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ハッピーライティングマラソン#7 宮部みゆき『蒲生郡事件』の感動と臨場感を忘れない

 本田健さんのハッピーライティングマラソン#7に参加させていただきます。

 お題は「あなたが20代に読んで、感動した本はなんですか?」です。

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※以下、『蒲生郡事件』の内容に触れます。核心的なネタバレは避けますが、後半の展開の一部にも触れますので未読の方はご注意ください

大好き!宮部みゆき作品


 今から20年以上前。20代の私がいちばん読み込んだ作家さんのひとりが宮部みゆきでした。

 親しみを込めて今日はちょいちょい「宮部さん」と呼んでしまうかもしれません。
 なれなれしいですが(笑)、作品がどれも素晴らし過ぎて逆に身近に感じてしまうのです。言葉がぽーんとこちらの胸に飛び込んでくる嬉しさ。これは私かも・・・と感じてしまう距離感。

 特に好きなのは、デビュー後10年あまりに書かれた、現代が舞台のサスペンスミステリです。

 『魔術はささやく』『レベル7』『龍は眠る』『火車』『スナーク狩り』『蒲生邸事件』『クロスファイア』・・・あたりが特に思い出深い。

 初めて読んだ『魔術はささやく』では物語の閉じ方に心が震え、『火車』ではたぶん初めて読書で完徹、『クロスファイア』は深夜に読了し、明け方まで泣いていた――淳子!

 ランキングはつけられませんが、今日『蒲生邸事件』について書くのは、読後はっきりと、具体的に「自分が変わった本」だから(今手元にあるのは『蒲生邸事件』文春文庫/税別857円)。

歴史に興味のない若者(私)が読んでみて


 それはもう、自分自身の歴史観がすっかり変わりました。

 若かった私は、『蒲生邸事件』で扱われている二・二六事件はおろか日本史自体にも興味が薄く、「宮部作品だから」というだけの理由で手に取って。

 そして読み終わり、静かな衝撃を受けました。

 歴史というものは「今」「この瞬間」のことなんだーーと新しい気づきを得たんです。 

『蒲生邸事件』ってどんな話?


 はじまりは平成6(1994)年。
 大学受験を控えた主人公の青年・孝史は、宿泊していたホテルの火災に巻き込まれますが、同じく宿泊していた不思議な中年男性に救われます。

 気づくと見知らぬ場所にいて、そこは昭和11年2月26日の「蒲生邸」ーー退役軍人の蒲生大将の邸宅ーーでした。
 
 孝史を助けた男・平田は「時間旅行者」で、孝史を連れてタイムトリップしたのです。

 その日は日本史における、かの有名な「二・二六事件」の日。孝史はそのさなかの東京・永田町に来てしまいました。
 周辺は大変な事態になるから4日間はうろうろしちゃいけないーーと平田に言われ、孝史は身分を偽って蒲生邸の人たちのお世話になることに。

 ――と、いうのが『蒲生邸事件』のはじまり。

 ジャンルとしてはSF、歴史、ちょっと謎解き、そして人間ドラマ。

 「タイムトリップ」「すぐそばで二・二六事件」というだけでも心臓が縮まりそうなのに、なんとその日、屋敷に一発の銃声がとどろき、蒲生大将が自決してしまいす。

 これは小説内の「史実」で、孝史も(そういえば)事前に知っていたのですが、使われたはずの拳銃が行方不明になり、「誰がなんの目的で持ち去ったのか」で蒲生郡の人びとはざわつきます。これがストーリ上はメインの謎となる。

 ――でもこの小説、実は謎解き要素はそれほど大きくないんですね。

主題をここに持ってきちゃうんだ!

 
 重要なのは、現代ではいろいろあってやさぐれていた孝史が、たいした興味も持ち得なかった「歴史の1ページ」をリアルで体験し、「今、確かにここで」生きている人たちと温度のある交流を重ねていくこと。

 映画化でもしたら、さぞかし映えるだろうなぁ、どの俳優さんがぴったりかな・・・と想像するのも楽しい個性的、魅力的な登場人物が何人も出てきます。

 なかでも蒲生郡の可愛い女中さん「ふき」に、孝史はほぼ一目惚れ。
 この「ふき」さんがヒロイン的な存在になります(恋愛要素はありません)。

 物語の骨格を考えれば、主人公がタイムトリップして「二・二六事件とは何だったのか」を五感で知り、成長して現代に帰るだけでも面白い小説になるはずーーと思います。

 ところがこの宮部さんは、そんなありがちな小説は書かない。理由は宮部みゆきだから。

 初めて読んだ『魔術はささやく』でも驚きましたが、「謎解きだけでも面白いのに、主題をここに持ってきちゃうんだ!」という独特な話の広げ方と、見事な閉じ方――その唯一無二の宮部ワールドが、ここでもみごとに繰り広げられます。

「この傷も痛いよね?」と言ってくれるような

 
 「こんな事態に見舞われたら、さて人の心はどう動くでしょう」が宮部作品の真骨頂。

 どんな事件、どんな事態のさなかにあっても、人の心こそが謎で、解決しなきゃいけない問題だと一緒に考えてくれているような温かさがあります。

 いわばそっちのほうの伏線の張り方と回収の仕方が半端じゃないわけです。

 もし自分が宮部作品の(主要)登場人物だったら、

「私のこの、自分では小さいと思っていた傷まで『痛いでしょ』と見つけてくださるの? 作者さん、あなたって人は…」と泣いちゃうかもしれない。

 なんならそれを書き切るためにこうした「事件」や「舞台」や「物語」を創り上げているんじゃないか・・・と思うくらいなんですね。

読み始めるとあっと言う間に宮部ワールドに没入してしまいます。
自分がそこにいるみたい

時間旅行者はなぜ「この日」を選んだのか?

 
 ――話が脇道にそれました!

 で結局、孝史が蒲生邸に滞在している4日間のうちに、あれやこれやいろんなことが起こり、「拳銃の行方」はもちろん、蒲生邸で起きたさまざまな謎は表面的にはほどけていくわけです、が。

 私が大きく心を揺さぶられたのは、自決した蒲生大将の長男、蒲生貴之という人物(当時私は椎名桔平さんのイメージで読んでました)。

 貴之は、偉い軍人さんの息子ではありますが、軍人ではない。
 それはいいとしても、「あいつは臆病者」となぜか周囲でささやく人がいます。なんか訳あり。

 彼の葛藤が後半で明かされて、「それは苦しいだろう」となるんですね。名家の子どももラクじゃない。

 そして最大のキ-パーソンは、孝史を助けた時間旅行者のおじさん「平田」。

 火災から逃げるため、とっさに孝史を連れてタイムトリップしたとしても、なぜわざわざ「昭和11年2月26日」だったのか。

 平田は「今日から蒲生邸に住み込みで働くことになっていた」「すでに(タイムトリップの)道がついていたから、とっさに来てしまった」と言いますが、にしてもなぜこの日だったのかーーという謎が残ります。

 それも後半でわかるのですが、これがもう・・・。

宮部さんーーあなた、優しい人ですね!

 
 はっきり言って私は、この小説最大の読みどころは、異能者でありながら地味なキャラクター「平田の告白」にあると思うんです。

 いやいや現代の若者の視点でとらえた二・二六事件の臨場感でしょ・・・という人もいるかもしれない。それもある、けれども。

 彼のような特殊能力を持ち、孤独に生きてきた人間が、なにを考え、どう行動したかがーーいまだに忘れられない感動として残るんです。

 さっき再読したら「あら私、ほかのことはけっこう忘れてたけど、平田さんについては記憶が鮮明だったわ」と思いました。

 そんなふうに自分の能力にケリをつけるなんてね!
 人間て愛しいですよ。だって自分に嘘はつけないもの。

 彼の人生の顛末がわかった時、20代の私は心のなかで叫びました。

 み、み、宮部さーーーーーーん!!(泣)


 ーーと。平田さんじゃなく。

 あなたはどうしてこんなすごい小説を書けるんですか!

 どうしてこんなにも重厚な、日本史に残る大事件を扱った、設定だけでも興味深いSFミステリを舞台に用意しながら、「平田の心と人生」をこんなにも一生懸命書き上げるんですか! 

 あなた、優しい人ですね! 
 地味で平凡な市井の人の幸せを考えずにはいられないんだ、そうでしょう!

 ――という感じで、心がぐちゃぐちゃになりました。

 さらにもうひとつ、この小説には重大なテーマを感じます。

 それは「卑怯な手段で〝成功〟を手に入れるより、未熟でも臆病でも自分の人生を生き切るほうがいい」

 ということ。生きるんじゃない、生き切るんです。

  はあぁぁーーーーーー。

「抜け駆け」できるとしても

 
 そんなど正論、この一文だけ聞いても「その通りだ~!」と納得できる人はいませんよね(『ドクタースト-ン』の大樹くらいでしょう)。

 けれどもこの素晴らしい物語を全身で受けとめると、少しわかる気がする。

 このあたりの命題は、自決した蒲生大将とその長男、「臆病者」の貴之さんが担ってくれています。

 蒲生大将は、平田ではない「時間旅行者」を利用して、あることを知っていました。自分自身の努力によって思考を巡らせたのではなくーーそれは「抜け駆け」だと、小説内である人が言います。

 もし自分がそんな能力や、機会を手に入れたらどうするでしょう。

臆病でも自分の人生を生き切る

 
 このあたりはタイムトラベルものの永遠のテ-マですが、『蒲生郡事件』では実にシビアに、日本が「負け戦」に向かう契機ともなった二・二六事件を背景にこれを問いかけます。

 この時代の人は誰も知らないんです。
 孝史も「日本は戦争に負けるよ!」と叫びたくなるのをこらえます。

 当たり前だけど誰もが「今、この時」を懸命に生きている。

 過去の人たちが手探りで必死に生きたことを、今の人間が「馬鹿だなぁ…昔の人は」と見下すことは決してできないですよね。

 これを読んで私は、教科書に載っている「〇〇事件」も「〇〇の変」も、周辺には必死に生きた人たちがいたんだなぁと想像できるようになりました。

 二・二六事件についても本を読んだり、映画を観てみたり。孝史のような視点で歴史を追体験できたらと考えたりもして(いやタイムトリップは遠慮するけども)。

 そうそう、ラスト近くに孝史がある人に電話してあることを質問します。

 この場面がすごく好き。
 さてどんな質問でしょう?

 その場面を読んで今度は私、心のなかで呟きました。

 ーー貴之さん・・・と。

 臆病でも、自分の人生を勇気をもって生き切ること。
 やっぱり尊いです。

五感と感情を使って読むことの幸せ

 
 ――これが20代だった私の『蒲生邸事件』読書体験。

 私が変わったのは、
 「あの時なんであんなことしちゃったんだろう」
 「もっとうまくやればよかった」
 と自分を責める人に対して、

 「うんでも、その時の自分にはそれが精いっぱいだったんだよね」
 と言えるようになったこと。心から。

 自分に対しても同じです。
 すると言われた方は「そうなんだよね…」
 と少しホッとした顔をします(自分のなかの自分も)。

 生きてみなければわからないこともある。

 『蒲生邸事件』を思い出すと、ふいに頭のなかに雪が降ってくる気がしますーー孝史があの夜に見た雪が。

 私はこの小説を「体験」したのでしょうね。
 映像と音と温度のようなものが、読んだ記憶についてくるんです。

 心が震えます。
 本が読めるって幸せだなぁ。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
素晴らしい読書体験がたくさんの方に訪れますように!
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・自己紹介です↓↓↓


・ハッピーライティングマラソン#6
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ほかにも、大好きな本について書いています

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涼原永美│子と本を繋げたい*ミステリ&映画好き 読んでくださりありがとうございます✨よろしければスキ、フォロー等を頂けるとさらに嬉しいです🌸チップを頂いた際には主に読書活動にあて、見聞を広げて良い記事に繋げたいと思います📚