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スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム 考察|ラストの意味と、ミステリオが最後に勝っていた理由

この映画のピーター・パーカー、最後の30秒で家を失います。

※この記事にはアフィリエイトリンク(楽天)を含みます。

ちゃんとニューヨークに帰り着いたうえで、です。

前回『ホームカミング』の考察を書いたら、その足で続きを観たくなってしまいまして。あれは「ヒーローになる話」ではなく、スーツを取り上げられる話だった、という読みでした。

で、続けて『ファー・フロム・ホーム』を観たんですが。

今回もタイトルに全部書いてありました。

『ホームカミング』は帰郷。帰る家がある少年の話です。

今作は Far From Home。家から、遠く離れて。

ここで多くの人は「ヨーロッパ旅行のことでしょ」と思うはずです。わたしもそう思っていました。

ちがいました。これ、旅行の話ではなく、帰る場所がなくなっていく話です。


※この記事は結末まで触れています。未見の方はご注意ください。

🎬 この映画が最初に見せる"人の死"は、素人が編集した映像だった

まず冒頭です。

始まりはメキシコの町。ニック・フューリーとマリア・ヒルが被害調査に入り、土でできた巨大な怪物に襲われる。そこへ、緑の光をまとってクエンティン・ベックが降りてくる。

この映画、冒頭からすでに「登場シーンを演出された男」を映しているんですよ。

場面が学校に移ります。アベンジャーズの主要メンバーが何人も死んだあとの世界。その最初の説明が何かというと、生徒が作った追悼ビデオなんですね。

粗いトランジション。素材の雑なつなぎ。ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」。

しかもこの曲、映像が始まる前——マーベルのロゴが出ているあいだにもう鳴りはじめます。追悼の音楽が、作品のロゴにかぶさってくる。

正直、笑ってしまう出来です。

でも、これは手抜きの演出ではないとわたしは思っています。

この映画は、人の死を、まず"加工された映像"の側から見せてくる。

しかも「悪意なく、身内が、善意で作った加工映像」から入るんですよ。まだ悲しみの整理もついていない子どもが、既存の曲を借りて、遺影を並べて、それらしい物語に仕立てている。

この映画の悪役がやることは何だったか。

遺された悲しみを材料に、それらしい映像を作って、世界に信じ込ませることです。

構造がまったく同じなんですよね。

前作は、ヒーローの登場ではなく、下請け業者へのレイオフ通告から始まりました。今作は、颯爽と現れる男と、素人編集の追悼ビデオから始まる。

この監督、映画の入口にその映画の正体を置いてくるなと思います。

📱 この子はずっと、「代わってくれる誰か」を探している

この映画のピーターの行動を、順番に並べてみます。

  • スーツを持っていかない(旅行を優先する)

  • フューリーからの電話に出ない。着信拒否までする

  • ソーは? ドクター・ストレンジは? キャプテン・マーベルは? と、別の担当者の名前を次々に挙げる

  • そして最後には、トニーの遺した兵器システムの管理権限を、会ったばかりの男に譲る

最後の譲渡の場面、彼はこう言います。

"I'm a 16-year-old kid from Queens... I'd like to transfer your control over to Quentin Beck."
「僕はクイーンズの16歳の子どもです……EDITH、きみの管理権限をクエンティン・ベックに移したい」(拙訳)

自分の年齢を理由にして、渡している。

全部、同じことをやっています。

この重すぎるものを、誰か代わりに持ってくれませんか、と言い続けている。

面白いのが、恋愛パートまで同じ構造なんですよ。

彼はMJへの告白を「計画」として組み立てます。エッフェル塔の展望台で、この順番で、この台詞で——と、段取りを決めていく。

これも同じです。自分の気持ちを、自分で言わずに、"計画"に代行させようとしている。

前作の彼が欲しがっていたのは、肩書きじゃありませんでした。返事です。留守電を残して、折り返しを待ち続けていた少年でした。最後にはアベンジャーズ入りを断って、親愛なる隣人でいいと自分で言い切った。

今作の彼が欲しがっているのは、その正反対です。来てしまった連絡を、誰かに転送する方法。

同じ「断る」なのに、中身が裏返っているんですよ。前作の辞退は誇りでした。今作の辞退は、逃げです。

ここが上手いと思うんですが、この映画はピーターを一度も責めません。

16歳です。しかも8か月前まで、5年間この世にいなかった。宇宙で塵になって消えて、5年経った世界に何事もなかったように戻されて、その間に自分を息子のように扱ってくれた人が死んでいる。

逃げたくなって当然です。

でも、逃げには代金がある。この映画は、そこだけは容赦なくやります。

🕶 EDITHを渡したのは、死んだ本人ではなく「死んだ本人になりすました偽物」だった

ここ、今回いちばん驚いた部分です。

EDITH——トニーが遺した戦術支援システム。全世界の監視網と、軌道上のドローン兵器にアクセスできる、とんでもない代物です。

ちなみにEDITHの綴りは Even Dead, I'm The Hero。「死んでも、俺がヒーローだ」。脚本家が公式に認めている略称です。

……遺産というより、死後も自分の判断を効かせ続けるための装置なんですよね、これ。

で、これがピーターに渡されるとき、渡すのは誰か。

ニック・フューリーです。そして映画の最後で、その"フューリー"は本物ではなく、スクラルのタロスが化けていたと明かされる。

つまりこういうことです。

死んだ人間の遺言を、死んだ人間になりすました偽物から、受け取っている。

わたしはこの構造に、しばらく声が出ませんでした。

この映画は「偽物が本物のふりをする話」だと思われています。ミステリオの話ですね。でも、それはクライマックスの前に、いちばん大事な場面で、すでに起きている。

観客も同じ罠を踏んでいるんですよ。わたしたちも2時間、あれをフューリーだと思って観ています。「見た目が同じなら本人だと思ってしまう」という体験を、観客自身にさせている。

このとき渡される言葉も出来すぎています。トニーからの伝言として引かれるのは、シェイクスピア『ヘンリー四世 第二部』の一節。

"Uneasy lies the head that wears the crown."
「王冠をかぶる頭は、安らかには眠れない」(拙訳)

そこに、こう添えられる。

"Stark said you wouldn't get that because it's not a Star Wars reference."
「スター・ウォーズの引用じゃないから、君にはわからないだろう、とスタークが言っていた」(拙訳)

遺産の重さを伝える言葉と、軽口が、同じ包みで届く。トニー・スタークという人を、これ以上正確に要約した渡し方はないと思います。

💥 「うん、ターゲット」——曖昧な返事が、そのまま兵器になる

EDITHを受け取った直後の場面です。

ピーターは、MJに気があるらしいクラスメイト(ブラッド)が、自分の隠したい写真を持っていることに気づきます。

そこで彼は言うんですね。「ブラッド・デイヴィス。僕の写真を持ってる」。

EDITHが確認します。「ブラッドはターゲットですか?」

ピーターが答えます。「うん、ターゲット」。

その直後、フラッシュに眼鏡を奪われて、彼はキャンセルできなくなります。軌道上から降りてきた攻撃体が、同級生の乗ったバスへ向かう。

ここ、笑うところとして作られています。実際うまいコメディです。

でもわたしは、この映画でいちばん怖い場面はここだと思っています。

彼は一度も「殺せ」と言っていないんですよ。

言ったのは「うん、ターゲット」だけです。曖昧な返事です。それが、機械の側では確定した攻撃指示として処理される。

彼はそのミサイルを、自分で追いかけて止める羽目になります。

ここが地味に大事だと思っていて。曖昧な一言で始まった暴力の後始末を、言った本人が身体で払っている。

——でも、これができるのは彼がスパイダーマンだからです。

会社で決裁権を持った人がよく言うじゃないですか。「そんなつもりで言ったんじゃない」って。

権限を持った人の"そんなつもり"は、下では実行されます。そして普通、言った本人は現場にいない。追いかけられない。ピーターはたまたま、追いかけられる身体を持っていただけなんですよ。

トニーの失敗は、この設計を16歳に渡したことでした。前作でのトニーの失敗が「信じなさすぎ」だったとすれば、今作の失敗は「信じすぎ」です。同じ人が、正反対の失敗で、同じ子どもを傷つけている。

🧑‍🦳 この映画には、本物の大人が一人もいない

これ、気づいてしまうともう戻れません。

この映画に出てくる「大人」を並べます。

  • トニー・スターク:死んでいる(映像と遺言だけ)

  • ニック・フューリー:偽物(スクラルのタロス)

  • クエンティン・ベック:詐欺師

  • ハッピー・ホーガン:本物だが、決定権がない

  • 引率の先生2人:ほぼ何も見ていない

頼れる大人が、一人も残っていない。

そのうえで、この映画は16歳に世界規模の兵器システムを持たせます。

これ、普遍的な話だと思うんですよ。

大人になるって、「上に相談すれば正解が出てくる」という前提が消えることじゃないですか。上に行けば行くほど、上の人も別に正解を持っていないと気づく。

ハッピーがピーターに言う言葉が、この映画の芯だと思っています。

"Tony was my best friend. And he was a mess. He second-guessed everything he did. He was all over the place. The one thing that he did that he didn't second-guess was picking you."
「トニーは俺の親友だった。そして、ぐちゃぐちゃな男だった。自分のやったこと全部を、あとから疑うような男だ。ずっと迷ってばかりだった。あいつがやったことの中で、一度も疑わなかったのは、お前を選んだことだけだよ。」(拙訳)

前半だけ読むと「完璧な大人なんていなかった」という話に見えます。

でも効くのは後半です。

迷ってばかりの人が、一回だけ迷わなかった。それが自分だった。

偶像の後は継げません。でも、迷っていた人の後なら継げる。

この映画は、その事実を観客にも同じ形で食らわせます。わたしたちが2時間信じていた「頼れる大人」フューリーが、実は代理の偽物だった、という形で。

ただ一人だけ、ちゃんと見ていた人がいます。MJです。

彼女は誰にも教えられずに、観察だけで彼の正体に辿り着いていた。監視衛星でもAIでもなく、ただ、よく見ていた。

大人が全滅した映画で、唯一まともに目が機能していたのが16歳の女子高生だった、というのは、けっこう効く配置だと思うんですよね。

🎥 ミステリオは、悪の"映画監督"である

さて、悪役の話をします。

クエンティン・ベックがやっていることを、職業として並べ替えてみます。

  • 世界観を設定する(別の次元から来た、エレメンタルズという敵がいる)

  • 脚本を書く(自分は妻子を失った悲劇の英雄)

  • 映像を作る(ドローンによる立体投影)

  • 現場を演出する(どこで何が起きるか、全部決まっている)

  • 主演する(自分で戦って、自分で勝つ)

  • 宣伝する(映像を拡散し、世論を作る)

これ、映画の作り方そのものです。

彼は元スターク社の技術者でした。投影技術を開発し、その名称を含めて功績を軽んじられた過去がある。要するに、クレジットに自分の名前が載らなかった人です。

だから彼が作ったのは、自分が主演でクレジットされる作品だった。

彼のチームも同じです。全員が元社員で、それぞれに「奪われた」という理由がある。手分けしてやっているのは、設定づくり、映像制作、経歴の捏造——つまり制作スタッフの仕事です。

監督のジョン・ワッツ自身、インタビューでこのチームについて「彼にはクルーがいる」と語っていて、ベックは世界に向けて映画を撮っている監督なんだ、という言い方をしています(Collider/SlashFilm のインタビューより)。

ベックの思想は、彼自身の台詞に出ています。

"You'll see, Peter. People... need to believe. And nowadays, they'll believe anything."
「わかるさ、ピーター。人は……信じたがっているんだ。そして今の時代、人は何だって信じる」(拙訳)

2019年の台詞です。2026年に観ると、正直笑えません。

面白いのは、この映画の観客もまた、この構造の中にいることです。

Reddit(r/marvelstudios)で、こんなやりとりがありました。ある人がこう書いた。

"You can't tell me that the Earth shaking, cracks forming in the streets, and lava flowing from the cracks can realistically be chalked up to 'drones.'"
「大地が揺れ、道路にひびが入り、そこから溶岩が流れ出すのが、現実的に『ドローンのせい』で片付けられるなんてありえない」(拙訳)

それへの返信が、これです。

"your disbelief is exactly why everyone believed him when he outed Peter... He must be telling the truth!"
「あなたのその『信じられない』という感覚こそ、劇中の人たちが彼の暴露を信じた理由そのものですよ……ということは、彼の言っていることは本当なんだ!」(拙訳)

最後の一文は皮肉です。あえて劇中の観衆と同じ声を出してみせている。

でも、この返信は本質を突いていると思います。「こんな大がかりな嘘、つけるわけがない」と思う気持ちこそが、大がかりな嘘が通る理由なんですよ。

🏭 前作の悪役は、例外ではなく量産品だった

前作のトゥームスは、スターク社と政府の合弁会社に仕事を取り上げられた個人でした。家族を食わせるために武器を売る、町工場の親父です。

今作のベックが率いるのは集団です。全員が「自分の仕事を正当に評価されなかった」という理由で集まっている。

つまり今作は、前作の悪役に対して「あの人、一人じゃなかったんですよ」と言っている映画なんですよね。

もう一つ、決定的に違う点があります。

トゥームスの復讐は経済的でした。仕事を取られたから、稼ぐ手段を自分で作った。生活の匂いがした。

ベックの復讐は象徴的です。彼が欲しいのは金じゃない。「あれをやったのは俺だ」と世界に言われることです。だから彼は、稼ぐのではなくヒーローになりたがる。

トニー・スタークという人は、自分の敵を自分で作り続けた人でした。オバディア、ヴァンコ、キリアン、ウルトロン、そしてトゥームスとベック。アイアンマンの敵は、ほとんど全部アイアンマンの副産物なんですよ。

人が本気で人を恨むのは、金を取られたときより、名前を消されたときなんじゃないかと思います。

給料は変わらないのに、何かが決定的に終わる。あの冷え方に覚えのある人は、ベックの側に立ってしまうと思います。

🗼 幻の中でMJが落ちるのは、エッフェル塔なんです

ベックがピーターを幻覚で追い詰める場面。ここは本当に見事なシークエンスです。

墓が並ぶ。トニーの墓が割れて、朽ちたアイアンマンが這い出してくる。街の形がおかしくなる。巨大化したベックが見下ろしてくる。

その中に、MJが高いところから落ちるイメージがあります。

落ちる場所が、エッフェル塔なんですね。

これに気づいたとき、ぞっとしました。

エッフェル塔は、彼が告白の"計画"を実行するはずだった場所です。

つまりベックは、彼の恐怖だけでなく、まだ実行できていない願いの場所を、そのまま処刑台として使っている。

行くはずだったのに、行けなかった場所。そこでMJが落ちる。

幻覚攻撃の本質って、そこだと思うんです。相手の記憶や願いを材料にしないと作れない。いちばん大切にしているものが、そのまま武器の材料になる。

この映画の敵が「怪物」ではなく「演出家」であることの意味が、ここで一番はっきりします。

怪物は殴れます。でも、自分の頭の中身を材料にされたら、殴る相手がいない。

🧵 手製のスーツに、彼は戻らなかった

前作の考察でわたしは、あの映画の本当のクライマックスは瓦礫の下だと書きました。借り物のスーツを取り上げられ、手製のスーツのまま、誰にも見られない場所で、自分で自分を持ち上げた場面です。

今作、彼はどうしたか。

手製には戻りません。

彼が最後に着るのは、スターク社のジェットに積まれた製造装置を使って、自分でデザインして作ったスーツです。人の飛行機の中の機械で、自分の意匠を打ち込んでいる。

わたしはここに、前作からの大きな成長を見ました。

前作の「手製スーツ」は、実は子どもっぽい自立なんですよ。もらったものを全部返して、ゼロから一人でやる。潔癖で、美しくて、そして長続きしません。

今作の答えはちがいます。

もらったものは使っていい。ただし、設計は自分でする。

これ、大人の自立の定義そのものだと思うんです。

親のコネも、会社の設備も、先輩に教わったやり方も、使っていい。全部捨てて一人でやることが偉いわけじゃない。その中で何を作るかを自分で決めているかだけが問題で。

前作でトニーが言った、あの台詞。

"If you're nothing without this suit, then you shouldn't have it."
「そのスーツがなければ何者でもないなら、なおさら持つ資格がない」(拙訳)

前作の彼は、これに瓦礫の下で答えました。力ずくで、一人で。

今作の彼は、同じ問いに、逆の側から答え直していると思うんです。

遺されたもので、自分の仕事をする。

——ただ、そこまで来ても、まだ勝てないんですよ。相手はまだ、彼の目の中にいるので。

👁 答えが「目を閉じる」だったことの意味

ロンドンの決戦で、彼は幻覚の嵐の中で目を閉じます。そして彼の第六感——ピーター・ティングルで、本物のベックの位置を捉える。

初見では、正直「都合のいい解決だな」と思いました。

でも今回、これしかないと思いました。

だってこの映画の敵は、見せることの専門家なんですよ。

目に映るものは全部、相手の作品です。音も加工できる。映像も改竄できる。なら、加工できない情報は何か。

自分の身体が感じたことだけです。

これ、けっこう現代的な答えだと思うんですよね。

情報が偽物かどうかを、情報で判定しようとすると、たいてい負けます。もっと精巧な情報を作られたら終わりだからです。

そうではなくて、「自分が実際に会って、実際に見て、実際に感じたこと」を基準に戻す。

ピーターが目を閉じた瞬間にやっているのは、判断の基準を、他人の作った映像から、自分の感覚に戻す作業です。

スーツも、メガネも、権限も、全部いらない。目を閉じてもわかるものだけが自分のものだ。

🌏 ラスト30秒の意味——「家から遠く離れて」は、行き先ではなく着いた場所の名前

彼はMJとニューヨークに帰ってきます。ウェブで街を飛び、笑い、告白も成功している。ここまでは完全にハッピーエンドです。

そこに、街頭の巨大スクリーンが映像を流します。

ベックが遺した映像。改竄され、ピーターがドローン攻撃の犯人であるかのように編集され、最後に——彼の本名と顔が、全世界に流れる。

しかもその映像を流すのが、ネットメディアになったデイリー・ビューグルです。加工された映像を「証拠」として流す報道機関。この映画の悪役の手口を、そのまま引き継ぐ受け皿が最後に出てくる。

(この場面に出てくるJ・ジョナ・ジェイムソンを演じているのは、サム・ライミ版の三部作で同じ役をやっていたJ・K・シモンズです。別のシリーズの俳優が、同じ役でそのまま入ってくる。公開当時のRedditでは「J・K・シモンズが再入場しました」という一言に8,000人以上が反応していました)

ここで起きていることを、正確に言い直します。

嘘の映像が、たったひとつの本当のこと(彼の名前)だけを暴いた。

嘘つきが、最後に真実を武器にして勝っている。しかもその真実は、彼がいちばん守ろうとしていたものでした。

前作『ホームカミング』にも正体バレはありました。でもあれは"内向き"のバレ方なんですよ。ネッドが知り、メイおばさんが知る。知る人が増えるほど、彼の家は大きくなった。

今作は逆です。外向きの暴露。世界中が知って、彼の家は消えます。

タイトルの意味が、ここで完成します。

Far From Home——「家から遠く離れて」。

これは旅行先のことではありませんでした。ラストで彼がたどり着いた場所の名前です。

次作のタイトルはこうです。『ノー・ウェイ・ホーム』=帰る道がない。

『帰郷』→『家から遠く離れて』→『帰る道がない』。3作でひとつの、家を失う曲線を描いている。

🔮 いちばんの皮肉は、詐欺師が「マルチバース」と言い出したこと

これは次作への橋なので短く書きます。

「マルチバース」という言葉を、MCUで物語の中心に据えてみせた最初の人物は誰だったか。

嘘つきです。

(言葉自体は『ドクター・ストレンジ』でも出てきますが、「別の宇宙から来た」と名乗って世界を動かしたのは、この詐欺師が最初でした)

面白いのが、彼が名乗った番号なんですよ。

ベックは自分をEarth-833から来たと言い、この世界をEarth-616と呼びます。616というのは、もともと原作コミックのメイン世界に振られた番号でした。MCU側には、マーベルの資料上で別の番号が当てられていた時期があります。つまりベックは、この世界をコミックのほうの番号で呼んでいたことになる。

——ここまでが2019年の話です。

その後、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』で、MCU側は劇中ではっきり「Earth-616」と呼ばれます。

詐欺師が口にした番号のほうが、あとから公式になってしまった。

しかもこの616という数字、実は『ソー/ダーク・ワールド』でセルヴィグ博士が書いていた黒板に、すでに出てくるんですよ。マーベル・スタジオの公式タイムライン本は、ベックがそのメモを手に入れていたことを示唆しています。

つまり彼の設定は、行き当たりばったりのでたらめですらなかった。ちゃんと資料に当たって作られている。

そういうところも含めて、この男はやっぱり制作者なんですよね。

嘘が本当になった、というより、世界のほうが嘘に合わせにいっている気がして、わたしはここがこの映画でいちばん笑えないところです。

🤔 とはいえ、これを「独立の物語」として読む手もある

ここまで「この映画は喪失の話だ」と書いてきました。

でも、まったく逆の読みも成り立ちます。

これは、ピーターが初めて自分で選んだ話でもある。

彼、最後は自分の意思で戦いに戻っています。誰にも命令されていない。スーツも自分で作った。告白も自分でやり切った(計画は崩壊しましたが)。

前作の彼は、トニーに認められるために戦っていました。今作の彼は、認めてくれる人が誰もいない状態で戦っています。

その意味では、これはむしろ独立の物語です。家を失ったのではなく、巣立ったという読み方。

正直、どちらが正しいとは思っていません。

ただ、わたしが今回そちらを取らなかったのは、ラスト30秒の彼の顔があまりに幼かったからです。あれは巣立った人の顔ではなく、帰る場所を探している子どもの顔でした。

ちなみにこの作品の評価自体、はっきり割れています。

公開から7年経ったいまも、「スパイダーマン映画でいちばん過小評価されている作品」と言う人がいれば、同じスレッドで「シリーズ最下位」と言う人もいる。星の分布を見ても、★3と★4がそれぞれ25%前後で並んでいて平均3.4。"嫌いじゃないけど絶賛でもない"層がいちばん厚い作品です。

わたしは、この映画は2019年より2026年のほうが刺さると思っています。

だってわたしたち、この7年で「よくできた映像は嘘かもしれない」という前提の中で生きるようになってしまったので。

🎥 こんな人におすすめ/おすすめしない

おすすめ

  • 前作『ホームカミング』を観て「思ったより苦い映画だな」と感じた人(今作はその続きです)

  • SNSで流れてくる映像を、無条件には信じられなくなった人

  • 会社で自分の手柄を上の名前で持っていかれた経験がある人(ベックの動機が、たぶん他人事じゃありません)

  • 次に『ノー・ウェイ・ホーム』を観る予定がある人(今作のラスト30秒が、そのまま次の1行目になります)

おすすめしない

  • MCUの他作品を追っていない人。正直、前提知識の要求量が多いです(ここは弱点だと思います)

  • 大迫力のバトルを期待している人。決着は「目を閉じる」です

  • 主人公が終始スマートに立ち回る話が好きな人。この映画のピーターは、けっこうずっと逃げています

  • 『エンドゲーム』の余韻に浸っていたい人。この映画、その余韻を材料に使ってきます

(2026年7月現在、Disney+・U-NEXT・Prime Videoの見放題で配信されています)

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🕷 スパイダーマン考察シリーズ

💬 あなたはどう観ましたか?

わたしは今回、この映画を「帰る場所がなくなっていく話」として読みました。

でも、正直まだ引っかかっていることがあります。

あのラストで、彼はいったい誰に助けを求めればよかったんでしょうか。

大人は死んでいるか、偽物か、詐欺師か、権限がない。この映画の世界には、電話をかける先が本当にもうない。

そう考えると、次作で彼が頼る相手がドクター・ストレンジだったのは、必然だったのかもしれません。大人が全滅した世界で、最後に残っていた「大人の形をしたもの」が、魔術師だった。

あなたはどう観ましたか。

EDITHをベックに渡した判断、甘いと思いましたか。それとも16歳ならあんなものだと思いましたか。

(ちなみにこの譲渡、公開から7年ずっと議論が続いている論点です。「宇宙まで行って地球を救った子が、会ったばかりの男にあっさり渡すのはおかしい」という批判と、「10代なんてそんなもの。人を信じる判断が上手じゃないことに、本人がまだ気づいていない年齢だ」という擁護で、いまも票が割れています)

コメントで教えてもらえたら嬉しいです。全部読んでいます。

その3作目『ノー・ウェイ・ホーム』の考察も公開しました。彼が魔術師に何を頼み、その代わりに何を失っていくのかの話です。

そして4作目、最新作『ブランド・ニュー・デイ』の考察も公開しました。この映画で失った「帰る場所」の、その後の話です。

そしてアニメ版『アクロス・ザ・スパイダーバース』の考察も公開しました。「家に帰らない」の話は、多元宇宙ではもっと大きな話になります。

そしてもう一本、この記事で書いた「悪役はトニーの副産物だ」の、その裏側にあたる映画の考察も公開しました。『クレイヴン・ザ・ハンター』——スパイダーマンが一度も出てこないので、生みの親のいない悪役の話になっています。

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