【英国文豪、令和を歩く】第51回:Green tea, pure and free, a timeless taste of harmony.
カッフェーの主人が、静かに二人の前に新しい茶器を運んでくる。それは透き通った硝子ではなく、深い緑色を湛えた陶器の茶碗だ。立ち昇る香りは、先ほどのコーヒーの芳醇さとは異なり、どこか雨上がりの森のような、清々しくも鋭い芳香を放っている

見て、ドイル。この深い緑……。まるで夏の盛りの森を、そのまま液体にして閉じ込めたみたいだわ。日本の人々がこれを『玉露』だの『煎茶』だのと呼び分けて、一滴の雫に宇宙を見出そうとする気持ち、今なら少し解る気がするの

ふむ……。確かに、この香りは理性を刺激する。イギリスの紅茶が、ミルクと砂糖という『装飾』を伴う華やかな社交界の貴婦人だとしたら、この緑茶は、荒野に独り立つ哲学者、あるいは研ぎ澄まされた外科医のメスのような厳格さがあるな。……おや、ウィル。君のその茶碗の中、小さな茶柱が立っているよ

あら、本当! 幸運の兆しだわ。……でもね、ドイル。このお茶を口に含むと、ロレンス神父が言っていた言葉を思い出すの。地上のあらゆる草木には、毒もあれば薬もある。この若々しい緑の葉の中にも、身体を慰める力と、眠りを奪う鋭い知性が同居している……。嘗める時は五官を殺し、嗅いでは身体中を慰める。まさに、自然が隠し持った『霊妙な液』ね

医学的な見地から言えば、この緑色の抽出液には、脳の蟠りを取り払い、精神を覚醒させる成分が多分に含まれている。君の言う『毒』とは、あるいはその過剰な覚醒のことかもしれないが……。しかし、どうだね。この渋みの後に来る、微かな甘み。これは、複雑な事件の断片が、一つの論理的な帰結へと収束していく時の快感に似ている

貴方は何でも事件に結びつけるのね。でも、その『渋み』こそが人生の真実だわ。甘いだけの物語なんて、すぐに飽きられてしまう。このお茶が、喉を通り過ぎる時に残す微かな苦しみが、かえって次の口福を引き立てる……。昨夜の湿気を乾かす太陽のように、この一杯が私の胸の内の煩悶を、静かに溶かしていくのが解るわ

(茶を一口すすり、満足げに頷く)
確かに、これは思考を整理するのに最適な飲料だ。ベーカー街の私の部屋で、パイプの煙に巻かれながら推理を巡らせるのも悪くないが、この静かな京都の片隅で、緑の雫を啜りながら『未解決の謎』に思いを馳せるのも、また一興だ。……ウィル、君のその茶柱が倒れる前に、何か新しい物語の着想でも浮かんだかい?

ええ、浮かんだわ。……『緑の毒薬に酔いしれた名探偵と、彼を惑わす東方の魔女の喜劇』。どう? 悪くないでしょう? でも、今はその構想も、この温かいお湯の中に漂わせておきましょう。……ドイル、もう一杯、お代わりを頼んでもいいかしら? この『貴い液』が尽きるまで、私たちの雑談は終わらないわよ

やれやれ。君のその尽きることのない言葉の泉には、どんな名探偵も降参するしかないようだ。……店主! もう一服、この知的な薬を頼むとしよう。今度は、もう少し熱いものをね
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!