【明治文豪、令和を歩く】第99回:花見月並み
公園はすっかり桜の芽吹き始めといった趣。二人は少し離れたベンチに腰掛け、空を眺めている。

……ふう、こうして隅田川の土手を歩いていると、今年もまたあの騒々しい季節がやってきたことが分かりますな。荷風君、見てくれたまえ。向こうの桜の木の下で、大勢の連中が敷物を広げて、酒を食らい、声を張り上げている。あれが現代の『花見』というものらしいが、私にはどうも、花を愛でているというよりは、ただ騒ぎたい口実に花を利用しているようにしか見えんのだがね

先生、仰る通りです。私に言わせれば、あのような喧騒は風流への冒涜に等しい。明治の十年前後、向島の堤に桜が枕橋から梅若塚まで雲か霞のように咲き連なっていた頃の、あのしめやかな美しさはどこへ行ってしまったのでしょう。かつては榎本梁川や成島柳北といった名士たちが、この堤に林泉を築き、静かに春を惜しんだものですが……。今の花見は、ただの野卑な宴会に成り果ててしまいました

ははあ、君の嘆きも無理はない。だが、昔の江戸っ子だって、隅田堤で『江戸繁昌記』にあるような浮かれ騒ぎを演じていたんだろう? 私などは、あの人混みを見ただけで頭が痛くなる。花というものは、こうして君と二人、少し離れた場所から、夕闇に白く浮き上がる様を静かに眺めるのが一番いい。散り際の潔さなどは、独りでじっと見つめてこそ、その真価が分かるというものだ

左様でございます。私は花見の盛りの頃は、世間の騒がしさが嫌で門を出る気にもなれません。むしろ、八重桜も散り始めた春の末、まだ牡丹も開かぬ夏の初め頃、古寺の墓所を訪ねる方がよほど心安らぎます。以前、日暮里の経王寺で、幹の半ばが砕けながらも健気に花をつける老桜を見ましたが、あのような孤独な姿にこそ、亡き人を想う深い情趣が宿るものです。先生、あの堤の桜も、水害や時代の変遷を経て、随分と病樹が増えたように見えますな

形あるものはいつか滅びる。だが、その滅びゆく姿にさえ、今の人は気づかぬふりをして、ただ刹那の享楽に耽っている。私には、あの桜の下で笑い転げる人々の姿が、どこか砂上の楼閣で踊っているように見えてならない。……おや、あそこで誰かが三味線を弾き始めたようだ。江戸の情緒を模しているつもりだろうが、どうも音が浮いている

風情もへったくれもありませんね。私たちは、あのような喧騒からは早々に退散いたしましょう。先生、あそこの長命寺の門前で『言問団子』でも買って、静かな路地裏へ逃げ込みませんか。あそこなら、かつての墨水の面影が、ほんの少しだけ残っているはずです。花よりも団子、などと俗なことは申しませんが、静寂こそが、今の我々にとって最上の薬味でございますから
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