大学同窓会OB会の宴会
宴会が始まるまでの待ち時間、お飲み物が揃うまでの間に、ちょっとした読み物があればと思い、作成・配布した資料を再編しました。
「その12」は、2026年6月13日(土)に開催された、北海道教育大学旭川校・旭川分校・北海道学芸大学の卒業生が集う宴会に合わせて執筆したものです。
(北海道北見市北8条西1丁目「ニューむつみ」)
通っていたのは旭川校ですか、分校ですか、それとも学芸大学ですか ?
現在の正式名称は『国立大学法人 北海道教育大学 旭川校』ですが、そのルーツは大正12年(1923年)に開校した庁立(北海道立)の『北海道旭川師範学校』にまで遡ります。

開校直前に発行の地図に「廰立旭川師範學校」の文字が記されています。
北海道旭川師範学校
当時の学制は現在とは大きく異なり、現在の高校生に相当する年齢で入学し、4年間学んでいました。師範学校では授業料が免除され、全寮制のもとで生活費(食事、制服、教科書、手当など)も支給されていました。さらに「兵役の猶予・短縮」という恩典もあったため、「学力は非常に優秀だが、経済的な理由で一般の大学へ進学することが難しい」という家庭の子弟にとって、最高峰の進学ルートとなっていたのです。
ただし、卒業後には5年間の奉職義務(教職に就く義務)がありました。朝の点呼から食事、学習時間、そして消灯に至るまで、すべてが管理される全寮生活の中で、学生たちは「模範的な教育者」となるために日々心身を鍛えていました。

北海道第三師範学校
その後、昭和18年(1943年)に官立(国立)へと移管され、『北海道第三師範学校』と改称されました。学制も予科2年(高校1・2年相当)・本科3年(高校3年〜大学2年相当)へと再編されます。授業料免除や生活費支給という手厚い待遇はそのままに、国が国費を投じて最高レベルの知識人を育成する高等教育機関へと発展していったのです。

北海道学芸大学 旭川分校
終戦後の昭和24年(1949年)、新制大学の発足に伴って北海道学芸大学が創設され、本校は『北海道学芸大学 旭川分校』となりました。当時は2年課程と4年課程が置かれ、4年課程の後半(3・4年生)は札幌校で履修するという変則的な制度が採られていました。その後、2年課程の募集停止を経て、昭和38年(1963年)からようやく4年間すべてを旭川で履修できるようになります。
昭和41年(1966年)には『北海道教育大学 旭川分校』へと改称されました。日本の高度経済成長の波に乗り、キャンパスでは近代的な校舎の新築が相次ぎました。そして昭和47年(1972年)、長年親しまれた師範学校時代の木造校舎が完全に姿を消し、一つの時代が幕を閉じました。


北海道教育大学 旭川校
その後、平成5年(1993年)に現在の『北海道教育大学 旭川校』へと改称され、平成16年(2004年)の国立大学法人化を経て、今日の姿へとつながっています。

この読み物を手にした皆さまが、それぞれの青春時代に思いを馳せながら、笑顔で乾杯の瞬間を迎えられることを心より願っております。

HIRAIDE HISASHI
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