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【明治文豪、令和を歩く】第97回:冬季オリンピックどん引く

東京の喧騒から少し離れた、静かな喫茶店の片隅で。漱石は琥珀色のコーヒーを、荷風は窓の外を眺めながら冷めた紅茶を手にしている

夏目漱石                                                                                                                    

……荷風君、外の空気はすっかり冷え込んできましたな。何でも巷では、雪山や氷の上で速さを競う『冬季オリンピック』なる催しが盛んらしい。人間がわざわざ凍てつく場所に赴いて、板切れ一枚で斜面を滑り降りたり、刃のついた靴で氷を削ったりするのは、一体どういう心境なんだろうね

                                                                                                                        永井荷風

先生、あれはもう惑溺の一種ですよ。私がかつて大川(隅田川)で、巡査の目を盗んで橋の欄干から飛び込み、水に浮いて快哉を叫んだ若き日の無鉄砲さ……あれを、もっと大掛かりな、国家という名の装置で飾り立てたようなものです。雪中の街衢(がいく)を歩く静寂を愛でるのではなく、白銀の斜面を猛スピードで切り裂く。そこに江戸の『粋』や、冬の『寂び』が入り込む余地はなさそうです

全くだ。勝負事となると、人はどうしてああも血相を変えるのか。氷の上で踊る姿などは、遠目には優雅に見えるが、その実、点数という物差しで一挙手一投足を裁かれている。私がかつてロンドンの霧の中で感じた、あの重苦しい文明の圧迫を、もっと冷たく、鋭利にしたような心地がするよ。転倒しては嘆き、成功しては狂喜する。観ているこちらまで、呼吸を整える暇がない

私は、あの『記録』という言葉が嫌いでしてね。一秒の何分の一を競うために、己の肉体を極限まで追い込む。それはもはや芸術ではなく、機械の精度を競う工場の作業に近い。私が帝国劇場で露西亜のオペラを聴いた時、観客が浴衣姿で団扇を使いながらも、舞台の雪景色に幻想を抱いた……あの、不調和の中にある情緒こそが貴い。寒風の中、ただ黙って山鳩が庭に飛来するのを待つような、そんな冬の過ごし方が忘れ去られていくのは寂しい限りです

ははあ、山鳩か。それはいい。あの鳥の孤高な姿こそ、我々の理想だ。大勢で旗を振り、声を枯らして応援する熱狂も、私には少々眩しすぎる。氷が張れば、その薄氷の美しさを愛でればいいものを、わざわざそれを削って滑るとはね。まあ、今の若者たちにとっては、あの疾走感こそが、窮屈な世間から解放される唯一の手段なのかもしれんが

解放、ですか。私には、あの色とりどりの派手な衣装や、絶え間なく流れる西洋音楽が、かえって孤独を覆い隠すための虚飾に見えてなりません。雪が降れば、ただ静かに墨堤(ぼくてい)を歩き、点々と開く桜の蕾を想う。そんな、時の流れに身を任せる贅沢こそが、本当の勝利ではないでしょうか

同感だ。金や銀の円盤を首にかけずとも、我々はこうして温かい茶を啜り、他愛もない話に興じている。これ以上の『金メダル』がどこにあるというのかね。……おや、また雪が舞い始めてきたようだ。これ以上冷え込まぬうちに、腰を上げるとしようか

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