【明治文豪、令和を歩く】第48回:原発危機一髪
現代の東京、とある落ち着いた喫茶店のテラス席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、カップを前に向かい合っている。

……荷風君。先ほどから窓の外を眺めていたが、どうもこの現代という時代は、目に見えぬ巨大な力によって動かされている気がしてならん。聞けば、あの海の向こうに見える巨大な塔のような施設……『原子力発電所』というらしいが、あそこで火を使わずに太陽の如き熱を生み出し、この東京の不夜城を支えているという。君はどう思うね。理屈の上では、あれこそが文明の極致のように見えるが。

(鉢に咲く名もなき草花を愛でながら)……先生、あれはもはや人間が手を出して良い火ではありませんよ。かつての江戸の火事なら、纏(まとい)を振り、家を壊して火道を断てば、いずれは鎮まったものです。しかしあの火は、一度牙を剥けば、そこにある土も水も、そして人々の追憶さえも、何十年、何百年と汚染し尽くしてしまう。……私は、あの海岸沿いにそびえ立つ無機質なコンクリートの塊を見るにつけ、現代人が失った『自然への畏怖』を思わずにはいられません。

ふむ。確かに、私の『明暗(※)』に出てくるような、男と女が引っぱり合ってようやく人間になれるという、あの程度の複雑さならまだ可愛いものだ。しかし、この『原発』というやつは、人間が自分たちの不足を補うために、あまりに強大な、自分たちとは全く別物の理屈を無理やり引き込んでしまった。叔父の藤井が振り回す屁理屈なら笑って済ませられるが、この理屈は、一歩間違えれば、我々が生きているこの大地そのものを、修復不能なまでに壊してしまう。

左様でございます。現代の日本人は、スイッチ一つで夜を昼に変える便利さを手に入れましたが、その代償として、暗闇の中で月を愛でるような静謐な時間を差し出してしまった。……あの巨大な施設から送られてくる電気で、街はネオンに溢れ、人々は夜通し騒いでいる。しかし、その足元には、常に制御しきれぬ『毒』が眠っている。……それはまるで、美しい着物を着飾ってはいるが、その内側には癒えぬ病を隠している、かつての吉原の悲しい遊女の姿にも似て見えます。

(苦笑して)君は相変わらず、何でも耽美的な比喩に結びつけるな。だが、私の『草枕(※)』で描いたような、呑気に画を描いていられる世界は、あのような危うい均衡の上に成り立っているのかと思うと、筆を執る手もいささか震えるよ。……人間は、自分の麺麭(パン)は自分の勝手な厚さに切りたいものだが、このエネルギーというやつは、個人の勝手を許さぬほどに巨大化してしまった。泰然として泥の中に埋まっている自然薯のように生きたいと思っても、大地そのものが変質してしまっては、潜る場所さえなくなる。

先生、私は思うのです。文明が進歩して、どれほど便利な世の中になろうとも、我々が愛した隅田川の水の匂いや、箱根の山の静寂を犠牲にしてまで得るべきものなど、本当にあるのでしょうか。……あの原発という怪物は、現代人が抱える『不平』や『欲望』を燃料にして動いている。人々は不平が起きたら起こしてしまえばいいと言いますが、あの火が起こした不平は、もはや我々の手には負えません。

全くだ。人間は、自分が作り出したものに、最後には復讐される運命にあるのかもしれん。……まあ、私にできることは、せいぜいこの書斎で、その危うい文明の行く末を、偏屈な観察者として書き留めることくらいだ。荷風君、せめて今夜は、あの電気の光を消して、蝋燭の灯火で静かに話を続けようじゃないか。その方が、よほど人間らしい理屈が通る気がするよ。
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