重めの話を深刻には聞かないようにしている
最近はあまりないのだが、僕は割と人から相談をされることが多かった。どんな話に対してもその場で割と的確なことが言える(と自分では思っている)し、あるいは「自分の頭を整理したい」みたいな動機で僕にとりあえず話を投げてくるみたいな人もいた気がする。まあ理由は何でもいいのだが、僕は割と相談されるのは好きだし、これからも機会があれば是非という感じだ。
で、その際に僕が心がけていることがある。相談内容は軽重様々だが、「重めの話もあまり深刻そうには受け取らない」ようにしているのだ。いや、もちろん軽々しく聞くわけではないし、そのバランスは難しいところではあるが、「深刻に受け取りすぎない」ことはかなり意識している。
というのも、「他人に相談することにハードルを感じる」というタイプの人もいるからだ。僕自身も割とそのタイプなのだが、「自分の話なんかで相手に時間を取らせたら申し訳ない」とか「自分の重い話で場の空気を暗くしたくない」みたいに考えてしまうことが多い。また人によっては、「辛い話を聞くと自分も辛くなってしまう」みたいな人もいるだろうし、そういう人に対しては「相手に負担を掛けたくないなぁ」という気持ちも出てきてしまう。
また、色んなところで書いている話ではあるが、昔同じ職場の人から聞いた話もとても印象的だった。その子とも僕は結構色んな話をしていて、例えば「遺書を書いたことがある」みたいな話で盛り上がったこともある(僕も遺書を書いたことがあるので)。割と普段から「死にたい」と考えてしまう人のようで、で、僕は「ホント、そんな風に思うことあるよねー」ぐらいの感じでよく話を聞いていた。
で、彼女が地元に戻った後、再び会う機会があったのだが、その際彼女が、「『死にたいんだよねぇ』みたいなことを軽いノリで友達に言ったら、『えっ、なんか辛いことでもあるの?』『そんなこと言わないで!』みたいな反応が返ってきて、『あー、この人たちには二度とこういう話は出来ない』って思った」みたいなことを言っていたのだ。その気持ちは、すごくよく分かる。僕も同じ状況だったら、同じように感じるだろう。
そして僕は、僕に相談してくれる人にそういう感覚を抱いてほしくない。だから、「その話、全然してくれていいよー」ぐらいの雰囲気が伝わるような受け答えをするようにしているのだ。個人的な感覚では、こういうスタンスを取ることで上手く話が聞けていると思っている。
しかしやはり全員というわけにはいかない。一度、僕より年配の男性だが、相談をされた時にいつもの感じで返していたら、「こっちは真剣に話してるのに」みたいなことを言われてしまったことがある。その人的には、「真面目に話を聞いてくれていない」と受け取ったのだろう。また、哲学対話の場で同じような話になった時に、「僕は深刻に聞いてほしいタイプ」と言っていた人もいた。やはり人によって様々ということだろう。
ただ、1つ言っておきたいことは、「『話を深刻そうに聞いていない』というのが、気遣いの可能性もある」という想像力を持ってもらえるとありがたいということだ。もちろん、「深刻に話を聞いてくれない!」と憤慨してくれても別にいいのだが、少しだけ「もしかしたら……」みたいな可能性も検討してくれるといいなと思う。
というように、他人の行動には「思いがけない意図」があったりするし、そういう想像力を高めるにはやはり色んな人の「行動の意図」を知るしかないよねと思う。「だから、本を読んだり映画を観たりしようね」と言われるわけだし(もちろん、人と関わる中で実地で得ていってもいいのだけど)、そういう創作物に触れている人はやはり、そうでない人と比べると「想定できる選択肢の数」が多い気がする。
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