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【明治文豪、令和を歩く】第39回:お年玉やりだま

漱石は、茶碗の縁を指でなぞりながら、ふと何かを思い出したように、懐から古びた手帳を取り出す。向かいの荷風は、正月だというのに相変わらずの風体で、窓の外を忙しなく通り過ぎる家族連れを、冷めた目で見守っている


夏目漱石                                                                                                                       

……荷風君、先ほどからあちこちで、子供たちが小さな袋を大事そうに抱えて歩いているのを見かけるが、あれがいわゆる『お年玉』というやつだね。私の家でも、かつては子供たちが新年の挨拶に来ては、いくばくかの小遣いをせびられたものだが、今の世のそれは、金額の桁が一つ二つ違うようだ。私の月収が百二、三十円だった頃の話をしても、今の若者にはお伽話にしか聞こえまいよ

                                                                                                                    永井荷風

先生、あれはもはや『贈与』という名の、大人たちの見栄の張り合いですよ。かつての江戸の風俗では、懐紙に包んだ僅かな心付けにも、それ相応の情緒があったものですが、現代のそれは、中身の数字ばかりが独り歩きしている。私は、かつて寄席の楽屋で師匠から頂いた、あの紙包みの重みを思い出します。金額は僅かでも、そこには芸の道への励ましがあった。今の子供たちが、袋を開けて真っ先に中身の数字を確認する姿を見ていると、何とも殺伐とした心地になりますな

確かに。金というものは、あればあったで、それをどう使うかに苦心するものだ。私も若い頃、建築家になって門前市をなそうなどと考えたこともあったが、結局は文学という、金には縁遠い道を選んでしまった。今の子供たちが、お年玉を貯めて何を買うのかは知らぬが、それがただの数字の積み上げに終わってしまうのなら、それは幸福というよりは、一種の重荷を背負わされているようなものではないか

さよう。私はかつて、父の蔵書を持ち出しては酒代に替え、放蕩の限りを尽くした抽斎の子、飛蝶の身の上に自らを重ねて慚愧に堪えなかったことがありますが……。今の子供たちは、お年玉を手にしても、我々のような『蕩児』にすらなれない。管理された社会の中で、親に言われるままに貯金をする。そこには、九段の坂を息を切らして駆け上がるような、あの無鉄砲な情熱も、遊びの精神も欠けているように思えます

ははあ、君はまた極端なことを言う。だが、確かに『贈る側』の苦労も察するに余りあるよ。親戚の子供が多ければ、それだけで一月の家計が火の車になる。私がかつて、面識のない男から金の無心をされた時の、あの何とも言えない割り切れない思い……。あれに近いものを、現代の家長たちも、正月の華やかな空気の裏で感じているのかもしれない。義理と人情の板挟みになって、渋々財布を開く。それはもはや、祝儀というよりは年貢だね

私は、そうした煩わしい交際の一切を断って久しいですから、お年玉などという風習からは、とっくに絶縁しております。一月の一日、誰もいない裏通りを歩きながら、静かに墨を磨っている方が、よほど私の性分に合っている。子供たちの歓声も、親たちの溜息も、私にとっては遠い世界の出来事です。先生も、あまり世間の義理に縛られず、この苦い珈琲でも飲んで、俗世の騒ぎを忘れてはいかがですか

そうさせてもらおう。金の問題は、いつの世も人間を卑屈にするか、高慢にするかのどちらかだ。お年玉という名の小さな紙袋が、子供たちの心を歪める道具にならないことを祈るばかりだが……。まあ、我々のような隠居人は、こうして昔語りに花を咲かせているのが、一番の『お年玉』なのかもしれんよ

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