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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-101話 太陽の残滓6-水は方円の器に従う-

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病室に現れたもみじから「青龍せいりゅう」の正体を問われ困惑する永遠とわ。一方、精神世界で澄義から過酷な代償を告げられたしゅうは、目覚めた直後に自らの両足が動かないという事態に直面する。

「柊さん!どうしたんですか?!」

衝撃音を聞きつけた美鶴みつるが、慌てて扉を開けて飛び込んできた。青ざめた顔で自分の足を見つめる柊の姿を見て、美鶴は息をむ。

「……っ」

すぐさま駆け寄り、柊の足の容態を素早く確かめた。

「美鶴さん……お騒がせしてすみません……両足に力が入らなくて」

柊は美鶴に心配をかけまいと、平静を装った声で状況を伝えた。だが、その指先がわずかにベッドのシーツを強く握りしめているのを、美鶴は見逃さなかった。

「私が足に触れている感覚はありますか?」

美鶴は表情を険しくし、病衣の上から足の付け根から太もも、そしてふくらはぎへと、場所を変えながら指先で圧を加えていく。

「左足は多少感じます。右足は……ひざから下はほぼ感じません」

柊の淡々とした報告を聞き、美鶴は彼女の冷え切った手に自分の手をそっと重ねた。

「後ほど詳しく検査をしましょう。ですが、今回はそれだけ無茶をしたということです。ちゃんと治るまで戦線への復帰は絶対に許しませんからね……まずは目が覚めて本当に良かったです」

医師としての冷静な忠告の奥に、一人の女性としての切実な安堵あんどにじんでいた。柊はそれに応えようとしたが、「そんな悠長なことを」という言葉が喉元のどもとまで出かかって、止まった。

――『解放率を最大まで引き上げる代償は、あなた自身の存在そのもの。水底に引きずり込まれた瞬間にあなたの自我は失われ、この体の主は私へと入れ替わる』

脳裏によみがえ澄義ちょうぎの震える声。あの精神世界での警告が、冷たい水のように胸に広がる。柊は言葉を飲み込み、重い沈黙を選んだ。

「立ち上がれないんですよね?待っててください。今、みおくんを呼んで来ます」
「え?澪さん来ているんですか?」
「はい、ずっと柊さんを警護してくれていたんですよ」

美鶴が扉から廊下へ声を掛けると、僅かな逡巡しゅんじゅんのあと澪が静かに病室に姿を現した。

「澪さん……!」
「柊さん大丈夫ですか?」

澪は泣きそうなのを懸命にこらえるかのように、かすれた声で尋ねた。柊の元まで歩み寄ると、彼は床に膝をつき、身を屈めて彼女の顔色を確かめる。一瞬、確認するように柊と視線がぶつかったが、澪は熱いものにでも触れたかのように、弾かれたように視線をそらした。

「足は動きませんが思ったよりは……」
「確かに顔色は良くなっているようですね……良かったです。失礼しますね」

澪は柊のひとみを避けたまま、壊れ物を扱うような手つきで彼女を抱きかかえ、ベッドへと座らせる。その時、彼の指先が、目に見えないほど微かに震えているのを柊は肌で感じていた。

「ありがとうございます……あの私……」
「大石華奈との戦闘の後、生気不足になったんですよ。事後ですみませんが俺の生気を移させて頂きました。身体に違和感等はありませんか」

澪は冷静を装って努めて平坦へいたんに、柊の顔ではなく、彼女の肩越しにある虚空を見つめたまま言葉を続けた。淡々と事務的な報告を重ねるその表情は、感情を硬い殻に閉じ込めているかのようだった。

「……はい、大丈夫です」
「柊さん、澪くんは詳細を話しておりませんが、本当に命に関わる重症だったんですよ……渡した生気の量を考えたら澪くんの身も危険でした……本当に自分を大切にしてください」

美鶴は柊の無謀さを案じ、諭すように強く訴えた。その厳しい言葉の裏にある深い心配に触れ、柊は「すみません」と小さな声で謝罪した。

「美鶴さん、柊さんが無理をしなくてはいけなくなったのは、俺が助けに行くのが遅くなったのも最大の原因です。そのように仰らないでください」

澪は自分を断罪するようにそう言い切った。その声には、自分を許せないでいる者の拒絶が混じっていた。

「澪さんそんなことは……私はただ、澪さんとの約束を守りたくて――……」

柊は自分を擁護する澪に、咄嗟とっさに澪の服のそでつかみ懸命に言葉を返した。

「ありがとうございます。でも、気を使って頂かなくて大丈夫ですよ。ちょうど芝山さん来ているので声をかけてきますね」

澪は柊が掴んでいた服の袖をそっとおろして、深くは語らず病室を後にした。彼の背中が消えるまで、柊はその姿をじっと見届けた。

「柊さん……どうしましたか?」
「澪さんと……ほとんど、目が合いませんでした」

柊は、静かにこぼした。彼女の繊細な感性は、澪が抱える「救えなかった」という深い傷を正確にとらえていた。

「……文化祭の日から1週間が経っています。柊さんが目を覚まさないかも知れないって澪くんも怖かったんだと思いますよ」
「1週間……」

時間の経過に驚く柊に、美鶴は優しく微笑みながら、椅子に置かれていた黒いバインダーを手渡した。

「文化祭の事件の捜査資料です。柊さんの知りたいことはそちらに書かれていると思います。後ほどはるも来ると思いますから気になることは聞いてみてください」

バインダーを受け取りながら、柊はふと思い出したように問いかけた。

「美鶴さん……一つだけ聞いても良いでしょうか」
「何ですか?」
「わざわざ現場に来て私に守り石を渡したのは何故ですか?美鶴さんが防護術を込めたものなら危険を犯してあの場で渡す必要がありません。この守り石に防護術をかけたのは――……」

柊は掌の中の黒瑪瑙くろめのうを強く握り、美鶴の瞳を射抜くように見つめた。

「……約束をしてしまったので、私の口からお答えすることはできません」

美鶴は苦渋の表情を浮かべ、視線を僅かに泳がせた。

「でも、その守り石に防護術を掛けた人は柊さんの味方です」

美鶴は苦渋の表情を浮かべながらも、口を開かなかった。

「美鶴さんは口止めされているということですね?分かりました……自分で探すことにします」

美鶴の沈黙に、柊は背後にある「誰か」の存在を確信し、そのなぞを追う決意を瞳に宿した。

「……もう一度両足の状態を確認させてください。見せて頂けますか?」

美鶴の言葉に頷き、柊は病衣のすそを膝の上まで捲り上げた。
美鶴が息を呑む。柊の両方のふくらはぎに、それは刻まれていた。麒麟きりんの加護を示すあざとは明らかに異なる、異様な紋様。白蓮の如く気高く、それでいて底知れぬ禍々しい輝きを放つ未知の印だ。

精神世界で、底なしの深淵しんえんに飲み込まれたあの時の感覚。水面が触れていた境界線をなぞるように刻まれたその印は、まるで柊の自由を奪う「かせ」のようにも見えた。

「美鶴さん……これは、一体……?」

柊の震える問いに、美鶴は唇を戦慄わななかせるばかりで、言葉を紡ぐことができなかった。ただ、血の気の引いた顔で、その未知の印を凝視し続けていた。




【次話】102話 群青の密約1 -深い川は静かに流れる-
2026年2月14日(土) 22:00頃更新


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