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2026児童対象管楽器講習会講師との宴会

宴会乾杯発生前待ち時間配布資料 その11

 宴会が始まるまでの待ち時間のお飲み物が揃うまでの間に、ちょっとした読み物があればと思い、作成・配布した資料を再編しました。

「その11」は、2026年6月12日(金)に、スクールバンド連盟児童対象管楽器講習会での講師を交えた宴会に合わせて執筆したものです。
  (北海道遠軽町大通南2丁目1−28「鳥勝」)


オホーツク地域における小学生管楽器活動の変遷と発展

 オホーツク地域における小学生の管楽器活動は、昭和初期のラッパ隊に端を発し、昭和40年代以降のヤマハによる学校教育への管楽器導入を経て、現在へとつながっています。その歩みは、合唱・鍵盤ハーモニカ・リコーダーの普及とも相互に影響し合いながら、地域独自の音楽文化として発展してきたと言えるでしょう。

1. 戦前・昭和初期 - 吹奏楽活動の萌芽

 北海道における管楽器活動の起源を示す記録は限られていますが、1930年代の教本等からその端緒をうかがうことができます。1931年発行の『喇叭らっぱの吹き方』には、少人数の金管楽器と打楽器のみで構成されたバンドの記述が見られ、当時そのような楽団が実在していたと考えられます。 

 また、1941年(昭和16年)の『吹奏楽年鑑』によれば、当時の北海道には76の管楽器団体が存在し、そのうち7団体はオホーツク地域の学校バンドでした。
・美幌小学校ブラスバンド・喇叭鼓隊(36人)
・上常呂小学校ブラスバンド(25人)・喇叭鼓隊
・小清水小学校喇叭鼓隊(20人)
・留辺蘂小学校喇叭鼓隊(12人)
・紋別小学校喇叭鼓隊(32人)
・上渚滑小学校喇叭鼓隊(17人)
・雄武小学校喇叭鼓隊(17人) 

 全道各地のバンド名称も「ブラスバンド」「喇叭鼓隊」「鼓笛隊」など多様で、平均編成人数は約21人と小規模でした。さらに昭和8年の新聞記事には、網走小学校喇叭隊の活動が紹介されており(網走小資料室所蔵)、記録に残る以外にも地域内に学校バンドが存在していた可能性があります。
 これらのバンドは、出征兵士の見送り演奏などを主な活動の場としていたと推測されます。しかし、その後の活動は継続されず、楽団の記録・記憶や楽器の存在も、次第に忘れ去られていったようです。

2.オホーツク地域の小学校管楽器活動

・紋別小学校には、1962年(昭和37年)頃から約5年間、ピッコロ、フルート、クラリネット、コルネット、トランペット、アルト、トロンボーン、小バス、大バス、打楽器によるバンドが存在したといいます。
・網走市立嘉多山小学校では、1969年(昭和44年)にトランペット、バリトン、メロフォン、太鼓、グロッケンなどによるトランペット鼓隊が編成され、約10年間活動が続きました。
・留辺蘂小学校では、1969年(昭和44年)に町内の中学校・高校から中古楽器の提供を受け、吹奏楽編成のバンドを結成しました。吹奏楽コンクールにも参加し、翌年には北海道大会へ出場するなど、オホーツク地域の小学生管楽器活動の中心的存在となりました。

 1973年(昭和48年)には清里小・常呂小の活動が始まり、網走小でも鼓笛隊に管楽器を取り入れた活動が続いていたといいます。1975年頃には訓子府小学校で金管クラブ活動が始まり、1979年(昭和54年)には遠軽東小で吹奏楽編成のバンドが創部されました。

 その後、遠軽小(1981年)、女満別小(1984年)、遠軽南小(1986年)、北見中央小(1987年)、美幌東陽小(1989年)、北見北光小・小清水小(1990年)、美幌小・端野小・中湧別小(1991年)、紋別小(1992年)、紋別潮見小(2012年)、斜里ジュニアバンド(2015年)など各地で金管バンドが次々に編成されました。なお、端野小は1998年(平成10年)に吹奏楽編成へ転換しました。

3. 小学校管楽器研究会の活動

 1980年(昭和55年)頃から、清里小学校勤務時代にヤマハとの関係を築いた門崎幸次先生が、網走小学校を会場にヤマハ講師らを招いた児童対象の講習会を開催していました。また、他校との交歓演奏会なども行われていたようです。
 こうした活動を基盤として、1985年(昭和60年)2月、女満別小学校の門崎幸次先生、東藻琴小学校の加藤一大先生を呼びかけ人に、「網走管内小学校管楽器研究会」が発足しました。それまで地域ごとの「点」であった小学校管楽器活動が、研究会(後のスクールバンド連盟)の設立によって、「面」として広がり始めたのです。

 その後、この児童対象講習会は1999年(平成11年)頃から岡本篤彦氏を講師として開催されるようになりました。背景には1995年(平成7年)から網走小学校で実施されていた岡本篤彦氏の講習が極めて効果的であると確信した、当時の研究会事務局長(平出)の提言がありました。

 その講習体制が四半世紀にわたり継続していることは、深い感慨を覚えます。遠く静岡から毎年足を運んでくださる岡本氏、そして講習会を企画・運営する研究会メンバーの皆様に、活動のきっかけに関わった一人として感謝を申し上げます。 

ここまでが 配布物資料


関連してのメモ

北海道の ブ ラ ス バ ン ドについて
1931年(昭和6)「喇叭の吹き方」
音階とリップスラー 網走小学校で取り組んでいた基礎練習

北海道そしてオホーツクの音楽活動

 昭和33年旭川啓明小学校がNHK合唱コンクールで、昭和34年旭川市立常盤中学校が吹奏楽コンクール全国大会で第一位となるなど、旭川の学校が全国大会で活躍を重ね「音楽の街旭川」を標榜するようになっていきました。
 その活動に触発されたオホーツク地域も努力を重ねましたが、北海道でオホーツクの活動が広く知られるようになるのには時間がかかりました。

 遠軽高校・紋別中学校をはじめとする吹奏楽団体の活躍は、昭和40年代から広く知られるようになりました。その活動は一般団体にも広がりを見せ、今日に至ります。一方、合唱・リコーダー活動の広まりは限定的なものに止まっているとも言えます。中でも鍵盤ハーモニカの活動は学校内に止まっていると言えるでしょう。

 小学校管楽器研究会が創立した1985年(昭和60年)年の11月に第1回網走管内小学校スクールバンドフェスティバルが女満別町教育文化会館で開催され、演奏交流を中心とした活動が始まりました。
 このスクールバンドフェスティバルと児童対象管楽器講習会が研究会の重要な活動の柱となりました。
 この演奏会も昨年度(2025年)には、斜里町「ゆめホール」を会場に第41回の歴史を重ねています。 




HIRAIDE HISASHI


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