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【明治文豪、令和を歩く】第98回:パズドラ脱ヲタ

東京の喧騒から少し離れた、静かな喫茶店の片隅で。漱石は琥珀色のコーヒーを、荷風は窓の外を眺めながら冷めた紅茶を手にしている

夏目礎石                                                                                                                        

……荷風君、先ほどから君が熱心に手元の硝子板を指で弾いているが、それは一体何をそんなに急いで仕分けしているのかね。赤や青の珠が画面の中で弾けては消え、また降ってくる。パズル&ドラゴンズ……略して『パズドラ』とかいうものらしいが

                                                                                                                       永井荷風

ああ、先生、お見苦しいところを。これは現代の若者が嗜む、一種の博打のような、あるいは蒐集癖をくすぐる玩具でございます。かつて私が浅草の寄席の楽屋で、出番を待つ間に双六を眺めていたようなものですが、今のそれは、指先一つで龍や神々を操るという、何とも大層な趣向になっておりましてね

龍を飼い慣らすか。壮大な話だが、やっていることは実に細かい。君がそうして珠を揃えるたびに、画面の端で怪物が火を吹いたり風を起こしたりしている。だが、現代人は不思議だね。満員電車に揺られながら、あるいはこうして静かな茶房に居ながらにして、掌の中の迷宮に没頭している。外の世界の喧騒を忘れるための、これは現代の『精神的隠れ家』なのかもしれん

隠れ家というには、少々騒々しゅうございますよ。珠を動かす制限時間に追われ、望みの絵札を手に入れるために、抽斎の子が蔵書を持ち出したように、なけなしの金を投じる者もいるとか。私はただ、この色彩の乱舞を眺めながら、かつての大川の影絵芝居を思い出しておりました。実体のない光が動き、消えていく……その儚さだけは、江戸の夜の情緒に通じるものがあるのかもしれません

ふむ。だが、私にはどうもあの連鎖というやつが、現代の強迫観念のように見えてならない。一つ片付ければまた次が降り注ぎ、休む間もなく指を動かし続けなければならない。あれでは、せっかくの豆腐の味も分からなくなってしまう。君のように、過去の文物を慈しむ余裕のある男が、そんなにせっせと珠を転がして、一体何を得ようというのかね

先生、何も得られぬからこそ、虚無を埋めるのに丁度良いのです。私はただ、この指先の運動を通じて、現代という得体の知れない時代の、その表面だけを滑っているような心地がするのです。深い思索に耽れば、今の世の浅ましさに嘆息するばかりですが、こうして無心に珠を消していれば、一時でもその不快を忘れることができます

なるほど、忘却の薬か。確かに、この世はあまりに複雑になりすぎた。たまには龍の背に乗って、理屈の通じぬ異世界へ逃げ込みたくもなるだろう。だが荷風君、ほどほどにしたまえよ。君がその掌の中の龍に夢中になりすぎて、私の話に生返事ばかりするようでは、私は寂しくて、また胃を悪くしてしまいそうだ

おっと、これは失礼いたしました。先生の仰る通り、機械の光よりも、先生との旧悪を語らう方が、よほど贅沢な時間の使い方に相違ございません。……さて、この龍の絵も、一度閉じるといたしましょう。現代の迷宮よりも、今は先生と歩く隅田川の土手の方が、私には心地よい居場所ですから

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