【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-107話 インタールード4-覆水盆に返らず-
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深い眠りの中で、あの頃の景色が見えてきた。
父は内裏の片隅で実務をこなす、しがない下級官人だった。五男として生まれた俺に、両親は最初から何の期待も寄せていなかった。いずれはどこかの公卿の随身として盾になるか、運が良ければ地方の役人の養子に潜り込むか。俺の人生には、選べるほどの道など最初から用意されていなかった。
定められた生をただ消化するだけの日々は、ひどく息苦しい。勉学に励んだところで、血筋の壁は越えられない。俺はただ、泥のように澱んだ時が過ぎるのを待っていた。
左腕に奇妙な痣が浮かび上がった時も、「何かの病か、祟りか」と一瞬頭をよぎったが、両親は一瞥しただけで興味を失った。俺自身も、自分の生に執着などなかったから、そのまま放置していた。
運命が変わったのは、十一歳の元服間近のことだ。
「太陽の覡」の従者だという、麒麟と名乗る男が我が家を訪れた。男が差し出したのは、砂金が詰まった袋と最高級の絹。それが俺という人間の「買い上げ金」だった。狂喜する両親の姿を、俺はただ他人事のように眺めていた。
「荷物はいらぬ。家名も名も、ここで捨ててゆけ」
そう告げられ、俺は着の身着のままで家を出た。その日、俺という存在は社会的に死に、「炎駒」という新しい名を与えられた。
初めて、その御方――「太陽の覡」と相まみえた時、身体の芯を雷に打たれたような衝撃が走った。御方が俺の腕に広がる痣を指先でなぞると、あれほど醜かった痣が、みるみるうちに小銭ほどの大きさに収束していく。――主を見つけたことで、荒ぶっていた力が収まったのだ。
その瞬間、俺の視界からは世界が消えた。ただ、目の前の御方だけが、俺の太陽となった。この人のために生きたい。いや、この人のためだけに、俺の命を使い切りたい。
「わが主よ……。この身のすべてを、貴方に捧げます」
言葉に嘘はなかった。あの日、俺の魂は永遠に、あの御方の従者となった。
――その誓いの熱が、再び左腕の痣を、激しく焦がし始めた。
【次話】108話 忘却の断片1-去る者は日々に疎し-
2026年3月21日(土) 21:00頃更新
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