「エレナ婦人の教え」創作過程#6 Making Of Mrs. Elena's Lesson.
【2024創作大賞】創作過程を公開した理由
作品『エレナ婦人の教え』を応募したのですが、出品にあたって創作エピソードを#オールカテゴリー部門で同時に綴っていくことにしました。これを読んでいただければ、どのように作られていったのか、またどのように生かせばいいかがすぐにわかるようになります。
得てして小説というものはノンフィクションであり、ファンタジーの部分が少なからずあります。そのために物語としては面白くても虚構が強過ぎると現実離れしてしまい、実際には生かせません。私はその点に留意し、ち密に現実とシンクロさせながら、キャラクターを生み出し、物語を組み上げていきました。
また今回の創作過程を書くにあたっては、20年の時を経て若干の加筆を加えました。変わらない部分、変わった部分を踏まえました。そのためより生かせるような内容となっています。ではどうぞ。お楽しみください。
(※以下のリンク先は各創作過程へ直接飛びます。)
~はじめに「エレナ婦人の教え」創作過程#1
・創作過程#2
・創作過程#3
・創作過程#4
・創作過程#5
○ 終わりに
エレナ婦人の教え 第三話「源三 語らない姿」~製作エピソード~
いかがでしたか? 第一話、第二話と趣きが違い、源三という男っぽいキャラを登場させた第三話は、趣が違うのではないでしょうか? ではまず、この「源三」というキャラができ上ったエピソードをお話しましょう。
当初登場人物として源三のキャラを思いついたとき、「自分は源三とは似ても似つかない」と思いました。傷つきやすく繊細な私には、「男気があり、気性の荒い所はない」と思っていたのです。
ですがそれは違っていました。
源三のような気性は自分にもあったのです。
思い返すとこれまで、どんなに怖く言いにくい相手に対しても、自分の想いを伝えるよう努めてきました。
それは、「傷つきやすく口ベタな性格を治そう」「人に対する恐れを減らそう」という強い想いから。源三にたたき込まれたように、からだで覚えていったのです。
~源三キャラを思い付いたきっかけ~
ところで、そもそも源三というキャラをどこで思い付いたのか、お話ししましょう。
小学3年生になるある夏の日、庭の剪定に造園業のおじさんたちがやってきました。方言丸出しのおじさんたちと話していると、何とも言えない心地よさを感じました。そこで、母に弁当を作ってもらい、夏の日ざしを浴びながら庭で一緒に弁当を食べました。
その弁当のおいしかったこと! 方言丸出しで口は悪いけど温かい――そんなおじさんたちに惚れたのです。そのときの思い出以来、職人気質の人に惹かれ、源三を思い付きます。理屈ばかりこねて責める父とは正反対の、真っ直ぐで人情味あふれる人物に憧れたのです。
~物語よりきつかった現実の展開~
私は中学生くらいから漠然とした息詰まりを感じていました。これから先、どうしていけばいいのだろう――羅針盤もなく先の観えない状況に、日々悶々としていたのです。そこでいまの状況を何とかしようと、「人生を良くする」という教えがあれば、次から次へと学んでいきました。
その後人生の師とも言える人たちと出逢い、ようやく幸せな日々を送りはじめたと思った矢先、父の何倍も理屈で罵倒する上司に当たりました。
毎日のように執拗に責められ続け、追い込まれました。それまで身に付けた教えがことごとく通用しません。ストレスで髪はパサパサになり、持病のアレルギー症状は悪化、みるみるやせていきました。
「このままでは潰れる。もうダメかもしれない……」と諦めかけたそのとき、エレナ婦人のモデルとなったおばあさんと出逢ったのです。
そのおばあさんとのやりとりを元に、想像をふくらませ、書き上げたのが「エレナ婦人の教え」です。
第一話「不思議な出逢い」、第二話「見えてきた日常」は、そのおばあさんとのやり取りを元に書きました。その後オーストリアに旅立つ――というストーリーを書こうとしたとき、その前に一つ話を持たせたくなりました。逆境から逃げずに自分を奮い立たせたい――苦しい立場にいる自分を、物語の中で生き生きと描きたくなったのです。
その第三話「源三 語らない姿」で描こうと決めたのが「志」――心意気のある熱い男です。せっぱ詰まった状況でどう身を振ればいいか、からだを張って乗り越えていく大切さを伝えたいと思いました。
はじめのうちは、日々の苦しみを少しでも癒そうと思って書きはじめたこの物語。ところが書いているうちに、予想を超えたはるかに厳しい展開になっていきました。
役員会議に出す資料を上司から指示される通りに打ち直していました。しかしほんのちょっと打ち間違えただけでネチネチと指摘されます。
罵倒される日々が何週間も続き、心身ともに疲れ果てました。月目玉の会議を目前に控えた週末の金曜日、グチャグチャに赤を入れられました。「(会議には)間に合わん。全部アンタのせいや」と言われ、資料を放り投げるように突き返されました。
私は心の中で叫びました。「言われたとおりにしているのに……。なぜそこまで否定されなければならないんだ。どうしてここまでひどい仕打ちを受けなければならいないんだ。
これだけ罵倒されているのに……なぜ、誰も助けないんだ」
自分の中からいろんな想いがもたげました。それまで我慢し、降り積もった想いが爆発、「もうどうなってもいい……」と思いました。
修正された文字を一つひとつパソコンで打ち直すうち、画面の文字が赤くにじみはじめました。涙で字が見えなくなったのです。
その瞬間、
「もういい! いい加減にせい。勝手にしろぅ!」
思わず口から言葉が出ました。私は画板ごとその資料を机にたたきつけました。こんなことをしたのは入社以来、はじめてのことでした。
~なぜ誰にも相談できなかったのか?~
なぜ、そこまで追い詰められたのでしょうか。なぜ、しかるべき所に訴えることができなかったのでしょうか。
もちろん私もバカではありません。社内外を問わず、いろんな人に相談しました。しかし根本的解決には至らなかったのです。
当時、セクハラの相談窓口はあったもののパワハラの相談窓口はなかったのです。
あってもメンタルヘルスの窓口程度。それもまだできて間もないときで、気休め程度の相談しかできなかったのです。それじゃ自分が “負け犬”になる気がしました。あっちが悪いのにこっちだけが悪いみたいに思われたらたまらない。それじゃ根本的解決にならない――そんな気がしたのです。
相談する所がない――これがこの問題を長引かせた大きな原因でした。困り果てた私は、友人をはじめいろんな人に相談しました。するとこんなことを言われたのです。
「大変ですね」
「ひどいよねぇ、言い返せば?」
「気にしないことだよ」
「いつまでそんなことやってんの? 早く独立したら?」
誰も私の本当の悩みを理解してはくれなかったのです。
~なぜ反論できなかったのか?~
こうした問題が長引くもうひとつの原因は、それがあたかも「仕事のかたち」を呈(てい)しているからです。いくら理不尽な言い方でも、そこに上司と部下という利害関係があり、話している内容が仕事の話であれば、指導しているように観えるためむやみに反論はできないし、周りも手を出せないのです。
そのうえこちらの弱い部分を責めてくるので、さらに追い打ちがかかるのです。
これが「事態を長引かせた原因」でした。
~自分にも原因があった~
ただ、同僚の中には上司の攻撃を上手に免れる人もいました。そういう人は上司をくすぐることを言い、適当に調子を合わせていたのです。一方私は、真正面からその上司と向き合い、必死に関係をよくしようとしていました。そもそもそこにムリがあったのです。
ところでなぜ、あのタイミングで、私だけあのような目に遭ったのでしょうか? 実は自分にも原因がありました。仕事を楽しくしようとヒョウヒョウとふるまっていた――このことが裏目に出たのです。軽くやっているように映った――これが必死にやっている人を引っかけていたのです。
その上司のおかげで「痛みを持った人がいる」「何でも正直に言えばいいわけじゃない」「静かにそっとしておくことも大切」だと学びました。
逆境から逃げず、乗り越えていったことがいま、役に立っています。
当時、最悪の状況になったからこそいまがあります。人の気持ちがわかるようになったし、自分らしい人生を歩みはじめた。文章が書けるようになったのもその人のおかげ。そういう意味では、いい経験をしたと言えます。
〇お知らせ
罵倒する上司、苦手な仕事、重たい雰囲気の職場から、あるおばあさんの出逢いをきっかけに人生を変えていく物語。ひろ健作の(実話×小説)実小説三部作「エレナ婦人の教え」
★「自分を取り戻し、夢を叶えていく道しるべ」
さて、この後「エリック家 優雅なる生活」という物語を書いています。オーストリアに旅立ち、チョコレート工場経営をするエレナ婦人の息子、エリックさんと出逢い、小さな町工場からいまや数店舗を経営するまでの教えを学んでいきます。この後主人公ヒロはどうなるのか? 次をお楽しみに!
