三上於菟吉「血闘」の読みどころ 湯浅篤志
※次に掲げた文章は、2023年1月に発行された、三上於菟吉『血闘』(ヒラヤマ探偵文庫23)に掲載された「解説 三上於菟吉「血闘」の読みどころ」の転載となります。転載に際して、適宜加筆修正を施しました。ご了承ください。

三上於菟吉の「血闘」が描かれるまで
大正から昭和にかけて、凄まじい勢いでたくさんの大衆小説を書き、それらが読者に喜ばれた作家に三上於菟吉(本名、同じ)がいる。現在では、その名前を知っている人たちも少なくなったが、昭和10(1935)年から翌年にかけて上映され、大ヒットした林長二郎(長谷川一夫)主演の映画『雪之丞変化』の原作者として覚えている人もいるだろう。
三上於菟吉は、明治24(1891)年2月に当時の埼玉県中葛飾郡桜井村、現在の春日部市で生まれる。明治43(1910)年に早稲田大学英文科予科に入学。しかし、大正のはじめに大学を中退し、故郷に戻った。大正3(1914)年の夏には父が重病になり、家督を継いだが、すぐに処分し上京。毎夕新聞社の社会部記者になった。だが、三ヶ月ほどしか続かなかった。
大正4(1915)年8月には、長編小説『春光の下に』を自費出版した。安宿のボヘミアンハウスに集まる、複雑な事情を抱えた男女の人間模様を描いた佳作であった。朝鮮の独立運動に関する話を描いたため、発禁になったが、作品題名を『暗い情熱』と変えて、大正10(1921)年9月に東盛堂で発行されている。
於菟吉は、この『春光の下に』を長谷川時雨に献本していた。その縁によって時雨と交際、そして同棲を始めることになった。この時期、文筆の仕事がうまくいかなくなっていた於菟吉は、時雨の助けを借りながら文学への力を養っていたといえるかもしれない。
大正6(1917)年8月、大学からの親友であった詩人の三富朽葉と今井白楊が銚子の犬吠埼君ヶ浜で溺死をするという痛ましい事件が起こった。彼らの死に打ちのめされた於菟吉は、これを機に自らの生き様を見直したようだ。一層文筆に打ち込むようになっていった。於菟吉のこの頃の作品には、自らの芸術を高めようとする志と女性への愛欲との間で煩悶する小説が多く、いわゆる大正期における告白小説の色合いが強いのが特徴だ。文壇の流行に沿った作品を発表し続けていたのだ。
しかし、大正8(1919)年頃になると、博文館の『講談雑誌』の編集主幹、生田蝶介に認められ、時代小説をいくつか執筆するようになった。大正10年1月からは、現代通俗小説「悪魔の恋」を『講談雑誌』に一年以上連載、好評を博した。この物語は、主人公、江馬勇が自らの出自を孤児だと知って、紆余曲折の後、孤児院を建設する話が中心になっている。作品題名から連想しにくいイメージを持った内容だが、主人公の成長物語として読めるだろう。
同時期、同じく博文館発行の雑誌『家庭雑誌』大正9(1920)年6月号から大正10(1921)年5月号まで、長田幹彦の「九番館」(ヒラヤマ探偵文庫06)が連載されていた。ここでも孤児院(教会、貧民病院、貧児院)の話が出てきている。主人公の原島貞一郎がそこを根城として、怪盗ルパンのような義賊を働く物語である。この当時、孤児をめぐる出来事が通俗小説の素材としてふさわしかったのであろうか。
その後も、於菟吉は通俗作家の道を歩み、美しい青年の出世欲と愛欲との葛藤、翻弄される女性の姿を描き続けた。そして大正13(1924)年7月から12月まで『時事新報』に連載した初めての新聞小説「白鬼」によって、流行作家の地位を築きあげた。
この作品は、美貌の青年細沼の成り上がり物語(ピカレスク小説)である。終盤において、細沼は勤めていた会社の社長やその妹から大金をだまし取ったが、気を許した愛人に盗まれてしまった。それにもめげず、彼は残った小切手を持って、大陸の上海に向かって高飛びをしようとし、下関行きの汽車に乗った。
細沼はいつも精力的に行動をし、自分の美貌やニヒルなトークを武器に女たちを手玉に取っていた。仕事もできた。於菟吉の描く、細沼の物語は、文体のスピードも相俟って、まるでハードボイルド小説のように進むのである。もしかしたら、三上於菟吉はハードボイルド小説作家の元祖といえるかもしれない。
さらに、同時期に描かれた谷崎潤一郎「痴人の愛」のナオミズムに対抗して「シロオニズム」という言葉が単行本の広告で使われた事実もあったのだ。
「血闘」の読みどころ
さて、本巻に収録した「血闘」は、「白鬼」が新聞連載中であるにもかかわらず、『雄弁』に書き始められていた。『雄弁』大正13年11月号(15巻11号)から大正14(1925)年9月号(16巻9号)までの連載である。のちに、『長篇三人全集』第18巻(新潮社、昭和6年11月発行)の三上於菟吉著『彼女の太陽・焔の歌・血闘』に収録された。戦後の昭和23(1948)年には、野人社で単行本化されている。
連載開始の11月号から大正14年1月号までは、本文表題「血闘」に、角書きで「探偵小説」とあった。挿絵は、竹内霜紅。
大日本雄弁会の発行する雑誌『雄弁』には、この時期、探偵小説の連載が多い。加藤朝鳥「虹の秘密」(ヒラヤマ探偵文庫17)も、同雑誌に大正12(1923)年5月号から8月号まで連載された。やはり当時の探偵小説ブームの影響があるのであろうか。あるいは編集者に探偵小説好きがいたのかもしれない。「血闘」は、三上於菟吉の最初の長篇探偵小説であると思われるのだ。
――「血闘」は、老実業家大川信兵衛が、丸の内の帝京ビルディングの二階の角部屋にあるオフィスで関東大震災に遭遇したところから始まっている。秘書の山口詮一とタイピストの藤村なみ子がいっしょだ。地震の大きな揺れとともに、デスクに座っていた大川のところへ天井が崩れ落ちてきた。コンクリートの破片と鉄材によって、大川は押しつぶされ、最後の言葉を吐いているときに死んでしまった。
さいわい山口と藤村なみ子は助かったが、山口は亡くなった大川社長のポケットから黄金色の鍵束を抜き取った。それを目撃したなみ子。山口は、彼女を始末しようとしたが、そこに再び大きな揺り返しがやってきた。そして二人のところにも、コンクリートの塊が崩れ落ちてきたのである。
――山口は無事だった。しかし、なみ子の姿が見えない。彼はなみ子が死んだと思って、部屋を出て行った。大川社長の金庫の鍵を盗んだ山口は、何を企んでいるのであろうか。
大正12(1923)年9月の関東大震災から一年経ったあとに、「血闘」の連載が始まっているので、この冒頭場面はおぞましい震災の記憶を読者に喚起しつつ、それを客観的に描ける余裕が出てきたことを示しているといえるだろう。
物語は、秘書山口の莫大な資産乗っ取り計画とともに進んでいく。そんな折り、大川の息子芳一がアメリカで生きていて、帰国するということが新聞報道された。山口は芳一を無き者にしようと、秘密結社鉄血団の団長の堀江に仕事を頼む。
堀江は、芳一が帰朝する豪華客船、大洋丸に乗り込むが、そこへ現れたのが、アメリカで浪人をしていたという細沼冬夫という男だった。芳一を守るための協力を申し出たのだった。さらに大川のところへ「キケンアリ、ケイカイセラレヨ――センチウモユダンスルナ N・F」という不思議な無線電信も届けられた。
そういえば、この物語と同時期に描かれていた長田幹彦の探偵小説「蒼き死の腕環」(『婦人世界』大正13年1月号~12月号、ヒラヤマ探偵文庫10)にも、横浜からサンフランシスコへ向かう豪華客船プレジデント・リンカーン号が出てきて、物語の舞台になっていた。また、主人公房江の弟になっているヨハンも、孤児という設定であった。秘密結社でいえば、アメリカの秘密結社LLL団も登場する。
前述した加藤朝鳥の「虹の秘密」にも、破盃倶楽部という秘密結社の暗躍に挑む女探偵の生き生きとした姿が描かれていた。探偵小説らしくするためには、「秘密結社」の存在が必要なのであろうか。三上於菟吉の「白鬼」には、楽園倶楽部という秘密クラブが出てきている。
「キケンアリ、……」という不思議な無線電信が届けられる場面に目を向けてみると、森下雨村訳のセクストン・ブレイク・シリーズ「謎の無線電信」(『中学世界』大正10年4月号~11月号、ヒラヤマ探偵文庫21)の流れをくんでいる物語としても読めるだろう。
また、「謎の無線電信」に登場する女探偵(密偵)の活躍や、加藤朝鳥「虹の秘密」の女探偵の姿は、「血闘」に出てくる藤村なみ子の活躍イメージの祖型になっているのかもしれない。
ちなみに、「虹の秘密」の女探偵、橋本京子の下宿には、同宿している藤村千代子がいて、京子の良き話し相手だった。「血闘」の藤村なみ子と苗字が同じであった。偶然だろうと思うが、何かあるのだろうか。
こうしてみてくると、三上於菟吉の「血闘」は、文壇人が描く探偵小説の設定を受け継ぎながら生み出された作品と考えられるのだ。

『血闘』本文P34~35の挿画(画家、竹内霜紅)
『雄弁』大正13年12月号より
面白いのは、ここに挙げた三上於菟吉、長田幹彦、加藤朝鳥、森下雨村らは、皆、同じような時期に早稲田大学英文科に属していたことである。地下水脈のようなものでつながっていたのかもしれない。
最後にもうひとつ。「血闘」の中に途中から登場し活躍する細沼冬夫だが、彼が登場するのは「悪魔の誘惑」の章からである。これを雑誌連載でいうと、『雄弁』大正14年2月号からであった。前述した「白鬼」の主人公も細沼という同じ苗字だが、「血闘」の細沼冬夫はキャラクターが違うので別人である。
しかし、「白鬼」のラストで上海に高飛びした細沼が、アメリカに渡り、そして、再び日本に戻ってくる太平洋航路の客船の中で大川芳一に出遇ったと想像してみると、於菟吉の「細沼」というキャラクターに対する思い入れが感じられて面白い。「白鬼」は『時事新報』大正13年12月31日付で終わっているので、その勢いのまま、翌年1月発売の『雄弁』2月号の「血闘」に細沼を登場させたと考えられるのだ。読者ファンのためであろうか。
三上於菟吉が初めて描いた長篇探偵小説「血闘」には、本格的な探偵や刑事などが出てこない。キャラクター同士の個性のぶつかりあいを見せる、映画仕立ての「探偵小説」と呼ぶべきなのかもしれない。
【本文テキストについて】
本巻に収録した「血闘」は、三上於菟吉著『彼女の太陽・焔の歌・血闘』(『長篇三人全集』第18巻、新潮社、昭和6年11月発行)に収められた作品を底本にしている。
『雄弁』に掲載された初出では、「大川芳一」の名字が「珍客」の章から「大河」に変わり、さらに「豪傑の敗北」の章からは名前が「詮一」になっていた。この「詮一」というのは、社長秘書の「山口詮一」と同じである。
また、秘密結社鉄血団の団長が、最初の登場する場面「悪の大小」では苗字が「堀口」であったが、次章「秘密結社の一室」から「堀江」になっていた。
『長篇三人全集』に収録された「血闘」においては、前者はすべて「大川芳一」に統一されていたが、後者はそのママであった。登場人物の名前の違いは物語をわかりにくくするので、本巻では鉄血団団長の苗字を「堀江」に統一してある。諒とされたい。
【参考文献】
・『図録 三上於菟吉と長谷川時雨』
(埼玉県庄和町教育委員会、1999年12月発行)
・『生誕一三〇周年記念誌 三上於菟吉再発見』
(三上於菟吉顕彰会・編、2021年2月発行)
・関肇「三上於菟吉「白鬼」を読む」
(『関西大学文学論集』69巻4号、2020年)
※三上於菟吉の生涯については、以下の拙稿「三上於菟吉という人とその魅力」(『銀座事件』巻末の解説)をご覧になっていただけると、うれしいです。
※Web上で、『血闘』を読まれての感想がありました。
ありがとうございます。気がついた記事を以下に貼っておきます。
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