『アメリカン・ゴシック』=『翔んで埼玉』
『アメリカン・ゴシック』=『翔んで埼玉』
2019年、埼玉県越谷市のイオンレイクタウンのシネマコンプレックスで、観客たちが盛大な拍手を送った映画がありました。
そう、『翔んで埼玉 』です。
「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ!」と埼玉県をディスりまくった映画を埼玉県民はなぜ愛したのか。
いち埼玉県出身者として考えてみたとき、埼玉県民は東京のベッドタウンとして、「ださいたま」などと長年にわたって馬鹿にされてきました。
しかし、それを受け止めてきた笑顔の裏には、そうはいっても埼玉県も実はいいところなんだぜという、確固たる思いがあります。
ディスられることそのものは気持ちのいいものではない。でも、埼玉県にスポットが当たること自体には、どこか嬉しさを覚えている。
東京に対するコンプレックスと、地元に対する愛とを屈折した形で抱えている埼玉県民の複雑な心を、『翔んで埼玉 』は見事に描き出しているんですね。
だからこそ、上映後のレイクタウンのシネマコンプレックスには、罵倒ではなく拍手が沸き起こった。
そして、そんな「大都会に対するコンプレックスと地元愛との屈折した感情」という点で、『翔んで埼玉』と今回のテーマである『アメリカン・ゴシック』と繋がってきます。
『アメリカン・ゴシック』は1930年にグラント・ウッドが描いた、アメリカでもっとも有名な絵画の1つです。

- From The Art Institute of Chicago Museum, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=13268536による
この絵には「アメリカの典型的な田舎者」の風刺画というイメージがあります。農具のピッチフォークを持った無愛想な男と、その隣に立つ女性。硬い表情、質素な服装。
「ザ・田舎のアメリカ人」というステレオタイプの象徴として、世界中でパロディされ続けています。
でも実際には、ウッドはこの絵で中西部の人々を賞賛するつもりだったといわれています。1930年といえば、黄金の20年代が終わり、世界恐慌が始まった年です。
ニューヨーク中心の都会的・資本主義的な空気が揺らぎ始めたその瞬間に、ウッドはアメリカの別の顔——中西部の農村に生きる人々のしたたかさと堅実さ——を描こうとしました。
ウッドはNYの画壇に背を向け、中西部をはじめとするアメリカ各地の表現に価値を見出そうとしていた画家でした。
「都会じゃないところにこそ、本当のアメリカがある」——そんなリージョナリズムの主張が、世界恐慌という時代にリアリティを持って響いたのです。
シカゴに住んでいると、アメリカという国の大きさを実感します。ニューヨークは同じ国のはずなのに、精神的にはやはり「外部」です。
中西部の人からすれば、ニューヨークは同じ国であってもどこか「私たち」ではない。
それと相反するように、ニューヨークのような大都市と比べれば自分たちは田舎だという意識も同時にある。
ウッドは『アメリカン・ゴシック』を通じて中西部の人々を描き出すことでその屈折した感情を見事に拾い上げています。
そして、そうした感情は実は1930年の中西部だけのものではなく、時代も場所も違う、現代の埼玉県民にさえも共感できるほどに普遍的なものだった。
だからこそ、この絵はいまも広く愛される作品になっているのだと思います。
『アメリカン・ゴシック』と『翔んで埼玉 』は時代も場所、表現形式も違います。しかし、この2つには、大都会に対するコンプレックスと、その裏にある地元愛という、共通した心性が感じられます。
『アメリカン・ゴシック』をアメリカ版『翔んで埼玉』ととらえてみると、遠い異国の地味な古い絵が、少し身近に見えてくるのではないでしょうか。
おわりのらくがき
『アメリカン・ゴシック』はシカゴ美術館に収蔵されています。
シカゴ美術館は印象派のコレクションが有名ですが、シカゴ美術館ガイドの人によれば、アメリカ人の来場者はまずこの『アメリカン・ゴシック』と、エドワード・ホッパーの『ナイトホークス』を観に行くそうです。
実際私自身もシカゴ美術館までこの作品を観に行きましたが、作品の前には常に人だかりができていましたね。
少し深掘りしてみると、実はウッドは同性愛者であり、それを公表せずに人生を送ってきました。
まだ同性愛に対する差別も強かった時代にあって、彼は中西部の人々のそうした保守性に辟易していたところもあったようです。
そのことを考えると、『アメリカン・ゴシック』のどこか陰鬱な雰囲気には、中西部の人々に対するウッド自身の複雑な愛憎が反映されているのかもしれないですね。
このシリーズの趣旨
アメリカが覇権国家となった過程では、単なる軍事力や経済力だけではなく、文化的影響力、すなわちソフトパワーが大きな役割を果たしてきました。
アメリカという国を理解するために、アメリカの美術や文学についての理解を深めるのも1つのアプローチです。
このシリーズはアメリカ美術に関する全52回の講座として、週1回ペースでアメリカ美術への理解を深めていきます。
今回は第32回でした。
前回の記事は、ジョージア・オキーフを取り上げた回です。
