帝国編第144話を読んで《葬送のフリーレン》はどこへ向かうのか?について考える二人
ネタバレや先の展開に関する考察・予想が含まれます。
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《葬送のフリーレン》はどこへ向かうのか?
氷室:第144話「予知夢」を読んでどう思った?
菅野:うーん。ゼーリエ暗殺計画の帰趨も心配だけど、《葬送のフリーレン》がどこへ向かっているのかも同じように心配になったね。
氷室:だよな。《葬送のフリーレン》の読み方が変わるような、大きな転換点を迎えているんじゃないか?って気がする。「女神の石碑編」と同じように。
菅野:ゼーリエが未来視の一種である予知夢を使って、未来を選択しているってことが明確になったからかなぁ。
氷室:私もそこは不穏なものを感じた。でも、それは全知のシュラハトも南の勇者もやっていたことで、既に語られていることなんだよな。
菅野:そういえばそうか。なんかモヤモヤするんだよね。「敵」である影なる戦士のレーヴェと魔導特務隊のフラーゼがいまいちどんな人物なのかわからないからかな。
氷室:そこが手掛かりかもしれないって気がしているんだ。
菅野:どういう意味?
正体不明の「敵」
氷室:レーヴェとフラーゼがどんな人物なのかいまだに明らかにされていないっていうのは、別に説明不足なわけじゃなくて、物語りの都合で伏せているわけだ。
菅野:そりゃあそうでしょう。
氷室:つまり、レーヴェとフラーゼの正体ってのは、読者にはまだ秘密にしておいて、後で正体を明かした時にはアッと驚かせようっていう仕掛けなんだ。
菅野:そういうことだよね。
氷室:じゃあさ、発想を逆転して。二人の正体を考えるんじゃなくて、この二人の正体が何だったら一番驚くだろう?って考えて。ここまで引っ張っているんだから、生半可なものじゃ肩透かしになっちゃうぜ。
菅野:宇宙人、未来人、異世界人、超能力者… (『涼宮ハルヒの憂鬱』)
氷室:謎の人物の正体が明らかになって、より驚くのはどっちか? 知っている人物? それとも、知らない人物?
菅野:ん? そりゃ、知っている人物でしょ。
氷室:そうそう。読者の知らない存在がいきなり登場して「これが正体です」ってやられても、「へえ、そうですか」ってだけで、あんまり興奮しない。正体は読者がそれなりに知っている存在じゃなきゃね。ミステリ小説の「犯人」みたいなものでさ、「犯人」は必ず既出の登場人物の中にいるはずなんだ。そして、身近なよく知っている人物であるほど驚きは大きい。
菅野:じゃあ、誰なんだろう? ヒンメルとかフランメとか?
氷室:それじゃあ、荒唐無稽だね。
菅野:それもそうだねw じゃあ、ラントやユーベルと関係のある人物。これは十分あり得ると思うよ。
氷室:私もそう思うけど、それだけじゃあサイドストーリーになってしまって、《葬送のフリーレン》全体に関わるようなスケールを感じないんだよ。
菅野:難しい!
氷室:ヒント。《葬送のフリーレン》の長編に登場しなくちゃいけないはずなのに、なぜか未だに帝国編に登場していない存在と言えば?
菅野:魔族だ!
氷室:だよな?
菅野:でも、それだって荒唐無稽でしょうが。
氷室:まあまあ。二人が魔族だとは私もあまり思わない。だけど、魔族との何らかの関係があるんじゃないか?ってこと。帝国編に魔族の要素を持ち込むなら、レーヴェかフラーゼなんじゃないか?ってことだよ。
菅野:おもしろいけど、怪しいなあ。根拠を示しなさいよ。根拠を。
「死でさえ時間稼ぎ」
氷室:皇帝は「彼女(フラーゼ)にとっては、死でさえ時間稼ぎにしかならない」と言っていて、この点はゼーリエも同意している。だからこれは間違いないことなんだろう。

菅野:殺しても時間が経つと復活するって事みたいだよね。そんなの無茶苦茶でしょ。って、あれ?これってさ…

氷室:水鏡の悪魔が作り出す複製体の性質とよく似ているんだよね。

菅野:確か、「水鏡の悪魔は魔物じゃなくて、賢者エーヴィヒが作った魔導具だ」っていう考察があったよね。
氷室:それなんだよ。
菅野:フラーゼが水鏡の悪魔に似た魔導具を使っているってこと?
氷室:「死んでも時間が経てば復活する」という特徴があまりにも似ていて、無関係だとしたらちょっと妙なくらいじゃないか?
菅野:とすれば、レルネンがヴァイゼ(ドイツ語で「賢者」の意)に戻るデンケンとグリュックに会っていたこととも符合するかも。レルネンはフラーゼ対策の何かに「心当たりがある」(第140話)。それがヴァイゼに眠っている。
魔法は魔族の技術とされてきた
氷室:しかも、さっきの考察によれば、水鏡の悪魔は、魔族の起源と関わりがあるんじゃないか?って言うんだよな。
菅野:そう来たか…
氷室:だから、フラーゼと魔族の繋がりというのは、まったくの妄想ってわけでもないんだ。
菅野:じゃあ、フラーゼは「誰もが魔法を使える時代」のために、神話の時代の魔族を作り出したヤバい魔法技術に手を染めているってこと? だからゼーリエは「誰もが魔法を使える時代」に反対なの? だからレーヴェは魔法を無くそうとしているの?
氷室:うん。今までは、フラーゼ(魔法の解放)とゼーリエ(魔法の制限)の思想は近くて、対立するのがレーヴェ(魔法の消滅)だと思っていた。
菅野:だよね。
氷室:でも、この考え方だと、フラーゼ(魔法の解放)に対抗するのがゼーリエ(魔法の制限)とレーヴェ(魔法の消滅)ってことになるんだ。
菅野:ますますわからなくなってきた。
氷室:まあ、考察に妄想を重ねても仕方ない。でも、「誰もが魔法を使える時代」というフランメの理想にゼーリエが反対する理由が、単なるエリート主義のはずがない。何かしっかりした理由があるはずだ。その理由を説明できる仮説ではある。

菅野:なるほどね…。そもそも、あのゼーリエが大陸魔法協会なんていうお役所みたいな名前の団体を立ち上げて、資格制度まで作って魔法使いたちを管理している目的がよくわからなかったんだよね。資格なんて九級まであるんだよ。ゼーリエは優秀な魔法使いが好きなんだから、九級魔法使いの管理なんてどうでもいいでしょ。資格商法か?って。お金とか名誉とか権力も、ゼーリエは関心ないっていうか、むしろ馬鹿馬鹿しいと思っているくらいでしょ。らしくない。

氷室:確かにそうだ。
菅野:でも、魔法の研究活動を野放図にしないために魔法使いたちを管理すること自体が目的なんだとしたら理解できる。フランメが始めたことなんだから自分が始末を付けようって、ゼーリエなら考えるんじゃないかな。賢者エーヴィヒの過ちを二度と繰り返さないために。
氷室:確かにそうかもしれない。もともと「魔法は魔族の技術」とされていて、人間が扱うべきものではないタブーだったんだよね。それにはそれ相応の合理的な理由があったのかもしれない。

《葬送のフリーレン》における魔族
氷室:まあ、ここまでは細かい考察で、もう一つ考えておきたいことがある。
菅野:何?
氷室:《葬送のフリーレン》における魔族とは?ってこと。
菅野:ずいぶん抽象的だね。
氷室:だって、フラーゼやレーヴェが魔族だとしたって、まあ、驚きはするけれども、《葬送のフリーレン》の読み方が変わるって程の事でもない。
菅野:まあね。
氷室:そういうわけで考えているんだけど、《葬送のフリーレン》における魔族っていうのは、決して「絶対悪」ではないし「打ち倒すべき敵」でもない。
菅野:うん。それはアウラやソリテールを殺した時のフリーレンの躊躇いや心痛を見ればわかるね。それに、そういう純粋な「敵」が存在していて、「敵」を倒せばハッピーエンドっていう単純な世界観に《葬送のフリーレン》が立ち返るとは今時ちょっと思えないよ。
氷室:だから、「魔族には魔族の事情がある」ってことを物語のどこかでもっとはっきりと打ち出してくるはずなんだよね。《葬送のフリーレン》っていうタイトルのダブルミーニングや、フリーレンが魔族を殺す時の躊躇い・心痛みたいな仄めかしだけじゃなくてね。
菅野:そういう視点の大転換をどこかでやるよね。そのための前振りとして、魔族との話し合いは無駄だとか、魔族が人の感情を理解することは不可能だとかって話をやって、乗り越えなきゃいけないハードルを上げてきたんでしょ。
氷室:それがもしかすると、帝国編で、なんじゃないか?そんな予感がするんだよ。視点の大転換っていうのは、要するにいままでの価値観がぶっ壊されるということだからね。善いと考えられてきたことが悪いとされ、悪いと考えられてきたことが良いとされる。そういうふうに価値観が揺さぶられて善悪が分からなくなる。フラーゼ(フランメ)、ゼーリエ、レーヴェの思想的対立は、どうもそういう様相を呈してきていると思う。
菅野:確かにそうだね。今まで「誰もが魔法を使える時代」を目指すフランメの思想は正しいと思っていたけど、よくわからなくなってきた。レーヴェの「この世界から、魔法を無くす」というのもそれが本当に悪いことなのか、わからないね。
氷室:それが《葬送のフリーレン》ってこれからどこへ向かうんだろう?という心配というか、ワクワクの元なんじゃないかな。
おわりに
今回は余り根拠のない雑談のような内容でした。
が、フラーゼ(「死でさえ時間稼ぎ」)と水鏡の悪魔の複製体は無関係ではなさそうだと感じています。レルネン→デンケンとグリュック→ヴァイゼ→独語の賢者→賢者エーヴィヒ→水鏡の悪魔という繋がりもありますし。

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