【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-99話 太陽の残滓4-水は方円の器に従う-
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翌朝、永遠は車椅子を押す看護師と、その後ろを一定の距離で歩く警察官に伴われ、長い廊下を進んでいた。文化祭での一件以来、彼の身辺は「重要参考人兼、保護対象」として厳重な監視下に置かれている。家族の面会すら制限される中、こうして検査室へ向かうわずかな時間が、唯一病室の外の空気に触れられる機会だった。
「橘さん、目眩などはしませんか?」
「大丈夫っす……それより、さっきの検査で終わりですよね?」
「ええ、あとは病室に戻って安静にしていてくださいね」
看護師の穏やかな声を聞き流しながら、永遠は無機質な病院の壁を見つめた。昨夜、窓から飛び降りて眞白に会いに行ったことなど、この監視役たちは露ほども疑っていないだろう。エレベーターが1階で止まり、検査棟から特別病棟へ続く連絡通路に差し掛かった時、前方に聞き覚えのある柔らかな声が響いた。
「――ですから、その件はまた改めて……あら?」
「美鶴先生……?」
永遠が声をかけると、立ち止まった女性が驚いたように目を見開いた。普段白衣姿ではなく、ワンピースに身を包んでいる。
「永遠くん……!体の具合は大丈夫なんですか?」
「あ、はい。傷はもう塞がってるし大丈夫だって言ってるんすけど、検査三昧で退院させてもらえなくて……色々、迷惑をおかけしてすいません」
永遠は車椅子の上で申し訳なさそうに頭を下げた。後ろの警察官が鋭い視線を美鶴に向けるが、彼女が医師であることを確認すると、わずかに警戒を緩めた。
「良かったです。せっかくですから健康状態もしっかり見ていただいてください。大学病院であれば、私のところにはない検査機器もたくさんあるはずですから」
「あざっす……美鶴先生はどうしてここに?」
「今日は従姉妹に会いに来ていたんです。たくさん検査をするというのは晴に聞いていたので、タイミングが合えば永遠くんの様子を見に行こうと思っていました……丁度良かったです」
「従姉妹に会いに?」
美鶴が優しく諭すように言ったその時、背後から氷のように冷たく、それでいて凛とした声が割り込んだ。
「美鶴、もう急に姿を消すからどこ行ったのかと……知り合いか?」
カツカツと小気味よいヒールの音を響かせて現れたのは、ベリーショートに鋭いツリ目が印象的な女性だった。身長は170cm近くありそうで、白衣を身にまとった姿はいかにも「バリキャリ」という言葉が相応しい。ヒールの高さも相まって、永遠を見下ろすその眼差しには周囲を圧倒するような迫力があった。
「この子は本部でアルバイトをしている橘永遠くんです。こちらは駒葉総合病院にお勤めの外科医で東雲美律ちゃん。私の従姉妹なんです」
美鶴が少し慌てた様子で二人を紹介する。
「初めまして橘っす」
永遠は、彼女の放つ威圧感に気圧されぬよう、短く挨拶をして軽く頭を下げた。
「美鶴……人に紹介する時にちゃん付けはやめろって言ってるだろう……それにしても君はあの本部に勤めているのか……見るからに中高校生だろう?」
美律は腕を組み、品定めをするように永遠をじろりと見つめた。その言葉の裏には、好奇心よりもむしろ、何かを警戒するような挑戦的な響きがある。
「本部のことを知っているということは、俺がどうしてあそこで世話になっているかを知っているのでは?」
永遠は車椅子の手すりを握る手に力を込め、鋭い視線を返した。
「永遠くんすみません、美律ちゃんは晴と犬猿の仲でして……」
美鶴が慌てて補足した。その言葉に、美律はフンと鼻を鳴らした。
「君も美鶴ももっと自分の人生を大切にした方が良い。気付いた時には失っているかも知れないから」
「忠告あざっす。でも俺は自分自身でこの道を歩むと決めたので」
永遠は逃げずに、美律の鋭い瞳を真っ向から見据えて答えた。その瞳に宿る揺るぎない決意に、美律はわずかに眉を動かす。
「そうか……なら杞憂だったな。もし美鶴で負えない怪我をしたら私を頼ると良い」
美律は永遠の言葉に、わずかに表情を緩めた。そして、永遠に名刺を渡した。その名刺には、彼女の職業に対する誇りが込められているようだった。
「分かりました……ありがとうございます」
「じゃあ、永遠くんまた」
美鶴は名残惜しそうに手を振り、美律の後を追って歩き出した。二人の姿が角を曲がり、足音が遠ざかるのを見計らって、美律が低い声で美鶴に問いかけた。
「あの子達に伝えていないのか?」
「……伝えても苦しませてしまうだけですから。だからさっき美律ちゃんにお願いしたことは彼らにはまだ秘密にしておいてください」
美鶴は一瞬だけ、永遠が立っていた方向を振り返り、悲しげに睫毛を伏せた。
「無理をすれば進行が早まる。それをもっと自覚しろ。何のために現場から離れているのか……」
「ちゃんと自覚していますよ。だから、こうやって何度も会いに来ているんじゃないですか」
「……私はまだ、受けるとは言っていないだろう?」
「――こんなことを頼めるのは、神官であり医師でもある美律ちゃんだけなんです」
美鶴は、従姉妹の持つ特殊な能力と立場を熟知した上で、縋るように訴えかけた。
「美鶴はこうと決めたら譲らないからな……私が家に反発して医師になった経緯は、知っているだろう?」
「……美律ちゃん、ごめんなさい」
美鶴は、申し訳なさと決意が混ざり合ったような、切ない笑みを浮かべた。
*
連絡通路で二人と別れた後、永遠は車椅子に揺られながら、今の会話を頭の中で反芻していた。
(従姉妹に会いに来た、か……勤務中の従姉妹に会うためだけに、わざわざこの状況で病院に来るか? 柊もまだ目覚めてねぇのに……)
違和感は、澱のように胸の奥に溜まっていく。だがそれを飲み込む間もなく、一行は永遠の個室がある静かなフロアへと差し掛かった。
「橘さん、お疲れ様でした。お部屋までお送りしますね」
「あざっす……でも、もう歩けますから。ここで大丈夫です」
自室のドアが見えてきたところで、永遠はそう言って車椅子から立ち上がった。昨夜の跳躍で確かめた通り、身体はすでに回復を見せている。重力に逆らうことも、一点の淀みもなく足を踏み出すことも、今の彼には造作もない。看護師に軽く会釈すると、彼女は「あまり無理はしないでくださいね」と微笑み、空の車椅子を引いてナースステーションへと引き返していった。
同時に、検査に同行していた警察官も、入口で交代を待っていた同僚と視線を交わし、持ち場を離れていく。
「橘さん、ちょうど良かった。ご学友の方がお見えになっていますよ」
病室のドア前でパイプ椅子に座っていた別の警察官が立ち上がり、永遠に声をかけた。
「ご学友……? 来るなんて聞いてないっすけど……」
面会制限がかかっているはずの状況。家族ですら自由に入れないこの部屋に、なぜ「友人」が通されたのか。永遠は不審に思い、わずかに目を細めた。
「あれ? そうだったんですか? ええと……相内琉生さんという方です。身分証も確認しましたし、学校の友人だと言うので、署の許可を得て短時間だけということでお通ししたんですが」
「相内……?」
その名を聞いた瞬間、永遠の脳裏にざらりとした違和感が過った。
(あいつが見舞いに……?)
最初は小さな疑問に過ぎなかったその思いが、急速に、鋭い警戒心へと形を変えていく。
「……分かりました。ありがとうございます。少し二人で話したいんで、中には入らないでください……絶対っすよ」
「ええ、こちらで控えています」
永遠は短く礼を言い、病室の扉に手をかけた。もう片方の手はスウェットのポケットに忍ばせた石突に触れている。扉を勢いよく開けると、そこには丸椅子に腰掛け、手持ち無沙汰そうにスマホを眺める少年の姿があった。
「おう、橘! 思ったより元気そうじゃん」
永遠は音を立ててドアを閉める。相内はいつものように、屈託のない笑顔を向けてくる。だが永遠は、その笑顔の奥に潜む何かを逃さなかった。
「まあな……それにしても急にどうしたんだよ。警察、よく通してくれたな」
「お前のことが心配で見舞いに来てやったんだろ? 特別に許可もらったんだよ」
永遠は、ポケットの中にある美律から受け取ったばかりの名刺に触れ、その感触で己の冷静さを保った。そして、目の前の友人から一歩も視線を外さないまま、低く、重い声を紡いだ。
「古の火の力よ、我、炎駒と共に戦わん!」
次の瞬間、ポケットから取り出した石突が、爆ぜるような魔力と共に深紅の光を纏う朱槍へと顕現した。
――ヒュンッ!
鋭い刃先が空気を切り裂き、相内の鼻先数ミリのところでピタリと止まる。
「橘?!冗談キツいって……!」
「相内」の顔から、みるみる血の気が引いていく。だが、永遠の瞳には一切の容赦はなかった。
「冗談キツいのはお前だろ? 相内の身体に憑依してどうするつもりなんだよ……なぁ、大石……いや、松任椛?」
その言葉を合図に、「相内」の顔から表情が剥がれ落ちた。代わりに浮かび上がったのは、粘りつくような歪な笑み。口角がもはや人間とは思えない角度まで不自然に吊り上がり、その瞳の奥で、翡翠色の光が冷たく蠢いた。
【次話】100話 太陽の残滓5-水は方円の器に従う-
2026年1月31日(土) 22:00頃更新
https://note.com/aoblue_28/n/n3ecd8f6872ca
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