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【明治文豪、令和を歩く】第71回:アベンジャーズバイアス

春雨がしとしとと降る午後。漱石の書斎では、三沢から聞いた不思議な娘の話や、世間の「理屈」についての議論が一段落したところである。荷風は雨に濡れた日和下駄を気遣いながら、最近異国から流れてきた「活動写真」の噂を口にする

                                                                                                                    永井荷風

先生、近頃の西洋の活動写真というのは、恐ろしい規模になっておりますな。『アベンジャーズ』とか申す、異能の士が寄り集まって世界を救う物語が、巷では大層な評判だとか。私はかつて回向院の国技館で力士たちの肉体美に古典の調べを見出しましたが、あちらの英雄たちは、鉄の甲冑を纏ったり、神話の神々が雷を操ったりと、まるで極彩色の夢を具現化したような騒々しさです

夏目漱石                                                                                                                       

ふむ、アベンジャーズか。私も小耳に挟んだよ。何でも、一人一人が一国を滅ぼすほどの力を持っていながら、わざわざ徒党を組んで戦うという。内側に割り切れぬ孤独や異状を抱えた者たちが、その欠落を埋め合わせるために引かれ合う……。叔父の岡本が言っていた『男と女は引っぱり合わないと完全な人間になれない』という理屈ではないが、彼らもまた、己に不足した何かを他者に求めて、無理に一つに纏まっているのかもしれんな」

左様でございますね。しかし、私にはどうも、あの鋼鉄の巨人や異形の怪力男たちが、現代文明の『重み』を象徴しているようで、少々胸が焼ける心地がいたします。かつて私が夢之助と名乗って寄席の楽屋を歩き回った頃、芸人たちは己の芸一つで世間と渡り合ったものです。あのように大勢で押し寄せ、光と音の暴力で悪を討つというのは、野暮の極み。滅びゆく情緒を慈しむ余白など、微塵もございません

ははは、君らしい批評だ。確かに、あの物語には『余裕』というものがない。立ち合いの一瞬に全てを賭ける力士の潔さとは対極にある、際限のない膨張だ。だがね、荷風君。あの英雄たちが、それぞれに拭い去れぬ過去の影を背負い、それでもなお『正義』という不確かな旗印の下に集う姿には、現代人が抱える特有の寂寥が投影されているようにも思う。私の描く『明暗(※)』の登場人物たちのように、互いに腹を探り合い、理屈で自分を正当化しながらも、結局は一人ではいられない……。あの鉄の仮面の下には、案外、我々と変わらぬ矮小な人間が震えているのではないか

初出1916[大正5年]朝日新聞

先生の仰る通り、あの派手な立ち回りの裏に、個人の絶望や葛藤が隠されているのだとすれば、それは一つの文学かもしれません。しかし、私はやはり、あのような騒がしい世界よりも、雪の夜の静寂や、隅田川の濁った流れを眺めている方が性に合います。英雄が空を飛ぶ時代になっても、私はこの日和下駄で、泥濘(ぬかるみ)を歩き、消えゆく江戸の残り香を書き留めるだけです。彼らが守ろうとする世界に、私の居場所があるとは思えませんからな

同感だ。世界を救うなどという大それた仕事は、彼らのような『超人』に任せておけばいい。我々は、この狭い書斎で、猫の恋や隣家の明笛の音に耳を傾けながら、人間の心の奥底にある、豆粒のような小さな真実を掘り起こしていれば十分だ。荷風君、アベンジャーズが銀幕で火花を散らしている間に、我々はもう少し、この冷めた紅茶にジャムでも入れて、とりとめのない世間話に興じようじゃないか

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