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【明治文豪、令和を歩く】第51回:初雪うきうき

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店のテラス席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、カップを前に向かい合っている。

夏目漱石                                                                                                                         

……おや、荷風君。窓の外を見てみたまえ。いつの間にか、音もさせずに降り始めたようだ。初雪だよ。……こうして書斎の窓越しに眺めていると、空から降ってくるのは雪ではなく、何か過去の追憶の破片のような気がしてくる。私の『三四郎(※)』や『それから(※※)』の連中なら、この雪を見て、自分の恋の行方でも占って溜息を吐くところだろうが……私などは、ただただ、この寒さが胃に響かぬよう、火鉢の炭を掻き立てるばかりだよ。

(※)初出1908[明治41年]朝日新聞
(※※)初出1909[明治42年]東京朝日新聞
                                                                                                                        永井荷風

(窓辺に寄り、暗くなっていく外を静かに眺めて)……先生、本当に。今日もとうとう雪になりましたか。雪が降り始めると、私はどういうわけか、自分が二番目狂言の登場人物にでもなったような、浄瑠璃を聞く時のような軟(やわ)い情味が胸に湧いてくるのです。……かつて井上唖々と向島を歩いた時も、言問のあたりでこうして雪に降られましてね。対岸の灯が夕靄の中にちらつく様は、今のこの殺風景な東京の街並みからは、もう二度と出会えぬほど美しいものでした。

向島か。……君の書く雪は、いつもどこか三味線の音色が混じっているような、哀愁に満ちたものだね。江戸の情緒をそのまま結晶させたような。……私にとっての雪は、もう少し散文的だ。大久保の家で、母が『山鳩が来たから雪が降るでしょう』と言っていた、あの静かな、しかしどこかつかれた沈みきった心持ちを思い出す。……便利になった今の世の中では、雪が降れば電車が止まるとか、そんな功利的な騒ぎばかりが耳につくが、本来、雪というものは、こうして静かに己の過去と対話させるために降るものなのかもしれん。

左様でございます。今の東京に降る雪は、巴里のそれとも、あるいは昔の『羽織隠して』と唄われたような密やかな恋の雪とも、随分と趣を異にしています。……かつては長命寺の門前で、垢抜けたおかみさんが出してくれる置火燵にあたりながら、壜詰の酒を酌み交わすような、人情の緩やかな時代がありました。雪の日や飲まぬお方のふところ手……。そんな風流なやり取りも、今や大川の流れと共に、どこかへ消え去ってしまったようです。

物一たび去れば、遂に帰らず、か。……しかし荷風君、君がそうして雪を眺めて感傷に浸っている姿を見ると、私も何だか、一杯やりたくなってきたよ。酒を飲まぬ私は、さしずめ君の言う『案山子の雪見』だろうがね。……君が慶応義塾へ行く行かないと、森先生や上田敏君を巻き込んで大騒動をしていた頃の雪も、案外こんな静かな夜だったのかもしれん。あの時、君を推薦した森先生の眼光に狂いはなかったと、今の君の横顔を見て改めて思うよ。

(少し照れたように微笑んで)先生、それは買い被りです。私はただ、消えゆくものの影を追いかけている、時代遅れの浮世絵師のようなものです。……でも、今夜はこの雪に免じて、私の不徹底な古典趣味にお付き合いいただけませんか。
……舟なくば雪見がえりのころぶまで。……
転んで泥だらけになる前に、先生のその火鉢の側で、もう少し昔の話をさせてください。雪の日は、どうにも独りでは、思い出の重さに耐えきれませんから。

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