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【明治文豪、令和を歩く】第52回:七草粥がゆく

銀座の片隅、冬の午後の柔らかな光が差し込むカッフェーの片隅で

夏目漱石                                                                                                                       

やあ、荷風君。こうして君とカッフェーの卓子(テエブル)を挟んでいると、文明の波に洗われながらも、どこか江戸の残り香を感じるから不思議なものだね。……ところで、今日は一月七日だ。君は今朝、七草がゆなどは食したかね?

                                                                                                                      永井荷風

おや、漱石先生。左様でございますか、もうそんな日でしたか。私はあいにく、昨夜も少しばかり酒が過ぎましてね。今朝は手帳に昨夜の銀座の女給たちの装いについて書き留めるのに夢中で、粥のことなど露ほども失念しておりました。先生は、やはり奥様に勧められて召し上がったのですか?

いや、家の方でも最近は慌ただしくてね。ただ、ふと思い出したのだよ。あの青臭い芹や薺の香りが、この騒々しい現代の空気の中で、妙に懐かしく感じられてね。もっとも、私の胃の具合を考えれば、あのような淡泊な供物は、本来もっとも歓迎すべきものなのだが。

先生の胃弱は相変わらずでいらっしゃいますか。……七草といえば、江戸の昔には「現の証拠(げんのしょうこ)」などという草を煎じて飲む習慣もありましたが、あれは粥には入れぬものでした。私は以前、新橋の巴家にいた八重という女から教わりましてね。腹を痛めた折には、日本橋の老舗まで人をやって矢筈草(やはずぐさ)を買いに走らせたものです。七草の粥も、風流というよりは、むしろ養生の知恵なのでしょう。

養生か。確かに、我々のように筆を執って世の中を斜めに眺めている人間は、どうにも内側から参ってしまうところがある。君がカッフェーの喧騒の中に美を見出すように、私はあの粥のひと匙の中に、束の間の平穏を見出そうとしているのかもしれない。しかし、今の東京で本物の「七草」を揃えるのは、なかなか骨が折れる仕事だろう。

全くでございます。今の銀座の柳の下を歩く断髪洋装の女子たちに、薺を叩く音の風情を説いても、蓄音機の流行歌に消されてしまうばかりでしょう。私は、そんな移ろいゆく世態を観察しながら、独り静かに酒を嗜む方が性に合っております。粥を啜って長生きを願うよりも、この時代の「俗」の中に身を沈めていたい。

ははは、君らしい。私は君のように潔く「敗残の東京人」を自称する勇気はないが、それでも、あの粥の白さと、刻まれた青草の対比には、一種の文芸的な情緒を感じるよ。……どうだね、荷風君。たまにはカッフェーの洋菓子ではなく、そんな前代の遺物のような粥を、二人で静かに食してみるというのは。

先生のお誘いとあらば、辞するわけには参りません。もっとも、私は粥の後に、また銀座の夜の帳へ消えていくことになりそうですが。江戸の戯作者たちがそうであったように、私もまた、粥の滋味よりも、市井の痴情を種に筆を動かす方が、どうやら「生」を実感できるようでして。

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