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【明治文豪、令和を歩く】第100回:スターウォーズビギナーズ(完)

夜風に当たりながら二人は並んで歩いている。
澄んだ空に冴えわたる満月は、無音の拍手を受けて立つ主演のごとく、今夜という舞台を一身に照らしている。

夏目漱石                                                                                                                     

……荷風君、先ほどから夜空を見上げて、何をそんなに考え込んでいるのかね。あの輝く星々の間に、何やら剣のような光を振り回して戦う騎士たちがいる……そんな奇妙な活動写真が流行っているそうじゃないか。『スター・ウォーズ』とか言ったかな。重力も空気もないはずの虚空で、派手な音を立てて火花を散らす。全く、現代人の想像力というやつは、地球の重力を振り切って、どこまで際限なく膨らんでいくものやら

                                                                                                                      永井荷風

先生、あれはもはや神話の焼き直しですよ。私も小耳に挟みましたが、銀河の彼方で繰り広げられる血族の相克、そして『フォース』などという目に見えぬ理(ことわり)……。それは、かつて我々が『南総里見八犬伝』や古き伝奇小説に見た、宿命の連鎖そのものではありませんか。ただ、その舞台が墨堤や浅草の盛り場ではなく、名もなき異星の砂漠や鉄の城に置き換わっただけのこと。黒い仮面を被った大男が、実は主人公の父であったという趣向など、いかにも草双紙的な泥臭さを感じさせますな

ふむ、宿命か。確かに、あの物語の根底には、逃れられぬ血の呪縛がある。自らの内にある闇に怯え、それに呑み込まれまいと抗う姿は、私の描いてきた、自意識の地獄に悶える知識人たちと、案外、地続きなのかもしれん。ただ、彼らの解決策は、思索に耽ることではなく、光る棒を振り回して相手を叩き斬ることにあるようだがね。それはそれで、実に羨ましいほどに短絡的で、活発々地とした人生の極致と言えるかもしれん

ですが先生、あの銀河の物語には、私が愛してやまぬ『滅びの美学』が欠けているように思えてなりません。帝国という巨大な権力が崩壊しても、またすぐに新しい秩序が生まれ、戦いは終わることがない。そこには、江戸が明治に塗りつぶされた時のような、取り返しのつかない寂寥感や、過去を惜しむしめやかな情趣が入り込む余地がないのです。文明の利器が空間を飛び交う騒々しさの中で、星影を頼りに独り筆を走らせるような、そんな静謐な孤独はどこへ消えてしまったのか

ははあ、君はやはり、宇宙の騎士よりも、路地裏の隠者でありたいというわけだね。だが、あの物語に出てくる緑色の小さな老賢者……ヨーダとかいう御仁はどうだい。沼地の奥に隠れ住み、世俗の権力には目もくれず、ただ理を説く。あれこそ、現代における『隠者』の理想像ではないか。もっとも、あのような姿になってもなお、若者を導かねばならぬというのは、少々骨の折れる役回りだが

隠者もまた、世間に知られてしまえば、それは一つの見世物(ショウ)に過ぎません。私は、あの広大な宇宙の物語よりも、この東京の片隅で、誰にも知られず消えていく古本の表題を眺めている方が、よほど宇宙の深淵を感じることができます。銀河を救う英雄にならずとも、一献の酒と共に、過ぎ去りし日の幻影を追う……それが、私にとっての『フォース』の使い道というものです

全くだ。我々は、光の速さで星々を駆け巡る必要などない。この土手の上で、川面に映る街灯の揺らめきを眺めながら、ゆっくりと歩を進めるだけで十分だ。……さて、荷風君。あの黒い仮面の男も、たまには仮面を脱いで、真っ白な生豆腐でも突ついてみたかったのではないかな? そうすれば、あんなに血気に逸ることもなかったろうに

【完】

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