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【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光-111話 忘却の断片4-去る者は日々に疎し-

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会計を済ませた二人は、病院のロビーを抜けた先にある静かな中庭へと向かった。
頭上からは澄んだ太陽が降り注ぎ、色づき始めた木々の葉が青空と鮮やかなコントラストを描き出している。ひんやりとした秋の風がしゅうほおでて通り過ぎるのを待ってから、みおはベンチに腰を掛け、柊の車椅子の隣で深く息を吐いた。

「……お話とは何でしょうか」
「文化祭の報告書をご覧になったと思いますが、あの書類に記載されていないことがあります」
「記載されていないこと……?」

柊の声は、どこか遠くを見つめるように淡々としていた。しかし、ひざの上で組まれた指先は白くなるほど強く握り込まれている。

松任椛まつとう もみじは文化祭での戦闘の際、”試作品”と呼称する新たな怨霊おんりょうを出現させました。”試作品”と呼ぶだけあって存在は不安定でしたが、それでも今まで出現したどの怨霊よりも強大でした。私が強制解放を行って何とか退けましたが……彼は、私が手を下したことで消滅してしまったのです」
「え……?」

澪の喉が、引きつったように鳴った。夕刻に差し掛かる低い陽光が、柊の横顔を鮮やかに、そして残酷なほど冷ややかに照らし出している。

「あの”試作品”は、そこに存在するだけで自身の強力な力に耐えきれず、体の一部がちりとなって崩れ落ちていました……。その様子を見て、このままでは怨霊と同じように消滅してしまうかもしれないと直感しました。ですが、あそこではらわなければ、文化祭にいるたくさんの人が傷ついてしまう……。だから私は、浄化することを決断しました」

風が止み、中庭は不自然なほどの静寂に包まれた。近くを通りかかる入院患者の穏やかな話し声さえ、今の二人には届かない。

「待ってください……それはつまり……」

澪のかすれた問いかけに、柊はゆっくりと顔を上げ、彼の目を真正面から見据えた。そのひとみには、逃れようのない事実を受け入れた者の、揺るぎない覚悟が宿っている。

「私が、神官である彼を『殺した』ことになります。……何も残らなかったため、身元については芝山さんが調べてくださっていますが、存在そのものが怨霊と同じ扱いになっています。人々は彼の記憶を留めることができず、調査が難航することは火を見るより明らかです」

『殺した』という言葉が、重い実感を伴って澪の胸を深くえぐった。かつて自分も救おうと手を伸ばした「誰か」が、跡形もなく消え去ったという事実。

「俺が……間に合わなかったせいで……!!!」

澪は、太ももの上に乗せた自身の両手にぐっと力を込めた。自分への怒りと後悔が混濁し、こぶしが小刻みに揺れる。
それを見つめていた柊は、迷うことなく右手を伸ばし、澪の強張った左拳の上にそっと自身のそれを重ねた。

「それは違います。私は、あなたとの約束を守りたかった……。だから自分で選んだんです」

柊の小さな手のひらから、静かな熱が伝わってくる。彼女は、自責の念の底へ沈もうとする澪をつなぎ止めるように、優しく、けれど力強く言葉を紡いだ。

「椛はきっと、また新たな”試作品”を生み出して私たちの前に現れるでしょう。”試作品”を浄化するということは、すなわち一人の人間の人生を終わらせるということです。もし、五麟としてその現実と対峙たいじすることが難しいのであれば、言ってください」

柊の視線は、決して試すような冷たさではなく、ただ純粋に澪の覚悟を問うていた。それを受け、澪は弾かれたように顔を上げる。夕闇が迫りつつある中庭で、彼の瞳だけが激しい光を帯びていた。

「俺も、伺いたいことがあります」
「はい。美律みのりさんのお話の件ですね?」
「……どうして言ってくださらなかったんですか? 自我の消失なんて、そんな重大なこと……!」
「あの日以来、澪さんとゆっくりお話しする機会はなかったではないですか。澪さんはずっと任務に入られていましたし、私は病室から出られなかった。……それに、澄義ちょうぎの言葉の意味を、私なりに理解していたつもりでした。解放率を最大限に引き上げた代償で足が動かなくなり、強制解放を続ければいずれ自我がなくなると。しかし、今日の美律さんのお話でようやく点と点が繋がりました。解放率を最大限に引き上げたことで、魂と器のバランスが崩れてしまっていたのですね。だから澄義は、私がこれ以上戦わないように律した……」
「そんな悠長に分析している場合では……!」
「澄義は私に、何かをして欲しいと言っていました。私はそれが何なのかを探します。もしかしたら、過去の文献にも残されているかも知れません」
「なんでそんなに冷静なんですか……! 貴女がいなくなったら俺は……!」

澪の悲痛な叫びにも、柊の表情は揺らがない。

「私と澪さんは、前世で第二解放をしている。……だとしたら、私に降りかかる理不尽は、澪さんにも降りかかる可能性が高いということです。だったら、私が取り乱している場合ではありません」
「なぜ、貴女はそんなに強いんですか……」
「澪さん。來智らいちが見つかったら……今の私の話を聞いてもなお、第二解放を使いたいとお思いですか?」
「はい、それはもちろん」

即答する澪に、柊は少しだけ目を伏せた。

「澪さん、よく考えてください。來智は随獣型の守護獣です。憑依ひょうい型の澄義のように、魂と器を繋ぎ止めておくというのは難しいでしょう。だとしたら、最大解放どころか第二解放を続けることで、澪さんの生命そのものに危険が及ぶかも知れません」
「”試作品”も、第二解放の件も! 俺が何を選ぶかなんて、決まっているじゃないですか……!!! お願いだから……置いていかないでください。俺にも背負わせて欲しいんです……じゃないと俺は……!」

血を吐くような訴えと共に、澪の肩が激しく震える。今にも崩れ落ちそうな彼を宥めるように、柊は自分の右手を、澪の左拳を包み込むように柔らかく重ね直した。その確かな温もりが、澪の荒い呼吸を少しずつ鎮めていく。

「澪さんはもう、たくさんのものを背負っていますよ。背負い過ぎなくらいに。……だから、私の誇りのために、”私”という存在まで背負わないでください」
「そんな……!」

すがるような声を出す澪に、柊は柔らかな、それでいて凛とした微笑を向けた。

「澪さんが覚醒した直後に、仰ってくださったでしょう? 『ようやく貴女と対等に……一緒に戦える』って。……私は、澪さんと対等で在りたいんです」
「柊さん……」

『対等』という言葉が、澪の胸の奥底にすとんと落ちた。守られる対象ではなく、隣を歩く者。その意味を噛みしめ、澪はようやく逃げずに彼女の瞳を見つめ返した。

「ようやく目が合いましたね」

沈みゆく太陽が、柊の双眸に輝きを宿していた。あまりに真っ直ぐで、迷いのないその眼差し。自身の心の柔らかな部分まですべてを見透かされているような感覚に、澪の鼓動が不意に跳ね上がる。

「――!!!」

耐えきれなくなった澪は、思わずばっと顔を背けた。夕焼けのせいだけではない熱が、耳の先まで一気に広がっていくのがわかる。

「私は、どうやったら自我の消失を回避できるのか探してみせます。だから澪さんも、自分自身と、自分自身の分身である來智と向き合ってください」

柊は、動かない自分の足元へ一度視線を落とし、それから決意を込めて前を見据えた。その言葉は澪への願いであると同時に、自分自身への誓いでもあった。

「來智が俺を拒んでいるんですよ……もう、どうしたら良いか……」

澪は力なく肩を落とし、視線をレンガ敷きの地面へと逃がした。彼の脳裏には、自分を拒絶し、闇の中へと消えていった半身の姿が浮かんでいる。

「本当に來智が澪さんを拒んでいるなら、駒葉こまば市から遠く離れてしまうのではないでしょうか。……私からすると、澪さんと來智は似た者同士な気がしていますけどね」

柊がふと茶目っ気を含んだ声で言うと、それまで張り詰めていた空気がふっと緩んだ。冷たくなり始めた夕風が、カサカサと乾いた音を立てて落ち葉を中庭の隅へと追いやる。

「柊さんには敵いませんね……分かりました」

その意外な指摘に、澪は一瞬呆気にとられたあと、図星を突かれたような苦笑いを浮かべた。彼の中にあった頑なな不安が、彼女の言葉一つで少しずつ解けていく。

(澪さん……良かった)

澪の表情が和らいだのを見て、柊が密かに安堵あんどの息を吐いた瞬間――。

突然、世界の音が不気味なほどに消失した。

「え?!」

目の前に広がるのは、先程までいたはずの病院の中庭。にも関わらず、そこには澪はおろか、誰の姿もない。

「一体どういうこと……? どうして突然人がいなくなったの?」

咄嗟とっさにポケットからスマートフォンを取ろうと視線を落とす。
しかし、柊は息をんだ。
気がつけば、車椅子くるまいすに座っている彼女のお腹の高さまで、黒くよどんだ水が音もなく迫っていたのだ。ひやりとした水の感触が、確かに衣服越しに伝わってくる。

「――さん、柊さん!」

不意に鼓膜をたたく声にハッとして顔を上げると、先程と同じ中庭のベンチから、澪が心配そうに柊の顔をのぞき込んでいた。足元の水も、無人の景色も、まるで幻だったかのように消え去っている。

「柊さん、急に呼びかけに応えなくなりましたけど大丈夫ですか? 気分が悪いとか……?」
「澪さん……ごめんなさい。少し疲れているようです。東雲しののめ医院に戻りましょうか」

(先程の情景は夢……? でも、あれは精神世界の情景とひどく似通っていた……)

心臓が嫌な音を立てて早鐘を打っていたが、柊はその不安を胸の奥にしまい込み、澪には悟られないよう微笑んでみせた。

遠くで響く救急車のサイレンを背に、二人は顔を上げ、それぞれの「課題」へと立ち向かうべく静かに前を見据えた。



――――――――――――――――――
【あとがき】
111話、お読みいただきありがとうございました!

今回描かれた、澪と柊の関係性。思えば二人は、前世の過酷な運命に縛られながら、現世でも不器用に関係を築いてきました。

30話で澪が覚醒して跪いた日。
54話で柊が涙を流し、澪が「俺は貴女の心に従います」と誓った日。
そして80話の夜、澪が「あんな死に方をしたら、追い詰めてしまうのは無理もない」と語る柊の手を握り、「必ず守ります」と約束した日……。

お互いに「守りたい」と強く願いながらも、どこか決定的な部分ですれ違っているような、危うさを抱えている二人。
彼らが抱えている前世の「本当の傷」が何なのか、ここから先の展開で深く掘り下げられていきます。ぜひ、過去のエピソードでの二人のやり取りも思い出しながら、今後の彼らを見守っていただけると嬉しいです!


【次話】112話忘却の断片5-去る者は日々に疎し-
2026年4月18日(土) 21:00頃更新


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