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心配ごとの九割は、後部座席で起こらない 第1話 (連載AIマンガ・一部手描き・実話)


冒頭モノローグ 「東京で失敗したら、俺にはもう帰る場所がない」
ストーリー
2003年1月14日。引っ越しの片づけも終わっていない部屋の片隅で、オレは携帯電話を握りしめていた。かけるべき番号は決まっている。インターネットで見つけたタクシー会社。「明るい車の色がなんとなくよさそう」という、我ながらいいかげんな理由で選んだ会社だ。

だが、電話をかけるまでに30分かかった。東京のタクシー会社はガラが悪い——そんなイメージが、指を止めさせるのだ。

給料は「45万以上も可!」。そんな誘い文句に踊らされるほど、うぶじゃない。オレが選んだのは金じゃない。時間だった。週3日働けば、あとの4日は自由。好きな小説を読み、映画館に通い、エッセイや小説を書き、湘南でサーフィンをして、笑いながら砂浜を犬と走る——。

「あは、あは、あは、あはははははははは!」
「1時くらいに、ここに来る事はできますか?」

低いが暖かみのある声が、俺を現実に戻した。少し、ほっとした。
シャワーを浴び、カメラマン時代めったに締めなかったネクタイを、45センチの首に苦労して巻く。息がつまりそうだ。でも、これから毎日締めるのだ。慣れなくっちゃ。

風呂場の鏡の曇りを濡れタオルで拭くと、円の中に浮かんだ顔は無性に悲しそうだった。自分でもわかるのだから、面接官にいい印象を持たれるワケがない。もう一度タオルで円を描き、その中で無理やり笑ってみる。はっきりとしたビジョンを持つと、人は成功する——誰か成功した人が言っていた。いや、サーフィン馬鹿のケンケンか、一緒にハワイに行った上金かもしれない。

「俺は運がいい。素晴らしい人生が待っている。砂浜を馬鹿笑いしながら走るのだ。なんだってやれるさ。夕食はカツ丼にしよう」
胸の前で腕を交差させ、息を吐くと同時に勢いよく開く。 「オス! 大盛!」

乗車率200%の田園都市線で渋谷へ。東京の人たちはみな足が速い。流れの早い川のようだ。あっという間に飲み込まれ、押し込まれるようにエスカレーターへ。右横を、怒ったような顔の人たちが猛烈な勢いで駆け上がっていく。右側は駆け上がる人のために開ける——都会のルールをひとつ覚えた。ところどころ破れたジーンズも都会ではサマになる。ダメージジーンズというのだそうだ。田舎の母の前で履こうものなら、マッハの勢いでミシンの餌食だ。
会社に着くと、すでに2人が面接を受けていた。リクルートスーツの長身の青年・橋本君と、政治家秘書の経験もあるという元不動産コンサルの藤森さん。関取のような体格の面接官が手招きする。
「それじゃあ、履歴書と免許証を出して」
名前も名乗らず、無愛想で無遠慮な警官みたいだ。むっとしながら免許証を出すと、関取男の強面がさらに険しくなった。
「宇佐美さん! あなた、タクシーの運転手になれないよ」
「な、な、なんで、ですか?」思わず腰が浮く。事務の女性が持ってきたお茶の、香水と中華系の香りが浮かんで消えた。そういえば昼はまだだった。
関取男は大きく肩を上下させて言った。取り組みが終わってインタビューを受けるお相撲さんのようだ。——お相撲さんはインタビュールームまで全力疾走するからゼイゼイ言っているのだと、宮崎で一緒に寿司を食べた力士から聞いた。その力士は日本酒一升を飲みつつ10人前をたいらげた。だがこの関取男の息切れは、ただの運動不足だ。タクシードライバーは太るというけれど、こんなにはなりたくない。……いや、そのタクシードライバーになれるかどうかも、わからないのだった。
「二種免を取得するためには、一種免を取ってから3年以上経過していないとダメなんですよ」 「え……? もう20年以上乗ってますよ」 「まあ、ここ、見てください」
免許証の左下。取得日の日付。目の前が真っ暗になった。そうだ。一度、更新を忘れて失効させていたのだ。日付は3年に満たない。
「足りませんね」 「だめなんですか? これでは、二種免、取れないんですか?」 「だめですね」
何のために苦労して東京に出てきたのだろう。なにもかも面倒になってきた。すぐ帰ろう。もうここにはいたくない——。
その時、関取男が微笑んだ。
「このままでは、だめです。府中の試験場で運転経歴書をもらってきてください。それがあれば、とれます」
俺は関取男を抱きしめたくなった。
人生を潰すと思い込んでいた壁は、書類一枚の高さしかなかった。


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