自然です」

永遠は一呼吸置き、核心へと踏み込む。

「次に『青龍』。これが二つ目に本部に報告していない情報です。文化祭での戦闘中、柊に危険が迫った瞬間、青龍の印が入った防護術が発動したんです」

澪の表情が、一気に険しさを増した。

「……俺は瞳術どうじゅつの影響で忘れていたみたいですが、昨日、松任椛に問われて思い出しました。椛は俺がそれを覚えているか、覚えていないなら俺を利用して青龍を捜索させたいようでした。あの時、柊は気を失っていたから、あれを見たのは俺と椛だけ。意識が飛ぶ直前でしたが、椛も動揺していた……あいつにとって、青龍は危険を冒してでも見つけたい脅威なんです」
「つまり……文化祭の時点で青龍は覚醒しており、かつ柊さんを守るという明確な意志を持っていたと」

澪は永遠の言葉を反芻はんすうするようにつぶやいた。

「守り石に術式を込めるには、対象者を定めて強い術をかける必要がありますよね?神術の仕組みも知らない眞白が、そんな時限装置のような高度な術を生成できるはずがない。……だから、あいつが青龍である可能性も消える」
「橘さんの推論は、極めて確度が高いと思います。……ですが、これほどの重要情報を俺だけに明かした意図を伺っても?」

澪の問いに、永遠は少しだけ視線を下げ、友人を想う少年の顔を見せた。

「理由は二つ。一つは、眞白自身がまだ自分の現状を受け止めきれていないことです。あいつはずっと普通の人間だった。……怨霊おんりょうが見えるようになっただけでも衝撃だったのに、いきなり前世がどうとか言われても、心がついていけずに壊れてしまいます」
「……文化祭の前日、柊さんからも相談されていました。一之瀬さんに怨霊が見えるようになった、気にかけてほしいと」
「……そうだったんすね。そのことを誰かに話したりは?」
「していません。柊さんとの約束を反故にするわけがない」

澪のきっぱりとした答えに、永遠は小さく笑った。

「やっぱり。澪さんならそう言ってくれると思いました。……二つ目は、眞白に対する俺の違和感です。俺には前世の記憶がない。でも……『主って、こんな存在だったっけ?』という疑念が消えなかった」

永遠の声に、答えの見えない苦悩が混じる。

「主は絶対的な存在のはずなのに、眞白はなんか違うというか……上手く言えないんすけど」
「人格が違うのは当然ですが、橘さんの中にある主の残像と、一之瀬さんという存在が一致しないということですね?」
「……はい。澪さんからは、『あぁ、この人は絶対に角端だ』って確信がありました。でも、眞白からはそれが見えない。俺の記憶がないからなのか、それとも……」

永遠はそこまで言って言葉を切り、冷静な「戦略家」の顔に戻った。

「今の曖昧あいまいな状態で強硬に出れば、眞白の父親を刺激します。あそこは今回の一件で、過保護なくらいの警備を敷くはず。……それを利用すべきだ」
「俺は何をすればいいですか?」
「助かります。……俺と柊の協力者になってください。眞白の心の整理がつくまで、俺は秘密を共有してあいつを見守りたい。柊も状況を把握すれば、きっと同じ判断をすると思います」

永遠が深く頭を下げる。その誠実な態度に、澪は静かに頷いた。

「分かりました。俺も柊さんがこの場にいれば同じ行動を取ると思います」
「……ありがとうございます」

永遠が安堵の息を漏らしたその時、澪が鋭い視線を永遠の身体に向けた。

「橘さん、俺からも一つ伺いたいことが」
「なんすか?」
「松任椛から受けた、あの背中の傷……どのように治癒したのですか?」

その質問に、永遠は拍子抜けしたように答えた。

「あぁ、あれは……なんか回復スピードを高めて、自分で塞いで……」
「……治癒力の強制促進は、本来『第二解放』を成し遂げた者にしか不可能な芸当です」
「え? 俺、第二解放なんてしてないっすよ?」

永遠の否定を遮るように、澪が彼の左手首を指さした。

「左手首の包帯を、外してもらえますか」

有無を言わせぬ澪の言葉に、永遠は戸惑いながらも白い布を解いていく。
露わになった肌の上。
そこには、前世の覚醒を証明する「麒麟きりん」のあざが、今までになく鮮明に、脈動するように発現していた。

「痣が出てる……なんで……能力何も使ってねぇのに……」
「第二解放をしている人間は消えることなく浮かび続けるんです。一般人には見えませんが、ある程度視える人間には視認される……柊さんも俺も出たままだから普段はなるべく隠しているんです」
「だから柊はずっとサポーターをつけてたんすね。俺……前世で第二解放をしてたってことっすか……?」
「わかりません。でも、今まで出ていなかったということは何かが原因で不安定だったのかも知れません。調べてみる必要がありそうですね」
「早く思い出さねえと……」

永遠は焦燥の色をにじませ、自身の腕の痣を見つめた。

「つかぬことお伺いしますが、たちばなさんは本当に前世の記憶が戻ってないんですか?」

澪は永遠の言葉とは裏腹に、疑問を投げかけた。彼のひとみには、何かを見透かすような光が宿っていた。

「藪から棒にどうしたんすか?」
「いえ……最近の橘さんの言動が炎駒えんくそのものだと感じることが多いので、意外に感じまして……」
「……眞白のことが佐奈田さんたちに露見しないよう言い逃れした時も、病室を抜け出して三階から飛び降りて、言霊だけで術を編んだ時も……正直、やってる最中は無自覚なんすよ。あとで気づいて、ゾッとする。
……眞白にも『関係を変えるつもりはない』ってくぎを刺されました。嫌でも自覚させられたっていうか。なんつーか、自分が自分でなくなっていくみたいで怖いんす。今の言葉、今の行動は橘永遠としてなのか、それとも炎駒としてなのか……自分でも、もう分からないんすよ」

永遠の吐露を、澪は遮ることなく静かに受け止めた。

「……俺は、覚醒と記憶の回帰が同時でした。戻った直後はさすがに、角端前世の影響を大きく受けましたよ。でも、今は魂に馴染なじんでいる自覚があります」

澪は自嘲じしょう気味に微笑み、言葉を継ぐ。

「正直、今の自分の言動が、角端かくたんとしてのものか鷲尾わしのお澪としてのものか……俺はどちらでも良いと思っているんです。現世でも前世でも、”俺”にとって一番大切な存在は柊さんであり、索冥さくめいなんです。それが友情なのか忠誠心なのかなんて、分からなくていいと思っています。今伺っている限り、橘さんが何を一番大切にしたいのか、そのしんの部分は少しもブレていないように見えますけどね」
「大切にしたい、もの……」
「太陽の覡の従者である以上、魂の強制力が働くのは抗えない宿命です。記憶が戻れば、人格が影響を受けるのも避けられない。……でも。その性質すらもあなたが利用して、大切なものを守り抜ければ、それで良いのではないでしょうか」
「……ありがとうございます。澪さんは、やっぱり強いっすね」
「そんなことありませんよ。本当に強かったら、もっと早く來智らいちと向き合えています。……橘さんの答えが見つかるよう願っています」

澪が部屋を去る際、ドアが閉まる小さな音が、永遠の耳には妙に重く響いた。一人残された部屋で、永遠は再び自分の手首に包帯を巻き直す。今度は、自分を閉じ込めるためではなく、自分という存在をつなぎ止めるための、確かな重みを感じながら。




【次話】107話インタールード4-覆水盆に返らず-
2026年3月20日(土) 21:00頃更新


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