私の子供は魔法使いになるかも(ハイターとの出会い直し)葬送のフリーレン第24話
ハイターの「私の子供は魔法使いになるかもしれませんよ」という台詞が出てくる回想シーンについて(第24話、S1-EP11B)

読者である私のここでの基本的な心の動きは、フェルンの成長を見守ってきた立場で、リュグナー戦を思い起こしつつ、「ハイター。フェルンは立派な魔法使いになったよ、もう大丈夫だよ」です。
これはおそらく多くの方と共有できる反応ではないでしょうか。言うなれば「〈死者の想い〉が今も生きている」という感動のパターンだと思います。
けれども、この理解だけではもったいない味のあるシーンです。
ここからは、この回想シーンを私なりに読み込んでいきます。なるべく根拠を示します。が、何を感じるかには個人差がありますのでご了承ください。あなたにとって何か発見があれば嬉しいです。コメントも歓迎です。では…
この回想はクラフトが「俺がお前を褒めてやる」と言ったことがきっかけで始まります。

クラフトがそう言うと、フリーレンは沈黙し約2秒後(この間にフリーレンが回想しています)、ハッと驚いたように口を開きます。
フリーレンは、ハイターが「私が褒めますよ」とクラフトと同じことを言っていたことに気付いて驚いたわけです。(驚いた理由は実はそう単純ではないことをこれから見ていきます)

そして、驚いたということは、このハイターとのやりとりを当時(約80年前)は重要なものとして受け止めていなかったし、今まで思い出すこともなかったのでしょう。
このように、フリーレンには目的・効果の不明確な日常会話を適当に受け流してしまう傾向があります。
たとえば、ヒンメルとの「(蒼月草の花を)いつか君に見せてあげたい」「そう。機会があればね」の素っ気ないやりとりが典型例です。実質的プロポーズとも解されるヒンメルの真剣な言葉に対してフリーレンは形式的でお役所的な返事をしています。マンガで見るとフリーレンはヒンメルと文字通り向き合っていません。(第3話)

そんなフリーレンの口元のアップから回想シーンに入ります。
※ 細かいことですが、フリーレンが実際に回想を行ったタイミングと、回想シーンが挿入されるタイミングは異なっていることに注意してください。時系列は、クラフトの「褒めてやる」→フリーレンが回想する→ハッとして口を開く、です。けれども、回想シーンが挿入されるのはフリーレンが口を開いた後です。そして、回想シーンが終わった時にもまだ口を開いています。これによって視聴者は同じ絵を2回見ることになるため、フリーレンの驚きが強く印象に残ります。

回想シーンでのフリーレンとハイターの会話は、まずは孤児院の復興資金をハイターが拠出したことが話題になっています。

フリーレンから「まさかハイターがこの村の孤児院の復興資金を出すだなんて」と言われて、ハイターは「私も孤児でしたから」と身の上を打ち明けます。
この時、ハイターは「勇者ヒンメル」を理由にしていません。
ここからわかるのは、ハイターはもともと「孤児院の復興資金を出す」ような優しさを持った人物だったということです。
フリーレンはきっと思い出したのではないでしょうか。
フェルンが戦災孤児であることをハイターから聞いた時に「らしくないね。進んで人助けするような質じゃないでしょ」と言ってしまったことを。そしてそれを聞いていたハイターが自分を見つめる優しい表情を。(第2話。この時のハイターは「照れ隠し」をせず、黙ってフリーレンのことを見ています)

孤児院の話題は、ハイターの「きっと女神様も清く正しく生きた私を褒めてくださることでしょう」という照れ隠しとフリーレンの「生臭坊主」という定番のツッコミで終わります。

そして、ハイターは「フリーレン。あなたには褒めてくれる人はいますか?」と話題を変えます。次の話題はフリーレンの魔力制限です。(孤児院と魔力制限の話題は無関係に見えますが、二人の過去(身の上話)という点で共通です)
ハイターはフリーレンの「人生を懸けたような」「血の滲むような努力」に気付いていて、いったいどのような事情があって過酷な魔力制限を続けているのかとフリーレンのことを心配しているわけです。

フリーレンは「面白い話じゃないよ」と渋るのですが、ハイターは「構いませんよ」「後学のため」と話を聞きます。
ハイターはここでも「もしかしたら私の子供は魔法使いになるかもしれませんよ」と照れ隠しをしています。そして「僧侶は生涯独身でしょ」とまたツッコミをもらって、回想シーンは終わります。

「私の子供は魔法使いになるかもしれません」というハイターの言葉から、フリーレンは気付いたはずです。
この時ハイターが見せていた優しさがフェルンを救い、フェルンを育てた。そのフェルンは立派な魔法使いになって、今、自分と一緒に旅をしている。なのに、自分はそのハイターの優しさに全く気付いていなかった。そしてフェルンを救った年老いたハイターに対して、あろうことか「らしくない」などと言ってしまった。あの時ハイターはそう言った自分を優しく見ていた。ハイターはきっと全てわかっていたに違いない。それなのに自分は、クラフトの一言があるまで孤児院でのこの会話のことをずっと忘れていた。記憶の中には確かにあったはずなのに、と。
つまり、この一瞬の回想の中で、フリーレンはハイターと幾重にも「出会い直し」をしているのです。
もっと言えば、これは「失敗した出会いのやり直し」です。(「失敗した過去のやり直し」は『葬送のフリーレン』の重要なテーマです。これに関しては最後に挙げる参考記事をお読みください。)
この出会い直しによる驚きが、ハッと思わず口を開いたフリーレンの表情として現れています。(ここで目を描かないのは、視聴者が想像するための余白を作ることが目的です。)

回想が終わると、フリーレンは、クラフトからの「俺が褒めてやる」という申し出を「もう別の奴に褒めて貰ったから」と断り、クラフトは「いい友人を持ったな」「大事にしろ」と言います。
これを聞いたフリーレンは「その人はもう…」と言いかけて、言葉に詰まってしまいます。

もう、今となっては、ハイターに謝ることも、お礼を言うことも、「フェルンは立派な魔法使いになったよ」と伝えることもできません。ハイターは「もう死んでしまった」からです。
そして、フリーレンは少し思案して、クラフトが彫った女神様のペンダントを見つめて(アニメ追加要素)から、「その人はもう(死んでしまった)」と言いかけていたのを、「(その人は)今は天国にいるよ」と言い直しました。

それを聞いてクラフトが「なら、いずれ会えるな」と言うと、フリーレンは異議を挟むことなく「そうだね」と即答します。

この回想の前、フリーレンとクラフトは女神様や天国の存在についてちょっとした議論をしていました。「女神様の存在を心の底から信じている」というクラフトに対して、フリーレンは「それはただのエルフの願望だ」と反論していて、二人の考え方は異なっていました。
フリーレンの宗教的スタンスは、観測できないし証明もできないのだから女神様や天国が存在するかどうかはわからない、存在した方が都合がいいというのなら信じたい人は信じればいい、という中立的というか突き放したような立場でした。(第7, 24話)
けれども、クラフトとの「いずれ会えるな」「そうだね」というやり取りからは、この回想(ハイターとの出会い直し)によってフリーレンの考え方がクラフトのそれに歩み寄ったことがわかります。
※出会い直しの旅について
※『葬送のフリーレン』のストーリーの骨格は失敗した魔王討伐のやり直しであるという考察です。
※第24話の考察記事です
※『葬送のフリーレン』に関する考察記事をたくさん(70以上)書いています。
