解説編)ボカコレ2025夏666曲誉めないレビュー。同調・変調・祈りという認識(分類)の「価値」について(民族音楽研究会のニコニコ村ボカロ界隈研究報告0)


20251018現在の僕が書き直しました。

ーーー前置き1ーーー

顔も知らないあなたへ

とある大きな子どもの恥ずかしい話をします。

ボカコレ666曲レビューで恥を晒した僕は、あの一言の後、空腹のまま眠った。取り止めもなく浮かび上がる心象。思念の海でぐちゃぐちゃになっていた。起きた。Xをみる。メッセージが届いている。「hitoiki用語がわからないなら、hitoikiの自己紹介をしたらどうか」。と書いてあった。僕の言葉の軽さが、少しでも重くなるように。
人は困っている時、どうしたらいいかわからないんだ。知らないだけなんだ。教えてくれて、ありがとう。まだ僕には、できることがあるんだね。どこから話そうかな。

どうか、先にお読みになってください。

ーーー前置き2ーーー


変調と祈りの物語(ボカコレ2025夏ex,top100,ルーキー

 研究成果の音楽体験!γとδに属する曲を使って一つの物語を作りました。この際だからKiiteに登録してみよう!(誘導

短編77分

長編157分


ーーー前置き3ーーー

「消耗を知ってこそ命に足る言葉を持っていける」

『ひかりと欲』ぬゆり



TOP100 226
ルーキー 236
ex 214

計算上、666曲。

この記事の使い方(hitoikiが読者に期待すること)

目標設定

読者が今持っている認識(考え方や感じ方の枠組み)を超えて曲を聴けるようになる。

行動(順不同)

  • この記事に書かれた分類(特にギリシャ文字βγδの分類)の基準を読む。

  • この記事に書かれた個別的に書かれた「とある一人の人間」の思考を読む。(気になった曲は検索をかけて聴く)

  • プレイリスト(この記事の最下層)を聴く(認識を経験する)。

  • 自分と同じ分類の曲を聞く。自分と違うギリシャ文字の曲を聞く。

  • 「問い」を立てる。

  • 感じ、考え、ご飯食べてお風呂入って歯磨いて寝る(順不同)。そして朝、目覚める。(拡散的思考、睡眠と食事による脳細胞の神経ネットワークの再構築をお勧めします)。

  • この記事を読んで、曲を聴いて自分の中に何が起こったのか、どんな経験をしたのか、自分の感情、思考、欲望、認識を整理して表明する。Xで@hitoiki327882をつけて投稿する(noteなどのブログでも)。(ここまでが大事)。


再構築しうる認識(考え方や感じ方のフィルター)の具体例リスト

  • 言葉と音が人に与える影響の経験(好き嫌いではない)

  • 言葉の求める音(ジャンル、構成、音の佇まい)に関する経験

  • 言葉が聞こえる、聞こえないに関する経験

  • 言葉それ自体の強さ、弱さに関する経験

  • 言葉と音(言葉と言葉以外の音)が乖離しているように聞こえる経験<言葉と音(感情、思考、欲望、認識)の表現様式の自然さ、不自然さの経験>←曲の強さ、重さに関係すること。しっかり結びついていなければ、「軽くなる」というのが僕の認識。言葉が「いや私その音やだ」と言っているのに無理やりのせていないか。自分がされて嫌なことをさせていないか。(あ、感情的になりました。すみません)。

この記事が読者の「お話」のきっかけになることを。期待しています。「hitoikiの認識よくわかんなくね?」「この曲はわかるかも?」「そういうことか!?」僕はこの記事で、誰かの世界の見方、言葉の感じ方の、そして言葉の使い方の「変調」に寄与したい。

僕は想像する。

影響力のある、数が多い、そして何よりも多くの人が興味関心を持つ「再生数」「いいね」、数字の力を持つ人たちの表現がγ変調になったなら。δ祈りになったなら。それは、僕らの<現実>を変える力になるんじゃないか。β同調な曲を作らなくてもいいんじゃないか。そっちの方が、「もっといい」世界じゃないか。僕らは<現実>に苦しんでいるのだから。

マカロンもいらない。酔う必要もない。恋で扁桃体を暴走させなくてもいい。ドラッグもいらない。

それは「もっといい」世界なんじゃないか?僕は音楽に、<現実>に寄与する力を期待している。(僕はまだ曲をうまく作れていない)。

この曲への僕なりの「応え(答えではない)」です。


拡散のお願い

20250902

もしこの記事が、あなたにとって何らかの価値があるなら、自身のXで拡散してほしい。(僕が今思い浮かべているのは、影響力のある、フォロアーが多い人ほど、ブランディングのために「危うい」僕の記事を忌避すること。多くの人に見てもらうことは、期待できないのかも知れない)


分類(3✖︎4✖︎2の三次元マトリクス、全24のカテゴリー)

曲が視聴者に与える影響による分類(β、γ、δ)

誤解のないように初めに書いておこうと思います。β同調、γ変調、δ祈りは全て精神的成熟(「大きな子ども」ではなく「大人」になること)のためのプロセスであって、どれも必要な状況がある。一時的な安定安心のために僕も薬を飲むことがある(眠れぬ夜の漢方)。音楽体験が扁桃体(辺縁系)と前頭葉(新皮質)のどちらを優位にするかで区別をするといいかも知れない。(僕が危惧しているのは、僕らの環境が、同調(辺縁系)に偏りすぎていないか、ということです。(それを人間性と呼んでいいのか?動物性ではないか?人間性という言葉の存在意味はなんだ?僕は狭義の人間性のことを言っている)。曲を作ることで人にどんな影響を与えているのか。作り手は想像できるだろうか(え?自由?それが生み出したものへの責任が問われない自由主義経済の文脈ですね))。

僕はβ同調を否定してはいない。βが必要な人がいる。βが必要な時がある。けれど、そこにγ変調がいないなら、δ祈りがいないなら、βで止まってしまう。βはあくまで現在、到達地点。βは音楽体験の1つのあり方である。ただそれは、過去を繰り返す、抑圧の力にもなりうる。(そうして何度も繰り返してしか、人は「やり直せない」とも僕は思う。僕だって同じような曲を繰り返し作ってきた。何度も繰り返して、飽きるまで。死ぬまで?)。γは、定数を変数にする。定点を移動点にする加速度を与える。そんな感じ。

β 定数、位置座標 
γ 変数、加速度もしくは速度
δ 謎(深い絶望の先にある亀裂?よくわからない)

β(ベータ):同一性による<現実>との乖離、もしくは心象(同調)
 ボカロが異質な他者として存在していない。「同調」(共感ではない)
βの代表にしたい曲を発見しました。

βの力の小分類2種(仮

<現実>に耐える力 ー同化的β お薬、鎮静剤、ドラッグ、おしゃべり
延命装置。<現実>の残酷さ、厳しさによる)。扁桃体優位。「私は大丈夫!私は大丈夫。私はダイジョウブ。。。」カンフル剤。「がんばれ!」「前を向こう!」と言いながらどうしたらいいのかわからない曲も同調にしました。「がんばれ」というだけで何もしない人たちを、読者も想像できると思います。どうしたらいいかわからなくて困っている人の姿を僕は想像します。そこに何か手を差し伸べられていると僕が感じるならγ。(僕が心配するのは、お薬で延命できるが現状維持で終わること。同調してもらうことで安心するのがホモ・サピエンス。(それも僕らのデフォルト)。「そばにいるよ」。辛い時、自分と同じ境遇の人がいて「安心」する。「私は大丈夫」「気持ちが楽になる」。ホモ・サピエンスは孤独に弱い(それすなわち、狩猟採集時代に死を意味したから。集まらないと、大型哺乳類を殺せない。死んでしまう)。

<現実>の認識を整える力 ー 異化的β 
βの効果としてもう一つ。本居宣長の歌論にあるような、自浄作用、自分を整える作用。「あれは一体なんだったんだろう?」自分の経験を追体験する臨床心理学的な効果。思い出し。味わい。触れ直し。感じ直し。再解釈。<現実>にした経験を受け取ることを助ける力。ある意味で変調の基礎であるが、同時に同調にとどまる力にもなる。その区別がつかない、ほとんどの人は同調する力にしてしまっていると僕が感じるのでこの力もβに分類。この力は作者自身が曲を作る強い動機になっている気もする。(20250912加筆:異化的βと基底状態δの区別が現在つかない気がしている)

同化的β同調に関する記事

異化的β同調を説明する曲

γ(ガンマ):異質な他者による<現実>への眼差し、手引き(変調)

γの小分類2種(仮

認識を再構築するために立ち止まる力 ー 制止的γ
ホモ・サピエンスの「観察」。「僕らはこういうものだ」。認識(考え方と感じ方のフィルター)は構造であり、表現はその表象。認知行動療法という言葉が表す通り、認知(認識)が先立ち、それに行動が伴うことで変化が生まれる。ホモ・サピエンスが自分自身の構造を知ることによる自己の学習が<現実>を変える力になる。異化的β同調が前提にある。他者として誰かがいるから、自分を振り返れる。自分に気がつける。異化的的βと力が似ているが、そこに異質な(同調しない)他者が感じられるとγ変調になる。立ち止まれ!考えろ!感じろ!よく見ろ!そんな声。

<現実>への視線誘導。指差し。手引き ー 誘導的γ
立ち止まった。ではどうする?「もっといい」世界を想像する力。しかし、一体どうしたら?(曲は、今ここにある。向こう側から、音がしているか)。どこに行ったらいいのか?「もっといい」世界のために何をしたらいいだろう?「大人」(「大きな子ども」ではない)になるための扉の存在。γ変調には強い認識、内省を促す何か、ここにはないものを想像させる力がある。気がする。「新しい世界の見方」。よくわからんけど。


「がんばろうぜ!」という曲はγか
そういう曲はたくさんある。「歌を歌おうぜ!」という曲。「前を向こうぜ!」という曲はたくさんある気がする。僕はただ「がんばろう!」というだけで助けてくれない人の姿を想像する(本当に多い。学校の大きな子どもたちとか(残酷な世界の元凶だと僕は思っている))。「がんばれ!」が残酷な響きを帯びることがある。(そんながんばれの曲の中で、とびきりのがんばれの例として、『ラスボスをやっつけろ』だけはγ変調にした。よくわからないけど)。「がんばれ!」だけではなく、何らかの贈り物を、認識の再構築を、過去を繰り返さないために「壊す」ための言葉がほしい。(そのために、過去をちゃんと感じて、「壊したい」と思わせるような、絶望の底まで辿り着けるような強烈な曲を僕は今想像した。絶望の海の表面でチャプチャプ浮いてる感じ。それも在り方の一つだけど)。僕はγ変調というカテゴリーに、「もっといい」世界を想像する力を見出したい。

δ(デルタ):祈り?深い絶望の底の亀裂?
 祈りがなんなのか、まだよくわかっていないけど祈りっぽいものをここに分類。やろうと思えば、全ての曲をδ祈りに入れる事ができる。笑いだって誰かへの祈りかもしれない。けど僕は、曲に現れる、曲で表す事ができる表現形式としての祈りを想像している。僕もまだよくわかっていない。全ての曲が祈りであるとすれば、「ちゃんと祈れているか」を僕は知りたい。「強く祈れているか」を僕は想像したい。あなたは、どんな曲を聴いた時に、「祈られている」「自分のために祈ってくれている」と感じますか?

δ祈りの小分類(仮

感情の隆起状態ー「もっといい」
圧倒的絶望感の中でそれでも別の「もっといい」世界を想像し続けようとする。それを祈りというのかも知れない。と思う。この曲を聴いて。「あわい」を感じる。世界に亀裂を作る。そんな力を感じる。それはただ「歌おうぜ!」でも「叫ぼうぜ!」でもない、感じ切ることによって、心臓が張り裂けることで、壊れることで再生を促すような何かがあるのだろうか。よくわからない。

感情の基底状態(20250912加筆)ー「ちょうどいい」
「たあいのない」時に、苦しみ、絶望、悲しみ、揺れが小さい時に安定、浄化、沈静化、整える。クソデカ感情になる前に、手当する。隆起状態が非日常の儀式に相当するなら、基底状態の曲は日々の日記や「お話」のようなものだろうか。(この分類は異化的β同調とほとんど区別できないようだ。この認識によれば、このレビューは崩壊する。やったね!)よくわからない。

基底状態のリファレンス


ーーー


この人の曲(『ラスボスをやっつけろ!feat.知声(ワアダキナノ×チアキ・ニックドール)』)は「がんばれ!」だけどδに分類した。だって、あまりにも「がんばれ!」が強い。γにしては、感情が迸(ほとばし)っている。檄とは、そういうものなのかも知れない)。「がんばれ」「前をむけ」「歌おう」という曲はたくさんある。その言葉に強さが感じられたら、δになるのかな。

βからγへの変化が曲中にある曲(人の声ってすごいな

δ、γには、「問いかける」力がある気がする。


γ変調のリファレンスとしてのアメリカ民謡研究会さん、傘村トータさん

僕がこのレビュー(分類)で伝えたいのはγ変調という認識。その「価値」もしくは「意味」を伝えるためにアメリカ民謡研究会と傘村トータさんの曲を紹介したい。二人の曲を聴くと、認識に食い込むような感覚に、僕はなる。ある意味で、δ祈りなのかもしれない。(僕はまだ祈りが何かよくわかっていない)。目の前に、扉がある。音が、言葉が、扉の前まで連れて行ってくれる。僕はそんなふうに感じる。

傘村トータさん

「やさしい人ってどんな人なの?」この問いに対して、トータさんは答えている。その具体的な行為のあり方は説明しないけど。ただ、有り様が強くこの曲に現れている。ここにはいない自分を想像させてくれる。ある意味で人がよく間違えることに対して、「こういう気持ちを忘れないでいたら、もっとよくなるんじゃないかな」と歌っている。人を傷つけるのが怖くなって動けなくなった人がこの曲を聴いたとしたら、「やり直そう」と思えるのではないか。やり直し方が、この曲で語れている。

「思い出すこと」。記憶に埋もれていた大事なものを思い出す。そんなトータさんの曲がある。<現実>に麻痺していく暗くなっていく見えなくなっていく無くしてしまう大事なものが「ある」ことを思い出させる。トータさんは僕らを、もう一度、扉の前に立たせてくれる。そんなやさしさを僕は感じる。それは厳しさでもあるかもしれない。その厳しさを受け取れてしまうくらいのやさしさが、トータさんの音には、言葉にはある。と僕は感じる。γであり、δでもある気がする。

アメリカ民謡研究会

「パン」はお菓子。甘いもの。ドラッグの一種かと僕は想像している(最近僕は別の可能性も想像している。それはもしかして・・・?よくわからんけど)。あめみんさんの曲にはβ同調が存在している。β同調の世界にとどめる力とγ変調の世界に進めようとする力をあめみんさんは「人格」を分けて表現している。ここには葛藤がある。構造がある。「そんなものを隠していたんですね?」奪われたもの、失ったもの、欠けているものの表現。結局「今日も美味しいパンを焼かなくっちゃ」でおわる(このパンは、「自分が自分につくるパン」である)。繰り返してしまう。ただその構造を「認識」する手助けをしているとぼくは強く思う。

この曲はβにもγにもとれる。テーマは「抑圧」。対自でもあり、対他でもある。抑圧は他者から与えられるものもあれば、自分自身に対する抑圧もある。僕らが大きな影響を受ける場所。僕らの認識(考え方感じ方の枠組み)に働きかける。「それでは目を綴じて。 私が百つ数えたら貴方に。 二度と溶けない嘘を見せるよ。 だからただ貴方は、 信じていましょうね。 「これは美しい命だ。 私が愛した欠代の無い美しい命だ。」 と。 もうそれでいいんだよ。」「貴方」は誰か?「命」という言葉に、聞き手は何を託したか?語りかける。ポエトリーリーディング。その表現形式に、僕はγの可能性を想像している。

<お茶会>、そして<現実>の2つの空間がある。


あ、傘村トータさんの遺伝子を継承する(継承?おこがましい。心を分けてもらったといえ!)(と僕が思う)人を紹介したい

この人は自動連続再生でたまたま出会った人

丹頂さんはどこで出会ったんだっけ?あ、木陰さん繋がりだ。(木陰さんごめんなさい僕は反省しています)。

この曲を肴にしてお話をした記録があります。

木陰さんです。(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい)

トータさんを通じて、γδが増えていくといいな。(トータさん遺伝子と僕は呼んでいる)。トータさんの音を、どんな言葉に乗せるか。どんな言葉にトータさんの音を載せるか。若者に期待。これから世界を作るのは、若者だ。(僕もまだ若者だと言いたい)。

δ祈りのリファレンスとしてのCanaxiさん

ある意味でβにもなりうる。それにしても、この祈りっぽい音はなんだ!と思う。泣いちゃうじゃん。僕はまだ「祈り」という表現形式のことを、知らない。泣いちゃうよ?

僕は曲から、その作り手を思い浮かべるようにしている。

祈るように生きて、生きるように祈れたら幸いです(木陰さんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)。

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↓この分類はそこまで大したものじゃない、と僕は思っています。混乱を避けるため読み飛ばしてもらった方がいいかも。

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音が喚起する感情、佇まいによる分類(C、D、E、I)

ギリシャ文字でなくアルファベットの大文字で表した分類は、音と言葉の乖離関係を表すつもりだったが、この分類があまり「有効」ではない気がした。ただ「ジャンル」のような何かを表しているだけじゃないか?その分類に価値があるのか?よくわからない。

完全に「音」だけで分類できなかった気がする。「言葉」の影響を受けている。んーーーー???聞き直すか?ウヒョーやめておきます。表現の「揺れ」として役立ててください。

C:叫ばない(ダーク・ナチュラル)?認識の形式?(恐れの形式?
 基本、叫ばない。感情というよりか思考優位。音に感情が入ってたらこのカテゴリーに入れないようにする?(難しい)感情を音で表現して声は落ち着いていることが多い気がする。語りに近い?(なんか僕が友達になりたい人候補をCに分類していた気がしたのでマイリストに「仲良くしてくださいリスト」を作ることで雑念を浄化しました)。ラップ、こっちに入る???(言葉に付与された音による判定?)あ、ボカロが「歌って」いたら他の分類に弾かれてる気がする。ボカロが喋るように歌っていたらこっちに分類。(Iとの境界が曖昧なことがある)。非情動的感情表現?扁桃体をいかに刺激せずに扁桃体のフィルターを突き抜けて中身を伝えるか?よくわからない。なんかビュンビュン電子音が鳴ってる曲が多い気がする(何だこれ?)。言葉に乗せる音で感情を伝えない。言葉を乗せる音以外の音が感情を刺激する力が弱い。感情に分類されない情動?欲望????

Cのリファレンス。

↓『Light Writer 初音ミク / Yusho Sunagawa+TEMPLIME』この曲を聴いているときにCの分類基準がはっきりした気がしたのでリファレンスとして採用。間奏部分のぐにゅーがよくわからないけど(その必然性がよくわからない)。いや、この曲は歌っているだろ!と思うかも知れない。分類って、難しいんです。

感情はもちろん含まれる。けど、思考の余地がある。もしくは思考を促す。そんな感じ。波が揺らいで、凪ぐ。そんな感じ。(あ、この表現いいかも)。

I:叫ぶための音(バラード系)悲しみの様式?
 Eのしっとり系。ゆっくり。キックが弱いとこちらになる傾向。(Cとの境界曖昧?歌もの?)Eとも受け取れる曲がある。揺れとして聞いてみてください。別に悲しい曲じゃなくてもこっちになることがある。

D:叫ばない(ライト)喜びの様式?(僕はそれを喜びとは言いたくないが)
 Eとは何か別の観点。(ジャンル性?)きゃっきゃしている感じ。おしゃべり?たいてい感情な気がする。ハッピーな曲、希望を見る曲、笑い。陽気な曲、アップテンポな曲、キックが強い曲はここに来る傾向。音はEでも言葉がキャッキャしてたらこちらに入れる。

E:叫ぶための音(非バラード系)怒りの様式?
 叫ぶ、その情動を支えるための音。(ジャンル性?ロック?)声ではない楽器が前にきているとこの判定を受ける傾向がある。C,Dとは何かが違う。叫んでいたらこっちになる傾向。緊迫感。でも愛を叫ぶ曲もある。怒りがなくてもきゃっきゃせずに叫んでいたらDでなくEにする傾向。一番良く使われる表現様式?憂いも含む。恋の歌、喜びの感情も叫んでいたらこっちにする(揺れあり)。怒りとは、現実を変えようとする抵抗である。だとすれば、恋の歌で叫んでいるものを別カテゴリーにしても良かったかもしれない。うーん。また聞き直すか!!!????


怒り、喜び、悲しみの様式というのは、僕がそれぞれのアルファベット大文字分類の意味を理解しようと「人の一次感情」もしくは「根源的感情」の3つを対応させたものである(諸説あり)。怒りの様式Eであるからと言って、内容が怒りでなくてもいい。そんな便宜上の(ただ何かしらの意味を持つ)ラベリングである。(あれ?恐れの感情が入っていないぞ?)

この分類ではすっきり分別できない曲がある。そりゃそうだ。表現の組み合わせでいくらでも印象は変わる。迷ったときは僕はこう考えることにしている。「この分類の目的は、たとえ間違っていたとしても、アルファベット大文字で分類されたプレイリストを聴くことで、その表現の揺れ、多様なあり方を聞き手は学び取ることができる」と。

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言葉が聞き取れるかどうかによる分類(a、d)

この分類は、当初、以下のように4つだったが、TOP 100は声が聞こえたらa、聞こえないならdという2つだけを使った。exもこれに従って分類し直すかもしれない。分類し直した。

a:素直に歌詞として聞こえる。(頑張って受け取っている場合もある)

d:声が聞こえない。他の音に埋もれて聞こえない。もしくは速すぎて聞こえない(僕は字幕に頼らない)。言葉として音として情報処理できない(言葉の難解さを含む場合あり)。特にサビ部分が聞こえないとこっちの判定になる。

作り手が使っている音の出力デバイスにもよるかもしれない。また、視聴者がスマホ内蔵スピーカーを使っていると想定すれば、言葉を伝える音は小さくても構わないだろう。

参考記事

adの分別法について質問が来ていました。


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↓注意書き↓

  • 分類=認識です。僕の世界の感じ方です。捉え方です。あくまで僕の世界の感じ方です。捉え方です。全知全能であり得ない一人の人間の世界観です。(曲を僕がどう感じたか。何を考えたか。だから僕が勘違いしている可能性がある。十分に)。

  • 「わからない」「感じない」「弱い」は「もっと知りたい」と言い換えてください。言葉を選べていませんでしたごめんなさい(20250904追記)

  • 「声が聞き取れない」「動画詳細欄に歌詞がない」「悲しくなる」という流れでコメントするエネルギーが枯渇する場合があります。音に集中できない。。。(20250904追記)

  • 作り手の言葉を僕が大事にできていていません。あなたの命に謝ります。ごめんなさい。コメントがないのは、僕がβγδの分類にエネルギーを使っているからです。あなたの曲にはコメントの価値がないのではありません。あなたが曲に込めた思いを想像する余地が僕にありませんでした。ごめんなさい。自分が僕の分類でβγδのどれに属しているか、言葉が聞こえているかということだけでも持ち帰ってくれたら嬉しいです。(20250904追記)

  • 作者の表現の意図、真意を汲み取れていない可能性もあります。僕の想像力の限界です。あくまで主観による分類です。(それが誰かの役に立ちますように!)

  • 僕の過去の曲紹介は作者の過去作も聞いて一人の人間の営みの一部として曲を捉えていましたが、今回その余裕がありません。今回は曲への関心に留まります。(すみません)

  • 曲中で、サビ?とサビ?以外で評価が変わることがありました。その場合、全体の印象、という曖昧な判断をしました。

  • 聴いた曲には全部、いいねをつけました。挨拶のいいねです。挨拶していなかったらごめんなさい。

  • 多くの曲が分類dに当てはまった気がする。動画で歌詞を「見る」ことを前提に曲が作られているためだろうか。僕は「音」を聞いている。僕は音楽として曲を聞いている。(僕の今回の曲は、、、、んーーーー??聞こえないなぁ)。これは舞台俳優に、または多くの人によくある話だが。「自分が発した声を自分で聞いていない」ことがままある。自分が発した言葉がどう聞こえているか、モニタリングできていない。これは僕の曲にも言えて、誠に、心苦しい。それとも、言葉が聞こえなくてもいい理由が、意図があるのだろうか?

  • 言葉が求める、感情、思考、欲望、認識が求める音がある。書かれている文字に慣れてしまった僕たちは、身体性を、声を取り戻そうとしている(少なくても僕は)。言葉に、言葉が求めている音を付与できているか。言葉を大事にできているか。(大事にするためには、愛するには意志と技術が必要)。

  • 表現の強さは評価していません。言葉のつながらなさ、よくわからなさは評価していません。(しかしγ、δはある程度の強さを要求している気がする)。

  • 分類をしながら、<「ジャンル」が求める言葉の有り様>というものを僕は感じました。学び取りました。(この試みは少なくとも僕にとっては意味があった)

  • 気になった分類、自分の分類の他の曲、「好き」かどうか、ではなく、別の視点で曲を聴いてみてほしい。いろんな人間性(ホモ・サピエンスの人間としてのあり方、佇まい)が、曲に表れていると僕は思う。(言葉は人間になるための技術であり、意志である)。

  • 僕はこのレビューを通じて何かを学び取ろうとしている。有限な時間とエネルギーの中で、何かを取りこぼしている。ごめんなさい。(ただ単に、決めつけてしまって、僕が曲に真摯に向き合えていない可能性を、どうか許してください。え?甘えるな?いやほんとに、ちょっと今、苦しいんですよ。許してください。え?だめ?人リアルだったら、お話しできるんだけど。曲から力をもらいながら、頑張ってこの記事書いているんです。許して・・・・許さん!!!)。


許さん!!!!!!

ちょっと回復させて。


ボカコレ2025夏1000曲カテゴリー別プレイリスト


Ca
https://www.nicovideo.jp/mylist/78746634

Cd
https://www.nicovideo.jp/mylist/78746893

Da
https://www.nicovideo.jp/mylist/78807039

Dd
https://www.nicovideo.jp/mylist/78752097

Ea
https://www.nicovideo.jp/mylist/78746671

Ed
https://www.nicovideo.jp/mylist/78746783

Ia
https://www.nicovideo.jp/mylist/78752594

Id
https://www.nicovideo.jp/mylist/78752647

β
ほとんどβだから作らなかった。

γ
https://www.nicovideo.jp/mylist/78763148

δ
https://www.nicovideo.jp/mylist/78757196

変調と祈りの物語(ボカコレ2025夏ex,top100,ルーキー
 γとδに属する曲を使って一つの物語を作りました。この際だからKiiteに登録してみよう!(誘導

短編77分

長編157分


分類しなかったもの
https://www.nicovideo.jp/mylist/78746804


本編です。

参考記事を紹介

本編に行く前にこの記事を(この記事だけは!)読んでみてほしい。僕がニコニコで出会った、忘れられない曲である。

と、本編に行くまでにこの記事も読んでほしい。肝心の章に飛ぶようにリンクを貼ります。「民族音楽研究会」の意味をお伝えしたい。(ニコニコはどんな民族の集まりなんだろう?)ニコニコ村には、どんな民族がいるんだろう!そんな気持ちがあります。

この記事では「クリエイター」と「アーティスト」の違いについても言及しています。(さて、「神」「アイドル」はクリエイターでしょうか?アーティストでしょうか?岡本太郎なら何というでしょうか)。

【遊び研究】シリーズも読んでくれたら嬉しい。(いやそれは分量が・・・まぁ、興味があればぜひ)。

と、本編に行く前に(まだあるの!?)。僕は乖離という視点、認識を持っている。何のこっちゃわからない、気になる人は【乖離研究】シリーズを読んでほしい。簡単にいうと、言葉と音がバラバラの状態。「1つ」であるものが離れている状態。人格の乖離、言葉と心が一致しない、そんな状況を想像してみてほしい。です。

あ、これはボカコレの順位の付け方の話。

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日記(全曲レビューを諦めた悲しみの軌跡)


20250826

僕は今、戸惑っている。ボカコレに参加して、ネットという荒廃した世界に(果たして荒廃しているかしらん)立ち現れたボカコレという空間を人はどのような場所にしているのか。

だったらついでだから全曲見たらいい(聞いたらいい)と思う。しかし、真っ黒投稿際2025で全曲レビューした時の記憶が蘇る。あまりにも、(期待していたよりも)反応が薄かった(そんなものだろうか)。(もちろんその中で素敵な出会いもあった)。僕は勝手に曲を聞きたいんじゃなくて、「何が生まれるか」「関係性が生まれるか」を実験している。もちろん僕が関心を持つ人を勝手に見つけるだけでも意味があるだろうけれど。

ボカコレ2025夏ex:このタグを含む動画1,031件 見つかりました
ボカコレ2025夏TOP100ランキング参加曲:このタグを含む動画2,399件 見つかりました
ボカコレ2025夏ルーキー参加曲:このタグを含む動画3,059件 見つかりました

おい、ルーキー。

作戦会議・・・・

6500曲かぁ・・・

分類することで記事を書く手間を省く(手間!)、という方法を思いつく。僕の曲を聴いて感じたことをカテゴリーにして、そこに曲を入れる。この方法の問題点は、「どうやって独立関係にある集合を作るか」である。ベン図で言えば、それぞれのカテゴリーが重なっていないような分類を作れるか。

ああ、なんか曲(作者)に対して失礼な気がしてきた。勝手に安易に雑にラベリングをして僕の不理解を伝えることしかできないのではないか。誤解を招くのではないか。僕がしていることは、価値があることなのだろうか?間違っているだろうか?誰かを傷つけないか?

20250827

TOP100をexのレビューで使用したカテゴリー(アルファベット群)に当てはめてみた。その過程で、乖離という言葉を改めて感じ直す機会があった。

そこでこの分類を新たに加えることにする。TOP100にはこの観点を入れることにする。

β:同一性による<現実>との乖離、心象(同調)
γ:異質な他者による<現実>への眼差し(変調)
δ:祈り

これは歌詞の内容まで踏み込む「評価」だ。

B、F、HはTOP100の分類には使わなかった(使わずに済んだ)。これからexの曲をもう一度聴いて、BFHの必要性を考えたい。(ギリシャ文字のカテゴリーで分類しなおすかどうかしらん)。

20250829

全曲レビュー。

できるか。僕はそれは誰にとって、どんな価値があるんだろう。僕にとっての話をまずしよう。

僕は仲間がほしいと思っている。少なくとも、僕は誰かからの貰い物でできているから。お互いに何かを渡し合える(よく分からんけど)そんな関係性が生まれたらいいと思っている。だから、全曲を聴きたい。(けど・・・)

  • ギリシャ文字は曲の表現内容

  • アルファベット大文字は曲の表現形式

  • アルファベット小文字は言葉の音としての明瞭さ

こういう観点だと思う。

リファレンス、モデルとしてがっつりちゃんとデータを取るのはそれぞれ1000曲、合わせて3000曲でいいただろうか。僕は僕の有限性を感じる。レビュー(分類)できなかった曲は、この分類を見て、どれに当てはまるか自分で感じてみたらいいか。けど、誰かに「言われる」ことが大事なこともある気がする。

全曲を聴く、という経験は僕にとっても意味があるものだった。真っ黒投稿祭2025で全曲レビューした。その時に、音楽の色々な有り様、作り手の音楽との関わり方の有り様のさまざまに、僕は感じるものがあったからだ。

けどアルファベット群はもういいだろうか。特にアルファベット大文字はただのジャンル、雰囲気を区別しただけのようにも思える。(ただ僕が表現形式として思うところがあるCは拾っていきたい気持ちがある。Cは僕にとって何かしらの意味を持っている気がする。気がする)。

まだ頭の中で、「全曲」レビュー(分類)する気持ちを捨てられない。

日本の全日制マンモス校をAIを使って調べてみた。

現時点で最も生徒数の多い全日制高校:作新学院高等学校(栃木県) 栃木県宇都宮市にある 作新学院高校(私立)は、全日制高校の中で非常に生徒数が多い代表例とされています。 ブログ記事によると、「全日制であることが条件で、全校生徒1,500人以上を基準として」紹介され、 ① 作新学院高校(3,604人) ② 仙台育英学園高校(3,277人) と並ぶ規模の学校であると記載されています 楽天ブログ 。 また、別の情報源では、栃木県の作新学院高等学校が「全日制の私立高校で生徒数5,400人、教員374人という規模を誇る」と紹介されています おだやかに日常の日記 。 このため、作新学院高校が全日制の高校としては日本最大級であることが示唆されます。 比較対象:通信制のN高等学校(参考情報) 日本で最も生徒数が多い「高校」としてよく例に挙がるのが、通信制の N高等学校(カドカワ教育グループ)。2023年1月時点で、約17,000人の在籍生徒数があったとされています ウィキペディア 。 ただしこれは通信制に分類されるため、質問の「全日制高校とは異なります」。

人の顔がわからない。知らない人がいる。それは大規模集団の中では仕方ないのだと思うが。まぁ3000人としよう。3000人。。。

1000人ずつ聞くか・・・(とりあえず?)

20250829

3000人を目安に聞こうと思う。いやどうなんだろう。その意味は、価値は、あるのか。(この記事を見てくれる関心を持ってくれる人を増やす、ことか。いや、それなら「すみませーん、全員分は見られなかったんですけど・・・もしかしたらあなたの曲があるかも!」といえば一度は見てくれるはず。それでもいい)。

問題は3つの分類。exとTOPとルーキー。比率を考えよう。

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1:2:3としよう。3000を6で割る。それぞれに当てると、
500、1000、1500。マジかー。いやちょっとあー。

現在、TOP100の100曲とexの224曲(1ページに表示される32件の7個分)を聞いたところ。これが後、9回分??いやもう根を上げたい。(音をあげたい)。僕も別のことを考えたくも思う。ので。

どうしよう。とありあえずexで聴いた(見た)ものを基準にしよう。

7:14:21。

これで、あと20日で終わる計算。なゲェな・・・・これはもう。1:1:1にするか。それぞれのカテゴリーでプレイリストに出てくる曲の割合が均等になるように。それでいいか。それで、やってみよう。224曲ずつ聴くことにします。

20250831

Cの分類が長らく謎だった。どうもCの分類になりやすいジャンルがあるらしい。言葉に乗せる音で感情を伝えない。言葉を乗せる音以外の音が感情を刺激する力が弱い。などを加えた。この観点で聞き直す????え?ま?








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