【英国文豪、令和を歩く】第50回:Public bath, warm and calm, a place of peace like healing balm.
カッフェーの窓の外では、夕暮れ時を告げる鐘の音が遠くから響いている。ウィルはカップに残った最後の一口を飲み干し、少しだけいたずらっぽくドイルを覗き込んだ

ねえ、ドイル。さっきの地震で少し強張った身体を、解きほぐしに行かない? この近くに、この街の人たちが『銭湯』と呼ぶ、素晴らしい大衆の社交場があるのよ。裸の王様も、着飾った貴婦人も、お湯の中では皆ただの人間に戻る……。まさに、この世は劇場の縮図だわ

銭湯か。……実を言うと、私はまだあの文化には少々の抵抗があってね。医学的に見て、公共の浴場というものは衛生管理が徹底されているべきだが、それ以上に……。日本に伝わる『柔道』の心得がある私でも、一糸まとわぬ姿で無防備に晒されるというのは、どうにも落ち着かない。背後からモリアーティの残党が襲ってきたら、石鹸で滑って反撃もままならないだろう?

ふふ、心配性ね。あそこは聖域よ。どんな悪漢だって、湯船に浸かれば溜息をついて、復讐なんて忘れてしまうわ。それに見て、この京都の銭湯の建物を。まるで古いお城か、あるいは霊廟のような威厳があるじゃない? 木造の高い天井を仰ぎながらお湯に浸かっていると、自分の魂が蒸気と一緒に天に昇っていくような、不思議な恍惚感があるの

ふむ、建築学的な興味は否定しない。だが、あの『電気風呂』というものはどうだね? 以前、好奇心から指先を触れてみたが、あれはまるでヴィクトリア朝の降神術で使う電気装置のようだった。心臓に悪い。科学的な根拠があるにせよ、あんな刺激を好んで受ける人々の神経が理解できんよ。……まあ、筋肉の疲れには効くのかもしれんが

あら、あれは『小さな嵐』だと思えばいいのよ。リア王が荒野で打たれた雷鳴を、自分の背中で再現するの。そうすれば、日常の些細な悩みなんて、その刺激と一緒に霧散してしまうわ。……ドイル、貴方がさっきから気にしている『犯人を追うための筋肉』も、あそこで一度弛めてあげないと、いざという時に悲鳴を上げてしまうわよ?

……君の比喩は、いつも私の警戒心を詩的な甘言で溶かしてしまうな。確かに、北風が吹き抜けるロンドンの夜のような寒さを思えば、あの熱いお湯は魅力に満ちている。……よし、行こう。ただし、湯上がりに飲むというあの『コーヒー牛乳』とやらが、私のダイエット計画を台無しにしないという保証があるならば、だがね

約束はできないわ。だって、湯上がりの一杯は、劇の最後を飾る完璧なエピローグのようなもの。それを拒むなんて、観客にアンコールをさせないのと同じくらい無粋なことよ。さあ、ドイル。タオルを一枚持って。地上の楽園へ、カーテンコールを浴びに行きましょう!
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