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【明治文豪、令和を歩く】第7回:万博に反駁

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合っている。

夏目漱石                                                                                                                     

さて、場所を変えて少し落ち着いたね。……ところで荷風君、君は「万博」というものに興味はあるかい? 大阪でまたやるそうじゃないか。

                                                                                                                   永井荷風

万国博覧会、ですか。……先生、わたくしが最も苦手とするものが二つあります。一つは「熱狂」、もう一つは「未来」です。万博なんぞはその二つを鍋で煮込んで、無理やり国民に食わせるようなものでしょう。考えるだけで頭痛がしてきますよ。

ははあ、やはりそう来るか。君はかつて、イタリアの未来派詩人・マリネッティの「人生驀進(ばくしん)」の思想を読んで、あまりに騒々しいとすぐに投げ出した男だからね。「未来」よりも「過去」、「活動」よりも「休息」を愛する君には、あの喧騒は耐え難いだろうな。

ええ。わたくしは『矢立のちび筆(※)』でも書きましたが、戦場で華々しく死ぬ勇者よりも、家で淋しく暖炉の火を焚く老人の心に惹かれるのです。それなのに、今の世の中は「いのち輝く未来社会」だとか何だとか、無理やりに明るい場所へ引きずり出そうとする。まるで、真昼の太陽の下で、無理やり目を開けさせられているようです。あんなものは、文明の「茶番」ですよ。

(※)初出1981[昭和56年]岩波書店

「茶番」か。手厳しいねえ。しかし、僕も君の言いたいことは分からんでもない。明治の文明開化の時もそうだったが、日本人はどうも「外側」だけの形を整えるのに必死で、中身が伴わないことが多い。あの巨大な木造のリングとかいう屋根も、立派なものかもしれんが、それが本当に我々の精神生活を豊かにするのかどうか。

先生、あのような巨大な建造物は、上野の山で古木を切り倒して無粋な建物を建てた明治の役人の仕事と同じ匂いがします。歴史や風情を破壊して、ただ「新しい」というだけでありがたがる。……わたくしが思うに、日本人が西洋の真似をして成功したのは、「人力車」と「牛鍋」くらいのものですよ。

ほう、人力車と牛鍋か。

ええ。あれらは、西洋の文明をそのまま持ってきたのではなく、日本の風土と生活に合わせて「発明」されたものです。だから無理がない。しかし、今の万博はどうです? 空飛ぶ車だの何だの、本当にそれが日本の狭い国土や、日本人の気質に合っているのか。かつてわたくしが嘆いた東京の電車のように、立派な箱だけ作っても、使う人間が殺気立って押し合いへし合いするような、醜悪な光景が目に浮かびます。

君は本当に、現代の「進歩」というやつを信用していないんだね。……まあ、僕もロンドンで万博のような人ごみを見たことがあるが、あれは人間を圧倒して、自己を喪失させる装置のような気がしたよ。あの中にいると、自分一人がちっぽけな機械の一部になったような、虚しい気分になる。

左様です。それに、あの妙なキャラクター……「ミャクミャク」とか申しましたか。あれをご覧になりましたか?

見たよ。なんだか、赤い細胞が分裂したような、妖怪のような……。

あれこそ、現代の悪夢ですよ。わたくしは広重や北斎の浮世絵に描かれた、あの調和の取れた色彩や構図に心を休めたいのに、現代の美意識は、ああいうグロテスクなものを面白がる。あれを見て「かわいい」などと言う神経は、わたくしには到底理解できません。わたくしは偏奇館の窓を閉ざして、永代橋の古い版画でも眺めている方が、よほど「命の輝き」を感じますな。

まあ、そう毛嫌いするなよ。君の言う「江戸の趣味」とは対極にあるかもしれんが、あれもまた、現代という混沌が生み出した一つの「鵺(ぬえ)」だと思えば、観察の対象としては面白いじゃないか。

観察するだけなら、新聞記事で十分です。わざわざ人ごみに出かけて、高い入場料を払って、炎天下で行列に並ぶなど、狂気の沙汰です。……先生、もし行かれるならお一人でどうぞ。わたくしは、その間、大阪の法善寺横丁あたりで、まだ残っているかもしれない古い苔むした石畳でも探して、酒を飲んで待っておりますから。

やれやれ、君を誘おうなんて思った僕が馬鹿だったよ。……まあ、いい。僕も実は、あの人ごみを想像しただけで胃が痛くなってきてね。結局、僕ら二人は、万博の輝かしいパビリオンよりも、路地裏の薄暗い喫茶店がお似合いというわけだ。

ええ。活動と進歩の外に、静安と休息もまた人生の一面。わたくしたちは、その「静安」の側で、ひっそりと息をしておりましょう。

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