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アメリカの母~ジョージア・オキーフ~


ニューヨークの寵児が、砂漠へ消えた

1929年、ニューヨークの美術界にひとつの噂が広まりました。
あの女性画家が、砂漠へ行ってしまった、と。

ジョージア・オキーフはその頃、すでに有名人でした。

大きく引き伸ばされた花の絵は美術館に並び、批評家たちは競うように彼女の作品について書きました。

夫は著名な写真家・画廊主のアルフレッド・スティーグリッツ。

ニューヨークのモダニズム美術の中心にいた人物です。

それなのに彼女は、ニューメキシコの砂漠へ向かいました。そしてそのまま、戻らなかった。

なぜでしょうか。その答えを探ることが、オキーフという画家を理解する、いちばんの近道だと思います。

エドワード・ホッパーとの違い

前回取り上げたエドワード・ホッパーも、同じ時代を生きたアメリカの画家でした。ガソリンスタンド、深夜の食堂、ホテルの一室。彼の絵には、都市に生きる人間の孤独が漂っていました。

オキーフの孤独は、まったく種類が違います。

ホッパーの孤独は「閉じ込められた感じ」です。壁があり、窓があり、外には出られない。対してオキーフの孤独は「広大な空間に自分を解き放つ感じ」です。地平線があり、骨があり、空がある。

同じ「孤独」でも、都市の孤独と荒野の孤独はこれほど違う。

ふたりを並べると、1920〜30年代のアメリカが、いかに多様な「顔」を持っていたかが見えてきます。

花の絵と、窮屈なレッテル

オキーフの名前を世に知らしめたのは、花の絵でした。バラ、カンナ、ポピー。それらをまるで顕微鏡で覗いたように巨大に拡大し、画面いっぱいに描く独特のスタイルは、当時の美術界に衝撃を与えました。

生涯で約200点もの花の絵を描いています。

Georgia O'Keeffe ≪Red Canna≫ 1923
at the Pennsylvania Academy of the Fine Arts, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=128431929

ところが批評家たちは、その花に「女性性」や「官能」を読み込みました。夫スティーグリッツが撮影した彼女のヌード写真が広く知られていたことも、その解釈に拍車をかけました。

しかしオキーフはこれを生涯にわたって否定し続けました。

さらに彼女が嫌ったのは、「女性画家」というレッテルそのものでした。「女性アーティスト」というカテゴリに入れられることを嫌い、ただ「アーティスト」として評価されることを求めていました。

有名になることで、かえって自分を見失いそうになる。砂漠行きの背景には、そういった息苦しさもあったように思います。

砂漠へ:逃げたのか、選んだのか

ニューメキシコの風景は、彼女を変えました。

赤茶けた岩肌、広すぎる空、そして砂漠に転がる動物の骨。

《牛の頭蓋骨:赤・白・青》《夏の日》など、砂漠と骨を組み合わせた作品群は、花の絵とはまったく異なる世界を見せます。

Georgia O'Keeffe≪Summer Days(夏の日)≫(1936)
https://whitney.org/collection/works/7539, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=179794229

不思議なことに、その骨の絵には死の匂いがしません。乾いた空気の中で、骨はむしろ清潔で、静かで、堂々としている。

オキーフ自身は1943年にこう語っています。「こんなに美しく、手付かずの、孤独な場所。私がThe Faraway(遠い場所)と呼ぶものの、すばらしい一部だ」と。

1949年、夫の死から3年後、彼女はニューメキシコへ正式に移住します。

以後、98歳で亡くなるまで約40年をそこで過ごしました。砂漠は逃げ場ではなく、彼女が選んだ場所だったのです。

なぜ「アメリカン・モダニズムの母」なのか

オキーフは、特定の美術運動に属しませんでした。

印象派でも、キュビズムでも、シュルレアリスムでもない。同時代の美術の流行に乗ることなく、70年以上にわたって独自のスタイルを貫きました。

それでも彼女が「アメリカン・モダニズムの母」と呼ばれるのは、アメリカという国の「広さ」と「荒さ」を、誰よりも鮮烈に絵にしたからではないでしょうか。

東海岸の都市文化でもなく、ヨーロッパの前衛美術でもない、もうひとつのアメリカ。砂漠と空と骨と光。それを「美しい」と言い切った画家が、オキーフでした。

「母」という言葉には、何かを生み出した、という意味があります。

彼女が生み出したのは、アメリカの風景の新しい見方だったのかもしれません。

おわりのらくがき

ジョージア・オキーフ《Sky Above Clouds》シカゴ美術館
筆者撮影

ジョージア・オキーフ、実は私自身もアメリカに住み始めてから知ったアーティストで、シカゴ美術館で観た《Sky Above Clouds》が初めてみた作品でした。

アメリカではかなり偉大なアーティストとして扱われていて、日本での認知度とは大きなギャップがあるような感じがします。

率直なところ初見では彼女の作品の良さはあまりよく分からなかったのですが、今回あらためて彼女の生涯や作品の背景を調べてみて、少しずつ良さが分かってきたような気がしてきました。

同じ作品を観るのでも、少し知識があると楽しみが全然違いますね。

このシリーズの趣旨

アメリカが覇権国家となった過程では、単なる軍事力や経済力だけではなく、文化的影響力、すなわちソフトパワーが大きな役割を果たしてきました。

アメリカという国を理解するために、アメリカの美術や文学についての理解を深めるのも1つのアプローチです。

このシリーズはアメリカ美術に関する全52回の講座として、週1回ペースでアメリカ美術への理解を深めていきます。

今回は第31回でした。

前回の記事は、リミナルスペースとエドワード・ホッパーを巡る回です。

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