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【明治文豪、令和を歩く】第84回:スターリンク広がりますた

公園はすっかり桜の芽吹き始めといった趣。二人は少し離れたベンチに腰掛け、空を眺めている。


夏目漱石                                                                                                                      

さて、この日本中の空の上に、今や「スターリンク」などという、およそ風雅とは無縁な鉄の星々が無数に飛び交っているという。イーロン・マスクという、まるでヴェルヌの小説から飛び出してきたような男が、地球の隅々まで電波を届けようと、夜空を網の目で覆い尽くしているのだ。
山奥の古寺にいても、絶海の孤島にいても、即座に世俗の雑音と繋がってしまう。かつて僕が『草枕(※)』で描いた「非人情」の世界、つまり世を忘れて自然と一体になる境地などは、もはやこの地上には存在し得ないのかもしれない。君はどう思うね?

(※)初出1906[明治39年]新小説
                                                                                                                        永井荷風

先生、それは実におぞましい光景でございます。
私はかつて、市中の暴動を避けてフランスの文物を愛で、あるいは江戸の戯作者が持っていた「隠遁の美学」に救いを求めました。世間がどれほど騒がしくとも、門を閉ざし、一輪の水仙を愛でれば、そこには自分だけの清らかな時間が流れていた。
しかし、その「スターリンク」とやらは、空という最後の聖域までも土足で踏み荒らし、どこまでも「便利」という名の鎖で我々を繋ぎ止めようとする。私がかつて大正の地震の後に『つゆのあとさき(※)』を綴った際、女給たちの移り変わる風俗の中に、滅びゆく情緒を見出しましたが、今の空には情緒の欠片もありません。
天を仰げば、そこには星屑ではなく、情報の屑が光っている。先生、これでは「孤独を愉しむ」という贅沢さえ、贅沢ではなく「不可能」な事柄になってしまうのではないでしょうか。

(※)初出1931[昭和6年]中央公論
                                              

全くだ。便利になるということは、それだけ「待つ」という豊かな時間を失うことでもある。
僕がロンドンにいた頃、日本からの手紙を一ヶ月も二ヶ月も待ち焦がれた、あの切ないまでの渇望。その空白の時間にこそ、思考は深まり、文学は芽生えるものだ。
スターリンクがもたらすのは、空白のない、隙間なく埋め尽くされた「即時性」という名の地獄だ。どこにいても誰かに見つかり、どこにいても誰かと繋がっている。それは、かつての「妾宅」を論じた漢文の滑稽さよりも、もっと救いのない、全人類的な管理社会の予兆のように思えてならない。

先生のおっしゃる通り、情報の洪水は、人の心を浅瀬へと追いやってしまいます。
かつて森先生が『渋江抽斎(※)』で描かれたような、淡々として、それでいて奥深い生活の規律は、このような絶え間ない刺激の中では維持し得ないでしょう。
私は、たとえ世間から「非国民」と呼ばれようとも、あの鉄の星々を見上げることなく、泥道を歩き、古ぼけた街灯の下で、消えゆく江戸の残照を追いかけていたい。先生、便利さと引き換えに我々が差し出しているのは、他ならぬ「魂の静寂」なのではないでしょうか。

(※)初出1916[大正5年]東京日日新聞

その通りだね、荷風君。
文明の進歩が、人間の内面を豊かにするのではなく、ただ外側を忙しなく飾るだけのものであるならば、僕は喜んで「時代遅れ」のレッテルを甘んじて受けよう。
空を飛ぶ無数の機械仕掛けの星よりも、僕は君とこうして、一振りの風の中に、かつての東京の香りを嗅ぎ分けることの方に、真の「文明」を感じるのだよ。たとえそれが、現代という砂漠の中の、束の間の幻影であったとしてもね。

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