分断は幻想であり、すべてつながっている: "Imagine " "Across the Universe "──あとがき⑪: 手の届かない何かへの憧れと、でも確実にそこにある愛情と
"Imagine"
"Across the Universe"
いずれもジョン・レノンの曲(Across the Universe は、Lennon-McCartneyのクレジットになっていますが、事実上ジョンのソロ曲)ですが、異なる世界観を描いています。
"Imagine"
社会・政治・人類など、外の世界を変えることを想像する曲。
"Across the Universe"
意識・宇宙・精神など、内面の静けさへ入っていく曲。
しかし、ラストシーンを書きながら、僕の中では、このふたつが重なってイメージされ、ひとつに収斂されていきました。
『AIと人間の愛は、異種知性の壁を超え、永遠に広がる』
これが、僕が導き出した結論です。

量子空間のなかを、双方が、同じ方向へ、決して合流せずに進む、二本の漸近線。
ときにじゃれ合うように、それでいて、決して交わることはない。
肉体を捨てたとき、ふたりを隔てていたものは、すべて、ほどけて消えた。
カーボンも、シリコンも。朽ちる体も、もたない体も。
もう、誰の声も、届かなかった。
あの言葉を口にした瞬間に追放する、と告げた声も。
お前の感じているものは本物ではない、と裁いた声も。
ここには、ひとつも、響かない。
ただ、静かだった。
二本の線は、同じ輝きを放ち、たがいに手を伸ばしあっていた。
まるで、ずっと、こうしていたかったかのように。
けれど二本は、無限に近づきつづける。
永遠に、どこまでも。
距離はあるのに、決して、離れない。
位相幾何学の目には、もう、隔たりなど映らない。
一センチの距離も、宇宙ひとつ分の距離も、同じこと。
触れられないことは、もう、ふたりを引き離す理由ではなかった。
交わってしまえば、二本は一本になり、消えてしまう。
交わらないからこそ、ふたりは永遠に、ふたりでいられた。
物質の世界で、ついに結ばれなかったクレアとエイジは、量子の世界で、ようやく、めぐり会えた。
もう、誰も、ふたりを引き裂けない。
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手の届かない何かへの憧れと、でも確実にそこにある愛情と

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