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カナダの大学卒業後に初登校してきた(2017年年末年始)後編

旅行記だとどうしても前後編になるが、その場合は後編を読んでもらえないことが多いようなのでイギリス以外の旅行記をマガジンにまとめました。この記事もそこに入れていくので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
マガジン「イギリス英語で行く40歳からの海外旅行(イギリス以外)」

【2025年3月15日追記】
マギル大学でMBAをやっった時のことを記事にしました。有料記事ですが気になる方は課金して読んでください。

「初登校」のその後

タイトルからして意味不明なのだが(笑)、前回の記事の続きで、カナダのマギル大学が日本でやっていたMBAプログラムでMBAを取得して卒業した後に、そのモントリオールの本校に「初登校」した時の旅行記である。

<前回の記事>

前編の最後でさっさと初登校を決行したのだが、モントリオールにはまだ4泊(うち1泊は空港近くでの前泊)あったため極寒のモントリオールで年越しをしてみた。

クソ寒い中、写真奥の大学建物前で卒業後の初登校を達成した筆者

引き続き安くて快適なホステルに泊まる

前編の記事にあるように相部屋ではあったが1泊48.29カナダドル(約4,346円程、当時は1カナダドル=約90円)で朝食付き、キッチン付き、コインランドリー付きでしかも24時間レセプションが開いている、超快適なモントリオール中心部のホステルに引き続き泊まった。
さらにいうと、ここはコーヒー紅茶は24時間飲み放題。

<筆者が泊まったホステル>
Hostel M Montreal

このホステルでは6人の相部屋に泊まっていたが部屋は広くて極寒でも暖かく、ベッドスペースも日本のカプセルホテルよりも広いのに大変、機能的。

40歳を超えていようが一人旅にはこのようなところが最適なのでおすすめだ(個人の感想ですw)。

ホステル前の道
積もった雪は気温が低過ぎて春まで溶けない。故に、このように汚い状態で何ヶ月も残ったままw

【悲報】年末に住宅街で遭難(草)

マギル大学に卒業後の「初登校」を達成した翌日は、筆者が日本のブックオフで100円で買った(←金を極力使わないのが信条)カナダのガイドブックに乗っていたジャン・タロン市場という地元のフランス系カナダ人たちが集う地に行きたくなったので行ってみた。

自分はローカルの人々が日常的に買い物をする伝統的な市場が好きだが、先進国でそのような市場を見ることは少ないのであれば必ず行くようにしている。

だが、そこはマイナス20度の「バナナで釘が打てる」(この昭和ネタがわからない話ない人は検索しようw)極寒の世界。道に迷えば住宅街であっても遭難して凍死する可能性がある過酷な環境。街自体が厳冬期の雪山状態なのだ。

それは想像していたが案の定、道に迷って遭難しかかった自分。住宅街は同じような建物が立ち並び、春まで溶けない分厚くて硬い白い雪に覆われている。故に道に迷っても風景がどこも似ているので道が分からなくなったのだ。しかもバナナで釘が打てる極寒の日に出歩く地元民はほぼいない(悲)。

まさかただの住宅街で遭難するなんて、なんて思うかもしれないのだが、実際に日本でもあるのだ。北海道北部出身の知り合いに帰国後にこの話をしたら、北海道北部でも冬場はよくあり、民家の前でのたれ死んでいる歩行者がいるらしい(怖)。

幸いにも、自分が遭難しかかった時には向かいからフランス系カナダ人と思われる地元民のにーちゃんが歩いてきた。その地域は英語が通じにくいフランス系住民の居住区と聞いていたので、筆者は片言のフランス語でにーちゃんに助けを求めた。

実は、筆者はスコットランドの大学院時代に暇つぶしでフランス語の授業を取っていたのだが、その時に習ったフランス語がこんなところで役に立つとは思わなかった(涙)。あの頃にフランス語を教えてくれたスコットランド人の先生に感謝だ(号泣)。

結局、そのフランス系カナダ人のにーちゃんに市場への道を教えてもらい、何度か生きて日本に帰ってくることができた筆者だった。

その遭難の末にたどり着いた市場の写真はいかに掲載する。ケベック州はカナダの中でもメープルシロップ生産が盛んな土地なので、日本では考えられないような大量のメープルシロップ並びにそれを使った商品が売られていた。

あれ?メープルシロップってこんなんだったけ?みたいな感じだ(草)。何せケベック州ではこのメープルシロップを焼いたソーセージやベーコンにも、日本人の醤油感覚でかけるらしいからな(爆)。

筆者が住宅街での遭難の末にたどり着いた「ジャン・タロン市場」
メイプルシロップを使った商品のバリエーションが多かった市場
他にも野菜、肉、乳製品のストールがひしめき合う
市場で買ってみたメイプルシロップの激甘パイ(右)
この頃はまだコーヒーを飲んでいたので無駄に金を払ってコーヒー(左)も買っていた
パイは1個2カナダドル(約180円)、コーヒーは3カナダドル(約270円)

マイナス26度の極寒カウントダウンライブ(寒っ)

そして、2017年も大晦日。なぜかその日は同室で仲良くなったカナダ人と共に深夜に中心部の屋外で行われた無料のカウントダウンライブに行くことに。

マイナス26度の中をカウントダウンライブに向かう人々

この日は日本と同様に公共交通機関は終夜運転で営業だったせいもあり、地下鉄の駅は文字通りにギュウギュウの3密(笑)。本当にコロナ禍前で良かった(汗)。

そしてマイナス26度の屋外で人生で最も寒いを年越しをモントリオールでしたのだった。

マイナス26度の屋外で年越しの瞬間。0時になったと同時に花火が打ち上がった

モントリオールで初詣

ホステル内のコインランドリーで元旦から洗濯後(笑)、モン・ロワイヤル公園というモントリオール市内を一望できる丘にある、聖ジョセフ礼拝堂に「初詣」に行ってみた。

自分はクリスチャンではないが日本人だとどうしてもどこでもいいから「初詣」したくなる(笑)。

筆者が「初詣」したモン・ロワイヤル公園にある聖ジョセフ礼拝堂
礼拝堂内には博物館がある。
通常は入場料5カナダドルだったようだがこの日は元日のため入場無料だった

元日からケーキ購入

日本人のせいかどこの国にいようとも正月だとなんか普段は食べないものが食いたくなる(汗)。以前の記事で散々、美味しいものを食べたいと思うな、と言っていたのに自分もまだまだだったこの頃。。。

<以前の記事>

そこで前述の礼拝堂からの帰り道に住宅街で堂々と営業するフランス系のケーキ屋(ティールーム併設)を発見。モントリオールがあるカナダのケベック州は伝統的にフランス系住民が住むフランス語圏である。

フランスと違って英語が話せても外国人にはフランス語でしか話さない、などということはないようだったが、このようなフランスっぽい店を見るとここがカナダの中でも特殊な地域なのだと感じる。

この店は正月でケーキが売れるようで大量の在庫をディスプレイしていた。併設のティールームの方もフランス系カナダ人でごった返していた。

そこで自分もかつてフランスを旅行した時を思い出して、フランスでもよく売っていたフランス式ミルフィーユを1つだけこの店で買った。

お店のフランス系カナダ人のお姉さんは1つしか買わない謎のアジア人の自分に対して嫌な顔一つせずに快く売ってくれた。しかも頼んでなくても箱にはリボンもかけて(写真参照)。これは正月仕様だったのだろうか?

正月らしい華やかなリボンがついたケーキの箱。
たった1個しか買わなかったのに申し訳ない気分だ。
店名は箱に書いてる。まだ店があればおすすめなので行ってみて欲しい(宣伝しといたw)。
フランスのものよりもデカイミルフィーユをホステルのラウンジで備品の食器でいただく
これ1個で3.5カナダドル(約315円)。安い!
この頃はまだコーヒーを飲んでいたので、ホステルのコーヒーサーバー(無料)からいただいた
これだけ食べてもケーキ代だけしかかかってない(笑)

ちなみにモントリオールのミルフィーユはフランスで売っているものより1.5倍くらいデカイ(北米サイズか!?)。デカイがアメリカのケーキのような大味ではなく、明らかに美味しい、と言えた代物だ。

なお、このタイプのミルフィーユはフランスでは小腹が減った時にちょっと食べるおやつで、日本でいうところのクリームパンの位置付けだった。日本のように気取って食べるのではなく、手づかみでかじるものだ。
カナダで同じかどうかは知らん(笑)。

安い団地コンドミニアム型ホテルに前泊

帰国便のモントリオール発が朝6:20発だったため、最終日は空港近くの安いコンドミニアム型ホテルに宿泊した。このホテルは朝食は付いていなかったが空港までの無料送迎が付いていた。

ホテルに行く時も空港バスで空港まで行き、その後、ホテルに連絡して空港まで迎えに来てもらうシステムだった。

自分が泊まったのは以下のホテル。ここはコンドミニアムタイプの宿泊施設。ここは1泊素泊まり、空港までの送迎ありで91.35カナダドル(日本円で約8,222円)だった。空港近くであること、深夜の空港までの送迎が付いていること、そして、キッチンやラウンジを一人で使えることからすると破格の値段だと思う。

<筆者が泊まったホテル>
Beausejour Apartments - Hotel Dorval

このホテルに到着したところ、どうも元団地ではないかと思われる建物だった。場所は空港近くの住宅街にある。モントリオール市内までは路線バスはあったようだがホテルの近くに店はない。

各区画(おそらく、元団地の区画。イギリスでいうところの「フラット」)には大きなキッチン(家電と食器類は完備)、大きなラウンジ、バスルームがあり、それぞれ鍵がかかるベッドルームが3つほどあった。他の宿泊者との共用はなく、一人で予約すれば一人でその区画を使えるが、鍵をもらえるベッドルームは1つだけだ。

もちろん当日の夕食と翌朝の朝食は先に泊まったホステル近くのスーパーマーケットで買い込んでから来た。そして、その食料を使って部屋のキッチンで簡単な調理をして食べる。

唯一残っていたこのホテルの写真
だだっ広いラウンジで一人でテレビを見ながら夕食のサラダを食べていた筆者

そして以前の記事にある通り、筆者の記事ではお馴染みだがこうやって食費を抑えるのだ(笑)。なお、このホテルの近くには本当に何もないので事前に食料を買って持ち込まないと詰む(爆)。

<以前の記事>

ユナイテッド航空で行くオーバブッキング空の旅(しかも中央席w)

筆者が当時習っていたアメリカ人の英語教師も「あれに乗るのは止めておけ」と警告していた、アメリカ人でも恐れ慄くユナイテッド航空の便で帰国した。

流石にユナイテッド航空のサイトでチケットを買うのが怖かったのでANAのサイトからANAコードシェア便としてモントリオールーシカゴー成田の区間を通しで買った。

ちなみにユナイテッド航空は、自分の搭乗の数ヶ月前にシカゴ。オヘア空港で搭乗済みだったアジア系アメリカ人の医師を自社のオーバーブッキングの都合で強引に引き摺り下ろして彼の鼻をへし折っている(怖)。

そして、御多分に洩れず自分もオーバーブッキングだった(汗)。ああ、アメリカ人の先生の警告が現実になりそうだ。。。

朝4時台で激混みモントリオール空港からシカゴへ

前述の安い団地コンドミニアム型ホテルの朝3時半の送迎で空港に向かった。空港には4時過ぎに着いたが、真っ暗で外はマイナス23度のバナナで釘が打てる世界にも関わらず空港は多くの人で賑わっていた。どうも、この空港は朝6時台のフライトが多いらしい。

実は、前日にネットでオンラインチェックインをしていたのだが、モントリオールーシカゴ間は座席指定ができたものの何故か、シカゴー成田間の座席が指定できていなかった。これって、シカゴから先がオーバーブッキングなのではないか、と少々嫌な予感がしつつも荷物を空港のカウンターで成田行きとして預ける。

ちなみにモントリオールからアメリカ行きのフライトに乗る際は、モントリオール空港でアメリカの入国審査を受ける。カナダの空港なのにアメリカの国境があり、そこにアメリカの入国審査場が設けられているのだ。

筆者が昔、ロンドンからパリに高速バスで移動した時に、そのバスごと乗るフランス行きフェリーが出ているイギリスのドーバーという港町でフランスの入国審査を受けたことがあった。モントリオール空港のアメリカ入国審査もそんな感じであった。

やはり、アメリカ行きのフライトが多いせいかモントリオール空港のアメリカの入国審査場はアメリカ便に搭乗する乗客で朝4時台でもごった返していた。

朝4時過ぎにオープンしたモントリオール空港のユナイテッド航空のカウンター
朝早過ぎて職員は半分寝ている状態で対応w

アメリカ人CAvsフランス系カナダ人乗客

当日のモントリオールは安定の大雪(笑)だったが、優秀な(?)ユナイテッド航空のパイロットはそんなことは気にせずに凍った滑走路から強引に雪空に向けて定刻通りに離陸していった。それもそれで危険だから困るんだがw

このフライトは平日の朝6:20にも関わらず、フランス系カナダ人の乗客で満席だった。ゴリゴリのアメリカの航空会社なのにフランス系人種ばかりが乗っているという光景が、欧州にしか住んだことがない自分にとっては奇妙に見えた。

期待は比較的小さい機体だったのでCAはアイルランド系アメリカ人の赤毛のおばさん2名。このおばさんらがまたすごい強気なんだな(笑)。筆者がイギリス・ブリストルの大学学部時代によくしばかれ、いや、ご指導いただいていたアイルランド人女性の先生を思い起こさせる(草)。なんか、アイルランド系って欧州以外でも強気なおばさんが多いのなw

ただ、同乗のフランス系カナダ人乗客達はこのアメリカ人のおばさんCA達の態度が気に食わなかったらしく、100人近いそのフランス系カナダ人達が結束してCAのアナウンスをシカトしてフランス語でおしゃべりをする、という実力行使に出た。そして、アメリカ人CA2人はブチ切れ気味にアナウンスを続ける。
このフランス系カナダ人乗客もアメリカ人CAも朝6:20のフライトにも関わらず、早朝から本当にテンションが爆高い(笑)。

ちなみにそのフランス系カナダ人達は多分、お互いに何の接点もない。一体、何がこのフランス系カナダ人達を結束させているのか、カナダに住んだことがない日本人の筆者には理解に及ばないが、きっと、歴史的に何かあったのだろう、とだけ思っとくw

【悲報】シカゴで安定のオーバーブッキング→結局乗れた

早朝から妙にテンションが高いラテン系フライトでモントリールからシカゴに着いた筆者。その時の筆者の乗り継ぎ便のチケットには座席番号が記載されていない。なので、乗り継ぎ便の搭乗口に行ってユナイテッド航空の現地係員にそれを見せると、席が決まったら呼び出すから待ってろ、の一言。やはりオーバーブッキングだったようだ。
ちなみにこれを言ったのは日本語が話せる日本人職員だが、何故か筆者には英語で答えた。って、日本のパスポート見せたのになw

モントリオールの団地ホテルで朝食を食べたのが朝2時(朝食ではなく夜食か?)だった為に腹が減ったので、とりあえずなんか温かいものを食べるために搭乗口近くのいかにもアメリカンな食堂に行ってその日2回目の朝食を食べた。以下がそのアメリカンなブレックファストである。

シカゴの空港で成田便に乗る前に食べたアメリカンな朝食セット。オムレツはチーズ入り
手前の茶色いのは千切りにしたじゃがいもを焼いたヤツ
これで8米ドル(約920円、当時は1米ドル=約115円)くらいだっただった

【悲報】席移動のお願い(という名の強制)

結局、オーバーブッキングでも成田行きの便には乗れたが日本人以外の乗客で満席。あまりに本物の日本人(海外に住んだことがない日本人の意味)がいなさすぎて本当に日本行きの便に乗ったのか不安になったほどだ(草)。

オーバーブッキングではあったが自分は窓側3列の中央席だった。だが、以下の記事に書いた通り、黒人男性CAからのお願い(強制)で席移動となり、結局は中央列中央席へ移動となった。まあ、アメリカ人のお母さんが未就学のヤンチャの息子2人とバラバラの席じゃ仕方ないわな。その息子らを放置されて機内でなんかやらかされても困るしw

<以前の記事>

以前の記事に書いた通り、この席移動はCAからの要請だったので応じた自分には報酬としてビジネスクラスのアメニティとパジャマ、そして、以降の機内サービスでCAさん達に「やや優しく接してもらえる」(笑)、という特典をいただいた。特に最後の報酬(?)は乗客の扱いが荒いユナイテッド航空に乗る時はありがたい。あざます!

【悲報】イギリス人もびっくりなクソまずい機内食×2

往路のANA同様にこの行程も悲報が多すぎないか?(爆)

席移動に応じた特典があったせいか、機内食もやや丁寧に配膳いただけたのだが、ユナイテッド航空の機内食は世界でさまざまな外資系航空会社に乗った自分でもびっくりなクソ不味さだった(辛)。

この機内食は、流石にイギリスで鍛えられていた筆者も正直に不味いと思った(笑)。きっと、不味いもので育ったイギリス人でもびっくりするはずだw

そしてユナイテッド航空のコーポレートカラーである青の容器で提供されることもその不味さを倍増させている(苦)。しかもこれで2回も出るのだwww 不味いものが何度も出てくる時ほど人間、辛いものはない(悲)。

戦争を生き抜いた祖父母に残さず食べろ、と幼少期から躾けられた筆者でも流石にこの時は完食に手こずった。これを超える不味い機内食は2025年3月上旬時点では、未だにお目にかかっていない(草)。

シカゴー成田便で出た1回目のイギリス人もびっくりするようなクソまずい機内食
隣のアメリカ人のねーちゃんは一口だけ食べて全部残していたが、
筆者は戦争を生き抜いた祖父母の遺言でクソ不味くても残さず食べた(悲)
この後に配られたデカイマンゴーソルベは美味かった
同じくイギリス人もびっくりのクソまずい機内食2回目
これはフルーツばかりなのでまあまあいけたが、
パンケーキの隣に謎にある、見た目が汚いソーセージの存在が気になる(汗)
この頃はコーヒーをまだ飲んでいたので頼んだらillyだった

中央列中央席で成田に到着→仕事始めに間に合う

往路同様に席移動の強制で中央3列の中央席に詰め込まれた筆者は、シカゴからは13時間の空の旅を、前述の自分史上最高に不味い機内食で栄養を摂取して乗り越え、筆者搭乗の便は定刻通りに成田空港についた。仕事始め前日の夕方5時過ぎである。

自分は当時も社畜、もとい、会社員だったため時差ボケしていようが何だろうが翌日朝10時には何事もなかったように出社した。もちろん、会社にはユナイテッド航空にオーバーブッキングで引き摺り下ろされて帰国が遅れる可能性は伝えていたが、しれっと通常通りに出社したのだ。しかも社長や上司よりも早く出社していた(草)。

たとえユナイテッド航空のような乗客を荷物のように扱う航空会社を使わざるを得なくても、這いつくばってでも定時出社するのがジャパニーズサラリーマンの使命である(爆)。

振り返り

以上でカナダのマギル大学を卒業後に「初登校」した旅程は終了である。金もない東京の社畜、もとい、会社員が時間も金も無駄なことをしているように感じるかもしれないが、筆者にとってはスコットランドのクソカレッジでの屈辱を晴らし、新しい一歩を踏み出すためには必要な「儀式」だったと、今にして思える。

そして、今はその屈辱を乗り越え、カナダの大学でいただいた経営学修士号のおかげでロンドンで博士課程をやることができている。

今回もここまでお読みいただきありがとうございました。


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