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暴力は罪になる。でも、沈黙は裁かれない

副題:制度が拾えなかった痛みと、応答されなかった時間の記録

※これは法的な主張ではなく、ひとりの当事者が経験した痛みを、言葉として残すための記録である。


序章|結婚願望なんてなかった


結婚願望なんて、なかった。

若いころの私は、結婚というものを自分の人生の中心に置いていなかった。

誰かと家庭を持ちたい。

子どもが欲しい。

親に孫の顔を見せたい。

そういう願いは、どこか遠くにあるものだった。

けれど、30歳に近づくにつれて、少しずつ意識が変わっていった。

親に孫の顔を見せたい。

そう思った。

それは、ものすごく立派な願いだったわけではない。

ただ、自分がここまで生きてきたこと。

親が自分を育ててくれたこと。

その流れの先に、次の命があってもいいのではないか。

そんな、素朴な感覚だった。

それから少し経って、私は現在の妻と知り合った。

結婚を決めたとき、私は心を入れ替えた。

真面目に仕事をしようと思った。

今はうまくいかなくても、真面目に仕事をしてさえいれば、いつか夫婦の足並みが揃う日が来る。

生活も、将来も、子どものことも、少しずつ形になっていく。

そう信じて、私は走り続けた。

けれど、現実はそうならなかった。

私は身体を壊した。

一人カラオケに篭ったり、病院に行ったりもした。

けれど、これ以上は無理だ。

そう確信したとき、私は離婚を決意した。

けれど、離婚したいと思ったからといって、すぐに離婚できるわけではない。

相手が「離婚したくない」と言えば、そこで話は止まる。

もちろん、それ自体は制度として当然なのかもしれない。

結婚は一人ではできない。

だから、離婚も一人の意思だけで簡単に成立するものではない。

それは分かる。

だが、そこで私が感じたのは、制度の公平さではなかった。

私の人生が、私の意思だけでは動かせなくなっているという感覚だった。

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第1章|一発の痛みと、十年の沈黙


たとえば、一度でも誰かを殴れば、それは暴行や傷害として扱われうる。

目に見える傷があれば、加害は分かりやすい。

赤く腫れた頬。
切れた皮膚。
診断書。
写真。
記録。

傷が形になれば、社会はそれを認識しやすい。

では、目に見えない傷はどうなるのか。

応答されないこと。
決めてもらえないこと。
約束が宙に浮いたまま、時間だけが過ぎていくこと。

そうやって人の未来が少しずつ削られていく場合、それは何と呼べばいいのだろう。

約束を破られた。

そう言うには、あまりにも曖昧だ。

裏切られた。

そう言うには、あまりにも法的な形を持たない。

傷ついた。

そう言っても、どこに傷があるのかと問われれば、答えることが難しい。

けれど、確かに削られていくものがあった。

時間。
希望。
家族を持つ可能性。
親に孫の顔を見せたいという願い。
自分の人生を前に進める力。

十年間、応答のない関係の中で、私は少しずつ消耗していった。

それでも世の中は、こう言うかもしれない。

何もされていないじゃないか。

殴られたわけではない。
脅されたわけではない。
閉じ込められたわけでもない。

たしかに、分かりやすい暴力はなかった。

けれど、沈黙には力がある。

何も言わないこと。
決めないこと。
向き合わないこと。
答えを先延ばしにすること。

それらは、行動していないように見える。

だが、行動しなかった結果として、誰かの人生の選択肢を奪っていくなら、それは本当に無害なのだろうか。

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第2章|沈黙は何もしていないのか


別居した。

そう言うと、必ずと言っていいほど、私はこう見られた。

何をしたのか。

何があったのか。

なぜ妻と別居しているのか。

その視線の奥には、最初から答えがあるように感じることがあった。

男である私が、何かをしたのだろう。

夫である私が、何かを壊したのだろう。

そういう前提が、説明より先に置かれているように感じた。

もちろん、私にも未熟なところはあった。

完璧な夫だったなどとは言わない。

怒ったこともある。
不満を抱えたこともある。
言い方を間違えたこともあるかもしれない。

だが、それでも私は、関係をどうするのかという問いから逃げ続けたつもりはなかった。

話し合いたかった。

終わるなら終わる。
やり直すならやり直す。
できないならできない。

せめて、その答えが欲しかった。

しかし、応答はなかった。

離婚に応じない。

同居もしない。

子どもを持つことにも、将来にも、はっきりと答えない。

それは一見すると、何もしていないように見える。

けれど、何も決めないまま時間だけが過ぎていくとき、人はそこから動けなくなる。

人生には期限がある。

子どもを持つことにも、年齢の問題がある。

親に孫の顔を見せたいという願いにも、時間の制限がある。

働き続ける身体にも、限界がある。

沈黙は、ただの空白ではない。

ときに沈黙は、人の未来を止める。


第3章|請求の場には制度が動き、対話の場には沈黙が残った


別居してから約二ヶ月後、相手方から内容証明が届いた。

婚姻費用分担調停だった。

私は、初回の期日に出席した。

そこで私は、生活が成り立つ範囲内の金額であり、裁判所が決定した金額であれば、その指示に従うと答えた。

そして、毎月38,000円の支払いを引き受けた。

私は、制度から逃げたわけではない。

支払うべきものがあるなら支払う。
裁判所が判断するなら、その判断には従う。
自分に責任がある部分については、引き受ける。

そう考えていた。

だが一方で、私が申し立てた夫婦関係調整調停には、妻は三回とも来なかった。

ここに、私が感じた深い不均衡があった。

金銭を請求する手続きには、制度が動く。

けれど、関係を終わらせるための話し合いには、相手が来なければ進まない。

支払いの話には応じる。
責任を問われる場には出る。
裁判所の判断にも従う。

しかし、こちらが人生を前に進めるために求めた話し合いの場には、相手が現れない。

このとき私は、制度の限界を感じた。

制度はある。

だが制度は、人に向き合う意思までは与えられない。

手続きは用意されている。

けれど、相手がその場に来なければ、手続きは沈黙の前で立ち尽くす。

そしてその沈黙の中で、時間だけが過ぎていく。


第4章|期待と感情の損害賠償は認められない世界


夫婦の中には、言葉にしきれない約束がある。

一緒に生きていこう。
家族を作ろう。
いつか子どもを持とう。
苦しくても、少しずつ生活を立て直していこう。

それらは契約書に書かれたものではない。

だから、法的には弱い。

むしろ、ほとんど形を持たない。

けれど、人はそうした言葉にならない未来を信じて、人生を選ぶ。

私は、親に孫の顔を見せたいと思っていた。

その願いを胸に、仕事を頑張ろうとした。

生活を整えようとした。

夫婦として、いつか足並みが揃うと信じていた。

だが、その未来は叶わなかった。

十年という時間の中で、状況は少しずつ変わっていった。

十四歳年下の妹に初孫の座は移り、祖父は他界し、曾孫の顔を見せる夢も消えていった。

もちろん、子どもは誰かのために作るものではない。

親のためだけに子どもを望むことが正しいとも思わない。

それでも、自分の中にあった願いが、時間とともに失われていったことは事実だった。

この喪失を、社会は損害として扱わない。

期待していた未来が叶わなかったこと。

夫婦の中で共有されていると思っていた願いが、実は共有されていなかったこと。

そのことで失われた時間。

そうしたものは、法の言葉に乗りにくい。

感情は裁けない。

期待は損害として認められにくい。

願いが壊れても、時間は戻らない。

ここに、私は深い苦しさを感じた。

法が間違っていると言いたいわけではない。

法には法の限界がある。

法律とは、すべての人間を救うものではなく、手続き可能な秩序なのだと思う。

だからこそ、手続きに乗らない痛みは、簡単に置き去りにされる。


第5章|傷ついたことの証明ができないという地獄


殴られたなら、病院に行けば証明できる。

写真を撮ることもできる。
診断書を取ることもできる。
誰かに見せることもできる。

傷は、外から見える。

だが、沈黙の中で削られた心は、どこに記録すればいいのだろう。

誰が、十年間の沈黙に診断書を書いてくれるのか。

誰が、失われた選択肢に証明書を出してくれるのか。

誰が、叶わなかった未来に名前をつけてくれるのか。

私が苦しかったと言っても、それは主観に過ぎないと言われるかもしれない。

相手にも事情があったのだと言われるかもしれない。

夫婦のことは外からは分からないと言われるかもしれない。

それは、たしかにその通りだ。

夫婦の内側は、外から簡単に裁けない。

だが、外から裁けないことと、そこに痛みがなかったことは同じではない。

証明できない傷は、存在しない傷ではない。

ただ、社会が扱いにくい傷だというだけだ。

そして、扱いにくい傷ほど、当事者は孤独になる。


第6章|金を払って終わらせた関係


最終的に、私は別居期間二年八ヶ月を経て、120万円の解決金を支払うことで協議離婚した。

離婚したかったのは私だった。

関係を終わらせたいと願ったのも私だった。

だから、金を払ってでも終わらせるしかなかった。

この現実を、どう受け止めればいいのか。

自分の人生を取り戻すために、私は金を払った。

これ以上、沈黙の中で削られ続けるくらいなら、支払ってでも終わらせた方がいい。

そう判断した。

それが正しかったのかどうかは分からない。

けれど少なくとも、私はそこでようやく前に進めた。

この経験で私が痛感したのは、制度は必ずしも痛みの大きさに比例して動くわけではない、ということだった。

支払いは数字になる。

婚姻費用は金額になる。

解決金も金額になる。

だが、失われた時間は数字にならない。

沈黙の中で削られた人生も、簡単には金額にならない。

だから、そこにあった痛みは、法の外側に残る。


終章|語れない痛みを、語れる言葉に


感情は裁けない。

沈黙も、簡単には裁けない。

応答されなかった時間も、失われた未来も、法の言葉には乗りにくい。

けれど、だからといって、それらが存在しなかったことにはならない。

法が拾わない痛みを、言葉が拾い上げることもある。

語ることは、復讐ではない。

語ることは、相手を裁くためだけのものでもない。

自分が傷ついていたことを、自分で認めるために必要な行為でもある。

私は、傷ついていた。

私は、夢を見ていた。

私は、応答されない時間の中で、自分の人生が削られていく感覚を抱えていた。

そして、それを誰にも証明できなかった。

だから、言葉にする。

この世界には、罪にならない罪のようなものがある。

法律では裁けない。
手続きでは扱いきれない。
誰かに説明しても、簡単には伝わらない。

それでも、人を壊していくものがある。

暴力は罪になる。

でも、沈黙は裁かれない。

だからこそ私は、この沈黙の記録を残す。

誰かを罰するためではない。

自分の痛みを、なかったことにしないために。

そしていつか、同じように沈黙の中で立ち尽くしている誰かが、自分の痛みに名前をつけられるように。

私は今日も、キッチンに一人立ち尽くす。

タバコの小さな灯りだけが、暗闇の中で揺れている。

その光を見ながら、私は思う。

沈黙の中で削られた人生にも、言葉は届くのだろうか。

届くと信じたい。

少なくとも私は、もう黙らない。


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