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現在形と過去形の意味

英語の最も大切な基本構造、現在形Present fromと過去形Past formの、変わった視点からの解説ですので、きびしいツッコミなしで💦お話として気楽にお付き合いください。

時間を含め世界を話者と関係があるか否か、関与できるか否か、影響できるか否かに分けた世界。実は、この世界は英語の特徴である俯瞰認知の世界であることが「日本語英語の常識はまやかしだ!!!3」で判明します

貞子と完了形」と「完了形の用法という幻影」でPresent form現在形、Past form過去形を表すのに上図を用いましたが、下図がその正体です。
英語は日本語と違って、俯瞰認知をしていると言われていますが、その俯瞰認知を絵化したものです。

この、英語の俯瞰的視点および舞台を見ている視点は
熊谷高幸著『「自分カメラ」の日本語「観客カメラ」の英語』
濱田英人著『英文法の正体』第1章
佐藤良明著『英文法を哲学する』第6章1節
松本 隆著『なぜ、英語では「虹は出ない」のか?』第1章1&2節
を参考にいたしました。

世界を俯瞰で認知している

英語は、自分を登場人物としてその空間に参加させている、いわば話者自身をアバター“I”として登場させ、そのメタバース空間を俯瞰した「神」の視点で認識している。そうして、聞き手に状況を説明しているのです。
話者は世界を提示し、聞き手と話しながら(確認しながら)、現在形なら現在形で、過去形なら過去形で語り、このメタバース空間が、聞き手(読み手)に認識違い描写違いがないように、主語をハッキリさせ、現実か、話し手の考え主観なのか、仮定の話か等々、互いの認識がズレないようにするのです。
舞台ともいわれますが、舞台だからこそ、登場人物の「誰が何をしたのか」と主語がないと文が組み立てられないのです。

また、英語は、現在形、過去形は混在できません。
以下、宗宮喜代子, 糸川 健 , 野元裕樹 著『動詞の「時制」がよくわかる英文法談義』p7から引用(この一文によって、私を悩まし混乱させていた種々の問題がいっぺんに氷解しました)。
話者は必然的に現実の現在時にいます。特に英語の場合、話者はその立ち位置から動かない。動く事を英文法が許さない」、同書のp26「話者と聞き手はいつも、どの時間について話しているかという時間の知識を共有する必要がある・・・・略・・・過去時制は定冠詞theの役割に似ていると言われています。たとえば会話の相手がいきなりI saw the manというと「the manって誰?」と訊きたくなる。それと同時に「sawっていつ?」とも訊きたくなるでしょう」
引用終わり。

しかし
日本語は、現在形と過去形が文章の中に混在しても、成立してしまう言語なのです
(※例はこの記事の一番最後)


一方
英語では、現在形で語っているのにいきなり過去に飛ばない。Present formの世界空間からいきなりPast formの世界空間に移動しないと言うことです。(このことは、助動詞過去や仮定法を理解するときに重要な原則になります

だから、逆に時制がズレたときに、英語では別の意味を持たせるのです。
具体的には、現在形で語っている中で、過去形が突然出てきた場合、以下の三つ

1.丁寧、遠回し
2.ザラブ星人
3.仮定法

詳細は各項目リンクをクリック。※仮定法の記事で判明しますが、この1(単純過去形の場合は下述)と2は仮定法なので、結局は、全部、仮定法ということで一つになるのです。つまり、英語grammarでは、仮定云々関係なく、助動詞の時制をズラした表現文法をsubjunctive(日本語で仮定法と訳されている)と言うのです。

単純過去形が丁寧な意味を表す場合があるのは、現在形で語ることによって形作る世界Present formの中で、出るから違和感があり、それは会話相手に影響がない(一番最初の図参照)ことだから「遠回し、丁寧」になり、「仮定、空想」になるのです。

ようするに「現在形」とは、「過去形」とは

-------------
present form(現在形の原語)
話者に関係がある、関与できる世界
それはつまり
今のあなたのいる世界を(俯瞰視点で)記述する形式のこと。

past form(過去形の原語)
話者に関係がない、関与できない世界
それはつまり
今のあなたがいない世界を(俯瞰視点で)記述する形式のこと。
-------------

ということなのです。
実際に、古・中英語で独立した動詞変化として存在していた「仮定法」が、現代英語で時制のズレとして吸収消失、この事により、"past form"が多義的になり、過去形past formは時制の違いだけでなくなったからです。吸収された分、意味が変わったのです。
単純過去形は、時間的に完全に話者のいる今と完全に切れて関与出来ません(昨日の彼女が今日の私に声を掛けることは出来ません)。
同じように、現実不可も妄想も関与できません(妄想彼女が現実の私に声を掛けることは出来ません)。
関与できない事で両者を一括りにし、一緒にしたという事です。
両者は、理由は違いますが、影響できない、関与できないと言う意味について同じだからです。
※詳細は「英語の原語構造におけるパラダイムシフト」と「過去形の多義性と三単現のsがある理由」にてご参考下さい。

太陽や天体の運行は、上図、共通認識空間(PresentもしくはPast form)の描写であり、水が100度で沸騰するのも電車の運行だって同じ。アバター“I”がいる空間、世界の記述。

I study English.(いつも勉強している)
I’m a boxer.
I’m a car salesman.
I know Dr.Park well.
I live in Kumamoto.
etc・・・

これら用法すべて、“I”の状況説明、性質描写。
My father is a doctor.
も話者がいる世界の登場キャラ「父」の説明なのです。
現在形には、このように「現在の状態」、「習慣」、「真理」の用法がありますが、単にそれは“I”がいる世界を記述した結果、そのような意味の分類になったに過ぎないのです。時間は関係ありません
ネイティブのT.D.ミントン氏著「ここがおかしい日本人の英文法」p22に

「英語の現在形は「現在」とは無関係だ」

と断言しています。
このように、日本語英語の文法書の、現在形と過去形の項目を読んで、奇異に感じる理由は、英語grammarの"present form"&"past form"と、日本語文法の「現在形」と「過去形」との意味が違うからなのです。

present formと「現在形」、past fromと「過去形」が、まるで同一しているかのように、日本語にするから、数々の矛盾が生じてしまうのです。
ピッタシ合う日本語が無ければ、素直に原語のpresent form、past formを使えばいいのに・・・、そうすれば、誤認も混乱も無くなるとおもうのですが・・・。
しかし、いまだに問題にされず、英語の「現在形」では、なんて混乱を招くようなことをしているのは、なぜなのでしょうか??
やはり、教える立場の人たちが、言語能力が高いからなのでしょう。

日本語は一人称視点。舞台に参加している視点。
私たち日本人には当たり前すぎて認識できませんが、見たままを表現する日本語は独白言葉なのです。だから、(英語と違い)主語が無くとも文が組み立てられ、自分自身がそこにいて判りきっているので事細かく状況を説明しない。現実か自分の考えか、時間の経過さえも曖昧なのです。
日本語は、この世に登場した『私』が、一人称視点で世界を認識し、いわば、メタバース空間にVRヘッドセットをしてこの世に参加し、見て、感じたままを説明する言語なのです。
だから、私たち日本人は、主語という存在を普段あまり意識しないのです。くどいようですが英語は、状況説明言語、舞台説明だからこそ、誰がどうしたという、主語の存在を意識しなければならず、主語がないとはじまらないのです。


ここまで読んでくれてありがとう。
お疲れ様でした。
あなたに幸あれ!

※日本語の現在形と過去形が混在する文章。
刑事はグイッと縄を後ろに引いた(過去形)。
「ングーーーッ!」
犯人は、たまらず、猿ぐつわの奥からうめき声を洩らす(現在形)。だが刑事は、かまうことなく縄をキツく締めあげた(過去形)。ギュッギュッと引っぱる度に呻き声が上がる(現在形)。犯人は、何とか逃れようと暴れるが、無駄なあがきだった(過去形)。そして最後に、縄尻を背もたれの脚の桟に繫いでしまった (過去形)。後ろから見ると、後ろ手で 1本になった腕と、椅子の横棒の桟が90度で交わり、逆T字を形成している(現在形)。

ちなみに、この文章の現在形と過去形を逆にしても意味は同じです。

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